SEVERAL MINDS IN THE SNOW
-香藤Side-
「ね、岩城さん。夜景見に行こうよ!」 連日強行軍の撮影中に、こっそりスタッフが教えてくれたデートスポット! 都内を出て、高速、県道乗り継げば、あとは秘密のルートでほぼ一直線という、 ○○山の某エリア。そこは地元の限られた通のみ知るという夜景がすんごい きれいなトコなんだって! やっともぎ取った2人揃っての明日のオフ。 行こうよ!行こうよ!岩城さん!岩城さんと一緒に見たい!したいよ、デート! リビングで寛ぐ岩城さんを捉まえて、俺に甘いの承知の上で、オネダリ攻撃。 必殺技の頭擦り擦り、膝ぐりぐりの犬目線。ねえねえねえ・・・お願い!? 暖冬とはいえ、外はそれなりに寒い冬の夜。 ゴハンも食べて、お風呂も入って、後は寝るだけ〜。 まあ、それも美味しいには美味しいんだけど。そればかりかと言われるのも癪に 障る。 その誘惑振り切って、偶にはね?ね?外で2人きりの恋人気分を味わおうよ?と いつもの如く強請り捲る俺に根負けしたのか、呆れたのか。 「・・行ってもいいぞ・・・」 のGOサインを勝ち取って、早速BMWは、最愛の岩城さんをナビに据えて走り 出した。 聞いたルートを順調に走り、俺は鼻歌付き、の上機嫌♪ 隣の岩城さんは俺のはしゃぎっぷりに苦笑しつつも、それなりに楽しそう。 そして辿り着いたその場所は、実にローカルなトコではあったけど、それだけに 人気もなくて、正に絶好のラブシチュエーション♪ サイレントで、空気が澄んでて、なんて言うのかな〜。 ほんのちょっと山登った程度の中腹なんだけど、2人で車を降りて、並んで覗く その光景がさぁ。もうなんとも、かんともvv その場所から見下ろす下界が、神の領域って、な気がするような、いい感じなん だよ。 俺達のいる場所から、ガラス細工のビー玉とかオハジキでも撒き散らしたみたい に、下界に星がいっぱいに見える。もうもう最高〜にロマンチック♪ 岩城さんも気に入ってくれたみたいで、美人度益々上がった優しい微笑で、言葉 もなくそれに見入ってる。 ああ、一緒に来れて、ホントによかった!と俺も岩城さんの横顔に、どきどき。 しばらくそのしん・・・とした中での、2人きりを満喫して、ああ、岩城さんと 今すぐここでキスしたい!・・・と、肩引き寄せたら、あれれ、実は余りの寒さ に震えてた、岩城さん。 しょうがないから、エンジン掛けっ放しの暖かい車に乗り込んで、 「寒い〜!岩城さ〜ん。暖めて・・・!」 と、ドア閉めるなり抱き付く俺。 そんな俺を、ああああまた始まったよ、お前はやっぱりいつもそれだと、バ〜レ バレ。宥め透かされ、適当にあしらわれ、渋々ながら家路を辿る。 普段の俺は、岩城さんをナビに乗せての運転中は特に慎重。 これでもかってくらいに注意を払ってたし、ドライビングテクに絶対の自信を持 ってハンドル捌いてる・・・つもりだったのに。 わずかな時間とはいえ、この寒さ。山道下る緩いコーナー付近で、一部凍結した らしい路面にタイヤがスリップ、車がきゅるきゅると横滑り。 「あ・・・」 咽喉奥から悲鳴の漏れる俺のギアテクも虚しく、車はガードレールに擦りかけ、 岩城さんのいるナビを庇って切り替えしたハンドルの方向の、山斜面へこつんと 突っ込んで、急停止。 「岩城さん、大丈夫!?怪我してない?首は!?どっか痛くない!?」 柔らかい土斜面への軽い接触だったんだけど、それでもびっくりさせたよね? 