『陽だまりの色』



季節が巡ってくる‥‥‥再び、あの日が近づいて来る。
『フゥ〜』と軽い溜め息をついて、岩城は待っていた事務所の一室で珍しい雑誌に目を通していた。
女性誌なのだが表紙の書かれている何気ない煽り言葉に、目を留め、一寸だけ中身を引き付けられたのが事実だった。
『一つだけの‥‥‥』
『他には無い‥‥‥』
そう、書かれていた‥‥‥
そう、自分でも思う事がある。
『自分とあいつの二人だけの、そんな物が在ったら‥‥‥喜んでくれるだろうか?』
何処かでそう思っている自分。
これはある意味、香藤を独占している事を意味しているのに‥‥‥ふと、自分の執着心に驚いた。
もうすぐ、やってくる香藤の誕生日に‥‥‥昔には無い、何かを選ぶ自分に驚き苦笑した。
『香藤の喜ぶ顔が見たい‥‥‥』
心からそう思う自分の変化に戸惑っても、嬉しがっているから良いとしようと思っている。
「変わったか‥‥‥確かに」
岩城は呟くと、本を閉じた。
「岩城さん、お待たせしました」
清水が今後のスケジュール表をもって部屋に入ってきた。
「ああ、清水さん。そんなに待っていませんよ」
岩城は笑顔で答えると、今後の確認や内容の確認の為、清水に向かうように椅子を座り直したのだった。



車で移動している途中で、ある店の前に掲げられている看板の文字が目に入った。
「おや‥‥‥」
岩城は信号で止まっている時に、その文字を読んだ。
『あなたの手持ちの物を、新しくしてみませんか?』
何の事か解らず、清水に聞いてみた。
「ああ、宝石のリフォームのことですよ。持っている、指輪やネックレスを持っていって新しいデザインで作り直していただけるんです」
清水がチラッと横目で見て、岩城に答えた。
信号が青になり、清水は車を走らせ始める。
「そんなの、あるんですね」
岩城はちょっと興味を引いたように答えた。
「ええ、形見分けでもらったものとか、少し前のたて詰めの結婚指輪とか‥‥‥最近、余りしない物を持っていくんですよ。金属はその時に、引き取って換金したり、リフォームの時に足しにしてもらったりするそうです。宝石も、持って行った総てを使ったりその中の一部だったり、足してもらったり出来るそうですよ」
清水は車を運転しながら、言葉を続けた。
「詳しいですね」
岩城は窓より流れる景色を目に留め、言い返すと、
「実は‥‥‥祖母からいただいたものがあって‥‥‥でも、かんざしに使われていた珊瑚なのですよね。そのままでは使えないので‥‥‥知り合いの店でリフォームをすると聞いて、持って行って見たんですよ」
清水は照れくさそうに、答える。
「そうなんですか‥‥‥それで」
岩城は納得行った様に、言い返した。
「お値段の事もあるのですけど‥‥‥デザイナーさんもいらしているので、その場でデザインを考えていただけました。今、そのデザインで頼んでいますけど、素敵な物に生まれ変われそうです」
そして、そう言葉を続けた時に、岩城の次の仕事場についたのだった。



「お疲れ様でした。岩城さん」
トーク番組「照実のお話部屋」の収録を終えて、清水が声を掛けてきた。
「やっぱり‥‥‥トークは苦手ですね‥‥‥」
岩城が苦笑して答えると、清水は先を促して楽屋に誘導した。
部屋の中に入って、着替えをしている間、清水は飲み物を用意したりして、
「岩城さん、リフォームに興味ありそうでしたね。実は、私の頼んだお店がまたする予定なのですけど、行かれて見ますか?」
ふと思いついたように言葉をかけた。
「清水さん‥‥‥」
岩城は自分の考えを読まれた気がしたが、付き合いの長いマネージャーの清水だから気づいたのかもしれなかった。
「その時は、教えてくださいね。あっ、そろそろ移動しないとけませんので、車を回して来ます」
清水は言い残すと、控え室を先に出て行った。
岩城は自分のポーチの中を確認すると、清水の後を追うように出て行った。



