立 秋 (ある一日)



真っ青な空に、立体的な陰影をつけた大きめの雲が真上にひとつぽっかりと浮かんでいた。
続く空の向こうには、日本の霊峰とされる富士山がなだらかな稜線を描いて佇んでいる。
時刻は正午を過ぎたばかりで陽はまだ高く、車外の茹だる様な暑さは安易に想像できた。
今俺の目は、先程から隣でステアリングを握る人に向けられていて・・・
その人はラジオから流れてくる音楽のリズムに合わせ、歌を小さく口ずさみながら指先を
トントンと叩いていた。

Believe what I say So here I am with open arms・・・・・
スティーブ・ペリーの透き通る歌声が流れていて、控えめのビブラートが耳をくすぐる。

小さく動く形の良い唇にキスをしたくて、俺は思わず舌を出して自分の唇をちょっと舐めて
みた。





先日、俺達はロサンゼルスからドラマ撮影の為に一時帰国していた。


CD作成のために動き出してからもう数ヶ月が経つがこれが出来上がるまでに関わる人々の数を考えると冷や汗が出そうになる。
自分達の仕事に於いては大体全てがそうなのだが、作品は様々な分野のプロによって形作り上げられていく。そしてその作られて行く器に色、形、光を一緒に写し込んでいくのが役者やアーティストと呼ばれる人達だ。だから絶対に失敗は許されない。今回も俺た
ちの想いの全てを込めるだけだ・・・・・そう俺たち二人の想いを・・・



「んっふっふvvなんちゃって、こーゆーシリアスタッチの俺ってどうよvv」

「・・・はぁ??」

先程から一人で百面相をしていただろう俺に、隣に座る愛しい人は指を止めて、ホント思いっっきり怪訝な顔を向けてきた。












俺達は時差ぼけの落ち着いた所で、丸々三日間貰ったオフを使いドライブへと繰り出していた。
ロサンゼルスの乾燥したスモッグの隙間から覗いている山々とは違い、目の前にある誇るべき霊峰はどこまでも青い。
日本の夏の不快指数は湿気による賜物?とはいえ、ロスの砂漠気候による乾いた空気にも辟易させられていたし、一年を通してとても過ごしやすい所ではあると思うのだが、やっぱり自分は日本の四季が好きだ。・・・ そしていまはまだ夏“光と青と緑”の季節・・・


「やっぱり日本がいいなぁ〜」

「そうだな。」

「でもさ、この前にロス行った時のジャカランタの通りは綺麗だったね。」

6月始めに渡米した時は丁度ジャカランタの花の季節だった。ノウゼンカヅラ科に属するこの花は、10メートル近くの高木で、明るい青紫の花びらを幾重にも重ならせて花のトンネルを作る。
その下を二人で指を絡ませ歩いた。その時花の間を縫ってこぼれてくる紫の光を纏った俺の愛しい人は隣で優しく、とても優しく微笑んでいた。

<はぁ・・あの時の岩城さんも綺麗だったなぁ・・・>


「日本で言う桜の木だって言ってたぞ。」

岩城さんは窓側に左手の肘をかけると、右腕を伸ばしてステアリングを握りなおしチラリと切れ長の双眼を俺に向けてきた。

「へえ。イメージが全然違うけどね。青紫と桜色だったら、桜色が好きかなぁ・・それに言葉で表したら“光”と“静”って感じかな?こう・・・桜ってしっぽり・・って言うかぁ・・
岩城さんが佇んでて、そこに風が吹いてくるとピンクの花びらがふわぁっと舞ってさ・・・髪に花びらが付いてて・・・それを俺がそっと取ってやるんだ・・・岩城さんがちょっと恥ずかしそうに俯いたところをぎゅうって抱きしめて・・・それで・・・」

