SEVERAL MINDS IN THE SNOW
−岩城Side−
「ね、岩城さん。夜景見に行こうよ!」 そう香藤が言い出したのは、暖冬と言われてはいるものの、それなりに気温も下 がりきった冬のある日・・・・・・。 どうやら、“夜景がきれいな取って置きの穴場”・・・という所を人に聞いてき たらしい。 確かに、俺たちは芸能人という職種がら、人目もあってゆっくりと夜景なんて見 に行くことは出来ない。 こんな寒い時期に物好きな・・・と言いたいところだが、ロマンチストな香藤ら しい。 最近、仕事仕事で二人で出かけることもなく・・・。香藤がそれこそ嬉しそうに、 俺を誘うものだから・・・。 「・・行ってもいいぞ・・・」 と、つい甘いことを言ってしまったのだ。 その場所は、少し首都圏から離れただけなのに、不思議なほどしんと静かで・・・。 高みから見下ろす樹木の群れと、遥か遠くに息衝く民家の灯り。 都会の煌びやかな夜景の美しさとは異なって、点々と灯る蛍の軍勢のような清涼 な光景。 香藤が穴場というのも頷けた。 しかも、今は冬。外気温は、マイナス2度。 今日なら、なおさら人がいよう筈も無い。 あまりの空気の澄みように、せっかくだから・・・と外に出て眺めていた俺たち だったが、しばらくするとその余りの寒さに耐え切れず、車の中に入り込んだ。 「寒い〜!岩城さ〜ん。暖めて・・・!」 と、まるでそれが当初の目的だったかのように(香藤の方が絶対、体温が高いは ずだ)、香藤が擦り寄ってくるのを、なんとか宥めすかして、家路への帰り道・・・。 今年の冬は、暖冬だった。 俺たちは、そう車に乗ることも、それで、山を越えることもない。 当然、スタッドレスなんて車に履かせてるはずもなく・・・。 コーナーを曲がろうとした時に、 「あ・・・」 という香藤の声。 コントロールを失って、ツルツルと横に滑る車。 まあ、落ちなかったのは幸いだったんだろう。 車はガードレールに向って車体を近づけ、それを避けようと、香藤が逆にハンド ルを切ったため山斜面の方に頭から突っ込んだ。 ガツンという衝撃に、一瞬ヒヤッと体が強ばる。 そして・・・プスン・・・とエンジン音が止まり、車の中が静まり返った。 ―香藤は!? 運転席の香藤の無事を確認しようと、隣に顔を向けると・・ 「岩城さん、大丈夫!?怪我してない?首は!?どっか痛くない!?」 慌てたような香藤の声と・・・。同じように心配げな香藤の顔が俺を見ていて・・・。 「・・ああ、お前こそ大丈夫か?」 お互いに無事だとわかると、ホッと顔がほころんだ。 それから香藤は、何度かセルを回すが車はウンともスンとも言わず・・・。 俺たちは諦めて、とりあえず、車の様子を見るために外に出た。 無残な姿のボンネット・・・。 言葉も無く車を凝視する香藤・・・。 途中から、携帯も圏外になっていたことを思い出すと、これからどうしたらいい ものか・・・、と思案にくれる。 気がつくと、俺の方を気まずげに見ている香藤の顔があって・・・・・・。 「ま、大丈夫だろう。帰れないわけじゃなし・・・。とにかく電話の出来る所ま で移動すれば、どうとでもなる。」 自分でも少々ウソくさいとは思ったが、それでも香藤の心情を思うと、コツンと 奴の頭をこづき、そうやって声をかけて笑ってやるしかなかった。 俺の顔に、少しは安心したのか、気を取り直したように香藤は動き出した。 車の後ろから、ごそごそと俺たちの荷物と積んであった地図やら、懐中電灯やら を取り出して、現在位置を確認する。そして、持ち前の前向きさで気持ちを切り 替え、俺の手を力強く握って、麓の方向に向かって歩き出した。 いつもの香藤に戻って、俺は少しホッとして・・・、その手が引っ張っていく方 向に俺も付いていくようにして歩いていく。 「そういえば・・・局で佐和さんに会ってねえ・・・」 「この間、洋子から携帯に写メールが来てて・・・洋介が・・・・・」 「小野塚のバカが・・・・」 etc.etc.