『雨の中で 前編』
「うわっ、とうとう降ってきたな〜」 ここは都内の某大学。 講義を受けていた香藤洋二は、窓の外を見てポツリと呟いた。 両隣の席で香藤の呟きを聞いた宮坂と小野塚も、つられて窓の外へ視線をむける。 朝から曇ってはいたものの、午後には晴れるだろうと思っていた香藤の期待がまんまと外れてしまった。 「ばーか、だから昨日メールで言ったろ?今日は降水確率80%超えだって」 「俺は傘持ってきたから余裕だね」と嫌味いっぱいに言う右隣の小野塚を、香藤はムっと睨みつけた。 「お前の言うことなんか信じられねんだよ!」 香藤も負けずに嫌味いっぱいに言うのだが、小野塚はニヤニヤと笑うだけで 全く聞く耳を持たない。 そんな2人のやりとりを可笑しそうにみていた宮坂も、茶々を入れにはいる。 「あ〜、俺は小野塚の言う通り傘持ってきてよかったぜ。俺たち天気予報なんて 滅多に見ないモンな」 ふふん、と馬鹿にするような笑みを浮かべ、宮坂は香藤の肩を小突く。 小野塚の方を向いていた香藤は、今度は反対側に座っている宮坂を睨みつけた。 「うるせー!お前だって普段は小野塚の言うこと信じねーくせに!」 睨みつけられた宮坂は、「おぉこわっ!」とわざとらしく首を引っ込めてみせる。 その仕草がより一層香藤の怒りを煽ることを知っているからだ。 香藤は小野塚と宮坂を交互に睨みつけ、「何笑ってんだよ!」と不貞腐れた声を 上げる。 それに怯まず両隣でニヤつく2人に香藤は、今更ながら 「友人選び失敗したかも・・・」と溜息をついた。 講義終わりのチャイムが鳴る。 帰り支度をし、玄関先で外を見ながら香藤は思わず頭を抱えた。 それというのも・・・ 「雨・・・さっきより強くなってんじゃねーかよ・・・・」 講義を受けてるときにはポツリポツリ程度だった雨が、まるで台風がくるんじゃないか?と 思うくらい強くなっている。 風はないので傘さえあればなんとか帰れそうなのだが・・・。 自分の傘を誇らしげに掲げた悪友2人は、香藤の呟きに思わず噴出してしまった。 「お〜お〜、かわいそうに。お前よっぽど雨雲に好かれてるらしいな」 「香藤くん?よかったら俺の傘に入れてあげましょうか?」 さも可笑しそうにケラケラ笑う2人に、香藤は頭痛を覚える。香藤が困っているのがよっぽど楽しいらしい。 香藤に普段負かされている鬱憤を、ささやかながらここで晴らしているようだ。 そう。何をやっても2人は香藤に勝てないのだ。 明るくて人懐っこくて、更にスタイルも顔もいい香藤は男女問わずもてていた。 運動も出来るし、自分等と同じように勉強しているはずなのに、何故か香藤はいつも高得点をとる。 2人だって顔もスタイルも上位ランクだし、頭だってそこそこいいのだが、 香藤に勝てた例がない。 ナンパにしても、合コンにしても。やはりこの、要領のよさ故にだろうか? ただ、香藤は何事にも執着しないのが玉にキズなのだが・・・。 しかし、そんな香藤を僻むことなく良い友人関係を築いているのだから、 宮坂と小野塚もかなり要領がいい分類に入るのだろう。 何だかんだ言っても、仲のよい3人組なのだ。 散々笑って気が済んだのか、2人は「濡れ過ぎて風邪ひくなよ〜」と 捨てゼリフを吐いて帰っていった。 傘をさして悠々と帰ってく2人の後姿を恨めしげに見ながら、香藤は空を眺めて溜息をつく。 「はぁ・・・マジどうしよう。・・・・・・仕方ない!」 香藤は落ち込みそうになるのをおさえ、意を決したように 雨の中家路を走り抜けて行った。 片道徒歩20分の道が、今日は雨の所為で何だか長く感じる。 アスファルトをバチバチと叩きつける雨は、あっという間に香藤の服を湿らせていった。 まだ午後4時くらいだというのに、分厚い鉛色の雲の所為でやたらと薄暗い。 香藤は千葉出身だ。2年前東京の大学に通うからという理由で千葉から上京し、 今はマンションで1人暮らしをしている。 バイトもしてるが、大体は親からの仕送りで充分生活できる。 つまりバイトは遊びに行く資金というわけだ。 香藤のマンションは路地が入り組んだところにあり、近道や抜け道が沢山ある。 少し迷路のようになっているが、慣れてしまえばどうってことはない。 すいすいと細い路地の間を通り抜けていくと、ふと何処からか何かの鳴き声がした。 香藤は立ち止まり、今来た道を少しだけ戻っていく。 (なんだ・・・?) 声の主を探そうと辺りを見回すと、どうやら小さな公園の方からのようだ。 香藤が恐る恐る声がする滑り台の下を覗いて見ると・・・ 「お前・・・」 そこには小さな灰色の猫がいた。滑り台の下で雨宿りをしていたのだろうが、 雨が強すぎて大分毛が湿っている。 香藤は思わずその小さな猫を抱き上げる。まだ子猫なのだろうか? 香藤の両手にすっぽりと納まった。 猫は嫌がることもなく大人しく抱かれ、にゃぁーと可愛らしい声を上げて香藤をその大きな眼で見上げている。 「可愛いなぁ〜。お前、どこん家のこだ?」 首輪はつけていない。それに、毛が大分後れているようだ。 これは雨だけの所為ではないだろう。 雨はまだやみそうもないし、いくらまだ10月でも、こんなところに置き去りにしたら 凍えて死んでしまうのでは・・・。 香藤の頭にそんな考えがよぎる。 「・・・・・・・・・・」 猫は香藤の手が温かいのか、すりすりと身をよせ丸まっている。 元々動物好きな香藤には、その姿がたまらなく可愛くうつった。 「ん〜・・・よし!」 香藤は少しの間悩んだ後、猫に自分が着ていた上着をかけると優しく抱きこみ、 「一緒に帰ろうな」 猫のピンと立った耳にそう囁きかけ、走って公園を後にした。 香藤には見えなかったが、猫は嬉しそうに香藤の上着に頬を摺り寄せ蹲った。 続く 作:森谷 初投稿が続きモノですみません;(汗汗) |