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なんなのだろう? 自分の鼓動が耳の奥でガンガンと鳴っているのが聞こえる。 なんなのだろう? 香藤とまともに目を合わせることが出来ない。 こんなの・・知らない・・・・ 香藤は沢山の重そうな本をドサリと教授の机に置くと、岩城の側に駆け寄ってきた。 「岩城さん!元気だった?なんか顔色悪いけど大丈夫?疲れてるの?」 心配そうに顔を覗きこむ香藤からつい目を反らしてしまう。 「あ・・・いや、そんな事ない。単なる寝不足だよ。」 「もう〜〜岩城さんひとりの身体じゃないんだから、気をつけてよね。」 「・・はぁ?なにいってんだ、お前はまた・・。」 睨んでやろうと顔を上げると、そこには思いかけずとても優しげな瞳があった。続ける言葉を失ってし まう。 「やっと俺の顔見てくれた。」 香藤はそう言い、俺の頬にそっと手をあてて笑った。あったかい手。 その仕草と笑顔にまたドキリと胸が鳴る。 ・・・うわぁ・・なんだよ。こんなの知らない。 二人で見詰め合ってしまった後の沈黙・・・それを破ったのは間延びした泉の声だった。 二人のやり取りを黙って見ていた泉は、椅子から身体を乗り出すようにしてニコニコ笑っている。 「はーーい、そこまでー。。。 岩城くん、顔真っ赤だよ。かわいいなぁ・・・・チュウしていい?」 「・・$#★ЭФ・・・!!!!」何を言い出すんだこの男は! 「なっ、なっ・・なに言ってんすかっっ教授っ!!!ダメに決まってるでしょ!!!」 「なんだよ香藤。お前の彼氏じゃないだろ?」 「かっ彼氏って・・・いい歳こいて、なにがチュウですかっ!!」 「おい、それ失礼。歳は関係ないでしょーが。」 「ダメったらダメ!!岩城さんはダメ!!!」 「香藤うるさい。」 「教授が変なこと言うからじゃないですかぁっ!」 「ガキだなぁ。」 「なっ・・・!!!」 「ぷぷっ。」 この二人はいったい何をやっているんだろう。香藤は教授にからかわれているのが分らないのだろうか。 暖簾に腕押しのような会話。香藤の負けは明らかなのに。。。。 でも教授はなんだか楽しそうだ。 明るい性格の香藤は誰にでも好かれる。老若男女関係無くだ。あの笑顔で真っ直ぐに見られて仏頂面でい られる人間がいたら会いたいものだと思う。自分も例外ではないらしくつい慌てふためいてしまう。どう いう表情を返していいのか分らないのだ。引きつる笑顔しかできない自分がカッコ悪くて目を反らせて 下を向くと、未だ視線を外さない香藤が「岩城さんってなんか可愛い。」とか俺の感情を煽るような事を 態と言うのでよくケンカになったりしていた。 あいつの視線はやっぱり苦手だな。 既に冷静さを取り戻していた岩城は大きく溜息を吐き、まだ騒いでいる二人を尻目に最後の一行をノート に書き出すと、筆記用具を片付け、帰り支度を始める事にした。 「教授、終わりました。何度かチェックしたので問題ないと思いますが・・。」 泉は楽しそうな顔で、自分の前にいる香藤を押し退けると、岩城からレポート用紙を受け取った。 「うん。きれい綺麗。さすがだね、岩城くんに頼んで正解。」 なにが正解なのか良く分らなかったが、問題は無いという事なのだろうと判断し、椅子から立ち上がると バックを肩に掛けた。 「では、帰らせてもらいます。」 「ありがとう。また頼むよ。」 冗談じゃない。と思ったがこれも口には出さないことにした。 にっこりと微笑むと小さく頭を下げドアに向かうが、後ろからバタバタと近寄る足音がして肩を掴まれる。 「もうっ!岩城さん。俺も一緒に帰るの!」と香藤が自分の腕を絡めてきた。 「いいなぁー。」 「教授はまだ仕事してて下さい!」 「冷たいな香藤。せっかく協力してやったのにな。」 泉はローラーが付いてる椅子を蹴って移動すると、じわりと上目遣いで香藤に迫ってきた。この教授、や っぱりちょっと変な奴のような気がする。 「わぁ〜〜かってますって!ちゃんとまた手伝いますよ!もう大人気ないなぁ〜!」 「そうだ岩城くん、さっきの話考えといてね。」 今度は香藤に絡まれている腕を睨んでいた岩城に、話掛けてきた。 「さっきの話?」 「そう。役者になってみない?って話。良かったら僕の舞台、観においで。」 「いえ、でも俺は・・・」 「まあ、深く考えないでさ。遊びにくるって思えばいいじゃない。」 「はあ。」 「僕ね、これは君が前に進むチャンスだと思うんだ。」 「え?」 「岩城京介。君はもっと自分自身を知るべきだね。君は蝋天使でも、クールビューティーでもないし、 君は君であって、それ以外何物にもなり得ない。それが分らなくちゃだめだ。それには今の自分も過去の自 分も全て受け入れること。難しいかもしれないけどね、それが第一歩だよ。」 「あの・・・教授、何を言っているかさっぱり分りませんが・・・」 「似て非なるその眼。」 「は?」 「カラをぶち壊せー!ってね。」 「????」 ・・・全く訳が分らない。この人はいったいなにを言いたいんだ?? 香藤は隣で苦虫を噛み潰したような顔をして突ったっていた。 「すいません。理解出来なくて申し訳ないんですが、帰っていいですか?」 「いいともーなんちゃって。」 耳に掛かる、少しウェーブがかった髪を煩そうに後ろへ掻き揚げ、笑いながらヒラヒラと手を振る。 「・・・・・。」 岩城はもう一度、盛大に大きな溜息を吐くと、急ぎ足に教授の部屋を出た。 自分もあの男に馬鹿にされているのだろうか? 前に進むチャンスだって? 馬鹿馬鹿しい。 そんなこと考えた事もない。それこそ大きなお世話だ。俺には自分で前へ進む必要など無いのだから・・・ 紺野がこれから俺をどうしようと俺の知ったことではないし、したいようにすればいい。経営者らしく振舞 えというならば、それに従い努力もしよう。全ては自分にとって大した問題では無かった。 何も悩む事はない・・・ただ今までと同じ様に生きてゆけば良いだけだ。 泉の言う自我をの存在を認めるという事は、今の俺にとっては酷く苦しい思いをするだけだった。 あの男は何故あんな事を言うのだろう? 何か知っている? 「ふ・・・」閉じられた唇から吐いて出た小さな小さな溜息。 「岩城さん!!」 学舎を出る辺りで香藤が後ろから追いついてきた。息を切らして走ってくる。 あぁ今にも転びそうだ。馬鹿だな、そんなに急がなくてもいいのに・・・ 苦しいのか岩城の前まで来ると、頬を少し赤くして膝に手をついたまま暫く動かなかった。 |
岩城さんの前に現状を打開するチャンスの気配が?!
香藤くんはその話をどう感じたのでしょう・・・
明るい香藤くんの描写が素敵ですv
メールの送受信の不備で掲載が遅れてしまいました::
MOMOさん、upが遅くなって申し訳ございません