・・・。 香藤は、俺を退屈させないようにか、よくしゃべった。 確かに、真っ暗な道で、灯りといえば俺たちの足元だけを照らす懐中電灯のみ。 その中で、時折おこるザワザワとした木々のざわめきは・・・。正直怖い。 自然の広さに・・・俺たちがどんなに小さいか・・・。すっと、消えて無くなり そうな・・。このまま、どこかに紛れこんでしまいそうな・・・。そんな錯覚に 陥る。 でも、お前とだったら・・・それでも、いいか・・・。 そんな事を思いながら、香藤の他愛も無い話に相槌を打ちつつ、とりあえず足だ けはテクテクと動かして山を降りていく。 ひとしきり話も尽きてきたころ・・・香藤がふいに立ち止まった。 足元の懐中電灯の灯りだけを見ていた俺は、止まった香藤に軽くぶつかり・・・。 「・・・?・・どうした?」 不思議に思って、声をかけた俺にも気が付かない様子で・・・。 「おい、香藤!」 もう少し強く声を出し、掴んでいる手を軽く引っ張った。 「岩城さん!!あれあれ!あれ、絶対そうだと思う!行こう?」 香藤は、いきなり振り返ると、そうまくし立てた。 「あ、ああ・・・」 何がなんだかわからないが、反射的に頷くと、それを了解ととった香藤が俺の手 をグイグイひっぱってその方向に走り出す。 ―なんだ?なんだ?何を見つけたんだ???? しばらく訳もわからずに、ついて走っていったその先には・・・。 周りの、真っ暗な林の中で・・・なんとも不似合いにギラギラしたネオン。 「・・・ラ、ラブホ・・・?」 「・・・なんでこんな山の中に・・・」 「俺も・・・ペンションかプチホテルか何かだと・・・」 自分でひっぱってきたくせに、香藤のあきらかに戸惑った、まぬけな言葉。 俺達の前で、「いらっしゃいませ」とばかりに、光っているネオン付きの建物に 俺は呆然とする。 しかも、すでに、扉を潜るのも恥ずかしくなるほどやぼったい・・・旧式の・・・。 ―ここで、俺たちにどうしろと・・・? 一瞬頭が真っ白になったが、いや、別に俺たちは泊る所を探していたわけじゃな い。 電話だ、電話!電話があればどこでもいいんだ! 「まあ、なんでこんなトコにラブホがあるかは置いといて。とにかく電話電話! 行くよ?岩城さん」 「・・・・・・あ、ああ」 どうやら、香藤も同じ結論に達したらしい。 俺より早く反応して、男前にも、ズイズイとその中に入っていった。 車両入口らしい、ヒラヒラとしたいかにもなそれを潜り、薄暗い内部に香藤につい て俺も入り込む。 自動扉が開くと、デンと目前に現れたタッチパネルのルームレイアウト。 そのレイアウトさえもが俺の気をくじく・・・。 ―解ってはいるが・・・いかんせん・・・どうも・・・・。 はあああ。心の中で深くため息をついた。 そんな俺に代わって、香藤がしっかりと目的を達するべく、フロントとおぼしき 小窓に声をかけた。 「すいませーーーん!ちょっと電話貸して欲しいんですけど」 すると、中からこのホテルの管理人だろうと思しき中年の男が、面倒臭そうに対 応に出てきた。 「山道で車事故っちゃいまして・・・。ここ携帯圏外なんでJAF呼びたいんで すよ?」 ジロジロとした胡散臭げな男の視線を浴びても、香藤は臆することなくその男に 向かって説明する。 すると、男が奥から電話らしきものを出してきて香藤がそれを受け取った。 とりあえず、電話を借りれたことにホッとして、成り行きを見守っていると・・・。 「ええええ?・・・・なんとかしてよ〜。え〜?・・・」 なんとも不服そうな香藤の声。なんだろう・・・? 「ああ。はい。そうですか〜。うーん。・・・・はい。はい、解りました。それ じゃ、宜しく」 電話を切ると、なんとも微妙な顔をして香藤が俺の顔を振り返った。 話を聞くと、JAF曰く、もう真夜中なので場所が場所だけに、明朝まで待って欲し いとのことだという。・・・そういえば、もうそんな時間か・・・。 俺は改めて、時計を見た。 