9月も半ばを過ぎれば東京に吹く風も随分と秋めいてくる。
大学の芝生もハラハラと舞う木の葉に覆われ、その様相を変え始めていた。
夏期休暇が終わると、未だ先の決まらないのんびり屋の4回生達もさすがにあたふたと走り回らなければな
らなくなる。
院生として残るものもいれば、大手企業に内定が決まっている者や、いきなり夢だ!理想郷だ!とアフリカ
へ飛んでいったしまった先輩もいる。
まだ1回生の俺はそれらを思いっきり他人事として「大変そうだなぁ」なんてのんびり眺めていた。
俺は相変わらず岩城さんと“ある計画”のことで頭をいっぱいにしてるから、先輩達に「まいったよ〜」な
んて相談持ちかけられても何の力にもなれない。ごめん。

昨日も岩城さんの家を尋ねたが岩城さんは紺野と出掛けていて家にいなかった。
「はあ・・会いたいよ。岩城さん・・・」
中庭のベンチに腰掛け小さく溜息を吐くと細長い雲が浮かぶ空を仰ぎ見た。








「あの恭子さんっていうのがまた曲者なのよ。」
休みボケも漸く治り、またいつもの日常が始まった頃、美卯と俺は構内の食堂に来ていた。
岩城さんも大学には来ているようだが俺を避けているのだろう未だ顔を見ることは叶えられていなかった。

「なんか話聞いただけでも凄そうだよな・・・」
岩城を仇のようしていた継母とは一度も会ったことはなかったが、香藤の中では鬼婆のように目を吊り上げ
て喚き立てる女の姿のイメージが既に出来上がっていた。

そして岩城さんはしかり、紺野、その継母に到っても、事の成り行きの全ては最後に岩城の父に辿り着くの
だということがわかった。今はもう亡き岩城の父に向かうぐちゃぐちゃに絡まってしまった心の糸。これら
をどうやって解いてゆけばいいのだろうか。

「岩城さんのお父さんてそんなにいい男だったの?」

アイスじゃなくてホットにすれば良かったなぁなんて氷で最悪に薄まってしまったコーヒーをストローでぐ
るぐるかき回しながら正面の美卯を見た。美卯はといえばコーヒーは飲めないらしくいつもミルクティーか
オレンジジュースで、今日もどちらか迷った後のオレンジジュースをこれも同じようにストローでぐるぐる
と廻している。

「私も写真をちょっと見ただけだけど・・・
そうね、京介の顔でもう少し彫りを深くしてワイルドにした感じ・・かなぁ。でもやっぱりめちゃくちゃい
い男よ。そして目は京介そっくりそのまま。」

「へえ・・・会いたかったな。」

「でもさ、もし会ったとしてもなんて自己紹介するわけ?京介さんの恋人になりたがってる男ですぅ!って
?」

ぷぷっと口を押さえておかしそうに笑いながらからかってくる。ふん、おかしいのはわかってるさ。

「なんだよそれ。笑いたければ笑え。俺は本気(マジ)なんだよ。」
俺は憮然として美卯をちょっと睨んだ。

「ああ、はいはいごめんごめん、洋二の本気はわかってるわよ。だからこうやって協力してあげようとして
るんじゃない。」

「とりあえず・・二人に会ってみようかな。」

「二人って?」

「岩城さんの今の両親二人だよ。」

「克也叔父さんと恭子さん?」

「そ。」

「会ってどうするの?」

「ん〜〜〜まだわかんねえ。ただ何となく端から行かなきゃ端には辿り着けないってゆーか、絡まってる途
中から考えてみたところでどうにも前に進めないってゆーか・・また岩城さんに怒られるかもしれないけど
ね。」

「ふ〜〜ん。ついてってあげようか?」

「うんって言いたいけど・・・やっぱいいや。ちょっと心細いけど身内が行ったんじゃ向こうも言いたい事
言えないかもしれないだろ?またヒサさんにでも協力してもらうよ。」

「なんか変わったね洋二。」

「なんで?変わってないよ。」

「ううん、変わったよ。ちょっと前より随分男らしくなった。やっぱり恋って人を変えるもんなんだね。
あ〜あ悔しいなあ。想い人を男に取られる日が来るとは思っても見なかったわ。もっとしっかり捕まえてお
くんだったな。」

「ば〜か、男に取られるとか言うな。岩城さんは特別なの。」

「あっそう。振られて泣き付いて来ても優しくなんてしてあげないからね。」

「残念ながら振られる予定はない。うん。」

「すごい自信ね。で、その自信が将来の夢にも影響してるのかな。受けたんでしょオーディション。」

「えっ!なんで知ってんの?」

「なに言っちゃってんの?洋二のファンはもう皆知ってるわよ!知らないのはあんただけ。ば〜〜か。
それで?手ごたえはありそうなの?ちゃんと教えなさいよ。」

「・・・・まいったな。手ごたえなんてわかんねえよ。でもちっちゃな広告のモデルでもなんでも引っかか
ったものは全部俺のものにしていくつもり。チャンスなんて何処にころがってっかわかんないだろ?養成所
も受けたし。やっと本気出てきたんだ。岩城さんにただの煩いガキだと思われたくない。一緒に歩くって決
めたんだ。側にいるって決めたんだ。どうして岩城さんなのかって聞かれてもちゃんと答えられないけど俺
の全部が言ってるんだよ。岩城さんがいいって。あの人じゃなきゃやだってさ・・・・な〜んっつって俺今
これでも結構いっぱいいっぱいなんだよね。会ってもらえないのは結構きつい。あはは・・」

乾いた笑いを漏らす俺に、優しい同情の瞳を向ける美卯・・・なわけは無く。

「へえ。ま、頑張ってよ。決まったら教えてね、応援したげる。あんたの恋路も一応は応援する体制は整え
ておくから協力出来る事あったら言って。」

隣の椅子に置いてあったバックを取り上げ「じゃねバイバイv」とにっこり手を振るとさっさと行ってしま
った。

「ふん、ちょっとは同情くらいしろってんだ。ば〜〜〜か。」

口を尖らせそう言いながらも俺は美卯の優しさが痛いほど伝わってきて、不覚にも目が潤んでしまいそうだ
った。恋愛ではなく友情とも呼べるような温かく見守るだけの愛情だってあるのだとわかる。

「俺もアイツのこと好きだったらもっと簡単だったのにな。」

思わず口をついて出た愚痴に自分を叱りつけ、頬を軽くパンッと叩き立ち上がると「よしっ!!」と気合を
いれてみた。俺はあの人の横に胸を張って立ちたいんだ。
大丈夫。自分を信じて前をみて歩こう。そうすれば必ず進むべき道が見えてくる。必ずね。



MOMO

7へ  9へ

頼もしいですよね、香藤くんv
将来のことも岩城さんのこともちゃんと真っ正面から
ぶつかって以降としている姿が素敵ですv