あの日の朝、清水からの電話を切った後(勝手に切られたのだが・・)難しい顔をして立ち尽くしている岩城に、 「おはよ。」 と香藤が下着姿のまま後ろから腰を抱き、首筋に唇を落としてきた。 「難しい顔して、どしたの??誰から?」 「いや・・清水さんからなんだが、何かすごく慌ててて・・・大騒ぎになってるそうだ。」 「あ〜やっぱり?岩城さんがなかなかOKしてくれないから、強硬手段とっちゃったんんだけど・・世間にはちょっと刺激強すぎたかなぁ・・」 「かなぁ・・って、お前はどうしてそう後先の事考えないで行動を起すんだ?ちょっと考えればわかることだろうがっ!」 向き直りあきれた様に言う岩城に、香藤は少し目を細め、にやりと口の片端を上げるとふんと鼻をならした。 「何言ってんの。まだまだこれからだよ。俺たちの本気を世界中に見せ付けてやらなきゃ!ねぇ!?」 「ねぇ?・・・って・・・・はぁ、お前のその脳天気はやっぱり才能だな。」 と皮肉まじりに呟くと 「岩城さんだって結構才能あるってぇ〜!」 今度はニコニコと笑顔で答える。 まったく相変わらずクルクルとよく表情が変わるやつだな。見てて飽きない 。内心クスリと笑いを漏らすがそんな事がコイツにわかったら尚更調子に乗るだけだから、ばれない様に殊更難しい顔を作って、軽く頭をこづいてやる。 「馬鹿か、そんな才能はいらん!」 と言うとスタスタと部屋を出て行ってしまった。 「岩城さ〜〜ん!俺がご飯作ってあげるからシャワー浴びて待っててね〜〜」 「ふんっ!!」 岩城は、やだやだと言っていた割には、意外なほどの変わり様でCD発売に関する事項全てを楽しそうにこなしていた。 灰色の雲は低く広がり、外は今にも一雨来そうな雰囲気を漂わせている。 6月、漸く日程も決まり、ドラマやテレビ出演の合間に香藤と岩城はふたりで歌と振り付けのレッスンに通いだしていて、その日も“祐志・ウェラー”と名乗る振付師と始めての顔合わせだった。 「ゆうじ・・?さんですか?」180はゆうに超えた身長、アッシュに染めた短めの髪をツンと立ち上がらせていた。 目の色も変わっていて、ちょっと中性的な感じのする男だ。 「ハーフなんだ。向こうでは皆俺のことユージンって呼んでたから、君達もそう呼んでよ。ジって言いにくいのかな?ユージーって言われてたのがいつの間にかユージンになっちゃってさ。何か映画にでも出てきそうな名前でしょ?」 と笑いながら話している。 話すのはいい、話すのは良いけどさっきからじーっと岩城の方ばかり見てるのだ。なんかムカムカする。 会ってすぐ「君達ってテレビでもカッコいいけどこうして目の前で見ると、ホント凄くかっこいいね〜。岩城くんなんてさ、こんなに綺麗って言葉が似合う男の人も珍しいんじゃない?って言う位綺麗だよね〜〜ふたりがステディな関係なんてちょっと妬けるなぁ」 とつくづく洩らしていたのだ。何コイツ ? その後の岩城へのこの熱い視線・・。もちろん岩城はそんなの感じる訳が無い。 レッスンが始まり、ステップやターンを難なくこなしてゆくふたり。 香藤は大きく切れのいいダンスをする。 岩城はもともと姿勢がいい事もあり、膝をついた形から手を広げ立ち上がるだけで、とても優雅な動きが出来上がる。 全くイメージの違うふたりだがそこだけ独特のオーラに包まれていて、何とも言いようの無い、ごくりと唾を飲み込んでしまう様な雰囲気を醸し出していた。 休憩の時「なに岩城さん、自信ないとか言ってさ。俺より全然かっこいいじゃん。」 とちょと拗ねたように香藤が擦り寄ってきた。 「お前みたいにはいかないよ。でも身体を動かすと気持ちが良いな。」 岩城はクスクスと笑い、スポーツタオルで汗を拭きながら香藤を見上げた。 その顔があんまりにも綺麗で暫く呆けたように見つめてしまった 「香藤・・???」 「あ、ううん、なんでもないよ。」 抱きつきたい衝動を抑え、慌てて岩城の横に腰を下ろした。 他の練習生の打合せに行っていたウェラーがスタジオに戻り、ふたりのもとへ近づくと 「岩城君、ちょといい?」 と岩城に手を伸ばして、立つよう促した。 「こっちに来てくれる?」 ゆっくりと歩き岩城を大きな鏡の前に立たせると 「さっきのステップなんだけどさ、こう右足を出したとき腰を一緒に気持前に出してみて。」 