想 い 風(秋月編)



ゆっくりと意識が浮上する。

気を失うに近い状態で眠りについたのは初更を過ぎていたと思う。

今は夜半過ぎくらいだろうか。

酷く暑かった日中ほどではないが未だにむっと熱を感じる。

暑さのせいで意識を失い、暑さのせいで目覚めたようだ。

今日は日中にも一度意識を失った。










  朝からどんどん上がる気温に動けずに横たわっていた。

  すっかり弱ってしまっている身体には暑さがいっそう堪える。

  じわじわと滲み出る汗で浴衣が身体に張り付く。

  風を求めて障子を開けようと身体を起こした途端に目の前が真っ暗になった。

  気づくと額に冷たい手拭がのせられイトさんが団扇で風を送ってくれていた。

  固く絞った手拭で身体を拭いてもらい、浴衣を着替えると随分とすっきりした。

  イトさんに礼を言うと逆に気づくのが遅くなり申し訳ありませんでしたと謝られた。

  俺が意識を失うような事になる前に何か対処すべきでしたと。





  イトさんは唯一草加が心を許している人物。

  草加の他に唯一俺の存在を知る人物でもある。

  俺の存在が草加の為にならぬ事は分かっているだろうに何も言わず世話をしてくれる。

  俺は草加とこの心優しい人をも苦しめているのだ。

  それを分かりきっていながら自らの命を断ち切れずにいた。

  草加への想いがそれを邪魔していた。










水を飲もうと目を開けるとすぐ傍に草加が眠っていて一瞬どきりとした。

襟元を緩めただけでベストを着たまま眠ってしまうとはかなり疲れているのだろう。

外務大輔の激務のせいもあるだろうが、俺に関わる事での心労も否めないはずだ。

少し明るい色の髪が滲む汗で額に張り付いている。

掻き揚げてやりたいがそうすればおそらく草加は目を覚ましてしまうだろう。

俺自身も自ら草加に触れたら歯止めがかからなくなってしまいそうで怖い。

俺から草加を求めるなど許される事ではないのに。





草加が低い呻き声とともに寝返りを打った。

こんな格好ではかなり寝苦しいだろう。

イトさんが文机の上に団扇を置いていってくれたはずだ。

草加を起こさないよう慎重に身体を起こして団扇を手に取る。

ゆっくりと動かし草加に風を送る。

起こさないよう、そっと、そっと。

草加への想いは変わらないのに起きている時に顔を合わせるのは辛すぎる。

草加のまっすぐな想いに己の罪を忘れてしまいそうになるから。

それに目が覚めたら草加は屋敷に帰ってしまうかもしれない。

『朝まで傍にいて欲しい。』そんなささやかな望みすら俺には口にする資格はない。

だからせめて今だけ告げられぬ想いの代わりに風を送らせてくれ。





草加が僅かに動き、背中に緊張が走ったのが分かる。

目を覚ましてしまったのだろうか。

しかし草加は動きを止めたまま振り向かなかった。

起きたと思ったのは思い過ごしか、それとも眠っている振りをしているのか。

どちらでも構わない、今少し、今少しだけこのままで・・・・・。







'05.7.24  グレペン

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