目 

(あれ、清水さん?)
オフの午後ショッピングを楽しんで帰ってきた香藤は自宅近くで清水の車とすれ違った。
今日の岩城のスケジュールは数社の取材とドラマの打ち合わせで帰宅は夜の予定だった。
そんな筈はないと思いながらも期待を胸にドアを開けると玄関に岩城の靴があった。
「岩城さんお帰りなさい。どうしたのこんなに早く?スケジュールの変更でもあったの?」
香藤が勢いよくリビングに駆け込むと岩城が着替えもせずにソファに座っていた。
「ああ、お帰り香藤。」
香藤の姿を見て微笑むものの何やら落ち込んでいる風だ。
「岩城さんどうしたの?仕事で何かあった?」
香藤が近づくと岩城は何も言わずに目を逸らした。
「岩城さんこっち向いて…」
岩城の隣に腰を下ろし頬に手を添えて自分の方を向かせた香藤は息を呑んだ。
岩城の目が真っ赤に充血していたのだ。
「岩城さんどうしたの?目真っ赤だよ。まさか誰かに何かされたんじゃないよね!?」
「違う。そうじゃない。大体その何かってのは何だ!?」
香藤の質問にいつもの岩城らしさを取り戻したかに見えたがはっと気づいたようにまた俯いてしまう。
「岩城さん!」
焦れた香藤が肩を揺すりながら顔を覗き込んでみると頬がうっすらと赤くなっていた。
それを見た香藤は心配していたような事態ではないらしいと判断する。
「ねえ岩城さん。言ってくれなきゃ分かんないよ?」
「……」
「いいよ。岩城さんが言ってくれないなら清水さんに訊くから。」
そう言って携帯を取り出した香藤の腕を岩城が慌てて抑える。
「待て、香藤。話す。ちゃんと話すから待ってくれ。」
「いいよ。岩城さんの口から聞けるのが一番だからね。」
香藤はにっこり笑って携帯をしまう。
それから暫しの逡巡のあとで岩城が話した充血の理由はこうだった。

岩城は次の主演ドラマで二役を演じる事になっていた。
そのうちの一人を演じるにあたってカラーコンタクトを入れる事になっていた。
同じ色を出すにも個人の目の色によって入れるコンタクトの色が変わってくる。
今日の打ち合わせでその色合わせをしたのだがコンタクト初体験の岩城は入れた途端に涙が止まらなくなってしまった。
慣れれば大丈夫だろうと暫く様子を見たのだが結局30分以上も涙は止まらず今日のところは色合わせは断念された。
コンタクトを外して涙は止まったものの目がすっかり充血してしまっていてそのあとの予定を全てキャンセルする事になってしまったらしい。

「そっか確かにこの目じゃね。取材には写真が付き物だもんね。」
どうやら岩城はコンタクトが入れられなかった事と予定を急遽キャンセルしてたくさんの人に迷惑をかけた事の両方で落ち込んでいたらしい。
「岩城さんそんなに落ち込まないの。ここんとこ忙しかったからラッキーぐらいに思わなきゃ。今更悩んでもしょうがないでしょ。」
香藤の励ましにも岩城は落ち込んだままだった。
「岩城さんってば!せっかく久しぶりに二人でゆっくりできるんだよ。ね、笑ってよ。」
その言葉にやっと顔を上げた岩城は何か言いたげに香藤を見つめる。
「何?まだ何かあるの?」
「あのな、香藤。実は3日後にまた色合わせするからそれまでに家で慣らす事になったんだ。」
岩城の視線を追って香藤がテーブルの上を見ると小さな紙製の手提げバッグが置かれていた。
香藤が視線を戻すと岩城は酷く困惑した顔をしていた。
「あの…岩城さん怒らないでね。もしかして…コンタクト入れるの怖くなっちゃった?」
どうやら図星だったらしく岩城の顔がかっと赤くなる。
香藤はそんな岩城が可愛くてクスッと笑ったのだが…
岩城は馬鹿にされたと思ったのか言い訳をはじめた。
「仕方がないだろう。打ち合わせで入れた時少し立てば慣れるって言われたのに全然痛みが取れなくて涙も止まらなかったんだから。」
その必死な様子が香藤にはますます可愛く見えてしまう。
でもこれ以上笑っていると岩城の機嫌を損ねてしまうの確実なので香藤は何とか真面目な顔になる。
「体質的にコンタクトが合わない人もいるみたいだけど、とりあえず練習してみるんでしょ?自分で入れられないなら俺が手伝ってあげるよ。」
「じゃあ悪いが今夜から頼めるか?どうしても無理ならCGにしてくれるらしいけど努力はしてみないとな。」
「OK。」


