『雨の中・中編』



「ひ〜!もうサイッアク!!」

マンションの鍵を急いで開け、部屋に飛び込むと香藤は玄関で思わず叫んでしまった。
服も髪もびしょびしょ。さながら、服を着たままプールに飛び込んだようである。
幸い、一生懸命身体で庇ってきた猫はそうでもないようだが。
それでも、猫も濡れているし汚れている。

「さて・・・まずは風呂にはいるか」

香藤は床が濡れるのも構わず部屋へ上がると、真っ直ぐにバスルームへ向った。
もちろん腕には、濡れてますます小さくなった猫を抱えて。


香藤は濡れた服を豪快に脱ぎ捨てると、適当に洗濯機へ放り込む。
そしてバスルームの戸を開けた。
まずは少し温まろうとシャワーを浴びることにする。
イスに座って猫を膝に乗せると、猫にも優しくシャワーをあてた。

「怯えなくても大丈夫だからな・・・」

優しく声をかけながら、全体的にお湯をかけてやる。
温かくて気持ちいいのだろう、耳がぴくぴくと動いて可愛らしい。
しばらく自分と猫と交互にシャワーを浴びて冷えた身体を温め、
大分温まってきた頃を見計らって、香藤は汚れた自分の髪や身体と猫を洗うことにした。
まず香藤は自分の身体を洗いながら、猫もボディーソープでわしゃわしゃと洗う。
猫は多少嫌がったものの、後半は大人しく洗わせてくれた。
気持ちよくなってきたのか、目を閉じてうっとりとしているようにも見える。
そして泡を流すと、なんと言うことだろう!
灰色だと思っていた猫は、しっぽの先まで真っ黒な黒猫だったのだ。

「うわぁ〜・・・」

香藤は思わず驚きの声をあげてしまった。とうの猫は香藤の視線も気にせず、
身体をぷるぷると揺すって水気を散らしている。
そして香藤の足元にすりすりと頬擦りをしてきた。その愛らしい仕草に、
香藤は知らず知らず顔が赤くなる。

「な、何猫相手にテレてるんだろ・・・俺。」

香藤は頭をぽりぽりと掻いた。だがすぐにはっとしたようにイスから立ち上がる


「こんなことしてちゃダメじゃん!猫が風邪ひいちゃうよ!!」

香藤は大急ぎで自分も流し終えると、猫を抱き上げ脱衣所に優しく下ろした。
まず自分が服を着なくてはと身体を適当にバスタオルで拭き、その辺にあった服を羽織る。
そして新しく出したタオルで猫を包み、優しく拭いてやる。
まずは耳や顔、次に胴回り、そしてしっぽと順番に拭いていく。

「気持ちい?」

そう語りかけると、通じてはいないだろうが、猫はにゃぁ〜と鳴いてしなやかなしっぽを揺らした。
そんな1つ1つの反応が可愛くて仕方がない。
大体水気はとれたので、後はドライヤーで乾かすことにする。
香藤は洗面台の脇からドライヤーを持ち出し、猫を片腕に抱しめてリビングへと向った。


リビングのソファーにバスタオルをひくと、その上にそっと猫を下ろす。
その横に香藤も腰を下ろして、ドライヤーのスイッチを押した。
ブオーっとすごい音を出しながら近づいてくるドライヤーに、猫は怯えて後ずさる。

「大丈夫だよ、怖くないからな」

香藤は猫をバスタオルごと自分の膝に乗せると、ドライヤーを温風弱にしてあてた。
音は怖いが温かい風が流れてくるそれに、猫は興味心身に顔を近づける。
だがすごい風なので目を開けていられないらしく、三日月形に目を細めている。

「面白いなぁ、お前」

思わず笑みをこぼした。何だか行動が小さな子供と似ている。
仕上げに香藤は猫を優しく撫でながら、身体中満遍なくドライヤーをあてていく

そしてあっという間に乾かし終え、改めて猫を眺めてみた。

「お前・・・随分と綺麗だったんだな・・・」

香藤はまた驚きの声をあげる。だが、それもこの猫を見ればうなずけよう。
艶々に輝く漆黒の毛は、まるでベルベットのように柔らかく手触りがいい。
顔もとっても器量よしで、猫特有のツリ目なのだがくりっとしているのでキツさはあまり感じない。
だが、少々プライドが高そうな顔をしている・・・様な気がする。
手足はしなやか、ヒゲもぴんと張っていて、弓の弦のようである。
そしてなにより、しゅっとしたしっぽ。全体がゆらゆらとゆれたり、かと思ったら先だけがぴょこぴょこと動く。
猫は尾を触られるのは好きではないらしいが、これでは触るなという方が無理な話だ。

