Happy DK
1.ジャガイモは縦2つに切り3ミリ厚さの薄切りにして水にさらした後よく水気を切る。 岩城、香藤邸のキッチンでレシピと睨めっこしているのは岩城だった。 「3ミリってどれくらいだ?薄切りって縦長か横かどっちだ?」 リビングに行きサイドボードの引き出しからメジャーを持ってくる。 レシピに添えられている写真から横向きに切るのだろうと判断し2回ほど包丁を入れた。 そして切った物の厚みをメジャーで計ってみる。 自分の目測がおおよそ合っていた事にほっとしてその後も慎重に厚みを揃えて切っていく。 切り終わった物を水を張ったボールに入れまな板と包丁を軽く洗った。 「さて次は…」 2.玉ねぎは薄切りにする。 「これもどっち向きに切ればいいんだ?それになんで厚さが書いてないんだ?」 暫しまな板の上の玉ねぎとレシピ本を見比べる。 できあがりの写真から繊維に沿って切ればいいのだろうと判断した。 厚みもジャガイモとそう変わらないようだ。 自分でそう納得し、玉ねぎに包丁を入れた。 厚さを揃えようとゆっくり切るため半分も終わらないうちに目が痛くなり涙が滲んでくる。 「・・っく。何でこんなに染みるんだ。」 目を潤ませながら玉ねぎと格闘する姿は香藤が見たら押し倒しかねない可愛さだった。 悪戦苦闘の末、何とか玉ねぎを切り終え次の過程を確認する。 3.中火でサラダ油を熱し、玉ねぎ、ジャガイモの順に入れ、イモが透き通るまで炒める。 玉ねぎを炒め始める前にジャガイモをざるにあげる。 「こんな物が透き通るのか?」 余分な水分を取りながら不安を覚える。 とりあえずやってみるしかないとレシピどおりの分量の油をフライパンに入れて火にかけた。 程よく熱くなったところで玉ねぎを入れ炒め始める。 少ししんなりしてきたところでジャガイモを加えて更に炒める。 最初はイモになかなか変化がなかったが根気よく炒めていると本当に透き通ってきた。 ほっとして次の過程を確認するべくレシピに目を向けた。 4.水、塩、こしょう、ナツメグを加え、ふたをして4〜5分蒸し煮にする。 予め計っておいた水や調味料を加えてふたをする。 「と、火は弱火だな。」 慎重に火加減を調節しタイマーを4分にセットした。 5.4をバターを塗った器に移し、平らにならす。 タイマーの知らせにふたを開けてみると程よく煮えていた。 第一段階を失敗なくクリアした事でほっと息をつく。 煮えるのを待つ間にバターを塗っておいた器にそれを移す。 「次はソース作りだな。」 6.ときほぐした卵に牛乳を加えて混ぜ、塩、こしょうで調味する。 卵を丁寧にときほぐし、これまた用意しておいた牛乳や調味料を加える。 ちょっと味見をしてみたが何しろ初めて作る料理なのでこれでいいのか分からなかった。 「レシピどおりにしたんだし、まずくはないから大丈夫だろう。」 自分に言い聞かせると次の過程を確認する。 7.5に6をかけ、おろしチーズをのせ、パン粉をふり、溶かしバターをかける。 8.200度に熱したオーブンの中段で20〜25分焼く。 9.綺麗な焼き色がつけば、仕上げにパセリのみじん切りをふる。 「後は焼くだけか。じゃあ香藤の帰る時間に合わせて焼けばいいな。」 パン粉が湿っては美味しくないだろうとそこで一旦中断し、次の料理にかかる事にした。 何故岩城がこんなに熱心に料理をしているのか。 それは今日が香藤の誕生日だからだ。 しかし岩城はオフだが香藤は仕事だった。 『冬の蝉』が公開されるや、仕事を干されている状態だった香藤にオファーが殺到した。 岩城と共演したいが故の我侭だと思われていた行動が本当に役に惚れ込んでの事だと理解されたからである。 マスコミや世間を納得させるだけのものが香藤の演技にはあったのだ。 勿論、岩城の芝居も高い評価を得ており、映画自体も絶賛されていた。 そんな訳で香藤は信頼が戻っただけでなく以前以上に役者としての評価が上がりオファーが殺到したのである。 事務所はこのトラブルでの損失を埋めるべく容赦なくスケジュールを入れた。 当然オフなどあるわけもない。 香藤も自分がどれだけ迷惑をかけたか理解していたし、仕事ができるありがたさも身に染みていたので文句を言わなかった。 連日深夜、午前上がりのスケジュールだったが今日だけは金子の尽力で7時過ぎには帰宅できる事になっていた。 そんな状態なのでふたりがゆっくり会話できるのは久しぶりだった。 