慌てて、ナビの岩城さんに怪我がないかだけ確かめて。 「・・・ああ、お前こそ大丈夫か?」 交通法規を守ってシートベルトしてた真面目な岩城さんは、ナビのシートにしっ かり張り付いててくれたみたいで、無事なのに一安心。 でも、それからはいくらセル回しても、俺のBMWはうんともすんとも言ってく れない。 降りて眺めたBMWのボンネットには、しっかりザザーーッな擦りキズ。 ・・・ガッテム!! あぁあぁ、最悪〜。 さすがの俺も開いた口が塞がらない・・・。 キズはともかく、エンジン系統トラブらせちゃってるのには、お手上げだった。 ・・・まあ、岩城さんが無事だったから、車なんかどーだっていいんだけどさ。 でも、ここ、携帯圏外だからJAFも呼べないんだよ・・・。 こっからてくてく、山下りて、スタンドでもコンビニでも、いや恥を忍んで民家 でもいい!電話出来るトコまで、どのくらいかかるんだろう? このクソ寒い中、岩城さんを歩かせるなんて・・・ああ、もぉ、俺、最低最悪の バカじゃん!!!泣きそう・・・。 「ま、大丈夫だろう。帰れないわけじゃないし・・・。とにかく電話の出来る所 まで移動すれば、どうとでもなる」 ・・・うるうると、いっそ「切腹〜」気分の俺に、男前な岩城さんは、俺の頭を こつんと突いて苦笑する。 ごめんね?ごめんね?岩城さん。ホントにホントに、ごめんなさーーーい!! はしゃぎ過ぎて罰当たったのかな・・・?ううう・・・っ。 それでもべそかいて、アホの上塗りする訳にもいかず、BMWが車道を遮らない 場所に突っ込んでるのを幸いに、俺達は車内から手荷物と地図やら懐中電灯やら、 と必要最低限を引き出して、最短電話ポイントを探しつつ、山を降り歩き出した。 てくてくてく・・・。 カツカツコツ。 さっきの幻想的なロマンチック気分はどこへやら・・・。 鬱蒼とした山道を岩城さんの手を引いて歩いてくのに、響く靴音。 真っ暗闇の中、俺達の足元を、懐中電灯の灯りで照らして。 辺りが静か過ぎて、さぞかし岩城さんも気持ち悪いだろうな。 まあそれでも2人きりは2人きり。 せっかくだから、肝試し気分で、暗闇デートと洒落込もう♪と、俺は道行きずっ と、思いつく限り、喋り続けた。 「そういえば・・・局で佐和さんに会ってねえ・・・」 「この間、洋子から携帯に写メールが来てて・・・洋介が・・・・・」 「小野塚のバカが・・・・」 俺の可愛い岩城さんは、こんなナリして、実はとっても臆病さんだから。 こんな不気味な山道で、不安にさせないように、俺がしっかりしてなくちゃ! あ、でも、岩城さん?「香藤、怖〜いっ」て抱きついてくれてもOKなんだよ? て、ゆーか、いっそ、ウェルカム!! いいよ!いい!美味しいよ、それ♪・・・って、夢みてんなよ、俺! こんなコトになったのも、俺の不注意なんだから、しゃきしゃき探す! 電話電話電話っと。 BMW離れたトコから、男の足で、結構な距離、歩いてる。 俺のバカ話に苦笑しつつも、岩城さんは、全く俺を責めない。 ああ、俺ってホントに優しい旦那さんに恵まれたよね。 勿論、岩城さんてば、世界一色っぽい妻!でも、あるんだけど♪ だからこそ、こんなサバイバーな状況こそ、俺の野生の勘がモノを言う筈!と、 道々アンテナ張り巡らせて、キョロキョロしていると、変らず鬱蒼とした山道 の、木々の合間を抜った前方に、キラリと光る輪郭。 あぁぁぁぁ!! それを立ち止まって、よくよく眺める。 「・・・?・・どうした?」 