『夏の午後』


「・・・岩城さんっ!」

身体の中の衝動と同時にその名を呼ぶと、ぐっとよりきつく身体を抱き寄せた。

「・・・っ」

声にならならい声を聞きながら腰を強く押しつける。

もっともっともっと・・・何処まで欲しても足りない。

好きだ・・・愛している・・・!その想いをぶつけるように・・・。

岩城さんもそれに応えるかのように俺を締め付けた。

そして弾ける・・・・・・。


・・・一瞬、息が止まる。


そして・・・ふたりの熱い息が残った・・・。




「岩城さん・・・」
もう何度目か分からないほど・・・その名を呼ぶ。
返事の代わりに肩にかけられた手が俺を撫でていく。
終わった後、弾む息を抑えるようにその唇にキスを落とす・・・慈しむように頬に額に・・・そして首筋に胸にと・・・。
汗ばみ、上下する胸に頬を寄せその感触を楽しんだ。
何も言わないけれど、優しく俺の髪を梳く指が全てを教えてくれているようで・・・安心する。
降り出した雨はいつの間にか止んでいた。



一日一緒に過ごせるのは久し振りだった。
どっちかが半日だけ出だったり、泊まりで家を空けたりとなかなかゆったりと時間を過ごせないままに日にちだけが過ぎっていった。
だからつい・・・

「・・・・ごめんね、岩城さん・・・・」
今更だけど・・・。
「・・・・だから謝るな・・・・」
熱い息の合間に答えてくれる。
お互いに飢えていたんだ・・・それはそうなんだけど・・・
「でも」
休ませるつもりだったのに俺ってば・・・と、ちょっぴり反省して(今更だけど・・・)、熱い香りのする肌にキスをした。



昼食後台本をチェックしていた岩城さんは台所の片づけを終えて俺がリビングに出てくるとソファでこっくり、こっくりとしていた。
・・・・・・時折かくんとなる首を無意識のうちに起こし・・・そしてまたかくんと・・・・。

”岩城さん・・・疲れてるんだな”

と、そっと近づいて、起こした方がいいか、このままここで身体を横にさせた方がいいか、しばし考える。
気持ちよさそうなんだよね・・・
眠る顔を見つめる。
子供のように舟をこぐ姿が妙に可愛くて、ついいつまでも見てみたい気持ちにもなる。

”本当に何をしていても可愛いよなあ”

綺麗で格好良くて・・・可愛い。
今の俺の顔もきっと緩みきっているだろう。
こんな可愛い姿を見られて幸せだなあ〜と、しみじみ感じてしまう。
でもこのままにしておくのも身体が後で辛いかも知れない。

俺はそっと・・・台本を取って、背中に手を回して、その身体を横たえた。
「う・・・ん」
こぼれた声にドキッとなりながらも、何とかまた寝息が聞こえ始めたことに、ほっと息を吐く。眠りを妨げてはいないようだ。

静かな時間。
少しだけ乱れた髪が顔にかかっている。
それを起こさぬように指で払う。
やっぱりちょっと疲れているよね・・・
昨日・・・あまり寝かさなかったのも原因だよね
「ごめんね・・・」
と小さく呟いた。
久し振りに合わせた肌にふたりして酔って溺れて。
沢山沢山会えない時間を取り戻すように抱き合った。
だからこそ、今日の家の事は全部自分がやろうと思っていたんだけど・・・。

「・・・・・っと、このまま見つめていたいけど・・・何かかけるもの取ってこよう」
そう言って立ち上がりかけた時に、袖を引っぱられた。

「!? 岩城さん? 起こしちゃったんだ」
振り向くと眠そうな顔をして・・・でもちょっとだけ笑った岩城さんの顔。
俺は膝をついて顔を寄せる。
「ちょっとうたた寝しただけだ・・・何で謝っているんだ?」
と岩城さんが言う・・・どうやら少し前から起きていたみたい。
「岩城さん・・・疲れているのに昨日無理させたなあ〜と思って」
バツが悪そうに笑うと
「バ〜カ」
と頭をポンとされた。
「そんなことはお互いだろう。それに疲れているのはお前も一緒じゃないか」
「それはそうだけど・・・」
でもやっぱり疲れさせているような気がするよ。
言葉に出さないままに岩城さんを見つめていると、岩城さんが頭に置いていた手を俺の頬に滑らせてきた。
「いいか・・・香藤。お前に抱かれると安心する。そしてお前を抱いても安心する・・・・それが嬉しいんだ」
「岩城さん・・・」
「お前もそうだろう?」
ふっと笑って俺を見つめた。
「うん・・・うん!」
大きく頷く、とってもとっても嬉しいよ。
岩城さんの言葉が身体に広がっていく。
そしてそんなことを言ってくれた顔が綺麗で、幸せで涙が出そうだ。
こんなに心を満たしてくれる人なんて他の誰もいない。

「あの・・・岩城さん・・・えっと」
どうしよう心の中の欲求が抑えきれない、でも。
「・・・」
岩城さんはまた少し微笑んで俺の首に腕をまわしてきた。
「何を遠慮してるんだ?」
何にも遠慮する必要はないだろう・・・ここは俺達の家だ。
都合のいい俺の耳は言外にそんな言葉を聞いてしまう。
「・・・・いい?」
休ませてあげたいのにと思いつつも・・・あまりにも目の前の岩城さんが魅力的で美味しそうで。
上目遣いでじっと見ると・・・
「本当に犬みたいだな」
と言われた。


そして・・・・肌を重ねた。
暑い暑い夏の午後にもっと熱いものを求め合った。




「さっき・・・雨が降っていたか?」
気怠い雰囲気が漂う中岩城さんが尋ねる。
「うん、少しね。・・・和室から見える所が濡れてね・・・ちょうど打ち水したようにいい感じなってるんだ・・・お茶でも入れてくつろごうか」
のんびり・・・ゆっくりと。
「・・・・これもくつろいでいた・・・になるんじゃないのか?」
少し意地悪そうに聞く岩城さん。
その顔にウィンクをする。
「今度は少し涼む方向で」
そして2人で笑い合った。



雨が濡らした木々や葉、そして土が渡る風を心地よいものにする。
そのやさしい風の中で同じ時間を過ごせるその幸せ。

夏の午後の小さな小さな・・・・でも何にも代え難い大切なもの。
ふたりの大切なもの。



2005・8  日生 舞


お題は「打ち水」
何があるというわけではない夏の日の午後のお話
ふたりでいて果たして涼める事になるのかどうかは謎ですが(笑)
とにかく打ち水で少しでも涼しくなると良いな・・・とか

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