「岩城さん、俺の指見ててねー。いい?入れるよ。」
夕食を済ませると早速<練習>にかかる。
目薬を挿すのが苦手な岩城はレンズを近づけるとつい目を閉じてしまう。
「もう、岩城さん目ェ閉じちゃだめでしょ。もう一回行くよ。」
香藤は今度は目を閉じさせないように上下の瞼を指で押さえる。
「はい、入った。反対側も行くよ。」
岩城に有無を言わせず素早くもう片方も入れる。
途端に岩城の目から大粒の涙が溢れ出した。
擦ると目に良くないのでハンカチで甲斐甲斐しく涙を拭っていた香藤だが…潤みきった瞳からポロポロ涙を零し続ける岩城はあまりにも可愛すぎて香藤には誘っているようにしか見えなかった。
我慢できなくなった香藤はハンカチを放り投げ岩城を抱き寄せると唇を重ねる。
突然の事に驚いて抵抗できずにいる岩城の後頭部に手を添え深く口腔を侵す。
ソファに押し倒されたところで岩城ははっと我に返る。
「んんっ…こらっ、香藤…止めろっ!」
「だって、岩城さん可愛すぎるんだもん。俺我慢できないよ。」
静止を聞かず唇を首筋に這わせシャツの裾から手を入れてきた香藤の両耳を岩城が思い切り引っ張った。
「イタタタタタタ。もう、岩城さん何すんの!?」
香藤が涙目になって両耳を押さえている隙に岩城はその手を逃れ体勢を立て直す。
「止めろって言ってるのに聞かないお前が悪いんだろう!今日キャンセルした分の取材明日の朝早くにしてもらったから今夜はだめだ!」
きっぱり拒否され香藤はしゅんとする。
それでも諦めきれずに岩城の様子を伺っていた香藤はふと気づいた。
「岩城さん涙止まってる。もう痛くないの?」
「え?」
どうやら岩城はコンタクトのことをすっかり忘れていたらしい。
「ねえ、これって俺が気を紛らわせてあげたからだよね?なんかご褒美が欲しいなぁ。」
勝ち誇ったようにニヤッと笑った香藤の頭上に岩城のこぶしが振り下ろされた。
「イッター!何でー!?」
「バカヤロウ!何が気を紛らわせてあげただ。お前が盛った結果そうなっただけだろうが!?」
岩城は不機嫌そうにコンタクトを外しケースに収める。
そしてまた少し充血した目に目薬を挿そうとしたのだが…
何度やっても目を閉じてしまう岩城に香藤がクスクス笑いながら手を伸ばす。
「貸して、俺が入れてあげるから。」
岩城は少し悔しそうな顔をしながら素直に目薬を差し出した。
香藤は上瞼を軽く押さえながら素早く両目に目薬を挿す。
「はい、できた。うん、これくらいの充血なら朝には直ってそうだね。」
鏡を覗いて自分でも確認していた岩城が身体ごと香藤の方を向いた。
「香藤、さっきは殴ったりして悪かったな。」
岩城が香藤の頭に手を伸ばし先ほど殴ったところを優しく撫でる。
「涙が止まったのはやっぱりお前のおかげだと思うから。香藤ありがとう。」
岩城から触れるだけの優しいキスが贈られる。
「岩城さん…」
「とりあえずのご褒美だ。ちゃんとしたのはまた改めて…な。」
首筋まで真っ赤になった岩城を香藤がそっと抱きしめる。
「うん、期待してるよ。」
二人は見つめ合うともう一度キスを交わした。

数日後、香藤は深く澄んだ翡翠色の瞳をした岩城からたっぷりご褒美を貰った。



                           04.5.1  グレペン



★コンタクト入れにチャレンジしている岩城さんが
異常に萌えなんですが・・・・(^o^)v
そんなあなたを前に我慢が出来なくなるのは香藤くんだけではないでしょう
私も・・・・v(おい;)
翡翠色の瞳の岩城さん・・・・素敵だろうなあ
グレペンさん、お題クリアーお疲れ様でしたv