『ティーダ』




あるオフの午後‥‥‥晴れていた。
岩城は香藤を誘うと、外に散歩と称して出て行った。
途中で、腕のいいと佐和に聞いていた、紳士服の専門店に行き体のサイズを測った。
一人で行って測ると、香藤がぼやくのが目に見えているから、目の前で採寸を見せていた岩城だった。
「岩城さん、背広作るの?」
香藤は採寸を見つめ面白そうに聞き返す。
「新調しようと思っているんだ。そうだ‥‥‥香藤も測ってみるか?サイズ変わっただろう‥‥‥」
岩城はサイズを測り終え、思いついたように香藤に言い返す。
「うん、そうだね‥‥‥いいですか?」
自分のサイズを知りたくって、香藤は岩城に次いで体のサイズを測ってもらっていた。
その間‥‥‥岩城は服を作る生地を見ていた。
その中に香藤に似合いそうに思える、青い生地が在るのを、岩城は目に留めていた。
これが‥‥‥4月中旬、桜の満開の頃だった‥‥‥


6月の始まり‥‥‥今年の梅雨は5月の半ばから早くに入って、中々晴れ間を見せてくれずに、うっとうしいと感じる。
空が曇っていると、気分も曇ってしまう‥‥‥どうしてなんだろう?
青空が恋しい‥‥‥青い空、穏やかな風‥‥‥そよぐ若葉‥‥‥
「ああ‥‥‥6月って、ヤダーー!!」
香藤は思わず叫んでいた。
その声を聞いて岩城はクスッと笑った。
「6月‥‥‥ね。俺は好きだな‥‥‥」
岩城は珈琲を入れ、香藤に言い返す。
「何で?遊びに行けないし、体鈍りそうだよ‥‥‥カビ生えたりして‥‥‥」
香藤は口を尖らせて言い返す。
「まあ、確かにそれは困るな」
岩城は珈琲をカップに入れると、一つを香藤に渡しもう一つを持ってリビングのソファーの上に座りなおした。
「岩城さん‥‥‥ねぇ、今日はどうするの?」
香藤がカップを持って岩城の近くに寄ってきた。
「うん‥‥‥とりあえずはこの小説を読みたいな」
岩城は香藤に手に取った本を見せるとニッコリ笑った。
「晴れていたら外に誘うんだけどな‥‥‥」
溜息交じりで、香藤は言い返すと、岩城の横に座った。
「じゃあ、これで我慢しろ」
岩城は楽しそうに笑うと、香藤の頭を自分の方に倒すと膝の上乗せる。
「いいの?」
香藤は嬉しそうに聞き返す。
「して欲しかったんだろう‥‥‥」
苦笑して香藤の頭を軽くポンポンと叩くと、視線はそのまま本へと動かした。
岩城の膝の上で香藤は覗き込むように岩城を見つめていた。
『岩城さんって‥‥‥やっぱり綺麗だな‥‥‥』
本を読んでいる岩城をこの角度から見られるのも、香藤の特権‥‥‥
よくよく考えると、岩城に関しての特権は自分には沢山ある事に気づいた。
『それだけ‥‥‥俺の事、岩城さんの一部になってるんだな』
香藤は改めて思える、この時間に感謝した。
パサリ‥‥‥パサ‥‥‥っと本のページをめくる音が心地よい‥‥‥
『岩城さん‥‥‥このページは早いな‥あっ、次は長いや‥‥‥俺の髪に毛短くなっているから‥‥‥さわり心地どうなんだろう?』
岩城の手の暖かさを感じて、外の雨の音に耳を澄ませているうちに心地よくなってきて、香藤は目をつぶった。
