『送華』
仕事が終わり、自宅に戻って来た岩城は、リビングの机の上においてある大きな袋を見て苦笑した。 「そんなに大量に何を買ってきたんだ?香藤」 買い物から戻ってきたであろう香藤を見つけ、岩城は聞き返した。 「うん、洋介に花火を買ってきたんだ‥‥‥千葉に行ったら夜は花火しようって思ってね」 香藤は楽しそうに言い返すと、袋の中から数種類の花火を取り出した。 「岩城さん、線香花火もあるよ。これって‥‥‥情緒あるよね」 香藤は袋の中から、線香花火を取り出すと岩城の前に並べた。 「ああ、これは‥‥‥俺も好きだな」 岩城はクスリと笑うと、線香花火を手にとって、まじまじと見つめた。 「じゃあ、今度うちの庭でしようか?岩城さん」 香藤が嬉しそうに微笑んで提案する。 「いいな‥‥‥縁側にすだれをかけて、冷たいビールに枝豆」 岩城が香藤の提案に楽しそうに口を挟む。 「出来れば浴衣を着てさ‥‥‥夕涼みをして、ヒグラシの声を聞いて晩酌‥‥‥いいな、それ」 香藤はその姿を頭の中で想像しているのだろう。少しだけ顔が伸びている様だ‥‥‥ 「浴衣か‥‥‥でも、お前持ってないだろう‥‥‥」 岩城はふと思い出して、香藤に聞き返すが、 「この間‥‥‥久さんが送ってきた荷物に入っていなかったっけ?岩城さん」 ふと思い出して、香藤が聞き返す。 「お盆か‥‥‥帰れないよな‥‥‥」 岩城はふと思い出して、呟くように言い返す。 「忙しいからね‥‥‥その頃ってさ」 香藤はまだ袋の中をガサガサしながら言い返した。 「ああ、今年もな」 ネクタイを取りつつ、言い返す言葉。 『綺麗でしょう‥‥‥』 闇の中で花火の灯で浮かんだ母の顔は微笑んでいた。 『うん‥‥‥』 母の背中にしがみつき、その先にある闇が怖くて、花火の灯に見入っていた。 『私のお母さんが好きな花火だったの‥‥‥だから、送るときはこの花火で送ろうと思ってね』 花のように開いては消え去り、そうかと思えばさらに中央の灯から花びらを開かせる。 『綺麗‥‥‥ねぇ、お母さん‥‥‥おばあちゃん喜んでいる?』 火の花を咲かせる静かな花火を見つめ、聞き返すと 『ええ、喜んでいるわ‥‥‥』 微笑みながら頷き返し、新しい花火を手に持たせた。 それをしっかり握って、恐る恐るろうそくに近づけると自分で始めて花びらを作った。 『明るい‥‥‥』 その灯を見つめてそう思った。 目を覚ますと涙が流れた後があり、明るい日差しの中でぼんやりしていた。 ロケ撮影の休憩中に仮眠を取った時だった。 「忘れていたな‥‥‥約束」 岩城は目もとの涙を水で洗い落とすと、呟いた。 14日昼に仕事を終えて、自宅に戻ってきた岩城は、待ち構えていた香藤にそのままタクシーに乗せられ、東京駅で上越新幹線に乗せられた。 「香藤、何処に行くんだ?」 いつもの行動に岩城は面食らいつつも、楽しそうである。 「へへ、新潟」 香藤は、それぞれの着替えを入れたボストンバッグまでも持って来ていた。 「新潟‥‥‥って」 岩城は驚いた。 「昨日ね、清水さんから連絡来てね。お母さん亡くなってから、お盆も帰せなくって心苦しかったらしいよ」 香藤は答え、岩城の横のシートに座った。 「岩城さん、がんばっているから‥‥‥事務所からの御礼だって」 香藤は言葉を続ける。 不意に目頭が熱くなって岩城は目元を手で隠した。 「迎えは出来なかったけど、今日だったら送ることできるでしょう。急だったから、飛行機じゃなくって新幹線だけどって、岩城さんの事務所が取ってくれたんだって。ボーナスだよ」 そんな様子を知りつつも、香藤は明るく言葉をつむいだ。 二人は新幹線の中で、他愛無い話をしていた。 その内、香藤の右肩に微かな重みを感じる。 ふと横目で見ると、疲れていたのか、岩城は香藤の肩に頭を預け、寝ていたのだった。 