今いる舗装された車道から、ナナメに伸びる田舎道のそのまた先・・・。 この距離であの高さに見えるんだから・・・間違いない!! 自分の視覚に集中していた俺は、岩城さんの声にすぐ気付かなかった。 「おい、香藤!」 呼ばれて、手を引かれて、やっと振り返り。 「岩城さん!!あれあれ!あれ、絶対そうだと思う!行こう?」 「あ、ああ・・・」 パッと笑顔の俺に、ぎょっとしつつも、岩城さんは、反射的に頷いた。 俺は、岩城さんの手を握り直して、脇道へ進路変更。 その光るものに向かって、一気に走り出す。 そして、全力疾走で岩城さんを引き摺って辿り着いた、その光の正体は・・・。 「・・・ラ、ラブホ・・・?」 「・・・なんでこんな山の中に・・・」 「俺も・・・ペンションかプチホテルか何かだと・・・」 鬱蒼とした山中に、ぽつねんと、煌くネオン。1、2、3、4、5階建て。 1泊○○○○円 休憩○○○○円の垂れ幕下がってないだけで、いかにも田舎の 道路沿いに突っ立ってる感じの、超・旧タイプ。 車両入り口のショボイヒラヒラが、これまた泣かせる〜! ボロイっつーか、古いっつーか・・・。鄙び過ぎだよ。 こんなトコにカップル来んの? 女のコは嫌がるだろ・・・普通、これぇ。 でも、この山道、ここしか辿り着く場所ないみたいなんだよね。 くるりと辺りを見回すと、こっちが本来の車道だと、俺達の来た方角から、逆サ イドへ伸びていた。あちゃー。 「まあ、なんでこんなトコにラブホがあるかは置いといて。とにかく電話電話! 行くよ?岩城さん」 「・・・・・・あ、ああ」 岩城さんも相当唖然としてるみたい。そりゃそーだよね。 車両入り口のヒラヒラ潜って、所々ひび割れたコンクリだか、サイディングだか の外壁眺めつつ、目を覆いたくなるような昔ながらの装飾の自動ドアを見つけて 飛び込むと、ああ、やっぱり・・・な、すんごいタッチパネルのルームレイアウ ト。 この臙脂のビロード、ヤダ〜、気持ち悪ぃ、ダサッとか、そんな俺の感想はとも かく。フロントとゆーか、まあ管理人がいると思しき小窓に、飛びついて、 「すいませーーーん!ちょっと電話貸して欲しいんですけど」 と声をかけた。 すると、中から、面倒臭そうに、いかにも、いかにもってな、中年男のこれまた 寂れたオヤジ登場。 黒縁眼鏡の縁上下させて、怪訝そうに俺達を上から下まで眺め回す。 それは俳優としての俺達を知ってのコトなのか、ただ単にげっ、ホモのカップル だ!!と思ったからなのか。それはそれで、仕方ない。 「山道で車事故っちゃいまして・・・。ここ携帯圏外なんでJAF呼びたいんで すよ?」 胡散臭そうに見つめながらも、俺が一通り状況を説明すると、オヤジは黙って奥 から電話を引き出してくれたので、そのまま俺がJAFにも同じ説明をする。 「ええええ?・・・・なんとかしてよ〜。え〜?・・・ああ。はい。そうですか 〜。うーん。・・・・はい。はい、解りました。それじゃ、宜しく」 家を出たのが夕食後。それから車で山登り。事故って、歩いて、只今真夜中。 さすがのJAFも場所が場所だけに、明朝1番までお待ち下さい・・・だって。 俺がオヤジやJAFと交渉する間、ずっと所在無く居心地悪そうにしていた岩城 さんに、それを言うと。 「・・・つまり、朝まで時間を潰せってコトなんだな?」 「・・・ごめんなさい」 しゅんと項垂れる俺に、はあぁぁ・・・と深い溜息をついた後、徐にキリリと、 意を決して、 「部屋、空いてますか?そういうコトなので、朝まで時間潰せれば結構ですから」 と、オヤジに言ってくれた。 