「・・・つまり、朝まで時間を潰せってコトなんだな?」 ―ってことは・・・。ここで、部屋をとるのか・・・。 「・・・ごめんなさい」 申し訳なさそうに、項垂れる香藤・・・。 はあぁぁ・・・と思わず、深い溜息をついて・・・でも、これも香藤のせいって 訳じゃない。 「部屋、空いてますか?そういうコトなので、朝まで時間潰せれば結構ですから」 俺は、香藤に返事をする代わりに自分でその男に聞いた。 項垂れていた香藤の顔が、パッと安心したように明るくなる。 「うちは性癖問わないから。痴話喧嘩で刃傷沙汰さえ起こさないでくれりゃ、お 客さんはお客さんだよ」 俺の・・いかにも仕方が無いという物言いに、男はニヤリと笑うと、そう切り反 してきた。 そして、あごでタッチパネルの方を指し示す。どこでも好きなところを取ってく れ・・ということだろう。 どうするか・・・と香藤を見ると、コイツはすでに部屋の物色を始めていて・・・。 お前のこういうとこ・・・、ホント切り替え早いよな・・・。 「岩城さん?どれにする?どの部屋がいい?」 すでに、楽しんでるとしか思えないにっこりした笑顔で、そう聞かれた俺は・・・。 「どこでもいい・・・。お前、好きなトコにしろ・・・」 げんなりして、そう応えた。 俺の言葉をまんま受けて、本当に香藤は部屋を物色しだした。 ―いつでも、どこでも楽しめるのはコイツの特技か・・・? ふんふんと鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で、タッチパネルを押すと出てきたル ームキーを片手に、もう片方の手で俺の手を引っ張ってエレベーターに向かって いく。 香藤がどの部屋を選んだかよく見てなかったが、どうも上の階のようだ・・・。 終始ウツウツとした俺と、ご機嫌な香藤。 「5」を押したエレベーターは一度も止まることなく目的階まで上がっていき、 チンと音がして扉があいた。 香藤は、エレベーターを出てすぐの斜め前の部屋の前で立ち止り、どうもこの部 屋がそうらしい。 部屋番号は「609」。 5階なのに600番台ってことは、400番台は使ってないのか・・・。 日本人らしい験担ぎだが、ラブホで験かついでどうするってんだ? まさか、「死に」番号がイヤで客足が減るって訳でもないだろうに・・・。 それとも、刃傷沙汰でも減るってんだろうか・・・? どうにもやり切れない俺の思考はマイナス方向に向いていて・・・。 「・・・お前、番号で選んだのか?」 部屋番号をもう一度確認して、香藤に尋ねる。 「え?誕生日。俺の。・・・何?何?なあに?・・・何か想像した?岩城さん?」 途中から、ニヤニヤとからかいの混じったコイツの顔・・・。 何か想像・・・って・・・っ何も考えてないぞっ!?俺はっ・・・・!? 香藤の言葉にハッと、部屋番号と自分の台詞の意味を理解して・・・思わず口ご もった。そんな俺を、ニヤニヤと眺めながら、香藤はキーを取り出しドアに挿し 込んで、部屋を開ける。 一瞬の間。 「・・・お・・・お前・・・よく恥ずかし気もなく、こんな部屋を・・・」 「ええ!?なんで〜?どれでもいいって、言ったじゃん」 あまりの部屋の内装に、俺は驚き文句を言ったが、香藤も間髪入れず、さっきの 俺のセリフを盾にとって言い返してきた・・・。 言うんじゃなかった・・・。あんなこと・・・。 うっかり、投げ槍になって返事した俺がバカだった・・・。 しかし・・・俺にあの中から選べっていうのか・・・? こいつ・・・決して空気が読めない訳じゃないくせに・・・・俺が最後には折れ るって解ってやってるんだから、腹が立つ・・・。 香藤が選んだ部屋は、入り口から入ってすぐのところに、よくあるミロのビーナ スをモチーフにしたらしい貝殻の風呂がデンと据えられていて・・・、その奥に は、これまた大きな回転ベッド。 まだ、部屋全体がシンプルにホワイトで統一されていて、ソファやテーブルなど の家具も思ったよりケバくないだけ・・・救われていた。 