自由〈お前と言う名の風〉 

俺と香藤はペア写真集の撮影のためにウエストコーストに来ていた。

この話が来た時香藤は最初から乗り気だったが俺は私生活を切り売りするようで嫌だった。

しかし香藤にどうしてもやりたいと説得され受ける事にしたのだ。

今日は朝からホテルのプライベートビーチを借り切っての撮影だった。

カメラマンの指示に従ってポーズを次々に変え撮影していく。

順調に撮影は進み衣装換えとメイク直しを兼ねた休憩に入った。

用意してもらっていた飲み物で喉を潤しているとカメラマンが近づいてきた。

「岩城君、香藤君休憩明けからは君たちに自由に動いてもらってこっちが追いかける形にしようと思うからよろしくね。」

その言葉に香藤は即座に嬉しそうに応える。

「ヤッター。じゃあもっと岩城さんにベタベタしちゃおうっと。」

「そうしてくれるとこっちもいいショットが撮れてありがたいよ。」

香藤とカメラマンが楽しそうに話しているのを俺は複雑な気持ちで見ていた。

<自由>それは俺が憧れていてそして苦手なもの。

芝居の上でならいい。

「自由に演じろ」と言われれば自分なりの解釈でその役を演じる事はできる。

でもこんな風に芝居に関係ないところで「自由に」と言われると動けなくなってしまう。

相手が自分に何を求めているのかつい考えすぎてしまうんだ。

香藤に「岩城さんは何でも難しく考えすぎだよ。」と言われた事があるが本当にそのとおりだ。





「じゃあ始めようか。二人ともカメラ気にしないで好きに動いてくれていいからね。」

カメラマンの号令でスタッフが動き出す。

俺も香藤と一緒にビーチに出たがまだ戸惑いを拭いきれずにいた。

「岩城さんどうしたの?」

「……」

俺が答えられずにいると香藤がぐっと腕を掴んで引き寄せ耳元で囁いた。

「逃げちゃおっか?」

「えっ?」

驚く俺に香藤はにっこり笑うとそのまま俺の手を引いて走り出した。

「ちょっとちょっと二人ともどこ行くの!?」

後ろでカメラマンが焦って叫んでいる。

「すみませ〜ん。すぐ戻りますからちょっとだけ時間くださ〜い。」

香藤は立ち止まって振り返りそう叫ぶと再び俺の手を引いて走り出した。

そしてそのままビーチのはずれにある木陰へ俺を引き込んだ。

「おい、香藤戻らないと。」

息を弾ませる俺を香藤がまっすぐ見つめてくる。

「うん戻るよ。でも岩城さんまた考えすぎてるでしょ?あの人達が撮りたいのは恋人同士の俺たちなんだから俳優の「岩城京介」は脱ぎ捨ててただの俺の恋人の「岩城京介」になって。」

