──  水 中 花 ──


            

「うっわぁ───キレイッ!やっぱこれにして良かったよ〜〜
 ん〜〜っ 涼しげでいいね〜〜 岩城さん、喜んでくれるかなぁ〜〜」

 
 夕方の5時を過ぎたというのに、外はまだうだるような暑さが続いていて、
 灼熱のアスファルトの照り返しは、いまだそのなりを潜めず、
 日中の熱気を辺りに撒き散らしていた。

 シャーシャー、シャーシャー、シャーシャー……

 どこかで日暮が鳴いている。
 先程帰宅した香藤は、帰りに買い込んで来た食材を、いったん冷蔵庫に
 片付けてしまうと、何軒かの店をまわって買い求めてきたグッズ類を、
 ガラステーブルの上に並べてみた。
 ガラスでできた円筒形の器、ビー玉、花───そう、水中花だ。
 各々をぶつけないようにセッティングして、フィニッシュに水を注ぎ込み、
 夏らしい納涼グッズの出来上がり。
 

 ようやく空調の効き始めた快適なリビング。

 香藤はクッションを胸に抱え込み、テーブル上の涼しげな花に目を細めながら、
 満面の笑みで愛しい男の顔を思い浮かべる。
 そのまましばしソファーの上の住人となっていた香藤だったが、
 ふと、テーブルの端から落ちかけている自分の携帯に目がとまった。

(あっ!そうだっ、岩城さんにメールっ♪)

 早速携帯をその手に取ると、香藤はいそいそと文字を打ち込み、
「愛してるよっ、岩城さん!」のかけ声と共に送信ボタンを押した。
 携帯を戻す前に、いったんその手を止め、待ち受け画面に微笑む。
 いつもの香藤の癖。
 そこには、世界でたった一枚の、自分だけに向けられた岩城の幸せ顔が。
 
 
 ブルブル…

「っ?!」

 それから1分も経たないうちに、今度は香藤の携帯が振動し始めた。

(ゲッ!?まだバイブだった!)
 
 そう慌ててテーブルに手を伸ばした香藤の顔が、一瞬にしてパァッと輝く。
 ディスプレイには、“着信 岩城”を告げる文字が。

「ハイッ!」

『っ、かと?』

「うん!俺!」

『えらく取るのが早いな』

「へへ〜ん。でしょ?
 でもまさか、岩城さん?って思っちゃったからさ、俺、無駄に慌てちゃったよぉ」

『はァ?なんで慌てるんだ?変な奴だなぁ』

「変なって───もうっ、失礼しちゃうなぁ〜〜
 岩城さん?恋する男心がわかんないの?」

『わかりたくないが……(←小声)』

「も〜〜〜〜っ、岩城さんの意地悪ぅ。
 あ、でも……なんか珍しいよねぇ〜
 こんな時間帯に岩城さんの方からかけてきてくれるなんて。
 ……ね……まさか、何かあったんじゃないよね?」

『ん? いや、別に何もない。
 おまえ、相変わらず心配症だなぁ。
 ……でも、そうか?珍しいか?』

「うん!珍しいよ?この時間帯はね〜
 でも、良かった〜〜俺、すっごく嬉しいよ。ありがとっ 岩城さん!
 あ……ね、ひょっとしなくても今、休憩時間だよね?」

『ああ、今ちょうど休憩に入ったところだ。
 上着のポケットから携帯を取ろうとしたら、ちょうどおまえから来てて…
 俺もちょっとびっくりしたんだ』

「ほんと? やったぁ〜〜っ!俺ってラッキー〜〜vv
 やっぱ、愛だよ………ね?岩城さんっ。 
 夫婦の深〜〜い絆!なぁ〜んちゃってっ。
 か〜〜〜っ!萌えるぅ〜〜〜〜〜っ!!」

『…………………また……おまえは────』

「あれれ?岩城さん、ま〜た照れちゃってる? 岩城さん──」

『香藤っ!』

「可愛いっ!!アハハハハハハ」

『ばっ………だから!それはやめろって。
 全く…………おまえは……………
 ……………………………………
 ……コホッ……あ、それより何だって?水中花?』

「うん!今日ちょっと思い立って────
 あ、岩城さん?今、喋っててほんといいの?」

『ん?ああ、構わない。しばらく清水さんも席はずしてるし』

「そ?良かった〜〜♪
 あのね、今日俺、日○レの撮りだけだったでしょ?
 共演してる同じ事務所の先輩がね、偶然同じ上がりだったんだ。
 でさ、共演してる新人の子達と一緒に飯でもどう?てお誘いがあってね。
 俺、岩城さんの帰り、夕方以降だってわかってたからさっ。
 せっかくだしね〜
 なんかこういうのって、この業界じゃ結構珍しいし。
 新人の子達も喜んでたよ」