ああ〜ん♪岩城さ〜ん!!格好イイ!!!男前〜! オヤジは不気味にニヤリと笑うと、 「うちは性癖問わないから。痴話喧嘩で刃傷沙汰さえ起こさないでくれりゃ、お 客さんはお客さんだよ」 だって、さ。くそぉムカつく〜。別に・・・いいけどね。 で、まあ、それならと、空いてるのは照明点いてるトコだろうと、タッチパネル の一覧を眺めて俺は、 「岩城さん?どれにする?どの部屋がいい?」 と、GOサインは出したものの、実はとっても嫌そ〜な顔して、眉を潜める岩城 さんに、下心モロバレな笑顔で、にっこり聞く。 「どこでもいい・・・。お前、好きなトコにしろ・・・」 正に、正に、はぁぁぁな、げんなりした岩城さん。 でも、俺の好きでいいって言うんだから、遠慮はしない。 どれもこれも、今時こりゃねーよってな部屋だから、まあレトロプレイだとでも 考えるコトにしよう♪ で、じゃあ、これ、とタッチパネルを押すと、カランとナンバー入りのルームキ ーが落ちてくる。 それを手に、岩城さんを引っ張って、ズカズカとその部屋を目指す。 ゲン担ぎなのか、400番台ってのはなくて、5Fが600番台だったから、あ えて俺は自分の誕生日の609をセレクト。 エレベータの中でも岩城さん、終始無言で眉間に皺寄せて、そりゃあ嫌そうな顔 してたんだけど。5階に着くと、その斜め前に609号室があって。 「・・・お前、番号で選んだのか?」 そのルームナンバーを見て岩城さんがジロリと俺を睨む。 「え?誕生日。俺の。・・・何?何?なあに?・・・何か想像した?岩城さん?」 ナニ想像したかは、解らないでもないけれど♪ そう言って顔を覗き込むニヤけた俺に、口篭る可愛〜い岩城さんが、早速キー差 し込んで部屋を開けた途端、ビタリと立ち止まった。 「お・・・お前・・・よく恥ずかし気もなく、こんな部屋を・・・」 「ええ!?なんで〜?どれでもいいって、言ったじゃん」 俺が選んだ609の内装は、昔ながらのダサいルームレイアウトの中では至って シンプル。部屋全体がホワイトだし、テーブルもソファもそれなりで、ケバい装 飾もない。 ただ・・・入り口入った部屋の中央に、でーんと佇む、ミロのビーナスでも出て きそうな貝殻のお風呂付。 そして逆サイドのその奥に更にまた、でーーーんと聳える回転ベッド、があるだ け♪ 俺は岩城さんの背中をぐいぐい押して、靴を脱がせて、そのまま手を取って、部 屋に引き入れる。 それから、キョロキョロしながらも、また深い溜息を付く岩城さんを尻目に、回 転ベッドへジャ〜ンプ。 ベッドにうつ伏せで肘付いて寝転んで、速攻、枕元の操作レバー、スイッチオン。 するともうお約束!ってな感じで、ゆっくりベッドが廻り出す。 操作レバーの一群、色々弄り回して、証明が赤だの青だのピンクだのと切り替わ るのに、苦しい程の大笑い。 岩城さんを手招きして、 「岩城さん、岩城さん、おいでおいで!結構いいよ、これ?」 「・・・・・・」 と言うと、これまたすんごーく呆れた風に、眉を潜めた岩城さんの無言の眼差し。 「え〜?・・・しないの?」 「・・・っ。・・・するか!・・・」 「いいじゃん。そーゆートコなんだからさ〜。ねえ、おいでよ〜」 ベッドをポンポン叩いて、手招きし続ける俺を無視して、岩城さんはライトやコ ンセント、テーブルの下とか、壁の飾りをチェックしている。 ・・・ああ、ハイハイ。盗聴器とか隠しカメラね。 