香藤は、俺の背中をグイグイ押して、扉の中に押し込み、靴を剥ぎ取り、手を引 いて部屋の中まで連れて行く。 間近で見直したその馬鹿臭い風呂に、再度深い溜息を付き、部屋の中を見渡した ・・・。 ―まさか・・・こんな寂れたとこに無いとは思うが・・・・。 香藤は、そんな俺を尻目に、奥の部屋の回転ベッドにジャンプしている。かと、 思うと、ウイーンとした機会音。そして、部屋のランプが色とりどりに点滅しだ した・・・。 それに、一々と奇声を上げ、最後には香藤の馬鹿デカイ笑い声が部屋中に響く・ ・・なにやら、イロイロと弄っているらしい・・・。 ―幼稚園児か・・・コイツは・・・。 「岩城さん、岩城さん、おいでおいで!結構いいよ、これ?」 嬉しげに手招きする香藤に向かって、 「・・・・・・」 俺は無言で呆れた視線を送ってやると・・・。 「え〜?・・・しないの?」 「・・・っ。・・・するか!・・・」 「いいじゃん。そーゆートコなんだからさ〜。ねえ、おいでよ〜」 俺の言葉にもメゲずに、自分の隣をポンポンと手で叩き、手招きしている香藤を 再度無視して、ライトやコンセント、テーブルの下をチェックする。 どうもかつての職業病とでもいうのか、こんな所にくると、盗聴器とか隠しカメ ラがあるような気がして、確認しないと落ち着かない。 そんな俺の意図を察して、俺の神経質ぶりに、今度は一つ香藤が息をつくと、自 分もベッド周りをチェックしだした。 そういう所は・・・まあ、それなりに気を使ってくれてるんだな・・。 部屋のコンセントをたどってテレビ周りを調べていると・・・なにやら、テレビ 下のラックにテープが何本か・・・。 ―!? 「ん?どしたの?何かあった?」 後ろから、香藤の声。 ―こんな時に、気が付かなくてもいい! 俺は平静を保ちつつ・・・ 「・・・いや。何でもない」 そう応えたのに・・・。 こいつの、こういう時のカンだけは、イヤになるほどポイントを付く。 ヘンだと確信した香藤の視線が、後ろからジロジロと伝わってきた。 何とか、その視線の先を隠そうとして・・・・。 それが、余計に香藤の不信感を煽ったのだろう・・・。 ベッドからソロソロと降りて、近づいてくる気配。 「いいから!お前はあっちの、回転ベッドででも遊んでろ!」 思わず叫んで・・・、 「何、何?なんなの?何かあった?」 「香藤!!・・・いいから!!」 墓穴を掘ったと気が付いたときには遅かった。 香藤が俺の背を抱き抱えて、後ろにぐいっと引っ張る。そして、ラックの中から、 香藤だけには見せたくないテープの山が・・・。 「あああ!!AV!?俺達の、あったの!?岩城さん?」 ―あああああああああ・・・・・・・・・・・。 まさしく、おもちゃを見つけた時の子供のような香藤の声に、俺は頭を抱え込み たい気持ちになる。 「ああああ!!これ、岩城さんだ♪岩城さんのだ♪」 何とか、テープを取り返そうと、香藤が手にしたいくつかに手を伸ばすが、後ろ から羽交い絞めにされて、動けない・・・。くそっ。 「見ない!見ない!・・絶対見ないからな!・・」 俺は、断固と拒絶の叫びを発しながら、香藤の腕を振り解こうともがいた。 「・・・なんでそんなにイヤかなぁ。・・・この頃の岩城さんも俺の岩城さんに 変りないのにね・・・?」 「う、うるさい!イヤなものはイヤなんだ!!」 俺の必死の抵抗に、さすがに香藤も諦めたのか・・・肩を竦めてその力を緩める。 悔しいが、香藤が力を緩めないと俺の体は自由にはならなかった。香藤の手から、 テープを取り返し、そのままラックの中に突っ込み直す。 「ねぇ、岩城さん?その業界にいた俺達のセリフじゃないんだけど。・・・エッ チなんて、見るもんじゃ、ないよね?」 そんな俺の後ろから・・・含みのある香藤の言葉・・・。そう言って、俺の腰に 腕を回してくる・・・。 「・・・するもん、だから、さ?」 