『そうだな。普段は俺たち、あんまりそういう機会ってないからな。
  日○レの近くっていうと──新橋の辺りか?』

「そっ!新橋の近くの○○ホテルのパーティールームなんだけど、
 すぐに予約取れてさ、昼間だとああいう場所は穴場だね。
 いい感じの部屋だったよ〜 黒系でまとめてあって落ち着いた感じ?
 あそこなら、仲間内で騒げるし、夜なんかもいいだろね。
 また今夜詳しく話すから、岩城さん聞いてね!」

『クス…ああ』

「あ…と…でね、そこにね、水中花が置いてあったんだ」

『え? ああ、なるほど。
 ふ…ん─────それでおまえも欲しくなって───
 早速帰りに買って帰った……とか?』

「ゲッ………話 はやっ!!
 って───早過ぎるよぉ!もうっ。
 岩城さん、俺のことほんっとよく解ってらっしゃいますです。ハイ。
 でも〜〜なぁんかちょっとヤな感じ?アハ、アハハハ……」 

『プッ……おまえの行動パターンくらい、俺がわからないとでも思うのか?』

「ひっひ〜〜ん……た・し・か・に!
 毎日こう暑いとね、気分だけでも涼しくしたいじゃん?
 それ見ててさ、俺、うちにも欲しいなぁ〜なんて思っちゃったんだよ。
 あ でも………すっごく綺麗なんだよ?涼しげでさ〜〜〜いいよぉ〜」

『そうか………おまえが選んだんだったら────
  どんな感じなんだ?』

「あのね、外のガラスの器が結構おっきな円筒形なんだ。
 そこにさぁ、お決まりのビー玉とか葉っぱ沈めて……
 選んだ花が薔薇なんだよ?
 普通、水中花ってトロピカルな感じの花が多いでしょ?
 でも俺はね、あえてそういうらしくなさそな感じ?を探してみたんだ〜〜
 ちょい時間かかったけどさっ」

『おまえにしたらえらく拘ったもんだなぁ』

「あ?…おまえにしたらって───岩城さんひどいよう〜愛する俺にぃ。
 この暑いのに、メガネかけて帽子被って……結構苦労したんだよ?
 そんなこと言うんだったら………………
 今夜……苛めちゃうよ?いいの?」

『ばっ、バカ!昼間っから何バカなこと言ってんだっ』

「ハイハイ。 (もう〜〜〜岩城さん可愛いんだから………←小声) 
 いいよ、もう〜〜一応許してあげるから」

『?……許してあげる、だと?……それ、なんか間違ってるぞ……』

「ああ〜ん、もう!岩城さん、そこは流すところなのっ!クスクス……
 それより、ねえ、何色の薔薇だと思う?」

『……………ん?さぁ…何色なんだろなぁ。
  おまえがそんな風に聞いてくるってことは……
  赤やピンクじゃない、てことか?』

「そっ!さすがだねっ、岩城さん。ね、だったら何色だと思う?」

『そうだなぁ………さっきおまえが涼しげで、て強調してたから……………
 ん〜〜水中花でなぁ………
 黄色でもないし、紫っていうのも案外ありきたりだし。
 …………ん?ひょっとしたら……水色とか…?』

「───っ!? すごいっ!!すごいよっ!!
 岩城さんっ、すごいよ〜〜っ!!
 ピンポンだよっ? よっくわかったねっ!!」

(っ……)

 一瞬、思わず耳から遠ざけた携帯を睨む岩城。

『香藤、そんな大声で───音 割れたぞ?』

「えっ?ほんと?
 ごめんごめん〜つい興奮しちゃったよ。ごめんなさい。
 でも、その通りなんだよ?水色っぽい淡〜い青色の薔薇なんだ!」

『プッ………そうなのか?
 しかしおまえ、そんなに興奮しなくても───
 まったく……いつまでたってもしようがない奴だなぁ。
 おまえももう三十路なんだろ? 
 少しは自分の歳も自覚しろよ?』