「びっくりした〜・・・まるで御伽噺のお姫様みたいじゃん」

拾ったときは泥だらけのみすぼらしい娘だったが、今は黒髪の白雪姫という感じ
である。

「かっわいいなぁ〜。こんな可愛い猫見たの、俺初めてかも」

香藤は膝の上でちょこんとお座りをしている猫を抱き上げると、顔を柔らかいおなかに摺り寄せる。
猫は少々恥ずかしそうに身体をくねらせたが、香藤は気付かなかった。

「んん〜vふわっふわだよ〜vv柔らかいしv」

すりすりしていると、猫がまた少しだけ身体をくねらせた。
香藤が今度はそれに気付いたらしく、名残惜しそうに猫を膝に下ろす。
猫はほっとしたように香藤の膝の上で伸びをすると、ころんと寝転がって香藤を見上げている。
すっかりリラックスしている猫に、香藤は顔を近づけ猫の鼻先に自分のそれをくっつけた。

「俺の名前は香藤だよ。か・と・う!お前は、名前何にしようか?黒いから、ク
ロとか?」

覚えやすいし呼びやすいからいいと思ったのだが、どうやら猫は気に入らないらしい。
少しだけ顔をしかめたような気がした。
「じゃぁ目が真ん丸くて綺麗だからルナはどう?」と、いくつか名前をあげてみるのだが、
猫自身はどれもお気に召さないらしくうんとも「にゃぁ」とも言わない。

「困ったな〜、じゃあ何がいいんだ?」

ふぅ・・・と溜息を吐きながらそう言う香藤に、猫は言葉の意味が通じたのか必死に「にゃぁ〜にゃぁ〜」と鳴いている。
自分の名前を言っているのだろうか?

「う〜ん、俺は猫じゃないから猫語はわかんないんだけど・・・・・」

またしても意味が通じたのか?香藤がそう言うと猫は急に静かになってしまった。
不思議に思った香藤は、硝子玉のような猫の目を覗き込みながら問う。

「お前・・・もしかして俺の言ってることわかるの?」

言い終えてから、「な〜んてね」と笑う香藤だったが、猫はそんな香藤の鼻を
ぺろっと舐めると、「にゃぁ〜」と鳴いた。
まるでさっき香藤が言った言葉を肯定するようである。

「うっそ・・・マジ・・・?」

その言葉にも、猫は「にゃぁ〜」と鳴いた。
香藤は猫を見つめながら呆然としたが、すぐにはっとなる。

「たまたまだよな!たまたま・・・」

香藤は「紛らわしいぞ〜、こいつ!」と猫の頭をつんっと押した。
猫は「たまたま」と言われたことにムッとしたのだが、やはり香藤は気付かなかった。

「それじゃぁ仕方ない。名前はまた後でゆっくりと決めよう!可愛い名前考えてやるからな〜v」

香藤はまたしても猫を抱き上げ、おなかにすりすりすると、
下ろす直前に猫の口にちゅっとキスをする。
すると!

「うわぁっ!!!」

突然ボンッという音とともに、猫の周りから煙がもくもくとわきだしてきた!
あまりの事に、香藤は驚いてソファーの上に転がってしまった。
そしてその煙の中から聞こえてきたのは、さっきまで一緒にいた子猫の愛らしい鳴き声ではなく・・・

「ふぅ・・・戻れた」

低音の、柔らかいハスキーボイスだった。

続く


もう少しお付き合い願います^^;  森谷



猫の描写が凄く可愛くってv
目の前に本当に子猫ちゃんがいるような気分になります(^o^)
で!個人的にツボにヒットしたのは大学生の香藤くん!(はあはあはあv)
すいません、もう香藤くんが大学生だったら・・・・と考えただけで
どうにかなりそうでした(・・・・病気ですか?)。

あと後編と番外編をいただいていますので後日にupさせてもらいます。
森谷さん、初投稿での長編、お疲れ様ですv
素敵なお話、楽しませて貰っていますv


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