「お前って・・やっぱりバカだ。」

「ひどいっっ!!俺の妄想は全て岩城さんに繋がってるだけなの!」

「くすっ・・・でも・・・そうだな、色のイメージで言ったらお前は・・・“青”かな。」

「そうなの?だったら岩城さんのイメージはやっぱ“白”でしょ。」

「じゃあ小野塚くんは?」

「ええ〜〜っあいつ?う〜〜ん王子だからキラキラ金色???」

「きんいろぉ〜??ぷっ・・・ひどいなぁ・・」

「あはは、ん〜じゃあ・・・・緋色?・・・って感じかな?」

「へえ、緋色か・・・じゃあ宮坂君は?」

「宮坂ぁっ?アイツは青緑。っていうかそこに黒混ぜてさ、こう・・ぐっちゃぐっちゃに・・・」

「あぁ、わかったわかった・・・じゃあ雪人くん。」

「雪人くん?う〜〜〜ん・・・卵色!」

「卵色?あぁ薄いクリームイエローって感じか?ふ〜ん・・・じゃあ佐和さんは?」

「佐和さん・・・・・・虹色?マルチカラーだ。」

「あっはっは、なんか言い得て妙だな。」

「じゃあさ、じゃあさ、岩城さん、今日の色は何色?」

「今日?8月の・・・あぁもう立秋か。ん〜〜水色・・・かな?」

未だ容赦なく照りつける太陽は、秋の気配を微塵も感じさせない程熱いが、暑さのピークが今であると言う事は、後は下っていくのみ。秋は着実にやってきているのである。
“大暑”が青や緑だとすれば“立秋”はもう少し優しげな色なのかな・・・と岩城は思う。
お前の“青”と俺の“白”を程よく混ぜた色。

「えええ〜〜なにそれ。俺は岩城さんと一緒だから全てピンク一色だよ、今日もピンク!」

「・・・・・・。」

くすりと目を細めながら前を向く岩城さんの向こうで、背高のっぽのオオバギボウシの花が揺れて
いるのが見えた。
 




河口湖周辺の駐車場に車を留めて降り立ち、う〜んと大きく伸びをする。

「岩城さん、帰りは俺が運転するよ。」

俺は反対側で同じように腕を伸ばしている岩城さんに向かって笑顔を向けた。

「ああ、そうしてもらうと嬉しいな。」

そう言って小首を傾げながらにっこりと笑顔を返す岩城さんが、いつもより少し幼げにさえ見えてついどきりとしてしまう。
心からリラックスしてる時ってたまにこんな表情するんだよなぁ。三十路を過ぎた大人の男に対する表現ではないとは分っていてもつい<うっわ!かっわいいっ!>って思ってしまう、それ位、屈託のないほんわかとした笑顔で応えてくれるのだ。でももちろん本人は全く無意識なわけで、それを口に出して言うと途端に眉を寄せて口を噤んでしまうのは分っている。だから俺はくすりと笑いを漏らすに留め、岩城さんの腕を取って歩き出した。

「少し歩こうよv」

岩城さんは、自分に巻かれた腕を見て少し片眉を上げたものの、何も言わずに並んで歩き出す。それに気を良くした俺はさらに身を寄せると肩に頭を乗せてみた。




180cmを超えた、モデル並のスタイルの男達が腕を組んで歩く様子は中々に圧巻である。
平日で人通りは少ないとはいえ、横を通る人々は皆必ず立ち止まって振り返る。香藤はキャップを目深に被っているし、岩城はサングラスをかけてはいるが・・・ばれない筈がないのだ。
CD発売決定で世間を騒がせて以来、輪をかけて知名度が高まってしまった二人は何処に行っても気の休まる場所がない。時には今日のように人前でイチャつくのもちょっとしたストレス解消と言えなくもないのだろうか。





少し歩くと大通りより外れた所に「松虫草」という木の看板が掲げられている店があった。
通りに点々と並ぶ土産物屋と違って、ひっそりとそれでいてとても洗練された感のある店構えにとても好感が持てる。
二人は顔を見合わせるとダークオークに塗られた太い木枠の格子戸を開けて店内へ入っていった。