「もう〜〜〜岩城さんったらぁ、さっきから俺のこと────
 何吹いてんだよっ。」

『アハハハハ……………怒るな香藤』

「もうっ、ずるいよ岩城さん〜」

『クククッ………(香藤……大好きだ…………)
 おまえに選ばれたその青薔薇に……俺も早く会いたいよ』

「いっ、岩城さん……っ……(ズッキュ〜〜ン!!)」

『───しかし────何というか………』

「ん?何?」

『おまえの格好』

「え?」

『ソファーの上でクッション抱えて、足バタバタさせてんだろ?』

「ええっ?! なんでわかんの?その通り……だけど………
 あっ、ひょっとして岩城さん?どっかから俺のこと見てたりしてぇ〜」

『バカ、そんなことあるわけないだろうっ』

「あ、またバカって言ったぁ〜〜むぅ〜〜っ
 でも……だよね〜〜だよねっ!アハハハ……
 すごいよ 岩城さん。
 俺のことなら、何でもわかっちゃうんだから!」

『─────────ああ、おまえ限定だから……』

「っ!!!────────」

 3秒後、ボフッとクッションに赤い顔を埋めながら、完璧に溶けた香藤。

『香藤?どうした?─────かとっ?』

「俺、もうダメ……………岩城さん……(ほんっとに天然……←ちょっと小声)」

『えっ?何だって? 香藤、今度はよく聞こえなかったぞ?』

[……んも〜〜〜たまんないよぉ〜俺っ…………]

「いいのいいの!それより岩城さん、早く帰って来てね!
 俺、さっき買出しもしてきたから、今夜は美味しい夕食用意して待ってるよ」

『ん?そうか?(……??何なんだ?……)


 あ、ハイ。


 香藤?すまん。清水さん戻ってきて、今からちょっと打ち合わせだ。
 わかった。じゃ、悪いけど夕食は頼んだからな。
 たぶんこの調子だと、7時頃には帰れると思うから』

「オッケ!仕事、頑張ってねっ。
 あ……岩城さん?長電話させちゃったみたいで……ごめんね」

『いや…いいんだ………俺も……』

「……愛してるよ」

『……ああ…俺も…………じゃ…』

「ん!」

 チュッとキスを送って、香藤は岩城が切る音を確認してから切りボタンを押す。
 そして待ち受け画面の岩城を、もう一度優しい笑顔で見つめた。


 
「俺ってほんとに幸せ者…」

 ぼそっとそうひと言呟いた香藤は、もう一度クッションを抱え直しながら、
 蕩けそうな笑顔で宙を見つめた。
 その幸せな余韻にもっと浸っていたい香藤ではあったが、岩城の帰宅までに
 しなければいけないことは山積みだ。
 二人の時間を大切にしたいから。
 二人一緒の在宅時に、余計なことに無駄に時間を取られたくはないから。
 少しでも岩城の体を休ませたいから───
 やれることは全てやっておくのだ。
 岩城の為なら、家事全般なんのその。何の苦痛も感じない香藤であった。

 「よしっ! じゃ、今から頑張るとしますかっ!」

 ニヤけた顔を瞬時にやる気満々の男前に変化させた香藤。
 前髪の一箇所をちょいとピンで留め、少し伸びてうざくなり始めた後ろ髪を、
 ネズミのしっぽのようにふわふわゴムでキュッと括る。
 そしていざ、主夫業開始! 
 
 まず、腕まくりよろしく家中に掃除機をかける。
 乾燥機から取り出した洗濯物をたたんで各場所になおす。
 キッチンで料理の下ごしらえをしつつ下味を付ける。
 愛しい愛しい岩城の為に、今夜は愛情一杯の和食の予定だ。
 おっと二階も忘れずに。整理整頓、寝室のベッドメイキング等々。
 家中を目まぐるしく動きながら、香藤は精力的に家事をこなしていった。
 そうして食事の準備が大方整う頃には、ようやくあたりにも夕闇が訪れ、
 外の熱気も落ち着いてきたようだった。
 蝉の鳴き声もいつのまにか止んでいて、香藤は一旦庭に出ると、
 庭の蛇口のホースを引っ張ってきて、草木に水を撒いた。
 一瞬ムッとした蒸気にかえって温度が上がったように思えたが、
 しばらくすると、涼しい風が吹き始めた。
 香藤は髪を留めていたピンとゴムを取りながら、明るい夜空を仰いだ。

「ん〜〜今日もお疲れさん!
 今夜はいい月夜になりそだね〜〜
 ………おっと!ヤバイヤバイ、風呂!忘れちゃダメじゃん!
 岩城さんが帰ってきたら、すぐに入れてあげたいからねっ。
 ……俺も汗臭いし……一緒に入っちゃおっかな〜〜ンフッ
 またマッサージしてあげるからね〜岩城さん。
 夫婦水入らず………………
 ク〜〜〜ッ!萌える〜〜〜っ!」


      〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜


「ふ〜〜〜〜〜」

 ソファーにどっかりと腰を下ろし、大きく一度息を吐き出しながら部屋中を見渡す。
 
「これで大体準備オーケーかな?
 ─────うん……よし!と……あとは食べる直前」
 
 香藤は気持ち良くなったリビングと、岩城の為に腕を振るった料理の数々を確認し、
 ようやく自分でも満足がいったのだろう。
 再びテーブル上の涼しげな水中花を見つめながら、フッと相好を崩した。
 ごくごく自然にクッションに手が伸びる。

(岩城さん……さっきもいきなりの直球だもんね〜ほんっと たまんないよ。
 いっつも俺のことバカ呼ばわりしてるくせにさ〜
 時々、無自覚にズバッて来るもんなぁ〜〜〜
 総天然色ストライクッ!ってね〜〜〜っ!
 それに、最近は口に出して愛してるって、たまに言ってくれるようにもなったし。
 ……こう…恥ずかしそうにさ……(ニヘラ〜〜)
 俺、もう幸せすぎて、怖いくらいだよ。

 ─────もうすぐ帰ってくるかなぁ〜〜
 北国生まれで、暑さが苦手な岩城さんの為に……
 少しでも涼しげで綺麗な花を選んだんだよ?これ。
 
 でもこの薔薇、色も形も上品で……ほんっとに綺麗〜〜
 いいよ〜〜〜ほんとっ。
 まるでさぁ、なんか………岩城さん……みたいじゃん?)


 ……………………………………


「えっ?なんか俺……ヤバイ?
 マジに岩城さんに見えてきちゃったよ………………」

 ポワヮヮヮ〜〜〜ン〜〜♪♪………


 今、香藤の目には、水中花の青薔薇が岩城に見え始めていた。
 水中にホワ〜ンと浮かびながら美しく揺らめく全裸の岩城。 
 漆黒の黒髪が、まるで生き物のように岩城の顔のまわりで生めいて踊る。
 黒曜石のように、気品ある輝きをたたえる黒い瞳が妖しく煌き、
 ほんのり目元を紅く染め、誘うように香藤を見つめている。
 半開きの柔らかそうな唇。
 皇かで吸い付くような弾力を伝えるきめ細かな肌。胸。指先……
 その全てで香藤を欲しいと────岩城の気だるげな視線が伝えてくる。
 それはまるで、コトの最中に焦らされた岩城が、時おり見せる媚態にも似て。
 フェロモン垂れ流しの、香藤しか知らない妖艶な岩城。


「うわっ!うわっ!!うわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!
 お、俺、もうダメ………………
 ……………………っ……やばっ………イテ、イテテテ……」

 直撃された香藤の股間が、窮屈なGパンの中で悲鳴を上げている。
 思わず股間を押さえながら苦笑する香藤。

(あっ、でも……うん? ちょっとまてよ…………
 これじゃあ岩城さん、息出来ないよね……
 人間だと、水の中じゃ数分間しかもたないもん。
 ダメだよっ、これ )

 自分の勝手な妄想に、くだらない理屈を持ち出して拘る香藤。
 しかし香藤がそう思った途端──────
 なんと全裸の岩城の姿が、別の生き物へと変身を遂げていた。

 
「ほえ〜〜〜〜〜〜っ!?
 か、可愛い〜〜っ!可愛い過ぎるよ岩城さんっ!!
 俺、鼻血吹きそっ!
 でもこれなら、水の中でも息出来るしね〜〜〜っ!
 良かったねっ 岩城さん!良かったよ〜〜っ!!」


 何が良かったのか。
 またもや足をバタつかせる香藤。

 なんとそこには………艶やかな人魚に変身した岩城の姿が───
 そして、そこですっかり安心しきってしまった香藤の頭の中では、
 お約束通りというか、らしいというか、はたまた懲りないというのか。
 そんな色っぽくも可愛い人魚岩城との、熱い、熱〜〜いHシーンが───
 クッションを更に、強く、力一杯!抱き締めながらウットリと夢見る香藤。

 
「へっ?!」

 だが突然に、切迫した声を上げた香藤は、クッションを抱え込んだまま
 蒼白な顔色でその場に立ち上がった。

「ダメ………ダメじゃん!ダメダメ!!
 絶対ダメだよっ!! ブンブンブンッ(←香藤の首振り音)
 そんなのやっぱダメ〜〜〜ッ!!!」


 カチャ。

 まさにその瞬間、いつのまにか帰宅していた岩城が、リビングのドアを開け
 ギョッとした顔を覗かせた。

「なんだ?!香藤、何かあったのか?!」

「?!  ああ〜〜〜 岩城さんお帰り〜〜〜!
 ダメなんだよぉ! 絶対にダメだからねっ!!」

 クッションをソファーに放り投げ、ガバッと岩城の体に抱き付く香藤。

「だから、いったい何がダメなんだ?
 俺が帰ってきたことに気付きもしないで………
 こ、こらっ!かとっ! やめろっ、はーなーれーろぉ〜っ
 いったい何がどうしたっていうんだ!
 ───訳がわかるように説明してくれないか」