そう続けると、急にグイっと振り向かされて・・・香藤が俺を覗き込んだ。 「・・・本物が俺を構ってくれるなら、・・・VTRなんて・・・見なくていい。 ・・・俺にVTR、忘れさせて?」 その、誘うような・・・、そのくせ有無を言わせないその瞳に・・・つい見惚れ て・・・。 気がつくと、香藤に唇をふさがれていた。 「んん・・・か、・・・香藤・・・っ」 「・・・ダメ・・・。好き・・・。欲し・・・、岩城さん・・・」 香藤は強引に俺を抱え上げ、ベッドに下ろし、ダウンなんて邪魔くさいとばかり に脱ぎ放って・・・。 バカっ・・・しないって言ってるだろ・・・・!!・・こら・・・圧し掛かって くんな!!!! 「か、と・・・、ちょ・・・、待てって!」 焦る俺を無視して・・・コートも着たままの俺のセーターの裾に手を挿し入れ て・・・。 耳に掛かる香藤の息・・・軽く咥えられ、耳に触れた温かい感触・・・・。 思わず目を瞑る・・・。 「ヤダ。もうその気だもん、俺」 ―ちょっ・・・香藤・・・・・。 何とか、声を出して・・・せめてコートを脱がせろと・・・そう言おうとしたと き・・・・。 『・・・・・ぁぁぁ、あん、ああぁぁぁん・・・』 部屋に響く、喘ぎ声。 「え・・・!?」 その突然の嬌声に、俺と香藤は同時に固まり、顔を見合わせる。 『・・・・いやぁぁぁん、・・・や・・・めちゃ・・・・ぁぁぁんん』 再度の声に、ぎょっとして振り返ると、TV画面いっぱいに、見覚えのあるAV 女優が・・・いや・・それより・・アレは・・・あの男優は・・・!!!??? AV女優を組み敷いて・・コトに及んでるあの男優は・・・見間違えるはずも無 く・・・昔の・・俺・・。 なんで、テレビがついたのか・・・とか・・・入れてない筈のテープが回ってる のか・・・とか・・・頭も回らず・・・。 嬌声激しいその女に向かって腰を振ってる俺の映像・・・と・・、それに釘付け になってる香藤の姿・・・。 「うあ、ああああああ!!!!やめろ!!!」 思わず叫び、俺の上に圧し掛かってた香藤を突き飛ばす。 「・・・・・・・・・あ」 コートも着たままだったのを幸いに、モニターに釘付けで固まったままの香藤を 置いて、部屋を出るとそのまま目の前のエレベーターのボタンを押す。 俺達が降りたまま待機していたエレベーターはすぐさま開き、それに乗り込むと 「1」と「閉」のボタンをせわしなく同時に押して・・・、エレベーターの扉が ゆっくりと閉まるのとほぼ同時に、俺が出てきた部屋の扉がバタンと音をたてて 閉まっていった。 俺を乗せた箱がゆっくりと下降していく。 1階までの距離が・・・イヤに・・・長い・・・。 ―早く・・・早く・・・早く・・・。香藤が追いかけて来ないうちに・・・。 チンとした音に着いたと気づいて、エレベーターから降りる。 どこに・・・という当てはなかった。 とにかく、香藤と顔を会わせたくない。 別に部屋をとろうか・・・・そう思って、先ほどのパネルの前に立ったが、どれ もこれも・・の部屋にどこも取る気になれず・・・・。 コートのポケットに手を入れて、チャリンと触れた車のキー。 ―ああ、俺が持ってたんだったな・・・。 掌にそのキーを載せて眺めると・・・、そのまま、自動扉を抜けてホテルの外に 足を向けた。 ネオンが変わらず瞬いて、チカチカする暗い林に、先ほどには無い、白く浮き上 がる道。 真っ暗な空を仰ぐと、ヒヤリとした空気の中、チラチラと白いものが空から俺に 向かって落ちてくる・・・。 車までどれぐらい、距離があったろう・・・。 そう、チラっと思わないでもなかったが・・・それでも俺の足は、先ほど香藤に 連れられてきた道を、記憶を辿りながら逆に逆にと歩いていった。 羞恥でいっぱいだった俺の心は・・・歩いていくほどに、香藤への怒りへとすり 替わっていく。 ―香藤の奴!・・香藤の奴!・・・香藤の奴!!!・・・。 冷たい空気に、顔を冷やされて・・・それなのに、頭の中はアイツへの怒りがド ンドンと込み上げてきて、熱いぐらいだった。 