と自分でやって見せる。さすが先生、綺麗な動きだ。 岩城がそれを真似て、ステップを踏む。 「う〜〜ん、そうじゃなくて、こう出したと同時に・・・」 といいながら岩城の腰に両手をかける。 ・・・と「うわああああ〜〜だめだめ!!岩城さんに触っちゃだめっっ!!」 悲鳴にも似た大声が響いた。 スタジオにいた全員がビックリして、声の主を振り返る。 それまでじっと二人の様子を口をへの字に曲げたまま眺めていた香藤が、大声を上げ両手を振りながら慌てて二人の前へ走ってくる。 そして「ユージン、手はこっち。」 とウェラーの手を掴むと自分の腰に廻させた。 「岩城さんの腰はダメ!俺のでやって!!」 「は??」 あっけに取られて口をポカンと開けたままだった岩城がハッとして、顔を真っ赤に染めたかと思うと 「香藤ぉぉぉっ!!!!いい加減にしろっお前は子供かっっっ!!!」 ごんっっ!!岩城の振り上げた拳は香藤の頭右上サイドにヒット。 「うう〜っ・・だって・・・」 と頭を抱えて蹲る香藤を、これまたポカンと見ていたウェラーだったが 「ぷっ!!」と吹き出すと香藤の横にしゃがみこむようにして、大声で笑い出した。 「あっははははっ!おっもしろいね香藤くんって・・これは暫く楽しめそうだなぁ」 と涙を流しながら言う。 そのウェラーを横目で睨み、 「楽しまれちゃ困るんだけどっ!岩城さんは俺のっ!だから俺以外は触っちゃだめなんだってばっっ!!」 涙目で頭をさすっていた香藤が反論する。 「香藤っ!!まだ言うかっっ!!」岩城が再び手を振り上げると 「うわっ岩城さん、ごめんっもう殴らないでよっだってホントのことじゃん!」 そう言うと急いで立ち上がりその場を逃げ出した。 「ふざけるなっっ!!!こらっ!」 と岩城が後を追う。 いい年した二人がいきなり始めた鬼ごっこにびっくりしながらも、皆顔を綻ばせていた。 その中でウェラーだけは、うひゃひゃといつまでも笑い続けている。 そんな光景を離れた所で呆れた様に眺めていたマネージャーの金子が、隣にいる清水に申し訳なさそうに言った。 「いつもすいません。何か皆に迷惑かけてしまって・・・でも香藤さん全然悪気はなくて・・岩城さんが絡むといつもああなってしまうんです・・・ウェラーさんには奥さんもお子さんもいるって言ってあるんですけど・・。」 頭を掻きながら話す金子に、クスクス笑いながら清水は首を振る。 「わかってます。香藤さんは本当に岩城さんの事が大好きなんですね。側で見ている者もとても暖かい気持になります。」 そういうと、まだ騒いでいる香藤と岩城へ目をやった。 「あ・・・」と清水が小さく声を漏らした。 「どうしました?」 「あの香藤さんのピアス・・・」 「ああ、あれですか?先日岩城さんに貰ったとかで、とても嬉しそうに話していましたよ。」 「そうですか。岩城さん香藤さんへの誕生日プレゼント随分悩んでて、一人では入りにくいからとジュエリーショップにご一緒した事があるんです。そこでず〜っとピアスを眺めてらして・・・・・」 香藤の耳朶には清水が始めて見る、シンプルなプラチナのピアスが光っていた。 何年経っても変わらない岩城と香藤のお互いを想う深さに、二人は顔を見合わせると微笑み、心が暖かくなるのを感じた。 そして・・・ 「こら〜〜香藤!いい加減にしろっっ!!!!」逃げながらも、何だか香藤はとても嬉しそうである。 そんなこんなであちこちに騒ぎを撒き散らしながらも、CD制作は取り合えず順調に進んでいった。 そして発売直前にテレビで何度か歌うことになっていたのだが、岩城がテレビで歌うのを恥ずかしいと嫌がり、これもたった一度だけの出演となった。 宣伝を兼ね、あるトーク番組に二人で出た時、また香藤の爆弾発言。全く毎度毎度お騒がせ男の香藤である。 「岩城さんが恥ずかしがるから、テレビで歌うのは一回だけなんですよ!貴重でしょう。見逃したら大変ですよ〜!」 客席ではキャーキャーとざわめき立つ。 番組側としては、宣伝になって大喜びなのだが、岩城はと言うと 「また・・余計な事を・・兄貴達も見るんだろうな・・」 と中々に複雑な心境であったりするのだ。 |