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「い・・わき・・さんは。もうっ・・待ってくれても・・いいじゃん・・。」 そう文句を言いながら顔を上げて見ると、岩城は口に手を当て、とてもおかしそうに笑っていた。 「くっくっ・・お前って本当にガキみたいだな・・ぷっ・くっくっ・・。教授の言うとおりだ。」 わあ、岩城さんが笑ってる。たったそれだけで、俺の中の全ての文句が全部きれいさっぱり吹っ飛んだ。 どうして俺をおいてくの? なんで会ってくれないの? この間はどこ行ってたの? 俺の事好きになってよ。 何処にも行かないで。 大きく息をはいてから隣に並んで歩き出す。久しぶりの岩城さんの匂い。この場で抱きついて胸いっぱい に吸い込みたかった。 「へへ・・・でもそれだけじゃないし。俺はガキでもメッチャいい男なんだよー!」 「くすくす・・いい男ね。憶えておくよ。」 「あ〜まだ馬鹿にしてる!」 「大人のいい男はそんな膨れ面しないんだ。」 「ひでぇ〜〜。」 「あっはっは。」 岩城さんの横顔。この人って笑うとすごく優しい顔になるんだよな。 陽も落ちて暗くなった大学横の狭い路地は人もあまり通らない。間隔が随分空いて立っている街灯は俺達の 影を長く長く伸ばしていた。木の葉と共に風が吹きぬけ、Tシャツ姿の俺は少し肌寒く感じて肩を竦めたが、 岩城さんといられる高揚感で気分はハッピーサマーパラダイスだ。 俺達はその後しばらく無言のまま歩いた。 「ねえ岩城さん、岩城さんの笑い顔、俺だいすき。」 「・・・え?」 「一緒にいる時はいっぱい笑ってよ。俺それだけですっ・・・ごく幸せになるんだ。」 「ば・・かだな。お前はなんですぐそういう事を言うんだ?」 「そんなの決まってるじゃない。好きだからだよ。」 「またそれか。」 そう言い、呆れたように溜息を落とす岩城さんの前に回りこんで、正面から顔を見た。 「何度でも言うよ。俺は岩城さんが好き。大好き。顔も好き。声も好き。仕草も好き。匂いも好き。笑い顔は もっと好き。でも怒った顔も好き。綺麗な手も好き。優しいところも好き。あと、えーと・・・・」 「おまえなぁ・・・」 「だから・・・キスもしたい・・・」 「!!!」 俺は岩城さんの両頬に手を添えると、自分の唇を重ねた。初めての口紅の匂いがしないキス。 唇の柔らかさだけが伝わってくる。その間数秒。 お互い目は開いたままだったので、必然的に見詰め合う形になる。岩城さんの驚きに見開かれた瞳に自分の 赤く染まっているだろう顔が映った。俺は急に恥ずかしくなって岩城さんの肩に頭を落とした。ドキドキと煩い 心臓の音。 「ご・・・ごめん。」 顔が上げられない。岩城さんは黙ったままだ。怒ってるのだろうか・・・ 「ヘタクソだな。」 「え?」 「ヘタだと言ったんだよ。今のはキスだったのか?」 顔を上げると岩城さんは目を細めニヤリと笑った。 「い・・岩城さん?」 「キスっていうのはこうやるんだよ。」 俺はあっという間に肩を押され、背中を横の塀に押し付けられた。頭の後ろに手を差し入れられると、グイ と前に引かれ迫ってくる綺麗な顔。 な・・なに?これはどうゆう展開?? 重なってくる岩城さんの唇。それは不敵な笑みの後にしては不似合いな、とてもとても優しい口付けだった。 唇を離して見詰め合う。岩城さんの匂いが頭の中にまで充満して、もう何も考えられないよ。 再び重なってきた唇が薄く開いた。唇よりもっと柔らかな舌が中に侵入してきて俺の舌を掬い歯列をなぞる。 そして徐々に大胆になってきたそれは、ポイントを探りながら縦横無尽に動き回った。 