俺のAVに釘付けになっていた香藤・・・。 どうして・・・わからないんだ・・!! どうして、あいつは平気なんだ・・!! 今でも、俺を取り巻く全てに嫉妬するくせに・・・!!! 俺にも・・・自覚しろって言うくせに!!! 香藤は呆れるだろう・・・。 プライベートな事じゃない、仕事の上のことだと・・。 自分のしてきた事を否定するなって・・・。 解ってる・・・。あの時代があるから・・・今の俺達がいるんだってことぐらい・・・。 それでも、俺達が・・・お互い以外の人間と肌を合わせている所など・・・今更、見た くないし、見せたくなかった・・・。それに、AVは・・・肌を合わせてるだけじゃない ・・・。俺も・・・そうだし・・・、香藤だって・・あの、香藤の・・・が、俺以外に ・・・。 そう思うだけで、頭がカッとする。 ―はああああああああ。 俺は、俺を取り巻いている冷気に向かって、大きく大きく、息を吐き出した。 それは、目の前に白い影となって現れ、空気に吸い込まれるように消えていく。 俺の、この仕様のない嫉妬も、こうやって口から出して、この冷えた空気でカチ ンと凍らせ、そのままどこかにやってしまえたらいい・・・。 歩き始めた時には、チラチラと暗闇を飾る程度に降っていた雪も、その雪雲の厚 さに、どんどんと量を増していく。 服や頭に降り積もる雪を時折払いながら、キュッ、キュッと、いつしか足元から する雪を踏みしめる音だけを耳にして・・・車までひたすらに歩いていった。 ようやっと車にたどり着いた時は、顔は冷えきり頬は寒さで痛いぐらいだったが、 それでも結構な運動量だったこともあり、体は温かかった。 車にも少し積もり始めた雪を払ってドアを開け、中に入り込む。 車の中も冷えていたが、雪がない分ホッと息がつけた。 暗闇の中、ぼんやりと白く浮かび上がる山の木々。上から下に、絶え間なく落ち ていく雪の群れをボーっと眺めて・・・・。 香藤は・・・きっと心配してるだろう。 ―バカだ・・・。俺は・・・。 きっと、俺の顔は・・・今、嫉妬と後悔で・・とんでもなく、みっともない顔を してるに違いない。 今は・・そんな顔・・・、香藤に見られたくなかった・・・。 車のフロントガラス越しに雪を凝視していた俺の視界に、雪以外に動くものが目 に入った。 どんどんと、こちらに向かって近づいてくる。 「岩城さん!岩城さん!」 香藤がドンドンと窓を叩く。ガチャガチャとドアを開けようとして、ドアがロッ クされてると判ると、窓を叩きながら叫びだした。 車に入り込んだ時に、習慣でドアロックをしてしまっていたようだが、それに気 が付いても、開ける気にはなれなかった。 俺がロックを外す気配がないのを見て取ると、香藤はますます激しく窓ガラスを 叩く。 「岩城さん!!岩城さん!?開けてよ!なんでドアロックなんか、してんの?」 今、お前に会いたくない。 お前に顔を見られたくないんだ。 香藤が心配しているのも、わかるが・・・俺の、つまらないプライドが・・・今、 お前に何て言って説明したらいいのかも判らない・・・。 香藤に顔を見られないように・・・顔を背けていると、その方向へとぐるぐると ヤツも移動する。 「何、怒ってんの!?俺が何したんだよぉ?岩城さんてば!」 俺の気持ちも知らず窓を叩き続ける香藤に、とうとう我慢出来なくなって、ホテ ルの方向を指差して、「帰れ」とばかりに睨み付けた。 雪も、どんどん激しくなって・・・このままだと、香藤だって風邪を引く。 俺のこの態度に、明らさまにムッとした香藤は・・何を思ったかボンネットに座 り込んだ。 どうやら、俺が開けるまで帰るつもりはないらしい。 降りしきる雪の中・・・俺と香藤との意地の張り合いが続き・・・俺も益々車か ら出ずらくなって・・・。 香藤・・・頼むから・・帰ってくれ・・・。 もう少ししたら・・・戻るから・・・。 