〜幸せと幸せの間〜


「いやだ・・」

「え〜そんな事言わないでよ〜せっかく来た話なのに〜〜っ」

「俺は俳優なんだ。歌なんて恥ずかしいだろっ!」

「でもさ、今をときめくあのグループのボーカリストが作った曲だよ!すんごいいいんだって! 本当に俺達の為の曲なんだよ・・・・」

と、夢見るような目つきになって遠くを見つめる香藤。ああもう完全にあっちの世界に行ってる。

岩城は「はあ〜っ・・」と大きな溜息をついた。

「それにプロモーションビデオなんて、歌に合わせて踊ったりするんだろ?俺は絶対いやだからな。」

本当に嫌そうに切れ長の目を細めて、さっきからワウワウいいながら纏わりついている香藤を睨んだ。

「あはは、、岩城さんにダンスは要求しないよ〜。ただ俺と一緒に楽しそうに過ごしてる所撮って貰えばいいんだって言ってたよ!それにさ〜二人でまたロスに行けるんだよ。レコーディングもそっちでやるっていってたし・・ねぇ〜また暫く一緒にいられんだよ!このチャンス見逃す手はないよ!」

(要求しないってどうゆう意味だよっ!) 岩城のこめかみが俄かにピクピク震えていた。

「うるさいっっ!!やだって言ったらやなんだっ!!」




季節外れの雪が木々を白く飾っていた3月が終わり、今はいきなり訪れた暖かな春に驚いた花達が一斉に咲き綻んでいた。

「冬の蝉」公開にあたり騒いでいたマスコミ達も、今回の国内での映画の興行成績を目のあたりにして、また騒ぎを通り越して騒然としている。

テレビのどのチャンネルをかけても、主役の二人の顔が流れない日は無かった。

「春抱き」に続く二人の同性愛が色濃く出される内容だったので、「またか・・」的に流して
いた人達も、今回の映画の出来に誰も非難をする者はいなかった。あらためて岩城、香藤という二人の俳優の演技の深さや、映画に対する情熱に心を打たれるのだった。

この二人の人気ぶりに拍車をかける様に、今度は音楽業界やその他からも色々なオファーが来ていた。

人気歌手とのコラボレーション!とか、人気アニメの声の吹き替え、ミュージカル、CM・・・等等岩城も清水から幾つかの話は聞いていた、もちろん香藤とのCD発売の話も。

アイツ騒ぐだろうなぁとは予想していたものの、こう毎日毎日騒がれたんじゃ流石に疲れる。

岩城も毎日二人でいられる、という事に関しては多少心は動くものの、歌うたいながら腰振ってダンスなんて絶対絶対出来るわけがない。恥ずかしくて死んでしまう。

この仕事を受ける場合、歌のレッスンと共に、振付師の元でダンスのレッスンも一緒に受けなくてはならないのだ。





その日も、分刻みのスケジュールを無事にこなし、ぐったりと疲れた身体を清水の運転する車の後部座席に沈めていた。

「あの岩城さん、お疲れの所申し訳ないのですが、先日お話したオファーの件、岩城さんの方で幾つかピックアップしていただけますか?スケジュールの都合もありますので・・・」と清水が申し訳なさそうにバックミラー越しに話掛けて来た。

「ああ、そうでしたね、新しい場所(分野)の仕事が多すぎて中々頭の中でまとまらなくて・・・
すいません。そろそろ決めないといけませんね・・・あ、でもこの間の映画のお話は是非受けさせて下さい。主役ではなくてもとても心惹かれる作品ですから。あの役も是非やってみたい・・・」

「はい、わかりました。それではその件は早急に進めさせていただきます。それと、あの・・・」

清水はなんとなく言いづらそうにチラリとまたバックミラーに視線を移した。

「香藤さんとのレコーディングの件なんですが、香藤さんの事務所の方から連絡がありまして、岩城さんの返事待ちという事で・・・あの、香藤さんはやはり騒いでらっしゃいますか・・?」

香藤の性格を知り尽くしている清水だからこその言葉。家に帰ればなお疲れるであろう岩城を心配しているのだ。

岩城の性格もしかり。この仕事を嫌がっているのはわかっていた。でもまだ完全にNOと
言わないということは、少しは迷っているのだろうか?との思いでここ何日か触れないでおいたのだ。

この仕事を請ければ、また間違いなく話題になることはわかっていた。

もうすでに曲はできていてそれを作った人間も今音楽界では話題の人物なのだ。

詩はまだついていないようだったがイメージ的にはポップな感じでとても気持ちのいいノリの曲だった。

清水は飲み会で無理やり歌わされてる岩城と何度か一緒にいたことがあったが、歌い方こそ拙いものの、ちょっとハスキーで低めの岩城の声はとても魅力的だった。

マネージャーでもあるが岩城京介のいちファンとしては今回のこの話はとてもワクワクするも
のであったのだ。

岩城は大きく溜息をついた。

「すいません清水さん、その件はあと2.3日待っていただいていいですか?もう少し考えさせて下さい。
あとのオファーは・・・役者として出られるものなら何でもやらせて頂きたいと思っていますので。
スケジュールの都合のつく範囲で清水さんの方で選択してもらって結構です。」

「わかりました。」

車は家の前に滑り込むようにして止まった。もう今は深夜をまわっていた。

家は真っ暗で誰かがいる様子はない。

「今日はお疲れ様でした。香藤さんもまだお帰りではないようですね。明日はというよりもう今日ですが、ゆっくり休んで下さい。明後日の9時半にお迎えにきます。」

岩城は足を外に下ろしながら
「清水さんもお疲れ様でした。今日はゆっくりお子さんと遊んで上げてください。帰り道気をつけて。それじゃおやすみなさい。」

清水はそんな岩城の優しさにふと笑みながら言葉をもらした。

「岩城さん・・」

「・・・はい?」

「私もファンとして言わせてもらうと、岩城さんの歌、とっても聴きたいです。」

優しく微笑みながら話す清水を岩城はちょっと驚いた様子で見ていたが、やがてはにかんだように俯きながらクスリと笑うと

「ありがとう。清水さん・・」 「おやすみなさい。」