もちろん手は繋いだままで。こんな時俺たちに言葉など要らない。アイコンタクトで充分なのだ。<ふふんvv  BY香藤>


店内はさほど広くはないが、燻されたような渋い色を出している太い梁にまず目を引かれる。
そこから垂れ下がる細長いタペストリーには柔らかな微笑みを湛える菩薩像がとても優しい色合いで織り込められていた。
そして周りには皿や花瓶と思われるような焼き物が、互い違いの棚にバランスよく飾られている。
店の主人なのだろう人物は奥の少し高くなっている座敷に腰を下ろし、髭のある口にパイプを燻らせ目を細めてこちらを眺めていた。そう、まさしくぼうっと眺めると言った言葉が当てはまる様子である。




「こんにちわ〜」

と言ってみると、表情はそのままで片手を挙げてきた。

<おもしろいおっさんだなぁ>

俺は何となくワクワクしてしまう。

入ってすぐ目の前にある棚には猫が正座をしている小さな置物があった。

「見て見て岩城さん、これなんか可愛いよv」

「箸置きか?」

それを手に取ると、俺達二人は答えを求めるべく、髭のおっさんの方にちらりと視線を泳がせてみる。

「ああ。」

想像より幾分低めの声が返ってきたが相変わらず目は細めたままだ。このおっさんやっぱりなんだか楽しい。

二人でまた顔を見合わせると、くすっと笑ってしまう。以心伝心。岩城さんも俺と同じ思いらしい。嬉しくて思わず岩城さんの肩に頬をすりすりしてしまった。

その猫は正座をした足の部分に箸が置けるようになっていて片手に何か花のようなものを持っている。

「ねえ、この猫なにか持ってるよ。」

「松虫草。」
「松虫草・・かな。」

岩城さんと、おっさんが一緒にハモったので俺は少しだけびっくりしてしまった。岩城さんも目を大きくしてもう一人の声の主を見ると微笑んだ。

「花、お好きなんですね。」と岩城さんが店内を見回しながら言う。

言われて良く見てみると確かに飾られている作品には必ず何かしらの草花が描かれていた。

「ああ。花屋の花じゃなくて、のっぱらに咲く地味な花が好きだな。」

「俺も大好きですよ、“のっぱら”の花。華やかさはないけどとても力強い。」

岩城さんはふふっと笑いながら手に持った猫の箸置をおっさんの方に持っていき、俺を振り向くと

「これ皆のお土産に買っていこう。」

と言い、本日2度めのドッキリスマイルと小首を傾げる仕草で俺を翻弄する。

<これがまったく無自覚だから困るんだってばっっ!!! BY 香藤>





おっさんが皆のお土産を個々に包んでいる間、俺たちは店内をゆっくり見て歩く。一番下の棚には花瓶など大きな物が飾られていて、岩城さんはその中のひとつの前で足を止めた。

