スライトキス 



「い・・岩城さん?・・どうしたの?」

「・・・どうもしない。」

どうもしないって・・・。
どうもしないのに俺の膝の上に座ってるのは不自然だと思うんだけど・・・。

今日は二人そろっての久々のオフで、朝から溜まってた洗濯物とか掃除に追われて夕方のこの時間になってやっとなんとかひと段落が着いたから、少し休んで夕飯の買出しに出ることにして、俺はリビングのソファーに座って、岩城さんがコーヒーを入れてくれるのを待っていた。

そしてすぐに俺の分と自分の分のコーヒーを両手に持った岩城さんが来たんだけど、俺にコーヒーを渡してくれるでもなく、自分のコーヒーを飲むでもなく、リビングのテーブルにコーヒーの入ったマグカップを2つとも置いて、俺の膝を跨ぐように抱きついてきた。

「どうもしないで岩城さんが俺に抱きついてくるとは思えないんだけど?  何かあるならちゃんと言ってくれないとわかんないよ?・・ん?」
俺は岩城さんの腰に腕を回しながら、もう一度岩城さんが俺に抱きついてきた理由を聞いてみる。

「・・・・・4ヶ月近くお前にほとんど会えなくて寂しかったんだ。」
冬の蝉の一件で仕事を干された形になってた俺の仕事も、冬の蝉の公開以来順調に増えてきて、先クールは連ドラを2本抱えてた。
そのうちの1本は主役だったからスケジュールはもう殺人的。
それは岩城さんも同じで、連ドラ2本でうち1本は主役だったから、やっぱり岩城さんのスケジュールも殺人的に詰まってた。
だからそんな俺たちが会う時間なんてほとんどなかったんだ。
いや正確にはちょっと違うかな?
会うくらいは会ってた。
ドラマの1本が同じスタジオで撮影してたから、廊下ですれ違うことくらいはたまにあったんだけど、ホントすれ違うくらいで言葉なんて2〜3言かわせればいい方だった。
まあね、それでも1ヶ月に1回くらいは何とか2人のスケジュールをやりくりしてもらって、2人で一緒に過ごせる時間を作ってはいたんだけど、それもせいぜい半日くらいだったから、そんなんじゃ到底足りる分けないよね?

「そうだね。俺も岩城さんに会えなくてすごい寂しかったよ? 忙しいのはいいことなんだけど、ちょっと忙しすぎたよね?」
「あぁ。それに冬の蝉の撮影中はほぼ毎日お前と一緒にいられたし、撮影が終ってからでも宣伝とか舞台挨拶とかで一緒にいられる時間が多かったから、お前と一緒にいることが当たり前になってて余計に寂しかった・・・。」

俺と離れまいとしてるのか、そんなことを言ってる顔を見られたくないのか、相変わらず岩城さんは俺の首にしっかりと腕を回して抱きついてる。
(かわいいっ!かわいすぎる!!)
そんな岩城さんの腰を片腕で強く抱きしめながら、もう片方の手でできるだけ優しく背中を撫でてあげる。
「うん。冬の蝉撮ってるときはホントず〜っと一緒だったもんね。俺が怪我した時なんて岩城さんにご飯食べさせてもらったり、お風呂入れてもらったりしてさ。楽しかったしね。」
「バカ・・・。」
「あはは。でもホントあんなに一緒にいられたのって俺たちが付き合いだしてから初めてだったから、あれに慣れちゃうと今までみたいな会えなくて当たり前!みたいな生活はきつかったよね? ってか、この3ヶ月が今までで一番会えなかったのか?!」
今まででも2〜3週間会えないこととかはけっこうあったけど、ここまで会えなかったのはなかったもんなぁ・・・。やっぱり連ドラ2本は無謀だったな・・・。

「来クール連ドラ入れたくないなら、今クール連ドラ2本出ろ!」って、社長に言われちゃったから仕方なかったんだけどさ。冬の蝉のときはマジでかなり迷惑かけたから、文句言える立場じゃないしね?
それで岩城さんに寂しい想いさせちゃったけど・・・・・。

「そうだ。今までも2週間以上会えないことはあったけど、それでもこんなに会えないことはなかった・・・。」
「そうだね。でも今クールは2人とも連ドラ入ってないからスケジュールもそんなにきつくないしさ、久しぶりに2人で旅行でもしようよ!!」

実は今クール連ドラ入れたくなかったのは久々に岩城さんと二人でゆっくり旅行したいって思ったからなんだよね。
やっぱり連ドラ入ってるとまとまった休みって取りにくいしさ。
だから1クールで2本出るから、1クール休ませてくれ!みたいな?(笑)

