春宅配人 (岩城ver.)


とある日の昼下がり香藤はベッドの住人と化していた。
ベランダの方に目をやればレースのカーテン越しに暖かそうな陽射しが差し込んでいる。
「あ〜あ、絶好のお花見日和なのになぁ。」
冷却剤の貼られた額に手を当て、大きくため息をつく。
いつもなら嬉しいはずの好天が今日ばかりは恨めしかった。
本当なら今日岩城と香藤は二人でドライブを兼ねて郊外までお花見に行く予定だった。
先週スケジュールの変更でオフが重なる事が分かるとすぐに香藤は岩城にお花見を提案した。
「ねぇいいでしょ?せっかくオフが重なるんだよ。調べたらその頃丁度見頃らしいし。ね、行こうよ。」
「そうだな。こんなチャンス滅多にないし。行くとするか。」
思いがけない岩城の乗り気な返事に香藤は有頂天になった。
しかし、先日の海に飛び込む撮影が堪えたのか香藤は昨夜家に帰った途端にダウンしてしまった。
今朝になっても熱は下がらず当然の如くお花見は中止。
せめて雨でも降っていれば諦めもつくのだろうがどうやら外は嫌味なほどに晴れているらしい。
香藤は今家に一人ぼっちだった。
岩城は風邪薬や冷却剤が無くなったからと買い物に出掛けてしまった。
しんとした家に一人だと思うと思考はどんどんマイナスに向かう。
(岩城さん遅いな。熱なんか出さなければ今頃は岩城さんと桜を見てたはずなのに…俺ってなんてドジなんだろう。)
そんな事を鬱々と考えているうちに香藤の目には涙が滲んできた。
我慢しきれずにぽろっと一粒零れた落ちた時階下でドアの開く音が聞こえ香藤は慌てて涙を拭う。
やがて耳慣れた足音が近づいてくると控えめなノックの後にそっとドアが開かれた。
「ただいま、香藤起きてるか?」
「うん。岩城さんお帰りなさい。」
身体を起こそうとする香藤に岩城が手を貸しガウンを羽織らせる。
「熱はどうだ?少しは楽になったか?」
岩城もベッドに腰掛け香藤の首筋に手を当てる。
「うん、だいぶ楽になったよ。」
「熱も少し下がったみたいだな。」
香藤の言葉に岩城はほっとしたように微笑んだ。
「外、いい天気みたいだね。岩城さんごめんねお花見行けなくて。」
シュンと項垂れる香藤の背中を岩城がぽんぽんと優しく叩く。
「風邪なんてひこうと思ってひくわけじゃないんだからそんなに気にするな。」
「でも…」
慰められても落ち込んだままの香藤に岩城はにっこり笑う。
「花見なら元気になってから近場に行けばいいじゃないか。夜なら時間取れるだろう?今日のところはこれで我慢しろ。」
岩城はそう言うとポケットからハンカチを取り出し香藤の膝の上に置いた。
それは何かを包み込むように丁寧に折りたたまれていた。
「…何?」
岩城は香藤の問いに答えずにそっと包みを開く。
現れたのはたくさんの薄紅色をした桜の花びらだった。
「岩城さん、これどうしたの?」
目を丸くして訊ねる香藤に岩城は優しく微笑む。
「途中に綺麗に咲いてる所があったからそこで拾ってきたんだ。」
香藤がそっと触れると花びらは柔らかい感触を伝えてきた。
岩城のさりげない優しさに香藤はじんわり胸が温かくなった。
「春の宅配便みたいだね。岩城さんありがとう。」
「少しは元気が出たか?」
「うん。」
「そうか。よかった。」
ふと見ると岩城の髪にも一片の花びらがついていた。
「岩城さん髪にもついてるよ。」
香藤は手を伸ばしそっと花びらを摘み取る。
「一応払ったつもりだったんだがな。まだ残ってたのか。」
岩城は香藤から花びらを受け取るとハンカチの中の花びらに混ぜた。
香藤はそんな岩城を愛しげに見ていたがふとある事が気になった。
「ねぇ岩城さん、この桜が咲いてた所って他にも人がいたの?」
「ん?ああ、公園みたいになってたから何人かいたぞ。それがどうかしたのか?」
なぜそんな事を訊かれるのか分からない岩城は逆に質問を返す。
「いや、その…桜の下にいる岩城さん綺麗だっただろうなぁと思って。それを見た人がいるのかなって気になったから。」
「お前…何馬鹿な事言ってんだ。」
岩城はそう言いながらも照れたように頬を朱に染めていた。
しかし香藤の本心は実は違っていた。
(岩城さん俳優としてのイメージを大事にしろって言うくせに自分は全然自覚ないじゃん。あの岩城京介が座り込んで花びら拾い集めてるなんて実際に見た人達だって目を疑っただろうに。でもきっと俺を慰めようと一生懸命だったんだろうな。)
我を忘れてしまえるほど岩城にとって自分が特別な存在だと言われたようで香藤は嬉しくなる。
「岩城さん、お花見絶対に行こうね。」
「ああ。」
外は絶好のお花見日和。
でもこの寝室にも太陽のように明るい香藤の笑顔と桜のように美しい岩城の微笑があった。





終わり

                                   04.3.25 グレペン

香藤ver.はこちらです