舌先に歯をたてられてビクッと身体が震える。 「んっ・・・・ふっ・・・」 こんなキスは初めてだった。長い長いキス。気持ちいい。 今まで俺が女達に仕掛けてきたキスはいったいなんだったんだろうと思えるほど。 どこで息を吐けばいいのか分らなくなって首を僅かに振るが、離してはくれない。 意識がフワフワと舞う。自分の膝もかっこ悪く震えているのが分った。 身体中が熱い・・・これってヤバイよ。 「あ・・はぁっ・・・・・」 漸く銀色の糸を繋いだまま、唇が離れていったとき、不覚にも俺は、壁に背を預けたままズルズルとしゃが み込んでしまった。 「い、岩城さんズルイ。こんなキス・・・反則だ。」 そーだよ。こんなキスはベッドでやるべきだっっ!道端でするキスじゃないってば! 俺はいたって健康優良男子なんだ。思いっきり反応してしまうのは仕方ないだろう?? 岩城さんは、混ざり合った唾液で光る唇を手の甲で拭うと、不遜な態度を装いフンと鼻をならした。 「キスに反則なんてあるか。お前とは年季と経験が違うんだ。これで分っただろ。」 そう言い捨てると、クルリと俺に背を向け早足で歩き出してしまった。 「ちょ・・・ちょっと待ってよ。」 そんなぁ・・このシチュエーションでひとり置いてきぼりですか?ひどいよ岩城さん! で・・・でも立てないし・・・・。俺の意気地なしの膝は未だ笑ったままだ。 唇を拭う事もせず、俺はそのままの格好でひとつ溜息を吐いた。 はあ・・・・・・・・・・この状況にも関わらず、思い出してむふふふ、と思わずにやけてしまう。 「・・・・・凄かったなぁ。。恋人になったらいつもあんなキスされるのかなぁ・・・うわぁ・・俺どーしようっvvvv」 でも・・・“これで分っただろう”これってどういう意味?この後に続く言葉を飲み込んでいたように見えたのは 俺の気のせい? 岩城は小さな罪悪感に捉われながら歩いていた。 「分っただろ?俺は汚ない。」お前はキレイで、俺は汚い。俺とお前では全然違うんだ。 俺にとってキスなんてセックスの前戯でしかなかった。 それだけじゃない、俺は義父の口付けにも応える事が出来るし、セレブを装った女達には奴隷のように傅く 事だって出来る。今では“達かせて”と言われれば自分の感覚を押し留め、相手を何度でも達かせてやれる だけのテクニックも身についていた。そんなのちょっとしたコツを憶えれば良いだけだ。自分の感情なんか 全く無視してやれば良い。まだ、男と寝る事まではしていないが、向こうへ行ったらそれだって要求される だろう。別に大した問題では無い。どれもこれもそうしろと言われれば従うだけ。死ねないのだから生きる しか方法はないし、生きる為には従う他はない。これに関しては選択肢はいつもひとつだ。 唇を触ってみた。僅かでも心が篭もったキス。香藤を翻弄しているようで、本当は流されてしまいそうにな ったのは自分だった。 さっきのが俺の本当の意味での ファーストキス・・・・なのかな。 そのなんとも乙女チックな思いに苦笑いがもれる。 「・・・らしくないな。」 岩城はひとりごちた。 前からくる車のヘッドライトが光って、車高の低い車が、酷く耳障りな爆音を上げて通り過ぎてゆく。凄いスピ ードだ。 「危ないなぁ。」 岩城はそれを眉を顰めて遣り過ごした。 その時。 キキキキーーーーッッ!!!!!!! 辺りを震わす程の耳を劈くブレーキ音。後ろを振り向くとさっき歩いていた場所、そうだ、香藤がまだいる であろう辺りで、先程通り過ぎた車が車体を横に向ける様にして止まっていた。ゴムの焼けた匂いがすぐに 漂ってくる。 フラッシュバック。 この光景を俺は前に一度見ことがある。 |
緊迫の展開・・・