「旅行?」
岩城さんが俺の首にしっかりと絡めてた腕を緩めて、俺の顔を怪訝そうな表情で見つめながら聞いてくる。
「うん!旅行!!国内の温泉とかなら2泊3日くらいで行けるから、少し長めにオフ取って新潟も行ってもいいし、思い切って2週間くらいオフ取って海外旅行もいいかな?って思ってるんだけど、どう?」
「どうって・・・。オフが取れるかどうかもわからないじゃないか!」
「へへ。実はね、清水さんにも金子さんにも、岩城さんと2人で旅行したいから2週間くらいまとまったオフが取れるように頼んでるんだよね。
だからオフに関してはな〜んの問だ・・・ふがっ?!」
得意になってオフのことを話してた俺の鼻を岩城さんにいきなりつままれた。
「まったくお前は・・・。俺の意思は関係ないのか?」
岩城さんはため息をつきながら、あきれた風に言う。
「そんなことないけど・・・。もしかして旅行行きたくない?それなら別に旅行行かなくていいけど、とにかく2週間くらいオフ取ろうよ!俺そのために先クール連ドラ2本入れたんだから!ね?いいでしょう?」
「はぁ・・・。そんな理由で2本もドラマ入れてたなんて・・・。それで?俺がオフは取らないって言ったらお前どうするつもりなんだ?」
「え?!俺は岩城さんはそんなこと言わないと思ってるけど?オフ取らないの?」
「はぁ・・・お前には負けるよ。・・・そうだな、3ヶ月頑張ったんだから2週間くらいオフ取って、お前と2人で旅行に行くのもいいかもな。」
やったー!これで2週間岩城さんを独占できる〜!!
「じゃあさ、岩城さんどこか行きたいところとかある?」
「今お前にこんな話されるまで旅行なんて考えてもなかったから急には思い浮かばないなよ。」
「そっかー?そうだよねぇ!俺はずっと岩城さんと旅行に行くんだ!!って思いながら3ヶ月仕事してたけど、岩城さん今初めて聞いたんだもんね。急にどこって思い浮かばないよね?ごめんね?(苦笑)」

俺はマジで岩城さんと旅行するんだ!
あそこに行ってあれするのもいいなとか、ここに行ってこれしたい!とかばっか考えてたんだけど、考えすぎて結局どこに行って何がしたいのか決められなくなっちゃったんだよね(笑)
だってさ、岩城さんと旅行するのって新婚旅行のとき以来だなぁ。とか思ったらさ。
浮かれちゃって当然でしょ!?

「お前は行きたいところはないのか?」
「俺はいろいろ考えすぎて、どこに行きたいのかわかんなくなっちゃんだよねぇ(笑)最初は久々にサーフィンしたいかも。とか思ってたけど、サーフィンするならハワイじゃん?でもハワイなんて日本人ばっかだからゆっくりできないよなぁ・・・。とか、俺がサーフィンしてる間岩城さん一人じゃん!それはダメだ!とか思っちゃってさ。
他にもいろいろ考えたんだけど、結局決められなくて・・・。だから岩城さんの行きたいところに行こうかと思って。」

ちょっとバカっぽいかなとも思ったけど、俺は自分の考えてたことを正直に白状した。
岩城さんは少しあきれちゃうかもしれないけど、正直に言う方が俺がどれだけ岩城さんと旅行するってことを楽しみにしてるか伝わると思うから。
「ふっ、まったくお前らしいよ。でもサーフィンしたいならハワイじゃなくてもいいだろ?
カリフォルニアとか、タヒチ、フィジー、オーストラリア、ブラジルなんかでもできるみたいだし、ヨーロッパの方でもできるところがあるだろ?」

まあそうなんだけど、どうしてそんなに詳しいんだろ?
岩城さんサーフィンしないよね?
もしかして俺が知らないだけで岩城さんもサーフィンするのかな?
いや、それはありえないだろう!?だって岩城さんだもん!!
とりあえず本人に聞いてみればいいか?

「どうしてサーフィンできる場所にそんなに詳しいの?もしかして岩城さんもサーフィンするの?」
「俺はサーフィンはしない。ば・・場所は、いつだったか撮影の待ち時間の間に見てたTVがたまたまサーフィンの番組でいろんなスポットを紹介してたのを覚えてただけだ!」

あっ!岩城さん少し顔が赤くなった!!
きっと俺がマリンスポーツ好きなの知ってるから、TVはホントにたまたま見ただけかもしれないけど、サーフィンできるスポットは俺のために覚えててくれたんだよね?
こんな何気ないことがすごい幸せ感じるよね!!
俺って愛されてるな〜!って感じでさ。
でもそんなこと言ったら照れてむくれちゃうから言わないけどね(笑)

「そーなんだ?でも俺がサーフィンしてる間、岩城さん一人になっちゃうから、サーフィンはやめとくよ。」
「俺のことなら気にしなくていいぞ。お前がサーフィンしてるのを見てるのも悪くない。お前がサーフィンしてるのを見たことがなかったからな。」

い...今のすっごい殺し文句だよね!?
言った岩城さん本人は気づいてないみたいだけど、サーフィンしてる俺を見てるのも悪くないってさ、サーフィンしてる俺を見てみたいってことだよね?
やばい顔が熱いよ。
俺、今、絶対すっごい赤い顔してるはずだよ。
でもすっごい嬉しいんだから仕方ないよね?!