静かな時間が流れていく‥‥‥岩城の耳に香藤の寝息が聞こえてきた。
「香藤‥‥‥?」
岩城は本より目を離すと、香藤の顔を覗き込んだ。
安心しきった様子で、気持ち良さそうに眠っている。
「最近‥‥‥忙しくなって来ているからな‥‥‥お前も」
最近、香藤の仕事が微かだがある事を、岩城は喜んでいた。
映画の封切りもあと少し、ますます忙しくなることも目に見えて解かる事だった。
この時期の二人だけの大事な時間を、邪魔される事無く岩城は心から楽しんでいた。
「それに‥‥‥6月は大事な月だってこと‥‥‥お前が忘れてどうするんだ?香藤」
岩城は呟いた。
岩城は目を細め香藤の顔を見ると、机の上に並べておいてあったメンズ雑誌を手に取った。
「今年はお前にスーツを作ってやるな‥‥‥お前も必要になるだろう‥‥‥色は、矢車草の花のブルー似合うだろうな‥‥‥」
岩城はページをめくりながら、クスクス笑う。
サファイヤの中でも最高の青といわれる色にたとえられる矢車草の花‥‥‥
その中で輝くのは‥‥‥『太陽』
そんな考えを持っていると、空が明るさをもってきた。
ふと窓を見上げると、雲から切れ目が出てきて太陽が顔を出してきた。
「香藤‥‥‥起きろ」
さっきの言葉を思い出して岩城は香藤を起し始めた。
「うん‥‥‥なぁに?‥‥‥岩城さん‥‥‥」
まだ、眠いのかぼんやりした目で香藤が岩城を見つめる。
「晴れそうだぞ‥‥‥ほら」
そんな香藤を見つめると、岩城は楽しそうに言い返した。
「えっ、本当?」
晴れの言葉に反応してか、目を輝かせて起き上がると窓にへばりついた。
「うわ〜〜〜本当だ。太陽が久しぶりに見える」 
香藤は早々に窓を開けると、外を覗き込んだ。
太陽の光りに重なって香藤の笑顔がさらに眩しく岩城は感じた。
「ティーダ‥‥‥」
その姿を見て、岩城は目を細めて呟いた。
庭へと続く窓を開け、香藤は外に降りると、腕を大きく伸ばした。
「うーーーん、気持ちいい。岩城さんも出てこない?」
香藤は振り向いて聞き返す。
「そうだな。久しぶりだしな」
雲の合間より覗いた太陽の後ろに見える、青空に岩城も庭に下りてきた。
深呼吸をし、二人で何するわけもなく空を見上げていた。
「ねえ、岩城さん‥‥‥さっき呟いた『ティーダ』って何?」
不意に香藤が聞いてくる。
「聞こえてきたのか‥‥‥」
苦笑して岩城は聞き返すと、香藤は頷いた。
「今読んでいる小説が沖縄舞台なんだ‥‥‥沖縄言葉が所々に使われているんだ」
岩城は言い返す。
「その中の一つ‥‥‥なの?」
香藤は楽しそうに聞き返す。
「ああ、そうだ‥‥‥意味は、自分で調べてみろ」
岩城はそう言い返すと、部屋に戻ろうとした。
「ええ、岩城さん。ケチ‥‥‥教えてよ‥‥‥」
香藤はそう言い返すと、後を追って部屋に戻った。
岩城の後ろをついては、意味を聞き出そうとするが岩城は言葉をはぐらかす。
「岩城さ〜〜〜ん」
香藤の情けない声を後ろに、岩城は再度、珈琲を入れ始めた。


