「氷水」
24時間空調を効かせてはいるが、冷房をつけていない室内はやはり暑かった。 エアコンを効かせた車中から玄関を入るまでのそのたった数分間。 ・・・いや、急げば1分も満たないのかもしれないが、 それでさえ、うだるような残暑の中を歩くのは、疲れた身体にはつらいものがあるのに。 それでも先ずリビングに行き、エアコンをつけ、台所に向かった。 冷蔵庫から製氷機で作られた氷をザクザクと出し、シンクの盥に放り込む。 手にした花束をザッと広げ、水道から勢いよく水を出す。 初めはお湯のようだった水も、やがて指先に心地よい冷たさを与えた。 その流れ出る水の中で茎を切り、その茎を盥につけてから、ようやく花瓶を取り出した。 その作業をする岩城のこめかみを汗が伝っていた。 だが、元々ガーデニングが好きな彼は、自分の庭だけでなく縁あって手元に来た花にも 惜しげもなく愛情を注ぐことも常にしていた。 自分のことはさて置き。 もちろんそれは花だけに限らないが。 「たっだいまー!タッチの差だったね。清水さんの車が角を曲がって行くの見えたもん」 玄関ベルが鳴り止んだと思ったら、香藤がリビングに入ってきて言葉をかける。 「お帰り。何か冷たいものでも用意するから着替えてくるといい」 台所から岩城が声をかけた。 数分後。 着替えを終えた香藤が降りてくると、テーブルには氷の入ったグラスが置かれていた。 そこへ岩城が熱いコーヒーを注ぐ。 氷が音を立てて溶けたあと、軽やかにグラスの中で踊った。 香藤がグラスを持って揺らす。 その中の氷とはまた異なる氷の音がした。 グラスに向けていた視線を上げると、台所から花瓶を持って来た岩城が立っていた。 ─── ? 岩城が微笑みながら花瓶を揺らした。 「花瓶の中?」 「ああ、 水の温度が高いと花持ちが悪くなるしな。それに、この方が花の色も鮮やかになる」 優し過ぎる眼差し。 そんな視線を向けられる花にも少しばかり嫉妬した。 自分の汗も拭かないでさ。 着替えもまだなんでしょ。 香藤は、冷えたグラスの中に指を突っ込んだ。 「岩城さん・・・」 「ん?」 岩城の顎に手を添える。 摘んだ氷を咥え、最愛の人の口中に。 氷が歯先に当たり、音を立てた。 腕の中の花に問いかける。 「岩城さんも色鮮やかになる?」 舌先で氷水は温くなっていった。 終 ‘05.08.15. ちづる |
お題は「氷水」
冷たい氷もふたりの想いの熱さに温かくなるんですよね
・・・・甘くてとってもLOVEです
色鮮やかになるのは互いの腕の中・・・・
ちづるさん、素敵な作品をありがとうございますv