「どうした?香藤。お前、顔が赤いぞ。」
「だって岩城さんが急にうれしいこと言うんだもん。
俺ドキドキしちゃったよ。」
「俺、何かお前が喜ぶようなこと言ったか?」

うわっ!やっぱり気づいてないよ!天然だよ!!
俺の言葉にきょとんってしてるよ。
無意識にそんなこと言っちゃうなんて、俺ますます岩城さんにメロメロになっちゃうよ〜!!!


「サーフィンしてる俺を見てるのも悪くないってさ、サーフィンしてる俺を見てみたいってことでしょう?見たことが無い俺の姿を見て見たいって言ってもらって嬉しくないわけ無いじゃん!!それって俺のことを少しでも知ろうとしてくれてるってことでしょう?そりゃあ喜んじゃうよ!!」

また岩城さん赤くなって、俺の首に絡まっちゃった!
今頃すっごい照れてるよ(笑)
ほ〜んと岩城さんってすごぉ〜いかわいいよねぇ〜!
俺より5歳も年上なんて思えないよ。
こんなかわいい人と結婚できて、俺、本当に幸せ者だよ!!!
うぅ〜。このまま寝室に連れ去っちゃいたい!
だけどゆっくり二人で晩飯食べるのなんてめちゃめちゃ久しぶりだから、俺の作ったご飯食べてもらいんだよね〜。で、そうなると冷蔵庫カラッポだから買い物に行かなきゃ行けないんだよね。
仕方ない、今は我慢だ!!

旅行だって行くんだし、しばらくは時間に余裕もあるし、何より岩城さんの明日の仕事は昼から雑誌の取材1本だけだから、今夜ちょっと頑張っちゃっても・・・ね?(にやにや)

でもこのまま岩城さんに首に絡まってられたら、マジでご飯とかすっ飛ばしてベッドに行っちゃいそうだから、とりあえず首に絡まってる腕を緩めてもらわなきゃ。

「岩城さん、そんなに首にしがみつかれてたら話もできないよぉ。それにちょっと苦しいんだけど・・・(苦笑)」
「あぁ・・・すまん」

俺の言葉に岩城さんは慌てて腕を緩めてくれた。
でも俺のひざからおりる気はないみたい。

「じゃあさ、旅行はサーフィンができて、岩城さんのしたいことができるところか、岩城さんの行きたいところにしようよ!」
「あぁ、そうだな。じゃあ夕飯の買出しのついでに本屋によって旅行雑誌でも買ってくるか?」
「うん!じゃあそろそろ出かけない? 岩城さんと2人でゆっくり食事なんて久しぶりだから晩飯ちょっと豪華にしようと思ってるんだよね。だからそろそろ出かけないと晩飯遅くなっちゃう。だから、ね?この体勢はうれしいんだけど、俺の膝からおりてくれる?でないと買い物いけないからさ。」

言いながら岩城さんを膝の上からおろそうとした俺の首に岩城さんはもう一度抱きついてきた。

「香藤、愛してる・・・。だからお前のことならどんなことだって知りたいんだ。」
そしてその言葉とともに、岩城さんは俺に軽く触れるだけのキスをくれた。
軽く触れるだけのキスだったけど、そのキスにはあふれるほどの気持ちが込められてた。
軽く唇が触れるだけで、心が温かくなって、幸せになるようなそんなキス。

やっぱり俺は岩城さんにはかなわないな。



「香藤、何ボ〜っとしてるんだ?出かけないのか?」
キスの余韻にボ〜っと浸ってる俺の膝からささっとおりた岩城さんが、リビングの入り口に立って俺を振り返りながら声をかけた。
「あ・・・うん、出かけるよ!岩城さんがあんなこと言って、あんなキスするからちょっと余韻に浸ってたんだよ!」
「バカ・・・。」



そんなことを言い合いながら俺たちはリビングを出て買い物へと向かった。
そして俺たちが出かけた後のリビングには、冷めたコーヒーの入ったマグカップが2つ仲良さそうに並んでいた・・・。





あなたに触れるキスにあふれるほどの気持ちを込めよう



あなたが触れるキスであふれるほどの気持ちをもらおう



いつも2人 同じ未来を見られるように



いつまでも2人で同じ明日を歩けるように・・・







La Fin



2004・5 こなゆき



★あなたにかなう人はいませんよ〜岩城さんv
その天然ぶりが素敵!
照れたりする所も可愛くて・・・v
スライトキス・・・軽く触れるようなKiss・・・堪能させて貰いましたv
こなゆきさん、お題クリアーお疲れ様でしたv