清水と共に尋ねた宝石店はこじんまりした町の一角にあった。
古くから軒を並べている古い店だった。
「此処ですか?」
岩城が聞き返す。
「ええ、お話だけでもってお伝えしています」
清水がそう言い先にドアを開けると、中に入っていった。
岩城も覚悟を決めて、その後に続いたのだった。
中は太陽の光を取り込むように天窓があり、ショウケースにはダイヤモンドのネックレスや指輪を綺麗にディスプレイしてあるのを筆頭に、青い石や赤い石など色分けで飾ってある。
基本的なルビーやさファイヤなどはわかるけど、書かれている石の名前にちょっと頭を捻るものもあった。
『タンザナイト?って‥‥‥翡翠って緑だけじゃなかったのか?』
岩城は思った。
清水の姿を認めお店の人が話しかけ、清水は岩城の紹介をして、リフォームの話をすると、
「ああ、じゃあこちらへ」
と案内された場所は、仕切り板で囲まれたデザイナーの居る場所だった。
「始めまして、何かお持ちですか?」
と聞かれ、あわてて首を横にした。
「こんな事自体が初めてなんで‥‥‥すみません」
宝石店とはある意味、女性の方が多い所なので岩城は正直居心地が悪かった。
「そうですか‥‥‥目的は?」
机の上には方眼の付いたケント紙みたいなものとその横にデッサン用の鉛筆と絵の具などが在った。
「プレゼントです‥‥‥誕生日なので」
少し恥ずかしいのだが、目的を伝えた。
「素敵ですね。6月なら‥‥‥ムーンストーンですね。相手は香藤さんですよね」
デザイナーの方から言葉をかける。
「ムーンストーンですか‥‥‥あいつに、月のイメージはちょっと‥‥‥」
香藤は月と言うよりは太陽のイメージが強い。
「う〜〜〜ん、じゃあ、この石使われて見ます?」
そう言われ、机の上にやわらかい布のトレーが置かれた。
その中に横のケースから取り出され置かれたある物は、オレンジの物‥‥‥
「やわらかいですね。この輝き」
清水が見て呟く。
「これは?」
岩城も不思議そうにその石を見つめた。
「オレンジムーンストーンと言われる石です。石が固まるときにちょっとした内容の配分違いでオレンジの色が出るのですけど、石の輝き方はムーンストーンと同じ様な淡さを持っています。霞みかかった太陽みたいで、綺麗でしょう」
デザイナーは答える。
乳白がかったオレンジの輝きが暖かい昼の日中を思い出す感じだった。
「綺麗ですね‥‥‥」
岩城はその石に見とれ、思わず呟いた。
「デザインしだいでは、いいものになりますけど‥‥‥何にされるかですね」
清水も答えた。
岩城はその石をまじまじと見つめていた。
「これ‥‥‥香藤の胸にあったら‥‥‥よさそうですね」
岩城はポツリと呟く。
「ネックですね」
石の大きさを測り、目の前においてあったケント紙に移す。
「何か希望はありますか?」
岩城に尋ねてくる。
「いつもはこのネックをしている事が多いんです。邪魔になりませんか?」
岩城は自分のポーチから、自分の掛けているネックの半分を出してみせる。
「じゃあ、チャームだけにしましょうか?そのネックの紐に掛けられるように、フックタイプにして‥‥‥それがシルバーなら‥‥‥」
デザイナーの頭の中ではオレンジムーンストーンを基本にしたデザインが浮かんでいたようだ。
目の前で紙にイラストを書き始めた。
「オレンジだけど‥‥‥ゴールドで囲んでもいいんですよね‥‥‥う〜〜〜ん、このシンボルにあわせてちょっと細身で‥‥‥」
見ている前で、数点のデザイン画をしたて、色を付けてみせる。
どうタイプで周りをゴールドとシルバー色の金属で囲んだもの、反対に石を際立てたものなどを岩城の前に提示した。
「すごいですね‥‥‥」
岩城は思わず言葉を漏らした。
「ありがとうございます。これでもこの道のプロです。説明しますね。この、プレートタイプは裏に言葉とか刻印できますからね。シンプルだけど土台の金属の種類によっては値段が張ります。今、金の相場上がっていますから‥‥‥18K辺りでこちらのシルバータイプもホワイトゴールドにされるかですね」
デザイナーはケント紙を示して言い返す。
「でも、これはこの石があってのことですよね‥‥‥」
岩城が言い返した。
この石は、デザイナーの彼女が出したもので、自分の物ではない。
「いいんですよ。これは、リフォームのでも足し石として持って来た売り物なのです。希望なら、こんな風にデザインをしてますから‥‥‥たまにピアスとか言われる方の為に、同じようなものを選んで数石もって来てますから」
デザイナーの言葉に岩城の顔が微笑んだ。
「じゃあ、このデザインで‥‥‥お願いします」
実はこの中に書かれている一つに、岩城は心を惹かれていた。
このシンボルのネックの横においても、多分見劣りはしないだろうと頭で想像できた。
「これですね」
ケント紙に書かれたデザインに丸をつける。
何も無い状態からは難しかった話も、こうやってデザイン画や石の実物を見ながらだと解りやすい。
「数はどうされます?」
「えっ‥‥‥あっ」
1つは香藤にと間違いなく思っている。
しかし、今改めて問われると‥‥‥考え込む。
『俺も‥‥‥欲しい‥‥‥』
湧き上がった独占欲
香藤に対して‥‥‥香藤に関してのみに‥‥‥本能は素直に答える。
清水さんとデザイナーの前で俺の表情はどうなっているんだろう‥‥‥
気になりつつも、声はこう出てしまった‥‥‥
「色違いで2つ欲しいです‥‥‥」
掠れている様に自分の耳に声が伝わった。
「解りました。じゃあ、このデザインのゴールドとホワイトゴールドの2点ですね。オレンジムーンストーンを主体に脇石にムーンストーンとそうですね‥‥‥ガーネットを色違いで使用しましょうか‥‥‥」
デザイナーの言葉が耳に入って、ハッとした。
「あっ、お願いします‥‥‥」
自分に対して、苦笑し後は何事も無いようにデザイナーと話をした。
香藤の誕生日‥‥‥6月9日に間に合うようにお願いをし、連絡先は清水に任せた。




