〜雨の日はパラノイア〜
kato_side


金子さんの運転する車に揺られながら、俺はポケットから玄関の鍵を出した
もうじき家に着く。最後の交差点を、今、曲がる
今日は岩城さんがオフの日なんだ!

でも、出かけちゃってたらどうしよう?
俺の帰りがまだだって思ってどこか行っちゃってたりして…

急に降り始めた雨のせいで、今日、午後のロケが延期になった
あとで忙しくなるのはわかってるんだけど、
岩城さんがオフの日に早く帰れるなんて、俺が喜ばないわけないよね!

それなのに、メールしようとしたら、電池切れちゃってるしなあ…
ここ何日か家に帰れなかったから、充電し忘れちゃってたよ
金子さんの携帯借りようかな、って一瞬思ったけど、でもやめた
俺に何かあったんじゃないかって
岩城さんが着信見てドキッとしたら可哀相だもん

それに。
岩城さん、心配したりするとさ
ホッとしたあとに絶対怒り出す。
もちろん、そんなの俺は平気だし、照れ隠しだって分かっているけど
時間がもったいないよ
今日は、怒られるより、もっと甘ーい時間を過ごしたいんだ
もう何日も顔見てないし…

うん、きっと、この雨なら岩城さんも出かけないで家に居るに決まってる
早く帰った俺を見て、絶対に、逢いたかったって言ってくれるに決まってる!

「金子さん、ありがとう。お疲れ様」
車から降りると、俺は雨を避けるふりをして
金子さんの車を見送らずに一目散に玄関めがけて走ったんだ
鍵を開ける間ももどかしい気持ちで、ドアが開くと同時に中に向かって声をかけた
「ただいま岩城さん!」

……あれ…?
…………
なんか音がする…
ってことは、岩城さん居るんだよね…
「岩城さん?ただいま」
…返事が無いや

リビングのドアを開けて、やっと納得した
そっか、掃除機の音か…
雨の音と混じって、よくわかんなかったよ

なんか、夢中になって掃除してるなあ…
ちょっと声かけづらいかな…
入って来る音も、俺の声も、聞こえなかったって事だよね
岩城さんて、俺が居ない時、こんな熱心に家事やってくれてるんだ
汗ばんで、首の辺りが火照ってるのがここからでも見える…
何やってても綺麗なんだよね…

うわ、ソファー動かしてるよ
ごめんなさい!俺、引っ越して来てからそのソファーの下、掃除機かけた事ない…
今度からちゃんとやらないとなあ…

そんな事ボーっと考えてたら
岩城さんがいきなり俺のほうを見て、
「うっわっ!!」って叫んだ

悪いとは思ったけど、ついつい可笑しくって笑ってしまう
「やっぱり、気がついてないと思ったんだ。何度もただいまって言ったんだけど掃除機の音したし」
岩城さんすっごい顔して叫ぶんだもん
素になっちゃってる時の岩城さんて、ホントに可愛い

「香藤…早かったな。夕方だとばかり思ってたんだぞ。…ビックリさせるな」
岩城さんが、掃除機のスイッチを切って言う
もう、俺は笑うのがやめられなくって、
ホントは可愛い可愛い岩城さんをグイグイ抱きしめたかったんだけど、
そんなことしたら怒られそうで、やめておいた。
代わりに、ほっぺたにチュってキスをした

掃除、手伝わないとダメかなあ…
なんて思ってたのに、
岩城さん、せっかく動かしたソファー元の場所に戻しちゃってる
いいの?
まだそこ、掃除機かけてないでしょ、俺ずっと見てたんだから知ってるんだよ?
もしかして、俺が帰って来たから?
岩城さんも、2人でゆっくりしたいと思ってくれてるのかな…
そういう事にしちゃおっと…

そういうわけで
俺は、岩城さんが戻したソファーに、どっかり座り込んだ
岩城さんは掃除機持って出てっちゃったけど…
掃除機の音は聞こえてこない。
他の部屋を掃除する気はないらしい。
よっしゃーー!!!!
俺は一人でガッツポーズすると
家事で疲れただろう岩城さんのために、コーヒーを淹れる事にした

「はい、岩城さん、家事ご苦労様。コーヒーだよ」
掃除機を片付けて戻って来た岩城さんに声をかける
「ああ、すまないな…お前今日は、もっと遅いはずじゃなかったのか?」
「うん、なんか雨のせいで予定狂っちゃって。やみそうもないから中止になったんだよ」
「そうか…」

