手〈ke・i・ke・n〉
特に予定がないふたり揃ってのオフは久しぶりだった。 だけど、ふたりでどこかに行こうと言った俺に対して例の如く岩城さんの答えは 家で過ごそう。というものだった。 しかも、ここのところ疎かになっていた掃除をしたい。と。 自室に至っては特にうるさいことは言わないが、リビングなどが散らかっているのは 駄目なのだそうだ。 不意の来客などがあった時に困るだろうというのが理由だ。 まあ、俺はあんまりこの家に人を入れる気はないけれど? 岩城さんは部屋にはいない。さっさと自分の部屋を片付けると玄関先の掃除や庭の簡単 な手入れをやりだした。 本当はクールな硬い役どころが多い岩城さんのそんなところを誰かに見られたら・・・ なんて思ったりもするのだが、ガーデニングなるものの知識がない俺にはその役割は 無理だし、ましてや業者を入れるのはもっての他と俺は考えている。 料理だけでなく、そっち方面の知識も身につけようか・・・などと考えたりもする。 だが、今は仕方がない。黙ってリビングを担当する。 「んじゃ、やりますかー、モップが唸るぜ〜!」 なーんてね。 そんなに汚れているわけじゃないんだ。 でも、ここのところお互い忙しくて留守がちになっていた部屋の床は結構ホコリが あったりする。 掃除とかって、やり始めるととことんやってしまう事ってよくあるよね。 普段はそんなとこやんねーだろ?ってところも今日はなんとなくノリノリでやって しまっているのはカラッと晴れた天気のせいかな。五月晴れってやつだ。 テレビの後ろとか、本棚の後ろとかの数センチの隙間、なんてところまでやっていた。 「あれ?なんか後ろに落っこってる。」 あるんだよね、こういうこと。 持っていたモップの柄を使って引きずり出したのはずいぶん昔の雑誌だった。 「よっくこんな古いのとってあったなー、引越しンとき捨てたんじゃなかったっけー?」 こうやって掃除が中断することもありがちだよね。 外で掃除をしている岩城さんに心の中で謝りつつペラペラと雑誌を捲った。 右肩が折られたページがあった。 「おっ、俺じゃん。」 『春抱き』の主演が決まってインタビューを受けていた時の記事だ。 ───“汚れない 危ない男の魅力”─── ね。 新人デビューにありがちなお約束の質問に対して、やはりお約束な自分の答え。 それでも今、こうして読み返すと恥ずかしいのを通り越して初々しいな、と懐かしい 気分になる。 ふと当時を思い出しながら記事を追っていく。 そこにあった問いと答え。 『では、共演される岩城さんについてお伺いしますが───』 『ええ、岩城さんですよね。尊敬していますよ、先輩ですしね。』 そんなのはトラブルを避けるための嘘。 このインタビューの時は、本当のところ少しもそんなこと思っていなかった。 確かにあの世界に入りたての頃は尊敬の対象として見ていた。経験も豊富だったし実際 人気もあった。 それにAV界どころか芸能界中見渡しても同じレベルの顔とルックスの人間を捜すのに 苦労するくらいだったし。 (ま、俺だって負けてないさくらいに思っていたけどね。) そんな昔の事から、今までのことに思いを馳せていると、庭に通じるリビングの窓から 岩城さんが入ってきた。 「そっち終わった?」 「いや、まだだ。」 そう答えながらキッチンに入っていく。 喉でも渇いたのかな?と思い俺もついて行き、シンクで手を洗う岩城さんにもう一度 訊いた。 「どしたの?」 「ちょっと枝で手を切ってしまってな、かすり傷なんだが傷口だけはすぐ洗った方が いいと思って・・・」 「駄目じゃん、も〜、大事な身体なんだからさ〜。手袋はめてなかったの?らしくない じゃん。」 言葉とは裏腹にダッシュで俺は救急箱を取ってきて、岩城さんの手当てを始めようと した。 「どこ?ほら見せてよ。」 そんな大げさなもんじゃない・・・そう言って後ろに隠した右手を、俺はすかさず 取った。 うっすらと赤く筋の入った手の甲に少しだけ血が滲んでいる。 「だから大丈夫だって・・・」 まるで何かをとがめられた子供のように手を引っ込めようとする仕種がひどく可愛 らしい。 思わず、その傷に悪戯心を含めて口付けた。 そう、“可愛い”って思っちゃったんだよね。 ちゃった・・・って初めは思ったけれど、今でもそう思う。大正解。 そんな可愛い貴方を今は誰よりも大切に思っている、と同時にお互いにライバルとして 時には刺激しあったりして高めあって、そして尊敬する人であって欲しいと思っている。 もちろん自分も岩城さんにとってそういう存在でありたい。 ね、知ってた? 手の甲にする口付けって“尊敬”って意味があるんだよ。 世界の昔話に出てくるでしょ、そういうシーン。 主人の前に跪いて・・・ってさ。 俺、岩城さんのことを知れば知るほどそういう気分になっちゃうよ。 ま、違う気分にはもっとなっちゃうけどねv でも今は、ちょっぴり敬虔な気持ちで口付けさせて? 岩城さんの手に。 end ‘04.06.02. ちづる |
★一人の男として・・・人間として尊敬出来る相手だからこそ
互いに大事に支え合うことが出来る関係って・・・素敵ですよねv
手の甲へのKissっていいですね〜vvv
唇とは違った意味で萌えますわv
これからもいつまでも同じ場所に立つふたりでいてほしいですv
ちづるさんお題クリアーお疲れ様でしたv