「仕方ないよね。夕べも遅かったし‥‥‥」 香藤は微笑むと、岩城の寝顔を見つめていた。 新潟の実家に着くと、冬美が日奈を連れて玄関先に出て来ていた。 「義姉さん、わざわざすいません」 タクシーを降りて、香藤がその姿を見つけ岩城と近寄る。 「おかえりなさい」 岩城は日奈を受け取りあやしながら、笑顔を浮かべた。 「大きくなりましたね。日奈も」 前に来た時より、重くなった日奈は岩城の顔を見て嬉しそうな笑顔を見せている。 二人は家の中に入っていった。 荷物を置くと仏壇に参る。 「お墓はいいの?」 香藤が不思議そうに聞き返す。 「このお盆の時期はお墓の中は空っぽなんだ。家に戻ってきているからな‥‥‥15日はそんな御先祖をお墓に送るんだ」 岩城は答える。 仏壇に飾られている母の写真は相変わらず微笑んでいた。 「へぇ‥‥‥ああ、だから送り火」 香藤が聞き返す。 「お盆の始めに、家を間違わないように火を焚いて迎える迎え火‥‥‥家でおもてなしをして、再びあの世に戻ってもらうのが、送り火なんだ。母は花火で送っていた‥‥‥祖母が好きだったからって」 岩城はふと口にした。 「じゃあ、俺達も花火で送ろうよ。線香花火持ってきたからさ」 香藤は岩城の顔を横から覗き込んで提案をする。 「ああ‥‥‥そうだな」 岩城は嬉しそうに目を細め、香藤に答えた。 夜になると、それぞれ家の門の前で、送り火をする人たちがいる。 昔は怖いと思った闇の中‥‥‥今は寂しさが過ぎる。 「岩城さん、ハイ」 香藤は岩城の手に花火を手渡した。 「線香花火か‥‥‥お母さん、好きだったな」 岩城の父親がそれを認め、思い出して岩城に手を出した。 「あっ、ハイ‥‥‥」 岩城は袋の中から花火を取り出し、父親の手においた。 大きく、しわが刻み込まれたその手が小さく感じる‥‥‥ 自分の頭を撫でてもらった時には、あんなに大きく感じていたのに‥‥‥ ろうそくの火に先を近づけると、一瞬明るくなる。 ジジジ‥‥‥と中央の珠が赤く大きくなり、花びらを生み始める。 一つとして、同じ物は生まれない‥‥‥ 小さかったり、大きかったり‥‥‥ その花をぼんやりと見つめていた。 「京介‥‥‥」 その灯を見て、息子に声をかける。 「なんだい?親父」 岩城は視線を上げず、父親の言葉に耳を澄ませた。 「がんばったな‥‥‥」 ポタリ‥‥‥線香花火の珠が地面に落ちる。 岩城の足元にも何かがおちている。 「部屋に戻るか‥‥‥寒くなってきたな」 花火が終わったと、父親は立ち上がると、玄関に向かう。 岩城の横を通り過ぎる時、父親の手が岩城の軽く頭に置かれる。 昔と変らない暖かい手だった。 「親父、がんばるよ」 後ろ姿に岩城は声をかける。 父親は振り返らず、ゆっくり家の中に入っていく。 「久さん、少し寒いな‥‥‥お茶をもらえるかな?」 玄関で久に声をかける声を聞いて、岩城は送り火を見た。 「岩城さん、また来年って言わないと、お母さん帰れないよ」 香藤が花火を片手に岩城に言い返す。 「ああ、そうだな‥‥‥」 岩城は香藤の横に座りなおし、もう一本の花火に火をつけた。 再び線香花火の花が開く、岩城の花火に香藤は自分の花火を近づける。 二つの珠はお互いに引き合い‥‥‥一つの珠となり、花びらを少し大きく開きだした。 「こんな風に、これからもお互いを刺激して行こうね。岩城さん」 香藤は、岩城の顔を見て、笑う。 「そうだな‥‥‥」 岩城もそれに答える。 いつの頃からか、周りに虫の音が聞こえ始めていた。 夏もそろそろ終わりに近づいていた‥‥‥ ―――――了――――― 2005・8 sasa |
お題は「手花火」
お母様を送ることが出来なかった岩城さんの想い
そしてそれを汲んであげる香藤くん・・・綺麗な情景です
sasaさん、素敵な作品をありがとうございます