〜雨の日はパラノイア〜
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沈黙を破って、香藤がこう言った
「ねえ、岩城さん…まだ明るいけど、寝室に行かない?」
思いがけないような、それでいて、待っていたようなその言葉に、俺は無言で頷いた
片手を取られ、促すような香藤の動きにつられてリビングのソファーから立ち上がると
もう片方の手が俺の腰に回される…
そのまま俺たちは、部屋を出て階段へと向かい
一歩一歩、踏みしめるようにゆっくり二階へと上って行った

もったいぶってるわけじゃないが、こんなに密着していては、スタスタ上るわけにもいかないからな…
俺の腰を抱いて片手を握り、包み込むように半歩下がって歩くお前の吐息が
知ってか知らずか、俺の首筋にかかってくすぐったい…
恋人同士と言っても、俺たちは男同士だし
外では手を繋いだ事なんか、殆ど無い
周りに誰も居ないんだとわかっている時…
そうでなければ…
たまたま、お前の身体が近くにあって、普通に喋りながら
何気なく垂らしたふりをした手の甲をぶつけ合ったりして
お互いにしか通じない、意味ありげな視線や微笑みをかわしたり…
まあ、それはそれで…楽しいんだが…

家に居てわざわざ、手を繋ぐなんてのも、まずあり得ないしな
なんだか妙な気分だ…
悪くないな…
お前も、特別な意味を込めて、この手を握ってくれてるんだろうか…?

今日、2人きりで家に居られるなんて思ってもいなかった…
俺は朝まで仕事で、清水さんの運転で家まで帰り着いたのは明るくなってからだった

鍵を開けて家に入ると、空気がひんやりと静まりかえっていた
香藤は帰らなかったのか、それとももっと早く出て行ったのか…
テーブルにも寝室にも、メモのような物は見当たらない

何となく気が抜けた俺は、軽く朝食を取って
シャワーを浴びるとベッドに入って、すぐに眠ってしまった

…………
……雨が降っている……
寝起きの思考が次第にハッキリしてくると、
先程から聞こえていた音の正体に気がついた
雨か……
部屋は天気のせいで薄暗い
時計を見ると、まだ午前中だった
あまり眠れなかったが…それは雨の音のせいなのか
それとも、あまりに静かすぎるからなのか…
「香藤…」
声に出して呼んでみるが、家の中に人の気配は無かった
自分の携帯を取り出して確かめて見ても、伝言もメールも何も無い

居ないとわかっていながらも、リビングに下りてみる
俺が自分で、今日オフだっていうのを言い忘れたのか…?
そう思いながら壁のカレンダーを見ると
そこにはちゃんと香藤の字で、予定が記入されていた
「岩城、オフ」
………………
香藤は…?
今日は都内でロケか……「夕方帰宅予定」
そうか、帰って来るのか、
今日はお前に逢えるんだな…
もう数日顔を見ていない…
そう思うと、急に逢いたい思いが募ってくる
早く…!!
このままでは待っている間に、逆にイライラしてしまいそうだ
俺は香藤が帰って来るまで、家事に励む事にした

まず、洗濯機を回しながら一番時間がかかりそうな風呂掃除から始まって、
ついでに洗面台、
トイレ掃除も終わらせた
台所…は、最近使ってなかったからな、省略してもいいだろう…
磨きまくって右手ばかり動かしていたから肩が痛いな…
後は掃除機で終わりにするか…

家中に掃除機をかけて、ひと息いれた頃には香藤も帰って来るだろう!
よし!
…と気合を入れ直し、リビングの掃除を始める
寂しさを紛らわしたい一心で丁寧に掃除機をかけているうち
俺はだんだん掃除のほうに夢中になってきてしまったんだ
テーブルを動かして…
また元の位置に直し…
重いけどソファーもどかさないといけないな…

ふと、風が通ったような気がして…
顔を上げると、リビングの入り口に香藤が立っていた

「うっわっ!!」
俺は驚きのあまり叫んでしまった
香藤も俺の叫び声には少々驚いたようだが、すぐに笑って言う
「やっぱり、気がついてないと思ったんだ。何度もただいまって言ったんだけど掃除機の音したし」
俺は急いでスイッチを切った
「香藤…早かったな。夕方だとばかり思ってたんだぞ。…ビックリさせるな」
香藤は相変わらずクスクス笑いながら近づいて来て俺の肩を掴み…
抱きしめられるかと思ったが、俺の頬に軽くキスすると離れて…

ソファにドサッと腰を下ろした
ああ、俺がこんなにしっかり掃除機を握ってたからか…
もう掃除はおしまいにしよう…

掃除機を片付けてリビングに戻ってみると
香藤がコーヒーを淹れてくれていた
「はい、岩城さん、家事ご苦労様。コーヒーだよ」
「ああ、すまないな…お前今日は、もっと遅いはずじゃなかったのか?」
「うん、なんか雨のせいで予定狂っちゃって。やみそうもないから中止になったんだよ」
「そうか…」

香藤は無言でソファに腰掛け
コーヒーを飲み始めた
何だか責めるような言い方をしてしまっただろうか…?いや、俺の言い方なんて香藤も慣れてるはずだ…
香藤のすぐ隣に座ってカップを手に取る
湯気があたたかくてホッとする…
それから、香藤の体温がすぐそばにあるのも…

「お前、そう言えば昼飯は?食べたのか?」
「ああ、うん。最初、早目のお昼とりながら雨やむの待ってたから…岩城さんは?」
「俺は…朝食のあとですぐ眠ったから…腹はすいてない」
「そっか」
香藤はひと言で答え、コーヒーを飲みながらまた黙ってしまった

疲れてるんだろうか…
このところ、顔を合わせなかったからな…
どんなスケジュールをこなしていたんだか、よくわからないが…
昨夜は眠る時間はとれたんだろうか?