「なあ香藤、これ綺麗だな。」

「どれどれ?この水色のやつ?」

周りにある土臭さのする素焼きっぽいものの中で少し背の高いそれは、透明なとてもとても綺麗な水色だった。



「水色じゃねぇよ。薄花色(うすはないろ)ってんだ。」

奥から顔をこちらに向けないままぼそりと呟く。結構口の悪いおっさんだ。


「薄花色か・・・今日の色だ。」

「今日の色?」

「ああ。俺のイメージの中で今日はこんな色なんだよ。うん、ぴったりだ。」

「岩城さん、欲しい?」

少し屈んだ格好で眺めていた岩城さんは、俺の言葉に少し驚いたようにしていたがすぐにニヤッと悪戯っぽく笑うと

「へえ。お前が買ってくれるのか?」

ずいと俺に顔を近づけてきた。目の前に寄せられた顔にキスの嵐を振らせたくなったが、おっさんのバリヤーが張り巡らされているのを思い出して、それは止める事にした。



「25万円。」

奥からまた声が聞こえる。

<ほらねやっぱり。どの耳で聴いてんだ???宇宙人か??神様か?? >

「にっじゅうごまんえんっ??」

思わず引きつった声が出てしまう。器や花瓶などゲイジュツヒンの良し悪しはまるで分らない俺にとっては、中々驚愕的な金額だ。

「その色は難しくては中々出せねえんだよ。あんたゲーノージンなんだからその位の金額でビビるな。」

「むっ!ビビってないよっ!」

<失礼なおっさんだなっ!!宇宙人に決定。何だか俺にやたら冷たくない?ってゆーかゲーノージン??>

ちょっと驚いた顔で振り向くとばっちり目が合ってしまった。

「あんたらが夫婦って事ぐらい俺だって知ってるぜ。」

もうパイプは銜えていないが、煙たくて細めていると思っていた目は元々だったらしく、人の良さそうな細い目を益々細めてニッと笑ってきた。岩城さんは隣で苦笑いをしている。
そして宇宙人だと思ったおっさんはちゃんとテレビを観ているようだ。




五つ目の包装を終えたおっさんはのそりと立ち上がると、暖簾のようなものをくぐり奥のほうへ消えていった。俺達はその花瓶を巡って「こんな高いものいらない」という岩城さんと、「買ってあげる。」という俺とで押し問答になっていた。

「だからぁ、気に入ったからってこんな高い買い物出来ないだろ?」

「いいじゃん。岩城さんが欲しがる物なんてあんまり無いんだから、たまには俺に買わせてよ!」

「なんかお前ちょっとムキになってないか?」

「そっそんな事ないよっ!!」

いやいや、今思えばこの時のおれはかなりムキになっていたんだと思う。おっさんに言われた“その位”が一番引っかかっていたんだろうな。

<俺だって男だしっ!  BY 香藤>


そんなこんなで店内でハタ迷惑な夫婦喧嘩?を繰り広げていた俺達を、いつの間にか戻ってきていたおっさんは先程と同じ格好でぼうっと眺めている。それに気が付いた俺達はおっさんの方に視線を向けると、待っていたように片手を挙げ「おいで」と手招きをしてきた。岩城さんと俺は顔を見合わせて肩を竦めると小さく微笑みおっさんの座る店の奥まで歩いていった。

店の開け放した戸からチリンと軽い音の風鈴を揺らしながら、湖の湿気を含んだ涼しい風が吹き込んできた。




「ほら。」

そういっておっさんが差し出してきたのは岩城さんが気に入ったものより随分と小さい花瓶だった。
この場合一輪挿しと言うのだろうか。大きさは違ってもその色の美しさは変わらない。四角錐の様な形。中央の部分が少し膨らんでいて、そこにはススキの絵が浮かんでいた。

「ススキだ。綺麗。」

俺は思わず微笑んでいたらしい。そんな俺の顔を覗くように見ていたおっさんはまた目を細めるとなんだか嬉しそうに笑う。

「自分に作ったんだけど、あんたにやるよ。あんたから奥さんだか旦那さんだかにプレゼントすりゃいいさ。」

「ええっくれるの?」

「おうよ。それ、同じもんは二度とできねんだぜ。」

「うわぁ嬉しいな・・ありがとう。」

後ろにいる岩城さんを振り返るとやっぱり嬉しそうに笑っていた。

<このおっさんやっぱ宇宙人なんかじゃなくて、すっごい良い人なんだな。>単純な俺は岩城さんが嬉しそうなのがまた嬉しくって、思わず岩城さんの唇からキスを掠め取る。

「なっ・・・・!」

顔を真っ赤にした岩城さんと、めでたく宇宙人疑惑の晴れたおっさんの間で、ニコニコ顔の俺は今日のこの小さな幸せにどっぷりと浸ったのだった。


おっさんはちゃんと買ったお土産と、プレゼントにくれた花瓶を袋にいれるとその中に店に飾ってあったススキを数本入れてくれた。裏の庭で採ったのだというススキの穂は、頭の先だけ見えていてなんか可愛らしい。
少しづつだけれど秋はもう始まってるんだなぁと俺もちょっとだけ感動。







