チェックインを済ませて部屋に案内される。 ここは昭和30年代に建てられた第二新館だと説明された。 明治時代に日本最古のリゾートホテルとして開業されたこのホテルは元々明治初期に 外国人観光客専用の民宿として開業されたものだという。当時の名残かホテルの中は 何処も真っ赤な絨毯が敷きつめられていた。 かなりレトロな洋館といった独特の雰囲気を纏っている。 2人が通されたのも和洋折衷の感はあるが当時を偲ばせる角部屋だ。 今は薄暗くなってはっきりとは見えないが本来は日光連山が臨めるらしい。 「明日も天気に恵まれるといいな。」 そんな言葉が岩城の口から零れ出た。 「さっきも言ったが明日はどうするんだ?」 ダイニングルームで夕食を取りながら岩城が聞いた。 勿論ここも柱に彫刻が施されていたりと当時の趣がある豪華な造りになっている。 夕食は洋食のフルコースだった。 ホテル側も二人のことは言わずとも了解していたらしく少々奥まった人目に付きにくい 所に席を設けてくれていた。 昔から多くの著名人が宿泊しているということはよく知られているがこういった心配り がさすがだと思えた。 「うーん。実はどっちにしようか考えちゃっているんだよね。このままいろは坂を 登って中禅寺湖や華厳の滝っていうのと日光江戸村。日光江戸村は逆に日光を出て今市 っていうところまで出て、鬼怒川の方に行くんだよね。」 「江戸村って…さんざん京都の撮影所に行っていたのにか?」 「だってニャンまげに飛びつこうかなって。まあそれは冗談だけど。鬼怒川辺りまで 足を伸ばしてもいいかもって。温泉地だし。外湯とかもいっぱいありそうじゃん。」 岩城も部屋で見せてもらったガイドブックや備え付けの周辺ガイドマップを思い浮か べる。 オフは3日間あり、明日帰って1日家でゆっくりできるように香藤が計画してあった。 だから明日は多少の無理はきくが折角ここまで来たのだ日光をもう少し堪能しようと いうことになった。しかもいろは坂は捨て難い。 紅葉のシーズンではないがそれでも眺めはいいだろう。 第一、行楽シーズンでは大渋滞だというのは周知の事実だ。 風呂に入ったあと備え付けの浴衣を着て窓際のソファに岩城は座っていた。 風呂場はいかにも外国人向けに作られたユニットバスだった。ご丁寧に映画でしか見た ことのない猫足がバスタブについている。 ここは温泉ではないらしいがこういうのもたまには良いのかもしれない。 温泉はまた別に行く機会があるだろう。 夜になって気温が下がったためか空調を止めていても心地良い。 岩城は窓際の椅子に座り、ぼんやりと外灯に照らされた中庭を見ていた。 香藤はベッドに腰掛けて浴衣姿の岩城を眺めていた。 そんな香藤の視線に気付き岩城は少し照れたように言う。 「何だか今回の旅行はお前が予約を入れてくれたりしてお膳立てしてくれたのに結局は 俺に合わせてもらって いるようで悪いな。今更言うのもなんだがいいのか?」 大体、今日回った東照宮も小学校の時とはいえ見ているのだ。 申し訳ないような気がした。 「いいんだよ。岩城さんといられるんだったら何処でもね。なーんて、本当は岩城さん とここに泊まりたかったんだ。」 「このホテルにか?なにか思い出でもあったのか?」 「思い出は…今作っているんだよ。明治の館でもちょっと言ったけれど『冬の蝉』で 俺っていうか草加は洋館にいたでしょ?でも秋月さんはずっと離れにいて、本当は一緒 に同じ部屋で暮らしたかったんじゃなかったのかなって思ったんだ。でもそれは叶わな かったからせめて俺たちだけでも似たような所でって。そんなこと考えていたらふと 記憶の引出しから修学旅行の時にガイドさんが説明してくれたこのホテルが出てきた んだよ。なんか子供じみた変な考えかもしれないけれど…。」 照れたように香藤は言うが岩城は香藤の優しさにまた触れたような気がした。 