コーヒーに口をつけテーブルに置くと同時に
香藤がすりすりと俺の肩に、頭を擦りつけてきた
また俺の膝で寝るつもりなのか、やれやれ…と思ったとたん…

香藤がゆっくり顔をこちらに向けて、こう言ったんだ…
「ねえ、岩城さん…まだ明るいけど、寝室に行かない?」

階段を上りながらふと、香藤の横顔を盗み見て思う
こんなに穏やかな香藤も、何だか珍しいな…
俺に向けられる笑顔は
いつもはもっと元気だったり何か言いたげだったりするんだがな
そうじゃなかったら、もっと切羽詰っていたり…
大抵、お前が黙っている時と言ったら…
仕事の予定だとか脚本の内容だとか、俺以外の事で頭が一杯の時なんだ

そう思ったら、何だか不安になって
繋いでいる手にキュッと力を入れてみた
そうしたら
お前はチラッと視線だけこっちに向けて微笑し、同じように
キュッと一瞬だけ、繋いだ手に力を込めた

良かった…
これは、心ここにあらず、という顔じゃない…
ちゃんと俺の事を考えていてくれてる顔だ…
だけど、それなら何だってそう、何も言わないんだ?
いつもだったら、もっと犬みたいにじゃれついて
俺が嫌がっても無理矢理抱え上げたり、
ぶら下がるようにキスしながらだったり、
下手をすれば俺だけ殆ど裸だったり
たまには、お前だけ脱いでたり
もう場所なんかどこでも良くなってたり…
そんなふうにしてベッドにもつれ込むのが普通になっているんだが…
こう思い出すと、俺もずいぶん慣らされたもんだ…

そんな事を考えていると、
服の下で俺の中心が、トクン…と脈を打つ
いつからこんなふうになったんだろう…?
いつもいつも…無意識にお前に期待しているみたいなんだ…

さっきのように…
お前が近寄って来れば
その腕の中に抱かれる瞬間を想像してしまう…
顔が近づいて来ればキスを…
すり寄って来れば、俺の傍らでお前が寛ぐのを…

…それにしても、お前は今日は何でそう黙ってるんだ?
そんなに疲れているっていうのか?
さっきからこっちをチラチラ見てるのは解ってるんだぞ?
一体、何を考えてるんだ…

……っと…
ちょっと待てよ…
さっき香藤は下で何て言った?
ねえ、岩城さん…まだ明るいけど、寝室に行かない?
……たしかそう…
何で「ベッド」じゃなく「寝室」なんだ?
まさか香藤、お前…
俺の期待を裏切って……昼寝するんじゃないだろうな!?
冗談じゃないぞ!

階段を上りきって、寝室の前で立ち止まる
お前の手が俺から離れないように…
俺は自分で手を伸ばしドアを開ける

「なあ、香藤?」
疲れてるとこ悪いんだが、昼寝する前に…やりたい事はないか?
…ダメだダメだ、こんなんじゃ…
俺が何を考えてるか、当ててみろ…
…当たったら当たったで恥ずかしいしな…
お前と一緒のベッドに寝ていいか?
……もし脚本家志望だったら、今でもAVどまり確実だったな…
お前の時間を俺にくれ!
…はあ…俺が先にお前に惚れて、告白なんかしてたら一発で振られてたに違いないな…助かった…
だいたいな、俺が誘う時ってのは、
お前もその気になってるって、わかってる時なんだ
…お前は…俺が全然その気じゃない時にも誘って来るが…
そう考えると頭が下がる気もしてきたな…

香藤の顔を見ながら言葉につまっていると
やっと香藤が口を開いた
キョトンとした顔で

「岩城さん、今日の顔、面白いね。さっきから赤くなったり青くなったりしてさ、どうしたの?」
「なんだとっ?…それはっ!」
顔がカッと熱くなる
今、確実に俺の顔色は、青じゃないほうだな…
「それはっ…お前がずっと、黙ってるもんだから…」
下を向いても香藤は顔を覗きこんで来る
「えっ?そうだった?俺は岩城さんの顔が面白くって眺めてただけだよ?岩城さんのほうが先でしょ?」
ハハハ、と声をたてて笑う香藤の手から離れ、俺は逃げるように寝室に入って行く

まったく…眠くもないのに、俺は一体ここに何しに来てるんだ!?
そう思ったとたん…

香藤の両腕が俺の腰に巻きつき、足が床から離れ…
俺はドサッと音をたててベッドに倒れ込む
思わずギュッと目を瞑ると…

愛しいお前の身体の重みが
俺の身体に重なってきた…


2004.6,15 miho


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