俺の勘は間違っていなかった。この店に入ったときのなんともいえないようなワクワクとした気持はこんな出来事を予知していたものだなんて。
でもこんな気持ももちろん、岩城さんが隣にいて初めて俺の心の中で色付けされるものみたいだ。ひとりでどんな所にいってもワクワクはするがそこに色はつかない。
何色??
う〜〜〜ん・・・岩城色。
岩城マゼンタ、岩城シアン、岩城イエロー、と岩城ブラック。これ岩城4原色。これらが混ざり合って、放出される色合いは俺をも色々な色に変化させる。たまにブラックのみが降臨?する時もあるけど・・・・
< あ、これは最高に機嫌悪い時ね。 BY 香藤 >







「あんたらおもしれぇなあ。男同士なのに全然変に見えねんだよな。世の中にゃ本当に運命の相手を見つけられる人間がいるんだなぁってすげえ勉強になったよ。」

おっさんはカウンターに肘をついて顎を乗せ、煙の出ていないパイプを口の端に入れたままニコニコしていた。

「ほんと?」

「ああ。あんたらいい顔してるよ。俺好きだな。」

そんな事を交互に俺達の顔を見ながら言うので、ちょっと照れてしまった俺は

「いやあゲーノージンだからさあ、顔がいいのは当たり前・・・って・・・」

後ろから岩城さんの容赦ない拳骨をくらってしまった。

「そういう意味じゃないだろっっ。」

< ううっ・・冗談だってば・・・・>






二人で礼を言って店をでた。店の外まで見送ってくれていたおっさんは思い出したように俺達の背中に言葉をかけてきた。

「ああそうだ。帰り道に松虫草いっぱい咲いてる場所あるからゆっくり走ってみな。」

「わっかった。おぢちゃんありがと!」<よし。おっさんからおぢちゃんに昇格。>

「あとよ〜俺ジャズしか聴かねえからあんたらが出すっつーレコードは買わねえな、悪ぃけど。」

「レコードって・・・」

思わず膝がカクッって折れてしまう。

「おぢちゃん、レコードじゃなくて、シーディーってゆうの!シーディー!」

ツボに嵌ったらしい岩城さんは俯いたまま、くっくっと隣で肩を震わせている。

「・・・っ・・そんなお気遣いいりませんよ。お陰で素敵なものを見つけられたし、ご主人にはとても感謝しています。またいつかお邪魔させてください。」

なみだ目のままでも、きちんとこんな事を言う岩城さんはやっぱり大人だ。




8月7日立秋。(・・なのだそうだ。)
この日大好きな人と二人で、思いも掛けない小さな出会いをした。そして小さな幸せと小さな秋をもらった。そんな事を想いながら歩く道。空を写す湖面が青から濃い群青色へと変わってゆく。ゆらゆらと浮かぶボートもまるで泊まってるかのように見えていた。こんな何でもない景色がこれほど幸せに感じる
日がくるなんて、考えた事もなかった。こんな小さな幸せにこんなにも胸を熱くする日が来るなんて、思いもしなかった。そして小さな秋の始まりにこんなに感動を憶えるなんて・・・あぁ・・信じらんない。


ずっと何年も長い間、俺の心を捕らえて離さない一番大切な人。きっと貴方のお陰だね。毎日毎日繰り返される何の変哲もない日々もこの人がいれば、とっても綺麗な色が混ざる。もちろん俺限定のね。


すぐ隣にある岩城さんの顔を覗くと、俺の視線に気づき目があった。ちょっとびっくりした顔をしてその後ちょっと困ったような顔に変わる。そして俺の額に軽く頭突きをしてきた。

「いったいなぁ。なんなのいったい?」

「お前が・・・・可愛い顔してこっち見るからだ。」

「へっ??」

下を向いたままぼそりと呟く。顔は少し赤い。岩城さん、て・・・照れてるしっ!!!今の岩城さんの方が絶対可愛いってば!!