いつでも自分に心を砕いてくれていることは解かっていた。けれども役柄にまでそんな 風にできるなんて……。 「前にも同じようなことを言ったが…香藤、お前はお前に愛された役も、その役に愛 された役も幸せにするんだな。」 香藤の人間性にある種の感動を覚える。だが、できれば香藤の優しさは全て自分に向け られて欲しい。そんな風に考えてしまう自分は香藤よりも嫉妬深いのかもしれない…。 岩城はソファから立ち上がると部屋の照明を落とす。中庭の外灯がカーテン越しに部屋 をぼんやりと灯していた。 香藤の脇に来ると「今夜は秋月の分も愛してくれ。」そう香藤に囁いた。 (か…香、藤…もうっ…。) 許しを請うように香藤の肩を力なく押し返す。けれどもそんな岩城の願いも更なる動き で撥ねつけた。 「ふっ…ん、んん……。」 「だめだよ、岩城さん。これじゃあ一人分にも足りないよ。それに声…殺さないでよ。」 先ほどから部屋にはベッドの軋む音に混ざって僅かに岩城のくぐもった声がしている。 岩城は浴衣の襟元を噛んで声を殺していた。ホテルは家具が少ないことから意外と声や 音が漏れやすいことを知っているからだ。岩城は思わず感情に任せて言ってしまった 自分の言葉に後悔をしてしまう。 「声が漏れるのが嫌?心配性だね、岩城さんは。いくら40年前の建物だって言っても こっちの棟の客室は殆ど空いているみたいなのに。」 そう言いながらも香藤は岩城を気遣って動きを止めると腕を伸ばし枕元の照明をつけた。 そして肩で息をする岩城の口からそっと浴衣の襟を外してやり軽くキスをすると、 火照った頬に手を当てた。 「空調止めてるとさすがに暑いね。ちょっと入れてくるよ。」 スイッチを入れたあと冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきて何度も口移しで 岩城に飲ませた。 「ん…ん…。」 そのまま口付けが深くなる。 これ以上は、と思っていた岩城も初めは肩を押し返していた腕が徐々に香藤の首に回っ てくる。 水がなくなってもお互いの舌を絡めあい溢れる唾液を飲み合った。 唇を放すとクチュッと音がして枕もとの灯りが濡れた唇を照らし出す。 「本当はこのまま岩城さんの顔を見てしたいんだけど。噛み締めているのは大変でしょ? 俺、岩城さんの背中も色っぽくて凄く好きだから後ろ向きになってもらっていい?」 快感に潤んだ目線を香藤からベッドに落とすと体勢を変える。 大きく肌蹴た浴衣は腰紐だけで辛うじて腰に巻ついているだけになっていた。 露わになった背中と双丘に香藤は目眩を禁じ得ない。 突き入れると岩城の抱きしめた枕から嬌声が零れた。 「いい?岩城さん…。もっと感じて?」 胸の突起を抓むと岩城の後ろがキュッと締まり香藤は一瞬意識が飛びそうになった。 目も眩むような快感。 だが自分だけがイッてしまうのではあまりに勿体無い。2人で快感を極めてこそ幸せ なのだから。 岩城の更なる快感を煽るために右手を胸から岩城自身に手を添えてやると押さえ切れ ない嬌声が溢れだし、 腰を揺らせ美しい背中も撓らせる。 香藤は耳からも眼からも快感を煽りたてられ我慢ができなくなってくる。甘い拷問の ような時間だ。 やがて耳に入る声が上ずり出し岩城の限界が近いのを知ると漸く許しを貰ったような 気分になる。 「イク…よ。…いい……!?」 「は、あっあっ……んんっ!」 荒い息をしがらも共に満たし合う幸福感に酔いしれる。 「お前の思いをひとり占めするのは…大変だな…幸せだけど…な。」 くすりと小声で言いながら岩城はそのまま香藤の胸に心も身体も預け心地良い眠りに 落ちていった。 岩城の言った言葉はよく聞き取れなかったが、香藤は岩城の穏やかな顔を見ると岩城を 抱え込むように腕を回し、胸に幸せの重みを感じながら眠りについた。 |