まあ、俺達それなりの業界にいたんだから、その手のモノの隠し場所はある程度 解るけどさ。岩城さん、神経質だから、余計気になるんだろうな〜。う〜ん。 仕方なく、俺も転がりながらベッド周りのチェックをしていると、しゃがんだ岩 城さんが何やらごそごそとTVの真ん前陣取ってる・・・。 「ん?どしたの?何かあった?」 「・・・いや。何でもない」 そう言いつつも、なんだか様子がオカシイ岩城さん。 慌てた感じで、俺の視線から、TV台兼用のラックを塞いでる。 ホントに隠しカメラでも見つけたのかと、俺が、そろそろとベッドを降りて、岩 城さんに近付いていくと、 「いいから!お前はあっちの、回転ベッドででも遊んでろ!」 とか、言って、更に何かを隠してる様子。 「何、何?なんなの?何かあった?」 「香藤!!・・・いいから!!」 そう言われると、余計気になるのが人情で、岩城さんの背中を抱き寄せて、ぐい っと引っ張る。するとラックの中から、ドサリとVTRの山が崩れてきた。 「あああ!!AV!?俺達の、あったの!?岩城さん?」 こんな場所、ましてやこんな寂れたラブホだけに、在って然るべきそのお宝♪ 「ああああ!!これ、岩城さんだ♪岩城さんのだ♪」 いくつかの見覚えあるパッケージタイトルに一気に嬉しくなって、俺は岩城さん を後ろから抱き締めたまま、顔を覗き込む。 「見ない!見ない!・・絶対見ないからな!・・」 俺の腕を振り解こうと、必死に暴れもがく岩城さん。 その余りの断固とした拒絶の姿勢に、今は懐かしいばかりの岩城さんのマンショ ンでの、引越し荷造りの日が蘇る。 AV時代の過去を全て・・・捨てたがってた岩城さん。 そして、見ないと言う約束したくせに、引越し当日、岩城さんのお風呂タイムに、 こっそり見ていたのがバレて・・・逆鱗に触れたっけ。 ・・・本当に、イヤなんだね。 「・・・なんでそんなにイヤかなぁ。・・・この頃の岩城さんも俺の岩城さんに 変りないのにね・・・?」 「う、うるさい!イヤなものはイヤなんだ!!」 岩城さんの凄まじい抵抗の下、俺はまた渋々と肩を竦めて、 「ねぇ、岩城さん?その業界にいた俺達のセリフじゃないんだけど。・・・エッ チなんて、見るもんじゃ、ないよね?」 そう言って、岩城さんの腰に腕を回して。 「・・・するもん、だから、さ?」 岩城さんをグイッと振り向かせて、更に顔を覗き込み、 「・・・本物が俺を構ってくれるなら、・・・VTRなんて・・・見なくていい。 ・・・俺にVTR、忘れさせて?」 岩城さんのキレイな目元に吸い込まれそうになりながら、その唇をふわりと、盗 む。 「んん・・・か、・・・香藤・・・っ」 盗んだ唇を無理やり抉じ開けて、更に舌も強奪・・・。 「・・・ダメ・・・。好き・・・。欲し・・・、岩城さん・・・」 そして、岩城さんを強引に抱き上げ、ベッドに下ろすと、俺は自分のダウンジャ ケットを放り出し、圧し掛かった。 「か、と・・・、ちょ・・・、待てって!」 まだコートも脱いでない岩城さんのセーターの裾から手を差し入れ、耳朶咥えて、 「ヤダ。もうその気だもん、俺」 と、また更にその唇に喰らい付こうとした、その瞬間、 『・・・・・ぁぁぁ、あん、ああぁぁぁん・・・』 そんなまさかの喘ぎ声が、耳を劈く。 「え・・・!?」 その突然の嬌声に、俺と岩城さんが同時に固まり、顔を見合わせる。 『・・・・いやぁぁぁん、・・・や・・・めちゃ・・・・ぁぁぁんん』 ぎょっとして、振り返ると、TV画面いっぱいに、AV女優の狂乱の映像。 