大学のキャンパスでは昼食を野外でとろうと沢山の学生達で賑わっていた。
季節は梅雨が終わり、大分夏に近づいていた。
夾竹桃の花々も蕾をつけ、暑い太陽を今か今かと待ち焦がれている。

大きな木の下に出来た木陰はもう随分前から満員状態なので
仕方なくレンガで敷かれた歩道のすぐ近くの芝生の上に寝転がった。
「う〜太陽が黄色く見える・・・」
香藤洋二は太陽の光の下ではしゃぐ女子学生達の声に辟易しながらつぶやいた。
どうにか滑り込むようにして入った大学だったが、たいしてやりたいことも見つからず
ただやってくる毎日を当たり障りなく過ごしている日々だった。
このところ毎夜バーでボーイのバイトをしている。
そこで同じ大学の女性と知り合りあい、今では毎晩殆どをその女性の家で過ごしていて、昨夜も深夜に仕事が終わりそのままその女性のマンションでSEXをし同じベッドで朝を迎えた。
なにも変わり映えしない日々。
「はぁつまんねーな・・・」


歩道の反対側の大きな樫の木の下では男女何人かのグループが先日観た映画の話で盛り上がっていた。
その中のひとり、髪の短かい女性が寝そべる香藤を見つけ駆け寄って来る。
スラリと伸びた足を惜しげもなくさらし、短くショートに切り上げたヘアスタイルは顔の小ささも手伝って少し幼げに見せている。だが豊満な肉体は“女”であることを否応無しに意識させていた。
「洋二!こんな所にいたの、探したんだよ!」
「美卯?」
紺野美卯。まだ入学して半年もたたないが校内ではその名を知らないものはいないといっても過言ではない程の有名人だ。
小さな鉄鋼会社から始まった紺野製工は、40余年の歴史を持ち、今では海外にも足を伸ばしいくつもの関連会社を作り上げる程の成長を遂げていた。
だがその余りにも冷血無比な成り上がり方に、最近では反発も多く目立ってきているとの噂もある。
その紺野コンツェルンの孫娘であり、家名の大きさも然ることながら美卯のずば抜けたスタイルの良さと頭の良さでここでは右に立つものはいない。

そんなアイドル的存在の女性が、自分に向かって嬉々として駆け寄る姿を見て、香藤はなおさら気が滅入ってしまっていた。
「はあ・・・」
嫌いではない。話をしていても楽しいし、頭の回転の良さに舌を巻く事があっても、それも嫌味ではなく、前にばかり出ず引くべき所は引く事のできる、そんな女性だった。
だがそんないい女であっても胸をときめかせるような恋心が全く湧いてこない。
ただSEXは好きだからしてるだけ。この間こんな事を言ったら友達にマジ切れされてしまった。
そんな事を考えている内に美卯は寝そべる香藤の隣にしゃがみこみ上から顔を見下ろしてきた。
美卯が香藤に恋心を抱いているのは日々の態度で感じて取れる。
「なによ、寝たふり?今夜は来る?何か食べ物用意しておこうか?」
やつぎに質問をされていい加減うんざりしてしまう。
「勘弁してくれよ・・・・」小さくつぶやくと両手で顔を覆った。
「どうしたの洋二?」
「ん〜行けたら行くよ。だから何にも用意しておかなくていい・・」
香藤の態度に少しむっとはしたもののここで取り乱すような馬鹿な女ではない。
ニッと笑うと「オッケー。」とだけ言い、さっと立ち上がり向こうへ戻っていった。
今までの女とは違うこんなサッパリした性格も嫌いではないのだ。香藤は自分の取った態度の悪さに胸が悪くなった。彼女は何も悪くない。ただの八つ当たりだ。
どうにも出口の見えないイラつきに自己嫌悪に陥ってしまう。
次の講義にも出る気がおきず、「帰ってちっと寝るか。」とむくりと起き上がる。芝生においてあるバックを掴み上げ、とりあえずさっきの態度を謝ろうと、先ほど美卯が走ってきた方向に目を向けた。
そこでは数人の男女が木の下でまだ楽しそうに話しをている。背伸びをしながら少し眺めているとそこへひとりの長身の男が手前の人の輪に向かって近づいてゆくのが見えた。
今時ではめずらしい黒の髪を少し長めに伸ばし、サラサラと音が聞こえるかのように毛先を風に遊ばせていた。ホワイトジーンズに濃いベージュのニットを着ているだけだが、船襟から覗く白い首や鎖骨が妙な艶かしさを醸し出している。香藤はそちらに向って歩きながらもずっとその男を目で追ってしまっていた。
長い足、細い腰、筋肉質ではないがけして薄くはない胸、ぴんと伸ばされた背中、少し捲くられたニットから見える、女とは違う筋張った腕。どこをどうみたってりっぱな男だ。だがその男の流れるような動きから目を離す事ができない。
香藤の嘗め回すような視線に気づいたのか、男はふと立ち止まり顔をこちらに向けた。
風になびく髪の色と同じ黒い瞳に、つりあがった形の良い眉はその下にある切れ長の瞳を殊更綺麗に見せていた。人形のような端正な顔立ち。
一メートル手前にあるその顔を凝視するようにして、香藤は思わずごくりと唾を飲み込み立ちすくんでしまった。
その男は長めの前髪をかきあげながら香藤を見ると、くすりと微笑み人差し指をこちらに向け香藤の頭を指差す。
「え・・・?」
その男の行動に香藤は不思議そうに首を傾げ、指を差された部分に手を伸ばしてみる。
「芝生がいっぱいついてる・・。」
口に手をあてくすくすと笑いながらそう言った。
「え・・?あ・・ご、ごめん・・」
「何謝ってるんだ?変な奴だな。ほら後ろ向けよ取ってやるから。」
落ち着いたバリトンの声。鷹揚なゆっくりと静かな話し方からはこの男の育ちの良さが伺える。
香藤は自分の心臓が早鐘のように鳴っていて目の前の男に聞こえやしないかと心配になった。
「あ、ありがとう・・・」
言われるままに後ろを向くと男の手が伸びてきて髪の毛を優しく梳く。その手が妙に心地よくて思わず目を閉じてしまう。
「草の匂いがする・・・いいな・・・」
その声に後ろを振り向くと、そこにはとても優し気な微笑があった。
だがその笑顔を見たとき、長い睫の下に僅かな翳りを感じ、香藤はなぜか胸がきゅんと痛くなった。
「背中にも付いてるぞ。」というとまた前を向かせて今度は背中を思い切りパンパンと叩いてくる。
「いててて・・・」思わずのけぞってしまい、また笑われてしまった。

「じゃあな。あ、あと女にはもう少し優しくした方がいいぞ。」
片手を挙げ小さくウィンクをしながら優雅な動きで身を翻す。そして美卯達の輪に入ってゆき二言三言話すと学校の裏手の方へと去っていった。
「な、なんだったんだ・・・?」
香藤は今起きた出来事を頭の中で反芻してみる。
「なんか男のくせにやったら綺麗で不思議な雰囲気の男だな。」
これが岩城京介に対する第一印象だった。


MOMO


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MOMOさんのパラレル連載ですv
長編ですのでお楽しみくださいませ!
少しずつupさせて貰いますv