出来上がりの日に近づくにつれて、心がソワソワと騒ぎ出す事を止められず、苦笑していた。
表面上は何も変わらずにすごしているのに‥‥‥後○日、後★日とカウントをしている。
「本当に‥‥‥末期かもしれんな」
岩城は苦笑した。
子供のようにはしゃいでいる自分
これも、故郷を出た時に置いて来たものなのに
新潟に顔を出して、置いてきたものが自分の1部に戻り始めていると思った。
「本当に‥‥‥香藤に会ってからだ」
改めて感謝をしたいと本気で思っていた。
最近、香藤の復帰にかける為の仕事のせいか、すれ違いが多かった。
でも、誕生日は二人で過ごせるようにしてもらったよと香藤が言ってくれた。
その言葉一つでも喜んでいる岩城が居る。
「自分の誕生日、そんなに楽しみか?」
岩城が不意に尋ねて来た。
「去年は忘れていたからね‥‥‥今年は、ちょっとわくわくしている。宮坂や小野塚も何かたくらんでいるらしいけどさ、家の出入りは禁止だね」
香藤は当たり前だろうとの様子で言い返した。
「お前な‥‥‥友達が折角祝ってやろうって思っているんだろう?」
岩城が苦笑しつつ言い返す。
「でもさ‥‥‥あいつら来ると、ろくな事無いもん」
香藤は口で悪く言いつつも、顔は笑っていた。
仕事も順調で今は本当に生き生きしている。
「‥‥‥俺も、朝まで仕事だぞ。なんなら楽しんできて良いけどな‥‥‥」
岩城は答える。
事実、6月9日は朝日の中の撮影があるため、朝方までかかる仕事だった。
「そうなんだよね‥‥‥0時になって岩城さんの『おめでとう』を聞けないんだな。残念」
香藤はソファーの上にクッションを抱え、呟くように言い返した。
「‥‥‥香藤‥‥‥」
岩城はそんな香藤をやさしく呼ぶ。
「なあに?岩‥‥‥」
香藤が答える言葉は岩城の口の中に消えて行った‥‥‥