明日には・・・ちゃんと・・いつも通りの俺になってるから・・・・・。 香藤の頭に・・その肩に・・・雪が積もる。 フロントガラスにも雪が積もり・・・少しづつ香藤の姿が隠れていく・・・ 車の中もドンドンと冷えてきて・・、外にいる香藤は、相当寒いはずだ・・・。 ずっと、香藤の姿を凝視して・・・どれぐらい時間が経ったのか・・・。 いきなり、グラっと香藤の姿がかしいで、フロントガラスにもたれかかった。 「香藤!!」 俺は、車から飛び出していた。 触れた香藤の体はガタガタと震えていて・・・思わず、その体を抱きしめる。 「香藤?香藤?・・・悪い、俺が悪かった!大丈夫か?」 「・・・ううう・・・。岩城さぁぁぁぁん!!」 頭やらダウンやら香藤に積もった雪を手当たり次第に払い落とし、後部座席に引 き入れて、その冷たい頬に手を当てた。 「すまない・・・俺がバカだったんだ。お前は悪くない・・・すまない・・」 何度も何度も、謝って・・・。ガタガタ震える香藤の体が、止まるようにその体 を力いっぱい抱きしめる。 いつもなら、俺より温かい香藤の体がイヤに冷たくて・・・。 俺の体温を少しでも、コイツにやれるように・・・。コートにくるんで、抱え込 んだ。 しばらくして、ようやく香藤の震えが止まって・・・。 「・・・何、怒ってたの?」 香藤が、俺の顔を見上げて、そう聞いた。 それでも、俺を責めないコイツに・・・申し訳なくなって・・・。 「・・・お前に・・・、女犯してる俺なんか、もう見られたくない」 何とか、気持ちを抑え・・抑え・・・、そう口に出す。 「・・・え?」 「お前のもイヤだ!!お前が、お前が、女抱いてる映像も、御免だ!!」 一度出してしまった言葉に、止められていた堰が外れたように・・・もう一度、 今度は一気に言い捨てた。 恥ずかしくて、まともに香藤の顔を見られず顔を背けていた俺に、しばらくして 香藤の俺の名前をつぶやく声・・・。 「岩城さん・・・」 「あぁぁぁぁぁぁぁぁ、もぉぉぉぉ!!!」 そして、そう叫ぶと俺を抱きしめ、そのまま俺の唇に自分のそれを押し当ててき た。 押し当てられたその冷たい香藤の唇を、暖めるように隅から隅まで俺も追 い、・・・だんだんと二つのそれが近づいて・・・二人、同じ温度になった。 名残惜しげに俺から離されたそれを・・・俺の視線は追いかけて・・・。 そのまま、その持ち主の瞳に移される。 「・・・ホテルへ・・戻ろ・・・?続きは部屋で・・・しよ?岩城さん・・・」 優しく俺を覗き込む、香藤の瞳。 「・・・そうだな・・・」 「2人で貝のお風呂も楽しいかもね?」 「・・・・バカ」 相変わらずの、香藤の言葉に俺はようやく笑みを返す。 最後にもう一度、香藤にギュっと抱きしめられて、二人して車を出た。 さっき、一人で歩いた道を・・もう一度、香藤に手を引かれて、並んで歩く。 キュッキュっと足元で鳴る雪の音も、2人分だとなにやら楽しげだ。 雪は変わらずどんどんと降りしきっていたが・・・隣に香藤がいるだけで、温か い気持ちで俺は満たされる。 俺は、少し香藤にもたれかかり、その肩口に顔を寄せた。 ホテルに帰ったら・・・とりあえず、体を温めなくちゃな・・・。 あの馬鹿臭い風呂に二人で浸かって・・・、それから・・・・・。 隣の香藤を盗み見る・・・。 寒さの中・・・ニヤケきったその顔は、今何を考えてるか一目瞭然で・・・。 まあ、いいさ・・・。今日ばかりは、お前が風邪なんてひかないように・・・ ちゃんと俺が暖めてやるから・・・。 2004年12月29日 ころころ |
おふたりの合作ですv
もう好きという気持ちが大きすぎて少々空回りしている香藤くんと
しょうがないな・・・とそれでも何でも許しちゃう岩城さん
にゃにゃさんところころさんの香藤くんと岩城さんが愛らしいです
きっとこの後はとっても素敵な夜を満喫されたのだと・・・v
おふたりの愛を感じましたv
にゃにゃさん ころころさん 素敵なお話ありがとうございますv