俺のすぐ側に座って欲しいから、カップを並べてテーブルに置き
そのすぐ前に座って岩城さんを待つ。
岩城さんは黙って俺の横にピッタリくっついて座ってくれた
いい気持ちだなあ…
なんかホッとする…

ずっと一緒に居るからかなあ…
岩城さんが黙ってても、
ピリピリしてるのとか、ふうっ、て、チカラ抜いてるのとか、わかるんだよね
今は、なんか、俺に…
自惚れかもしれないけど…
全部預けてくれてるみたいな、そんな気がする。
嬉しいなあ…

と、思ったら空気が変わった。
「お前、そう言えば昼飯は?食べたのか?」
「ああ、うん。最初、早目のお昼とりながら雨やむの待ってたから…岩城さんは?」
「俺は…朝食のあとですぐ眠ったから…腹はすいてない」
「そっか」
俺もひと安心して、またコーヒーに口をつける岩城さんを眺める事にした

そうそう
そんなに俺の事ばっか心配しなくっていいんだよ
俺だって子供じゃないんだから、
腹減ったら自分で何か食べれるってば。

でも…
やっぱり俺も甘えたい…かな…
それに…
やっぱりキスとかしたいし。
それから…

でもなあ…
こんなふうに、せっかく寛いでる岩城さんを、
揉みくちゃにしちゃうのも、なんかもったいないかな…
すっごく可愛いくって…
なんだか、何時間でも撫で回してたいような…
そんな感じ…

いいや、とりあえず誘っちゃえ!
俺は岩城さんの肩に寄りかかって
あくまでもさりげなく、出来る限り普通に、言ってみた
「ねえ、岩城さん…まだ明るいけど、寝室に行かない?」

岩城さんは黙って頷いた。
それって、抱いてもいいって事?だよね?
それとも、なんにも考えないで言いなりになってるだけなの?
…でも、岩城さんが俺の事拒むなんて滅多に、っていうか、殆どないし。
今日はオフだし、
明日も確かゆっくりだって言ってたもんね

何だか今日の岩城さん…
元気がない、ってのとはちょっと違うんだけど
なんか、大人しい…
どうしちゃったんだろう?
ま、いいや。後で話してくれるかも知れないし
話してくれなかったら、それとなく聞いてみよう
とりあえず、こんな時は、思いっきり優しくしてあげなきゃ!
俺は、先に立ち上がって岩城さんの前に手を差し出した

岩城さんは、やっぱり黙ったままで、俺の手を取ってゆっくり立ち上がった
腰に手を回すと、軽く体重をかけてくる。
いいなあ…
すっごく色っぽい…
これでエッチは無しなんて事、絶対あり得ないよね。
うんうん、そうに決まってる!

岩城さんて、ホントに男っぽくて征服欲そそられる時があるかと思えば
こんなふうに、壊れやすく見える時もあるんだよね…
手を握って、腰を抱いて…
何だかフォークダンスみたいなポーズで歩き始めると、
岩城さんが俺の手を、キュ、って握ってきた
俺もキュ、って思わず握り返したりなんかして…
岩城さんのほうを見たら、目が合った。

うわーーー…もう、なんか、俺ヤバいじゃん?
心臓ドキドキしてる
もう、いっそここで押し倒してキスして脱がして…
いや、いけないいけない…
さすがに階段じゃ痛そうだよな。いや、後ろからすればいいのか…?
でも落ちたら困るしな
なんて思ってたら、ここ踊り場だし…?

いやいや、いけないいけない…
今日の岩城さん、何か悩んでるのかもしれないんだし。
そんな事しちゃったら、後で打ち明けてくれなくなっちゃうかも。

あれ…
ねえ、岩城さん…
今、気がついちゃった…
岩城さんも俺の事、欲しいって思って…感じてくれてるんだね…
服の上からでも、もうわかるよ…
さっき、寝室に行こうねって、俺言ったもんね
柔らかいベッドの上で、うんと気持ちよくしてあげる…
口に出しては言わないけど…約束だよ…

俺がすっかり嬉しくなって、
もう、今にも、うなじにキスしそうだったっていうのに、
岩城さんが急に顔を上げた!
俺はもう少しで、岩城さんの頭に鼻をぶつけるとこだったけど
危ないとこでよけた!
えっ?なになに?
岩城さんどうしたの!?