「はい、‥‥‥ああ、わかりました」
8日の朝、仕事に出かけ、車に乗り込んでいた、岩城の携帯にこの間の洋服やから電話がかかって来た。
「清水さん、もしよければ‥‥‥この店に寄ってもらえますか?」
岩城は清水に店の名を告げると、清水は少し考え込んで頷いた。
「今日の2時ごろでしたら、移動の途中で寄れそうですわ」
スケジュールを頭で確認した清水の言葉に、岩城は携帯で大まかな時間を相手に伝えた。
電話を切ると、ホッと安心した表情を見せた岩城に、清水は口元をほころばせた。
「スーツ出来上がったのですね」
以前、仮縫いをしたいといわれ岩城を連れて行った事を思い出した。
「ええ、間に合いましたね」
岩城は嬉しそうに言い返した。
「あの色でしたら、香藤さんのと並んでも映えるいい色ですよね。出来れば、ハリウッドでお二人並び着ていただきたいですわね」
清水は二人のスーツを見ていたので、楽しそうに聞き返した。
「香藤が喜んでくれればいいんですけどね‥‥‥あんまり、スーツ着ないですから」
岩城は言い返すが、少し照れも入っているのが判る。
「大丈夫ですよ。それと9日午後と10日はオフ取れましたから、ごゆっくり」
清水は思い出して、岩城に伝えると、バックミラー越しの岩城がすごく嬉しそうに微笑んだのを見た。
このような岩城を見られるのは、マネージャーの特権である。
清水も岩城の微笑で、自然と口元が綻んだのだった。

岩城が箱を抱え家に戻ってきたとき、香藤は家にいた。
箱を見てこの間のスーツが出来た事を知り、着せ見せてとねだったが、今日は駄目だと
岩城は諭した。
「ええ、見たいのに」
香藤がぼやく。
「今度、着る機会にみせてやるさ」
岩城は言い返すが、
「やだ、俺が一番に見たい!!岩城さんの全部を見たい!!」
少しは仕事があるものの、退屈なのは解かっているが‥‥‥岩城は頭を抱えてしまっていた。
「香藤‥‥‥明日は何日だ?」
岩城はもしかしたらの疑問を此処でぶつけてきた。
「えっ、明日?‥‥‥えっと‥‥‥この間、えっ、6月って思ったから‥‥‥えっと‥‥‥あれ?」
香藤はカレンダーを見ながら数えだす。
「やっぱり‥‥‥日にち感覚なくしていたようだな‥‥‥香藤」
岩城は苦笑して聞き返す。
「うん‥‥‥あんまり仕事無いとさ。つい、関係ないから、考えてないね‥‥‥そうか‥‥‥6月も‥‥‥‥‥‥ええっ!!嘘」
香藤は今日の日付を確認して大声を上げた。
「解かったか?香藤」
岩城は言い返すと、ショックを受けて呆然としている香藤に、クスクス笑いながら言い返した。
イベント好きの癖に、自分の環境に焦ってないふりをしても焦っていたのだろう。
大人びた香藤を岩城は嬉しくも思い、寂しくも思っていた。
年下の甘えた香藤も岩城には大事なものだったからだ。
「香藤‥‥‥」
岩城は嬉しそうにキスをした。
「岩城さん‥‥‥俺、忘れていた‥‥‥」
香藤が顔を伏せて、落ち込んで言い返す。
「俺が、覚えているからいいだろう」
岩城が楽しそうに言い返すその言葉に香藤は以前岩城の言った言葉を思い出した。
『6月‥‥‥ね。俺は好きだな‥‥‥』の言葉を‥‥‥
途端に香藤の顔は嬉しそうに笑顔に変わった。

次の日、香藤がウキウキして目を覚ました時は、10時ごろだった。
隣のベットは殻で、ガッカリしてしまった。
「そうだよね‥‥‥休みって聞いていなかったしな」
自分の誕生日に岩城がいないだけでこんなに落ち込んでしまう‥‥‥仕事が無いって以上に寂しいって思ってしまった。
とりあえず、1階に下りてリビングに来ると、机の上にスーツの箱が置いてあった。
そしてその上に手紙が‥‥‥香藤は慌ててその手紙を手に取ると、目を通した。
『                 香藤へ
午前だけ仕事が在るんだ。だから、ランチ食べに行こう。
店は、ほらお前が行きたがっていたあのフランス料理の店だ。
予約を入れてあるから、その時にこれを着てきてくれるか?
俺も、新しいスーツを着てくるから
                   岩城 』
手紙を見て、慌てて箱を開けると、鮮やかな深みの在るブルーのスーツが出てきた。
「岩城さん‥‥‥」
箱の中には『誕生日おめでとう』のカードも入っていた。