岩城は香藤の喜ぶ顔を思い浮かべながら料理を進めていった。 「はぁ〜っ、料理ってなかなか大変だな。主婦の人たちはこれを毎日3食やってるのか。凄いな。」 2時間後、全ての下拵えを終えた岩城は大きく息をついてソファーに身を沈めた。 主婦が聞いていたら 「3食とも手間の掛かる料理ばかり作るわけじゃないし。」 「私たちは手抜きとか適当、目分量って知ってるし。」 と言う言葉が返ってきそうだ。 「香藤もよくやってくれてるよな。」 岩城は香藤が作ってくれる料理を思い浮かべる。 香藤は岩城と同居するようになってから料理の腕がめきめき上がっていった。 元来が器用な上に、岩城のためにとの熱意がその上達の早さに拍車をかけていた。 ここ数年は素材への拘りも見せ、それは主婦顔負けだった。 全てが自分への愛故なのだと思い岩城は頬を赤らめた。 そんな幸せな気持ちに浸っていると電話が鳴った。 受話器を上げると香藤の元気な声が飛び出してきた。 「もしもし、岩城さん。今仕事終わったよ。すぐに帰るから待っててね。」 受話器からハートが飛び出してきそうな口調に岩城はくすぐったい気持ちになる。 「ご苦労さん。待ってるからな。気をつけて帰って来いよ。」 「うん、じゃあね。」 岩城はそっと受話器を置くとキッチンへ向かった。 まずコンロでメインとなるチキンソテーを作り始める。 チキンソテーが蒸し焼きの段階に入ったところで丁度余熱のできたオーブンに料理を入れる。 これで先に焼きあがるチキンソテーを盛り付けた頃にできあがるはずだ。 フライパンの隣にはパスタポットを火にかけてお湯を沸かす。 パスタは茹で時間の短いものだから香藤の顔を見てから茹で始める予定だった。 テーブルをセッティングし終わったところでドアの開く音がして香藤の声が響いた。 「岩城さん、ただいまー。」 バタバタと足音がしてリビングのドアが勢いよく開く。 「ただいまー、っと。」 香藤はすぐ目の前のダイニングに岩城がいた事に少し驚いた。 「香藤、お帰り。」 岩城に微笑んで声をかけられ我に返る。 「あ、ただいま。岩城さん夕食作ってくれてたの?」 「ああ。」 「なんか色々いい匂いがする。それにテーブルのセッティングも綺麗だよね。」 「今日はお前の誕生日だろ。だからちょっと頑張ってみたんだ。」 恥ずかしそうに頬を染める岩城に香藤の垂れた目の目尻が更に下がる。 「岩城さん、ありがとう。俺、すっごく嬉しい。」 「お前その顔、外ではするなよ。ほら、もうすぐできあがるから着替えて来い。」 「うん。」 香藤は嬉しそうに返事をすると二階へ駆け上がっていった。 パスタを鍋に投入し、茹で時間にタイマーをセットする。 冷蔵庫から作っておいたサラダとパスタソース、ワインを取り出す。 パスタはシンプルなトマトの冷製パスタにした。 再び冷蔵庫を開け小さな箱に手を掛けたが思い直したようにそのまま閉めた。 降りてきて手伝いを申し出た香藤にリビングで待つように言って最後の仕上げにかかる。 こんがりと色よく焼きあがったチキンを皿に盛り付ける。 フライパンを素早く洗い、ゆで上がったパスタを氷水で冷やしソースと和える。 それを大皿に盛ってテーブルに置いたところでタイミングよくオーブンの焼き上がりを知らせる音がした。 オーブンを開けるとチーズのいい匂いが広がる。 綺麗な焼き色がついたところへパセリのみじん切りをパラパラとふり全てが完成した。 「香藤、お待たせ。できたぞ。」 呼ばれた香藤が微笑みながらダイニングにやって来た。 「岩城さん凄い手際よかったね。俺、感心しちゃった。」 岩城の頬にさっと朱がさす。 「ずっと見てたのか?」 「岩城さんが俺のために一所懸命やってくれてるんだよ。当然じゃん。気づかなかった?」 「すまん。料理で手いっぱいで余裕なかったから・・・」 俯いてしまった岩城の頬に香藤がそっと手を添える。 「謝るような事じゃないでしょ。ほら顔あげて。」 「香藤・・・さ、冷めないうちに食べよう。味の自信はないけどレシピどおりに作ったからまずくはないはずだ。」 見つめられて岩城が照れたように視線を外した。 「うん、そうだね。どれも凄く美味そうだよ。しかも全部できたて。タイミング合わせるの大変だったでしょ?」 香藤は席に着きながらテーブルに並べられた料理を改めて見て感心する。 「いや、仕上げは時間逆算したし、オーブンやフライパンに入れっぱなしでいい物ばかりだったから。それより下拵えの方が疲れたよ。」 