「ねえ、ねえ もっかい言って。」

「やだ。」

「ねえってば岩城さん、俺可愛い??」

「うるさいっ早く歩けっ!」

「ねえってば〜〜〜vvv」

益々顔を紅潮させる岩城さんを早足で追って後ろから抱きついた。

<やっぱ俺今日はピンクだ!ぜって〜ピンクだっ!!!  BY 香藤 >



帰りの車の中、目の前にいきなり広がる草原が薄紫に染まっているのが見えた。
沈み行く太陽と相まって幻想的にさえ感じさせる風景。俺達は車を降りて、自然が創り出した神々しいまでのパノラマの中で暫し佇んでいた。















東京では夜中から降り出した雨が、焦げたアスファルトも冷まし開け放した窓からは涼しい風が流れ込んでくる。テーブルの上に飾ったススキの穂がふわりと揺れた。
緩く熱い絶妙なストロークで俺を絶頂へと誘い出す愛しい人。二人の荒い息遣いが流れ込む風に淫靡な湿気を含ませていた。俺の上で額を汗で光らせながら優雅に微笑む。<綺麗だな。>と思いながらも、俺の意識は夕方見た薄紫の草原と、幻想的なグラデーションを醸し出す薄花色のあの空気の中へ飛んでいた。

「なあ、香藤・・・」

「はあ・・ぁ・・ん?」

その景色の中で漂いながらも目の前で優しげに動く舌先に視線を向ける。

「お前、松虫草の花言葉って知ってるか?」

そんな言葉の合間にも動きは止めない。腰に纏わり付くじれったい快感の波に翻弄されて俺はすすり泣くようにしゃくりあげ頭を振った。

「ひっ・・んぁっ・・・し・・知らない・・」

「・・・“感じやすい”って言うんだ・・」

岩城さんは俺の耳元へ唇を移動させると、中に息を吹きかけるようにして囁き、そして大きく動きを変えた。

「は・・・・・っ・・!!」

今ふたりの中でこの言葉の持つ卑猥さと、耳にかかる岩城さんの息の熱さ、大きく穿った腰の動きに俺は一気に頂上へと駆け上る。

「ホント可愛いな・・香藤・・」

耳元で甘くささやく岩城さんの言葉を遠くに聞いたまま、薄花色の世界へ、あの空気の中へと俺は溶けていった。








24節気と呼ばれるそれぞれの季節に当てた漢字たち。四季すべてが六つづつに分かれているらしい。
<帰ってから岩城さんにじっくり教わったのだ。>
秋は立秋(りっしゅう)処暑(しょしょ)白露(はくろ)秋分(しゅうぶん)寒露(かんろ)霜降(そうこう)これらの漢字を見るだけで何となくその頃の風の温度が分る気がするのは何故なんだろうな。

でも俺の中では、どんな季節だろうがどんな温度だろうがそこに“色、形、光”を織り込むのは岩城さんでなければならないのだ。それは日々ありとあらゆる全てのことにも言える事で、昨日の秋の始まりの日を“薄花色”だと言った岩城さん、それだって、きっと、たぶん、俺が一緒にいたから感じた色だったと信じてる。







「これからもずっとずっとず〜〜〜っと一緒にいよう。」

今夜は俺を包み込むようにして寝ている岩城さんの顔を見上げてそっと呟いてみた。片目だけ開けて俺を見下ろすようにすると小さくくすりと笑う。

「そんな当たり前のこと言うなよ。お前がいなかったら俺の毎日はモノクロになる。」

そう言って俺をぎゅうって抱きしめた。

< わお!!以心伝心!  これってやっぱ愛でしょvv  BY 香藤 >




起きたら一緒に公園を散歩しよう。また何か小さな秋が見つかるかも知れない。あの花瓶のススキに似合う花を探してこよう。

明日の空は、空気は、こころは、何色になるんだろう。

一緒にいればいつもしあわせ。

そんないつもの俺達のいつもの一日。そして秋の始まり、きっと薄花色と亜麻色の季節・・・・かな?

 







MOMO                                    8月 A DAY



相変わらず激アマ〜イふたりですvv完読ありがとうございました。


お題は「立秋」
甘い甘いふたりのお話
読んでいてとっても幸せな気持ちで満たされましたv
香藤くんの視点で語られる”おっさん”が良い味を出していて面白いです

MOMOさん、素敵な作品をありがとうございます

目次