前の客が中途のまま入れっぱなしだったんだろう、VTRが生々しく再生されて いた。俺達の足元に転がるリモコン・・・。 そして、画面の中には、AV女優を組み敷いた昔の岩城さんが・・・。 「うあ、ああああああ!!!!やめろ!!!」 「・・・・・・・・・あ」 瞬間的に思考の停止した俺の目が、その映像の岩城さんに釘付けになっていると、 俺の下の岩城さんが悲鳴を上げながら、暴れ出し、俺を突き飛ばす。 「え?え?い、岩城さん!?」 引き止める間もなく、バタンと閉まるドア。 一瞬何が起きたのかも解らず、呆然とする俺をそのままに、岩城さんは部屋を飛 び出して行った。 ええええええ???? 閉まったドアとVTRに視線を交互させ、正気に返った俺が、脱いだダウンと部 屋のキー、引っ掴んで、慌てて後を追うと、岩城さんを乗せただろうエレベータ は既に下降表示を示していた。 ちょっとちょっとちょっと、待ってよ〜。岩城さん!!! エレベータが再度上がってくるのなんて、待っていられず、階段探して、左右を 振り仰ぐ。 ああ、くそ!そうだよ、この手のラブホに、屋内の階段なんか、普通ねーよっ。 ・・・非常階段!どっちだ? やっと誘導灯の非常階段の表示見つけて、バタバタと走り、その屋外へ続く非常 ドアを抉じ開け、外に出ると、いつの間に振り出したんだろう、雪がちらほら。 急激な冷え込みに身震いすると、俺はダウン羽織りながら、数段飛ばしに、その 螺旋階段を駆け下りる。 岩城さん!!岩城さん!! やっと、2階付近まで駆け下りると、いてもたってもいられず、螺旋の柵跨いで 飛び降りて。 俺が飛び降りたコンクリ地面に降り積もる薄い雪に、危うく滑り掛ける。 岩城さん!岩城さん!岩城さん、てば!! 勿論、さっきの自動ドア潜って、確かめても、1F表示のエレベータの中は空っ ぽ。やっぱり・・・、外に出てるよ!岩城さん。 ああ、もう、こんな寒い中、雪まで降ってんのに、何考えてんだよ、風邪ひくじ ゃんか!俺はまた、岩城さんを探して、ラブホを飛び出す。 岩城さん、岩城さん、どこ・・・だよッ!? ラブホのネオンが照らす、さっきと変らない鬱蒼とした山林に、パウダー塗して くみたいに冷たい雪が舞い落ちてくる。 足元にうっすら降り積もる、白い白い、雪。雪。雪。 あ・・・。 よくよくその地面を見てみると、その白い雪のカーペットには、メンズサイズの 靴跡。それは、俺達がここまで通ってきた山林の方角へ散らばっていた。 ・・・車!?岩城さん、BMWんトコへ・・・? 俺は、5Fまで戻ってなどいられず、再びフロントのオヤジに懐中電灯を借りよ うと、小窓に顔を突っ込む。 「悪いけど、ホント早く貸して!?早く!早く!」 こっちの勝手は重々解ってんだけど、トロイよ、オヤジ!こんなコトなら、5F の部屋まで戻った方が早かったじゃん! 俺の焦燥などお構いなしな鈍い動きにイライラしながら、やっと目的の懐中電灯 を手にすると、怪訝そうにまた何か言い掛けるオヤジを、すぐ戻ってくると威嚇 して黙らせ、岩城さんの足跡を辿って山中に引き返す。 顔や髪に降りかかってくる雪を何度もうざったく振り落としながら、岩城さんの 手を引いて歩いた道を、逆に伸びる足跡に注意しつつ、ひた走った。 岩城さん、岩城さん、大丈夫かな? こんなトコ1人で歩いていくなんて!危な過ぎるよ!無謀だよ! 転んで、怪我なんかしてないでよ? ・・・無事で、いてよ? ああ、ああ、変質者にでも襲われてたりしたら・・・、どーしよう!? 