「まったく‥‥‥俺も毒されたな」
岩城は呟く。
横では先ほどまで自分を求めていた人物が、軽い寝息を立てて眠っている。
そんな寝顔を嬉しそうに見つめ、岩城は微笑むと香藤の胸に潜り込んだ。
トクン、トクンと聞こえる心臓の音と体温の暖かさに、オレンジムーンストーンのやわらかい色を思い出され目を閉じる。
『本当に‥‥‥暖かい』
岩城は心の中で呟くと、目を閉じる。
明日の朝‥‥‥このまま寝ている自分を見て、驚くであろう香藤の表情を思い浮かべて眠りに入った。



6月5日  午後3時
先に現場のスタジオに岩城を送った清水はそのままこの間の宝石店に顔を出した。
商品が届いたとの連絡に、撮影で動けない岩城の変わりに自分か品物を取りに来たのだった。
綺麗に包まれる前に、清水の目で確かめられそれを携帯のカメラに収める。
清水の目からはすてきな出来上がりと思われたものだった。
そのまま岩城の元に戻る。
清水が戻ってきたときは、撮影の本番が入っていたので、取り敢えず楽屋の整理をする為に戻った。
「あっ、清水さ〜〜〜〜ん」
後ろから声をかけたのは香藤だった。
「香藤さん、今日はどうされたんですか?」
驚きつつも笑顔で聞き返すと、
「うん、これからゲストでね。岩城さんの撮影‥‥‥此処だったんだ」
香藤が驚いて聞き返す。
「ええ、ここでの撮影後、移動します。香藤さんには悪いんですが‥‥‥明日の7時頃にお返しできますので」
清水は手に持っている荷物を気づかれないで欲しいと内心思いつつ答えた。
「香藤さん、出番です〜〜〜どこですか?」
香藤の来た反対の方向より金子が息を切らせてやって来た。
「あっ、ごめん。すぐ行きます。じゃ、清水さん。岩城さんにがんばってねって伝えてね」
香藤は言い返すと金子と共に走って行ったが、目の端には清水の持っていた紙袋を目に止めていた。
『あれ‥‥‥なんだろう?清水さんも妙に見せないようにしていたし‥‥‥』
心の中でそう思いつつ生番組のトークゲストに出演する為あるスタジオに入って行った。



岩城が総ての仕事を追えて戻ってきたのは、清水の示した時間より1時間遅れだった。
「お帰り〜〜〜岩城さん」
玄関前で清水と別れ、寝室では香藤が寝ているかもしれないと思い居間に行ったときに声をかけられた。
「香藤‥‥‥起きていたのか?」
岩城は嬉しそうに笑って、荷物や上着をソファーに置く。
「うん、朝ごはん食べる?」
香藤は言い返すと、ニコッと笑った。
「作ったのか?」
味噌汁の匂いが漂っている。
「久しぶりでしょう。日本食の朝食」
笑顔で答える香藤は、ほんわかとしている。
「ああ、もらうよ‥‥‥」
岩城は答えると微笑んだ。
岩城の言葉にいそいそと食卓の用意をする。
向かい合った席について、朝ごはんを食べようとした時、
「香藤、誕生日おめでとう」
岩城が朝日のやわらかい日差しの中で、微笑む姿は香藤にとっても幸福なものだった。
「ありがとう‥‥‥岩城さん」
香藤も嬉しそうに、答えると食事を始めた。

『この暖かさ‥‥‥あの色に似ているな‥‥‥』
岩城は心の中で思った。
食事の後に渡すプレゼントを見て、どんな表情を出してくれるか‥‥‥
岩城はワクワクして朝ごはんを他愛無い話をしながら食べるのだった。
この後はオフ‥‥‥
オレンジムーンストーンのような暖かなオレンジに包まれ、香藤の誕生日は始まったばかりだった‥‥‥

                    ―――――了―――――


                       2006・5     sasa



タンザナイト 『ゾイサイト』と呼ばれる石。その中で青紫の透明度の高い石。
アメリカ、タンザニアで取れる為、ティファニー社が『タンザナイト』と名前をつけて世に出した

おまけのお話はこちらv


オレンジムーンストーン・・・素敵ですね!
全体に渡って岩城さんの優しい細やかな気持ちが
溢れ出ていてとても優しい気持ちに・・・v
おまけの話まで書いていただいて・・・とっても幸せな気持ちになりますね!

sasaさん、素敵なお話ありがとうございますv