岩城も自分の席に着きながらそう言って苦笑いした。 ワインを注いだグラスを軽く掲げ乾杯する。 「誕生日おめでとう。」 「ありがとう。」 グラスを置くと香藤はメインのチキンに手をつけた。 岩城はその様子を心配そうに見つめている。 香藤がナイフを入れ肉を切る。 「どうだ?中まで火が通ってるか?」 「うん、大丈夫ちゃんと焼けてるよ。」 香藤はクスッと微笑むと肉を口に運んだ。途端に顔が綻ぶ。 「美味しい。岩城さん、これ凄く美味しいよ。」 「ホントか?」 岩城も急いでナイフを入れ一口食べてみる。 「ホントだ。焼き加減も丁度いいみたいだな。」 岩城にほっと安堵の笑みが浮かんだ。 香藤は他の料理にも次々と手を伸ばす。 「全部美味しいよ。岩城さん料理上手だったんだね。」 「そうか良かった。でもこれはレシピどおりに作っただけだから上手とは言わないだろう。」 照れながら謙遜する岩城に香藤が首を振る。 「そんな事ないよ。レシピ見て作ったって誰もが成功するとは限らないんだから。」 「しかしあれだな。料理の本って言うのは結構不親切な物も多いな。」 岩城は照れ隠しのように話題を変えた。 「え、どう言う事?」 「材料で少々はいいとして適量とか適宜っていうのはどれくらいだって思わないか?」 「まあ、そうだね。」 「それに切り方にしたって一口大ならまだ分かるが食べやすい大きさなんて人それぞれ違うじゃないか。」 必死に言い募る岩城が可愛くて香藤は思わずクスクス笑う。 「何だ?俺がバカだと思ってるのか?」 「ごめん、違うよ。岩城さんがあんまり可愛いから。でも確かにそうだよね。分からないから作り方見てるのに不親切なのあるよね。」 「可愛いって言うな。もういい。」 岩城は拗ねたように言うと黙々と料理を口に運び始めた。 (そんなトコが可愛いのに自覚がないんだよね) 香藤は愛しげに目を細めて岩城を見つめながら再び食べ始めた。 「ご馳走様でした。岩城さん本当に美味しかったよ。」 「うん。」 岩城は照れたように言葉少なに返事をすると席を立ってキッチンに向かった。 冷蔵庫から取り出した箱から出てきたのは小さなホールケーキだった。 そこには小さなプレートがついていて「Happy Birthday ありがとう」と書かれていた。 「おめでとうじゃなくて、ありがとう?」 「ああ、それは特別につけてもらったんだ。そのメッセージはこの間聴いた歌の歌詞にあったんだ。誕生日ってその人に改めて感謝する日でもあるんだな。」 岩城は姿勢を正すとまっすぐ香藤を見つめた。 「香藤、いつも傍にいて支えてくれてありがとう。特にこの1年は本当にお前に助けられた。ありがとう。」 「そんなの・・・俺だっていっぱい岩城さんに心配・・・」 言いかけた香藤の唇に岩城の指が触れ言葉を止める。 「今日はお前の誕生日だから。お前はいいんだよ。」 そう言うと岩城はケーキにローソクを3本立てた。 「ローソクまで立てるの?なんか本格的だね。」 「これもその歌の歌詞にあったんだ。ローソクは願いを込めて吹き消すものだって。たまにはそんな事をしてみるのもいいだろう?」 「うん。でもなんで3本なの?」 岩城は真顔で香藤を見た。 「この小さなケーキに30本立ってるところを想像してみろ。」 香藤は素直にそれを思い浮かべてみた。 ローソクはまさに林立状態で隙間が僅かしかない。 「あははは、確かに無理っぽいよね。それに大きな火になってケーキが燃えそうだ。」 「そうだろ。それにローソクを抜いた後のケーキは穴だらけで悲惨だと思うぞ。」 「う〜ん、確かにそうなったらまずそうだよね。」 香藤は穴だらけのケーキを想像して眉を顰めた。 「火を点けるぞ。願い事決まったか?」 問いかけられ香藤はこれ以上ない優しい顔で微笑む。 「俺の願い事なんて決まってる。岩城さんだってそうでしょ?こっちに来て一緒に吹き消そうよ。」 岩城はローソクに火を点けると席を立って照明を少し落として香藤の隣に行った。 (いつまでも一緒にいたい) 確かめるまでもなく二人の願いは一緒だった。 香藤が岩城の肩を抱き寄せ二人でローソクを吹き消した。 END '05.5.28 グレペン |
勿論この後は・・・ですよねv
香藤くんの為に・・・と一生懸命料理をする岩城さん
素敵ですv
岩城さんの料理の作り方ってこんな感じなんだろうな〜って思います
香藤くん、おめでとうございますv
グレペンさん、素敵なお話ありがとうございますv