岩城さんに何かあったら、俺、どうしたらいいんだよ〜!! そんなことばかり考えながら、一心不乱に足跡辿る。 焦ってるもんだから、走ってるってのに、何度も雪に足を捕られて、転び掛けて は持ち直し、の繰り返し。時間がくって、更にイラつく。 やっとBMWに辿り着くと、車中に岩城さんの無事な姿を見つけて・・・。 ああ・・・よかった・・・ぁ。 いた。・・・とにかく、無事みたい。 「岩城さん!岩城さん!」 ところが、追いついた俺に気付いても、車中で両肩抱える岩城さんは、BMWの ドアロックしてて、開けてくれない。 ええええ?なんでぇぇぇ? 「岩城さん!!岩城さん!?開けてよ!なんでドアロックなんか、してんの?」 BMWのキーは岩城さんに渡してたから、俺の車だってのに、俺が締め出し。 その上、俺がどんなにドアや窓叩いても、プイっと顔背けて、知らん振り。 「何、怒ってんの!?俺が何したんだよぉ?岩城さんてば!」 しばらく、岩城さんが顔背ける方角へ車の周りぐるぐると回って、開けて開けて って言う俺に、終いにはキッとした岩城さんが、山中方向指差して、ホテルへ戻 れとでも言ってる。 なんだよ、なんだよ、なんなんだよ!? いったい全体何をどうして怒ってんの?俺が故意にAV流したって訳じゃないじ ゃん!! この理不尽な仕打ちに、さすがに俺もムッとして、こうなったら、意地でも自分 で出てきて貰おうと、どかりとボンネットに座り込む。 どっちにしろ修理に出すしかないんだ、へこんだって構うもんか。 それでも・・・顔見せてると、睨んでるみたいに思われちゃうから、俺はフロン トガラスを背にして、空を仰ぎ見た。 チラチラチラ・・・しんしんと・・・空から白い雪が舞い落ちる。 時折雪の重みで揺れる、木々のざわめき。 周囲がどんどん白くなって、白いBMWも元の色より冷たい白の雪化粧。 エンジンかかんないから、車の中の岩城さんも、決して寒くない訳ないのに。 ・・・どうしたの?何、怒ってんの・・・? そんなにイヤなの?昔の自分・・・。 俺が付けた足跡も、舞い散る雪がどんどん積もり、覆い隠していく。 俺は・・・愛してるよ? 俺の知らない昔の岩城さんも、多分、いや絶対・・・、丸ごと全部、愛してあげ られる・・・。 どんな経歴があったって、岩城さんが俺なんかよりよっぽどピュアで、真っ白な 人なの、よく・・・解ってるから。 自分の辿ってきた道が、例え意にそぐわないものだったとしても、それが今に繋 がる道なら、俺は恥じることなんて全くないと思うけど、暗い地面の色を真っ白 に覆い隠してくこの雪のように、岩城さんが覆ってしまいたい過去なら、俺が全 部、塗り替えてあげる。 元の色なんて忘れちゃえるくらい、俺が岩城さんを愛して、力いっぱい抱き締め て、俺で、俺だけでいっぱいにして、俺との未来だけで埋め尽くして・・・俺達 2人の、色に。 ・・・それじゃ、ダメかな・・・? ・・・それじゃ、足りない・・・の? ・・・ね・・・岩城・・・さん・・・? いったいどのくらいそうしていただろうか、雪の冷たさに凍えつつ、俺の体は零 下の寒さに震え、歯ががくがくと鳴り出し、だんだん気が遠くなり出した。 ふいに体が揺れて、フロントガラスにこつんと凭れると、 「香藤!!」 突然岩城さんが車から飛び出してきて。 思い切り腕を引いて、雪塗れの俺を抱き締める。 「香藤?香藤?・・・悪い、俺が悪かった!大丈夫か?」 「・・・ううう・・・。岩城さぁぁぁぁん!!」 