ああ、こいつは本当に俺の事を分かってくれてる。

香藤の言葉で心の呪縛が解けていくのを感じた。

俺が笑顔になったのを見て香藤も微笑む。

「岩城さんもう大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。」

「じゃあ戻ろうか。でもその前に…」

香藤は俺を幹に押し付けるとそっと唇を重ねてきた。

「えへ、これ以上すると我慢できなくなっちゃうからね。」

「ばか…」

きっとこれも俺をリラックスさせようとしてなんだろうな。

「じゃあ戻ろうか。」

そう言って手を差し伸べてくる香藤の顔が頼もしい大人の男に見えて俺は素直にその手をとった。





「すみませんでした。」

「お待たせしました。」

頭を下げる俺たちにカメラマンはにこやかに笑った。

「待った甲斐があったみたいだね。」

どうやら俺の表情が変わったのが分かったらしい。

それでも最初は撮られている事を意識せずにいられなかったが香藤がイタズラに手を出してくるのでいつの間にか気にならなくなっていた。

暫く撮影するとカメラマンが声をかけてきた。

「雰囲気変えるために犬入れてみようか。二人とも大丈夫だよね?」

「ええ大丈夫です。」

連れて来られたのは黒のラブラドールだった。

「わ〜こいつ賢そうな顔してる。」

「ラブラドールは頭のいい犬種だからな。盲導犬もラブが多いし。」

「そうだね〜。こいつ毛並みも綺麗だし顔もハンサムだしなんか岩城さんに似てるよね。」

「俺に?そうか?」

「絶対似てるよ。皆もそう思うでしょ?」

香藤がスタッフに同意を求めると何人もが頷いている。

香藤は我が意を得たりと嬉しそうだが俺にはそんな香藤こそ大型犬のように見えた。

ラブを交えて撮影は快調に進んでいた。

香藤がフリスビーを投げラブがそれを追っていると突然そこに茶色の塊が飛び込んできた。

「きゃうん。」

茶色の塊の正体はゴールデンレトリバーだった。

撮影用にもう一頭用意されていたのが逃げ出して来たらしい。

犬のトレーナーらしい女性が必死に追いかけて来た。

ゴールデンはトレーナーを無視してラブに纏わりついている。

ラブも迷惑そうにしながらも本気で追い払う気はないようだ。

そんな二頭を見て清水さんがふと言葉を洩らした。

「あのこたち岩城さんと香藤さんみたい。」

あまりに的を得た言葉にスタッフからどっと笑いが起きる。

「えっ、あらっ私凄く失礼な事を。申し訳ありません。」

赤くなって頭を下げる清水さんに香藤が優しく声をかける。

「気にしないでください。こんだけ笑ってるって事は皆もそう思ったって事なんですから。でも皆笑いすぎだよ。」

香藤は拗ねて膨れっ面をしてみせる。

そしてやっとトレーナーに捕まえられたゴールデンの前にしゃがみ込むとその毛をわしゃわしゃと混ぜた。

「お前なゴールデンも頭がいいはずなんだからちゃんと大人しくしてないとだめじゃないか。お前がそんなだから俺まで笑われたんだぞ。」

香藤は犬相手に真剣に言い聞かせている。

確かによく訓練された犬だから人の言葉も理解するかもしれないが少なくとも日本語は通じないだろうと思っていたら「わんっ。」と返事があった。

「やっぱり大型犬同士だから気持ちが通じるんだな。」

「なっ…岩城さんまでってか岩城さんが一番酷いじゃん。」

香藤は涙目になって抗議してきたがその姿はやっぱり大型犬のようだった。

トレーナー曰く「とても仲がいい」二頭を引き離すのは可哀想だと結局はそのゴールデンも加わえて撮影が行われた。





今日の撮影が予定通り終わり俺と香藤は夕方のビーチを散歩することにした。

香藤は手を繋ぎたそうだったが気づかない振りをしてそのまま並んで歩く。

人気の少ないビーチのはずれで並んで腰を下ろし夕日を眺める。

俺の視線はすぐに夕日から香藤に移っていた。

香藤は風のようだとよく思う。

何ものにも囚われる事無く自由で時に激しくそして優しい。

俺が今ここにいられるのはお前と言う名の風がいつも傍にあったからだ。

家族からの開放と自由を求めて出てきた東京で挫折を味わい人生に投げやりになっていた俺に香藤はその激しい風で夢を諦めるのかと問いかけてきた。

夢の実現を前に臆病になっていた俺を強い風で日の当たる世界へと押し出してくれた。

心を通じ合わせてからはずっと暖かく優しい風で包んでくれた。

俺は香藤の腕の中にいればいつでもその心地よい風に安心して微睡んでいられる。

そして今日のように俺が躊躇う時にはそっと背中を押してくれる。

俺の視線に気づいたのか香藤が顔を向けてくる。

「何、岩城さんどうしたの?」

「なんでもない。」

「うそ、だってじっと俺の事見てたでしょ?」

「お前の気のせいだろ。」

「うそだ。絶対見てたじゃん。」

香藤は喚くけど調子に乗るから絶対に言ってやらない。

お前と言う名の風に導かれて俺は自由と言う名の空に飛びたてるのだとは。

答える代わりに香藤の頭を引き寄せ煩い唇を塞ぐ。

「…んふっ。岩城さん?」

「香藤、ありがとう。」

感謝の言葉だけを素直に告げて今度はゆっくりキスをした。





終り

                            04.5.23  グレペン


★香藤くんによって自由になった事って岩城さんには多かったと思います
そう考えると本当に歴史を感じます・・・v
二頭のわんちゃん・・・・本当にふたりみたいv
(香藤くんも・・・・だから三頭  爆笑)
和やかな雰囲気が伝わってきます・・・・
グレペンさん、お題クリアお疲れ様でしたv