香藤はそのスーツを自分なりのアレンジで来て、岩城の指定したフランス料理のレストランに着ていた。
思ったとおり、岩城の名前で予約が入っていた。
香藤にしてみれば着慣れていないスーツで少し居心地が悪かったのだが、待つ間に出された食前酒は綺麗な白をしている。
「お誕生日とお聞きしていますので」
ウェーターがそういいながら「ホワイト ム−ン」と名前を付けられているカクテルを持ってきた。
それは『ジン、ホワイトカカオ、クリ−ム、ブル−キュラソ』というレシピで、6月のカクテルと言われているものだった。
少し、息を切らして岩城がやってきたのは、香藤が店についてから10分後だった。
岩城のスーツは香藤のスーツに合わせたのか、青藍(せいらん)近いシックな色合いのブルーで、香藤は見ほれてしまった。
「すまない、遅くなって‥‥‥」
岩城が笑顔で言い返すと、香藤は首を横に振った。
店は気を利かしてか、二人を奥まった他の人の視線を感じない場所に席を作っていたので、ゆっくりと食事を取る事も出来た。
「ねぇ、岩城さん。この後は?」
香藤がオズオズと聞き返すと、
「ああ、明日までオフだ」
岩城は楽しそうに言い返すと、香藤の表情が嬉しそうに笑顔に輝いた。
「ねぇ、岩城さん‥‥‥一つ聞いていい?」
食事も終わりになり、珈琲が運ばれた所で、香藤が言い返した。
「なんだ?」
岩城は珈琲の香りを楽しみながら、笑顔で聞き返すと、
「このスーツの色‥‥‥岩城さんが決めたの?」
自分のスーツを見ながら香藤が聞き返した。
「そうだ。似合うと思ったんだ‥‥‥嫌か?」
岩城が心配げに聞き返す。
「ううん、俺って岩城さんには、この色のイメージあるのかって思って、驚いたんだ。でもどうして?」
香藤は気になるのか聞き返す。
「香藤‥‥‥『ティーダ』の意味わかったか?」
岩城が意地悪そうに聞き返すと、香藤は頷いた。
「うん。岩城さんのヒントでね。『太陽』って意味だってね。驚いちゃった‥‥‥日本って本当にいろんな言葉あるよね」
香藤は言い返した。
「その『ティーダ』のいる場所は?」
岩城はさらに聞き返す。
「空、それも青空だね」
香藤の答えに満足そうな答えの岩城は、微笑み頷き返す。
「『ティーダ』は香藤。お前のイメージだからな。だから、その色にしてみた。矢車草の花の色に‥‥‥」
岩城は、照れくさそうに言い返すと、珈琲を口にした。
「じゃあ、俺が『ティーダ』なら岩城さんは『ユウナ』だね。そのスーツの色に似合うよ。絶対」
香藤が今度は言い返した。
「バカ‥‥‥」
香藤の言葉に岩城は顔を赤くする。
『ティーダ』が太陽なら『ユウナ』は月
何かと対照的に言われる二人によく使われる言葉‥‥‥そのイメージに合わせて、あつらえたスーツは二人をさらに引き立てていた。
穏やかな午後‥‥‥これから始まる香藤の誕生日に二人は幸せな笑顔を浮かべるのだった。

        ―――――了―――――             

  2005・5    sasa





文中の「ティーダ」と「ユウナ」は某ゲームの主役の名前で使われたもので、沖縄の言葉で本当に「太陽」と「月」を意味するそうです。
方言といわれる言葉は好きなので、いつか機会があれば‥‥‥と思っていました。



太陽と月・・・素敵ですv
岩城さんの選んだ綺麗なブルーのスーツ・・・
きっと香藤くんに映えることでしょうv
見てみたい・・・・(^o^)
きっと幸せな時間をすごしたんでしょうねv香藤くんおめでとう!

sasaさん、素敵な作品ありがとうございましたv