俺はまじまじと岩城さんの顔を眺めてしまった
腰を抱いている俺のほうが、ほんのちょっと後ろにいるもんだから
岩城さんは俺のビックリした顔にも気付かない。
岩城さんは、何か考え込んでいる様子で、
そのうち、何だか怒ってるふうに
眉を寄せて、歯を食いしばった。
キリ、っていう音が聞こえたような気がした…

やっぱ、会えなかった間に何かあったのかなあ…?
怖いなあ…
でも、俺のほう向いて怒ったんじゃないもんな。
俺がなんかしたんじゃなくて、きっと他に原因があるんだ。
部屋に入ったら最初に岩城さんの愚痴聞かなきゃダメかな…
もちろん、話してくれたらだけど…

って、何言ってるんだよ俺…
ここはひとつ大人になって、岩城さんの悩みをうまく引き出して、
肩の荷下ろして貰わなくっちゃ!
待ってるだけじゃダメなんだ!

なんて、俺が決意してる間に、
岩城さんは、また元の頼りなげな表情に戻って、
結構いそいそと、寝室のドアを開けてくれた。

…なんか調子狂うなあ…
なんかもう、聞き出すにしても、どこから突っ込んでいいのかわかんないよ〜
困ったなあ…

そんな感じに、俺が自分の包容力に自信を失くしそうになった時、
岩城さんが俺を呼んだ。
「なあ、香藤?」

俺は黙ったまま岩城さんの顔を見る。
どっちかって言うと、顔色を伺うっていうのかな、これ。
だって、岩城さんの表情が、またコロコロ変わるんだもん。

岩城さんが声かけたんだから、
なんか俺に言いたい事あるんじゃないの?
そう思って待ってるのに
岩城さんは、また眉を寄せて考え込んだかと思うと、
はあ、って溜め息をついた。
それからだんだん、ほっぺたを赤くして…

ねえ、その顔って、岩城さんのいつもの照れた表情だよね…?
どうしたの?
俺、岩城さんが恥ずかしがるような事、
まだ何にも言ってないよね…
うん、なんか、別に心配するほどの事じゃなかったのかも。
だって、これはいつもの岩城さんだもんね
何に照れてんのかは謎だけどさ。

なんだか安心しちゃった俺は
ついつい口に出して言ってしまった
「岩城さん、今日の顔、面白いね。さっきから赤くなったり青くなったりしてさ、どうしたの?」
「なんだとっ?…それはっ!」
岩城さんの顔が、更に赤くなる
「それはっ…お前がずっと、黙ってるもんだから…」
…えっ……?
まあ。そりゃ確かに黙ってたっけ…だけど…
それだけ?ホントにそれだけの事だったの?
なんだ…俺、ちょっとだけだけどさ、心配したんだよ?

岩城さんは赤い顔を隠そうとしてだか、俯いて顔をそむけてしまった
さっき考え込んでた難しい表情はどっか行っちゃって
そこにあるのは困ったみたいな表情だけ。
俺、岩城さんが困っちゃうほど黙ってたかなあ?
「えっ?そうだった?俺は岩城さんの顔が面白くって眺めてただけだよ?岩城さんのほうが先でしょ?」
ごめんね…
何だかよくわかんないまんまだけど、
そんなことならいくらでも謝るよ!

でも、俺の口から出たのは謝罪じゃなくって、笑い声だった。
ごめんごめん!
なんかホッとしたんだもん。気が抜けちゃってさ、
ハハハ…、どうしよ、普通に喋れないよ
ハハハハハ…やば、ホントに怒らせちゃうかも…

岩城さんは、笑い続ける俺にあきれちゃったのか、
手を振りほどいてズカズカ寝室に入って行く
ああ、いつもの岩城さんだ
良かった…
やっぱりさ、いくら可愛いくっても
悩んでる岩城さん見てるのは辛いもん

それにさ…
もう遠慮はいらないよね…?

追いついて思いっきり抱きしめると、そのままベッドに倒れ込む
ビックリしたのかギュッと目を閉じた岩城さんの上に覆いかぶさると…
岩城さんの両腕が、俺の背中に回され…俺をギュッと抱きしめた


2004.6.15 miho


★岩城さん・・・・・可愛いなあ(*^_^*)v
岩城さんサイドからと香籐くんサイドからとの2つのお話ですv
雨の日のふと生まれた愛し合う時間・・・
少しだけ外と切り離された空間のようで・・・v
某所でこの続きがありますのでそちらでもお楽しみ下さいませ
mihoさん素敵なお話、ありがとうございます〜vvv