 そう言って、自分の体にひっしと抱きついていた香藤を無理矢理引っぺがすと、
 岩城は今にも泣きそうな香藤の顔を覗き込んだ。
 香藤はシュンと鼻を鳴らし、岩城の顔を見つめていたが。

「香藤?」

 真剣な口調の岩城に名前を呼ばれ、渋々口を開いた。

「だからぁ………
 ああ、ごめんね、岩城さん。
 ………あのさぁ、あれが今日買ってきた水中花なんだけど……」

 そういって香藤は、ガラステーブルの上の水中花をちろっと指差した。

「俺、やること全部済ませたし、後は岩城さんが帰ってくんの待つだけ。
 って、ボ〜〜ッと花見てたんだよ」

「ああ、すまん 香藤。また全部おまえに任せてしまって……」

「違うよぉ!そんなの家にいる方がやればいいことだし、俺、岩城さんの
 為なら何だって楽しいし、全然いんだけど……」

「……? どうした───?」

「…………………怒んない?」

「いいから言ってみろ」

 岩城は上目遣いに自分にお伺いをたててくる香藤の、その柔らかい髪の
 感触を楽しむように、ゆっくりとこめかみの辺りから指を差し入れた。

「うん。 じゃ………
 あのね……この水の中の青薔薇見てたら………綺麗でしょ?
 いつのまにか岩城さんに見えてきちゃったんだよ」

「…………………は?」

「水の中に浮かぶ岩城さん、だよ!? 
 一糸纏わない生まれたまんまの岩城さん───
 もう、ね……色っぽいってもんじゃなかったよ!」

「は…あ?」

 岩城の動きがフリーズし、眉間に一本皺が寄る。

「けど、見てるうちに思ったんだよ。
 岩城さん、水の中じゃ息出来ないじゃん?
 人間だと せいぜいもって数分──でしょ?
 なぁんて考えてたら、なんと岩城さん、目の前で変身しちゃったんだよ!
 ね、岩城さん、何だと思う?」

「っ!………バカ!そんなもん、俺が知るかっ!」

 両目が既にハートマークになっている香藤のニヘラ顔に呆れた岩城は、
 香藤の髪に差し入れていた指を瞬時に引っこ抜き、プイッと横を向いた。 

「なんとねっ、人魚!!」

「…………………はァ?!」

「人魚の岩城さんだよっ! もう……可愛くって可愛って〜〜〜」

「………やっぱり…………………………聞いた俺がバカだった……」

 ため息と共に岩城の体が脱力していく。

「でもっ!!」

 香藤のハートマーク印の目が、一瞬にしてウルウル涙目に。
 再びガバッと岩城の体に抱き付いた香藤は、岩城の体中を撫で回しつつ、

「うう〜〜っ、やっぱ俺、このまんまの岩城さんがいい〜〜俺の岩城さん〜〜」

「なんなんだ?いったい………
 香藤、おまえの思考についてけないぞ?
 その“でもっ!”の後はどうなったんだ?! 」

「……………うん……クスン………………………………ぃの…………」

「えっ?」

「…………………………………………ないんだよ」

「はっ?何?……何がないんだ」

「Hしたくても!○○○も△△△もないんだよォ!!」

「?───────なっ!!!」

 思わず絶句した岩城の拳が打ち震える。

「そりゃね、俺、岩城さんなら形は何でもいいって思ったけど……やっぱダメ!
 俺の岩城さんなのに〜〜っ!そんなの俺、やっぱヤだよっ!!」

「──────っ!バカッ!! 何考えてんだっ!!!」

 バコッ!!!

 岩城のゲンコツが香藤の頭に炸裂して………




 水中花の青薔薇は、騒々しい二人を涼しげに見守っていた。
 ある夏の日のお熱い(?)お話。




                                 〜おわり〜


お題は「水中花」
ふたりの会話が目の前で繰り広げられているように感じます
妄想しまくる香藤くんの可愛いことv
そんなふたりのいつもの(笑)日常ですね

すふらんさん、素敵な作品をありがとうございます

目次