俺の体に降り積もった雪を払って、やっと車のリアシートに入れてくれて、がた がたと震える俺をコート越しにぎゅっと力強く抱き締めて。 「すまない・・・俺がバカだったんだ。お前は悪くない・・・すまない・・」 繰り返される謝罪の言葉に、自分が何に対して意地を張っていたのかすら解らず、 俺はただ、岩城さんに抱き締めて貰えるのが嬉しくて、泣きそうになった。 岩城さんの体温も決して高くはなかったんだけど、俺の方があんまり冷たかった から、岩城さんの腕はとても温かくて。 そのぬくもりに、やっと悴む歯の音が鳴り止んで、 「・・・何、怒ってたの?」 俺が岩城さんに抱かれたまま、顔を見上げて聞くと。 「・・・お前に・・・、女犯してる俺なんか、もう見られたくない」 何度も何度も言いよどみながら、ようやく・・・岩城さんがそう、口にする。 「・・・え?」 「お前のもイヤだ!!お前が、お前が、女抱いてる映像も、御免だ!!」 それこそ・・・この照れ屋で、この手のコトに口下手なこの人にとって、どれだ け口にするのに勇気が要ったんだろうって、その葛藤が想像出来る程、頬が染ま って。駄々っ子みたいにムキになって、一気に・・・言う。 そんなこと・・・考えてたの? 俺以外を抱く自分を・・・、俺に見せたくないって? 俺が・・・、他の女抱いてるのが、イヤだって? 昔の自分のAV見たくないって、そういう理由なの!? 「岩城さん・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁ、もぉぉぉぉ!!!」 ダメだ・・・俺、この人の天然に、何度殺されちゃうんだろう? 俺は余りの可愛さにくらくらと・・・別の意味で眩暈を起こしながら、岩城さん に更に抱きつくと、そのまま唇に喰らい付く。 さすがに今度は岩城さんも抵抗せずに、俺のキスに身を任す。 外の冷たい雪も溶けちゃいそうな程、気持ちが同化していく2人の熱を、俺達は 唇で感じ続ける。 いっそこのまま溶けちゃいたいくらいだったけど、ここじゃさすがにマズイと、 名残惜しみながら、ようやく唇を離して。 「・・・ホテルへ・・戻ろ・・・?続きは部屋で・・・しよ?岩城さん・・・」 「・・・そうだな・・・」 「2人で貝のお風呂も楽しいかもね?」 「・・・・バカ」 俺は、この可愛い人を一時も離したくなくて、もう一度ぎゅっと抱き締める。 岩城さん、岩城さん、好きだよ、好きだよ、ホントに好きだよ・・・っ!! 岩城さんがどんなに逃げたって、どこまででも追いかける。 そして、何度でも、必ず必ず、捕まえる!! 絶対、絶対、何があっても、俺は岩城さんから、離れない!! 俺は改めて、自分の気持ちを確信する。 ・・・それからBMW後にして、岩城さんの手を引いて、俺達はまたさっきの道 を歩き出した。 道行、白い雪はどんどん俺達に降り掛かる。 やっぱり冷たくて、ぶるぶるなんだけど、岩城さんと一緒だと不思議と寒くない 気がするから、・・・俺って、ホント単純。 でも、ね、岩城さん? さっきはちょっとヤバかったんだし、部屋に着いたら、ここまで冷えちゃった責 任とって、まさかそれ相応のサービスして、暖めてくれるんだよね? せっかくだからラブホのラブホたる所以を、その体で身をもって示してよね? まあ、俺の場合、岩城さんさえ傍にいたら、体なんて、いつでもどこでもどこも かしこも、あっとゆー間に、熱〜くなっちゃうんだけど・・・さ♪ おわり にゃにゃ 2004/12/28 |