甘い水  
=岩城・香籐ver.=



岩城さんの運転で夜の町をひた走る。
車内にはシンセサイザーの演奏の曲が静かに流れていた。古のなにかを思い起こさせるような懐かしい感じのする音楽だ。

明日は珍しく2人ともオフ。
だから何処かに行きたいな。と思っていたのは俺。
でも岩城さんは割と家にいるのが好きだから、どうしようかとリビングで考えていた。
だから夜帰宅した岩城さんの方から「これから出かけないか?」と言われた時には正直言って嬉しいながらも少々驚いた。

わくわくした気持が顔に出てしまっているのだろうか。
「あんまり期待されても困るんだが…まだ時間がかかるから寝ていていいぞ。」
俺の顔を見て岩城さんは苦笑しながら言った。
行き先は知らされていないけれどそんなことは気にならなかった。
たまにはミステリーツアーもいいだろう。
シンセサイザーの音と日頃の疲れもあって俺は軽く目を閉じ、そのまま心地良い眠りに誘われる。愛しい人の横で。

どれくらい眠ってしまっていたのか…車の中は音楽も鳴り止んでいた。
窓の外に目をやるとお世辞にも都会とは言い難い町並みが見える。
道路案内の看板が目に入った“名…草…?”一体どの辺りなんだろう?

暫く走ったあとわき道に入り曲がりくねった道になる。舗装されてはいるが道幅はかなり狭い。
すれ違う車もない。外灯も殆どなくヘッドライトを頼りに岩城さんは運転している。

程なくして空き地らしきところに車を停めた。
「ここから少し…5分くらい歩くから。」
そう言われて車から降りる。
車のエンジンを止めライトが消えると辺りは真っ暗でなにも見えなくなる。蛙のがやがやという声だけが響いていた。
かなり遠くにある外灯と月明かりだけで更に奥へと歩く。
岩城さんの着ている白いワイシャツだけが闇に浮かび上がる。

前方にごく小さな光が見えた。誰かむこうに人がいるのだろうか?
その後歩くこと数十メートル、そこには幻想の世界があった。

「岩城さん………これって…蛍?」
暗闇にやや黄緑かかった黄色い光が点在している。すうっと消えたかと思うとまた別のところが光り出す。
(さっき見えたのも蛍だったんだ。)
「俺、テレビや写真でしか蛍なんて見たことなかったよ。小さいけれど結構光が強いんだね。知らなかった。」
「俺は小学校に入る前かな…一度だけ兄貴が捕まえてきてくれたのを見たことがあるんだ。だから俺もこういうのは始めてだな。」

「ここは地元の保存会と小学生が源氏蛍を飼育している場所なんだそうだ。本当は雨上がりの日没後というのが一番条件が良いらしいんだがその時間は人も多いしな、ここまで来るには俺たちにとって時間的に無理だろ。今日は夕方から雨が降って夜、上がったし、少し蒸し暑かったからどうかと思っていたんだ。思っていたよりも数が見られたな。」
生真面目な岩城さんらしく説明をする。

蛍……今まで岩城さんの思い出にあった蛍はお兄さんとの思い出の中にあったものだろう。
そしてこれからは俺との思い出になる。
いつまでも、いつまでも。
この美しい情景と共に。

「ありがとう。凄くきれいだ。」
陳腐な表現しかできないがこの情景はどんな言葉にも表現できない。
そう、まるで自分の横にいる愛しい人と同じようにどんな賛美も翳んでしまう。

蛍は甘い水に惹かれるというけれど、自分にとっての甘い水とはまさに彼のことだ………。

「岩城さん…。」
振り向かれた岩城さんの唇に惹き寄せられるように唇を重ねた。

見ているのは乱舞する数十匹の蛍のみ―――   

                                                <End>

2003・6・28 ちづる 


蛍に彩られた美しい話です・・・・
ちづるさんの世界ですね・・・(*^_^*)
甘い水は岩城さん・・・・素敵ですv
飽きることのない永遠に求め続ける水ですね
Loveだわ〜★