「サ・プ・ラ・イ・ズ」


明日が香藤の誕生日という朝、異変は突然訪れた。
誕生日といっても明日はお互い仕事が入ってしまい、香藤の誕生日は次のオフまでお預けだった。
もともと岩城の誕生日はあれこれ全力でぶつかる香藤でも自分の事となるとあまり気にする事もなく・・・
岩城の負担になる方がもっとつらいと早々に気持ちを切り替えた。
だから忙しい日常に流されて、いったい今日が何日かさえ曖昧な日々になっていた。

「香藤さん。香藤さ〜ん。そろそろ起きて下さい」
「ん?」
(あれ?ここどこ?昨日はちゃんと家に帰れたはずだけど?)
「香藤さん。そろそろ起きて準備されないと間に合わなくなりますよ」
(金子さんの声じゃない・・・っていうか岩城さんの声みたいなんだけど?夢?)
「香藤さん。香藤さ〜ん」
(やっぱり岩城さんだ。夢じゃない)
岩城の声に無意識に目を閉じたまま手をのばしたけれど、その手は宙を彷徨うばかりだった。
突然、香藤は何か違和感を感じてガバッと飛び起きた。
「なに?岩城さん。どしたの?その呼び方。なんで?」
そんな香藤にちょっと驚いて1歩退いた岩城だか真面目な顔つきはそのままにスタスタと寝室を出て行ってしまった。
「えっ?何がどうなってるの?」



事の起こりは数ヶ月前にさかのぼる。
香藤の元に予期せぬ依頼がやってきた。
「岩城さん。岩城さ〜ん。俺との番組の話、聞いた?」
帰るなり待ちきれないのか香藤が玄関先で大声で話し始めた。
リビングにいた岩城は何事かと慌てて玄関へ向かい、そしてリビングの扉のとこで鉢合わせする。
香藤は嬉々として岩城に抱きつきながら、まだ何か話している。
「落ち着け。香藤。落ち着け。もう夜も遅いんだぞ」
「あっ岩城さん。ただいま。あのさ。今日さ」
「おかえり。香藤。だから落ち着け。とりあえず座ってからだ。まったく」


「ああ。あの依頼なら断ったぞ」
「えっ?あっ。そうなの」
その番組の企画はこうである。
・・・香藤の誕生日祝いに岩城が1日マネージャーをやる・・・
香藤の誕生日その日ではなく、その近辺で密着取材されるのだそうだ。
香藤はそれなら岩城と1日一緒にいられるとただそれだけでその依頼に飛びついた。
映画の撮影が終わった今、また離れて仕事をするようになって少しさびしかったのだ。
スタジオの陰や車の中であんなことやこんなことをしようなんて思いを巡らせたのは言うまでもないのだが。
でもよくよく考えれば岩城にマネージャーなんかさせられるはずがない。
「そうだよね。ごめん。一緒にいられると思ったらついうれしくなっちゃって」
「どうせあっちはマネージャーをしている俺じゃなくて香藤といる俺が撮りたいんだろ」
「そうでした。俺が浅はかでした。ごめんなさい」
耳がたれてシッポまでペタンとなった大型犬のようにうなだれた香藤を見て、岩城がクスリと笑う。
「明日が遅いなら少し飲むか?」
「えっと明日は午後からだけど岩城さんはいいの?」
「俺も明日は少しゆっくりできる。何かつまみ用意しとくからシャワーでも浴びてこい」
千切れんばかりにしっぽを振り猛ダッシュで浴室へ向かう香藤にとって、この話はすでに頭の片隅にも残らなかった。



突然の起きぬけの出来事に何がなんだかわからず香藤はパジャマのままリビングへと急いで降りてきた。
「岩城さん。なんなの?どうなってんの?」
寝起きに驚かされた香藤は涙目だ。
「ああっ香藤。起きたか。今日は俺が1日おまえのマネージャーだ。さっきのは予行練習みたいなもんか。この家を出たら俺はマネージャーだからな」
今日の岩城はいつもよりかなり地味なスーツを着ている。本当にマネージャーをやる気らしい。
「でっでも岩城さん」
「ほらっ早く用意してこい。朝飯食べる前に金子さんが迎えに来てしまうぞ」
「うん」
(でも・・・そうなると・・・ずっと一緒ってこと?っということは・・・ムフフ)
最初、洗面台の鏡に映る香藤の表情は複雑そうだったが頭が動き出すにつれ、その口元に笑みが浮かんだ。


「おはようございます。金子さん」
だが金子の車がやってくるとその期待は大きく裏切られることとなった。
岩城は香藤のとなりには乗らず、助手席に乗った。
一緒にやってきた取材のメンバーもしぶしぶではあったが岩城の「今日はマネージャー」という態度に何も言えなかった。
スタジオでも「香藤さん。香藤さん」と今まで呼ばれた事もない他人行儀な呼び方をする。
そのうえ、一緒に演じているならまだしもスタジオの端から岩城に見られていると仕事もいつも以上に気が張った。
お疲れ様の声がかかる頃には香藤はグッタリとしていた。
最後に取材記者に岩城マネージャーの感想を聞かれたが何を答えたのかもあまり覚えていない。
(3日分の仕事したみたい。岩城さんの別の顔はかっこよかったけどちょっときついかも)
不覚にも香藤は帰りの車の中でうつらうつらしてしまった。
「香藤さん。着きましたよ」
金子の声にハッと目を覚ました香藤はいつも見慣れた家の前ではない事にキョロキョロとあたりを見廻した。
「あれ?ここどこ?」
「香藤、起きたか?降りるぞ」
岩城の言葉になんだかわからないまま一緒に静かな駐車場に降りる。
「明日はゆっくり休んでくださいね。今日はお疲れ様でした」
「えっ?明日って」
「オフですよ。オフ。あとは岩城さんよろしくお願いします。では失礼します」
あきらかにしてやったりの顔付きの金子は早々に車を出して行ってしまう。
「こっちだ。香藤」
岩城に即されながらエレベーターに乗り込む。
どうやらホテルのエレベーターらしく駐車場から直接、部屋のある階へと通じていた。
「ここだな。ほらっ香藤。入れ」
「岩城さん。なんでそれ?」
「とにかく入れ。話は部屋にはいってからだ」
ドアがパタッと閉まる音と同時に背後にいた岩城の声が聞こえた。
「ちょっと早いがお誕生日おめでとう。香藤」
「あっあの・・・」
「驚いたか?サプライズというらしい。たまには俺からこういうのもいいだろう。あの依頼の時にちょっと思いついたんだ。
半分は金子さんが考えてくれたんだがな。あっ清水さんもだ。明日はお互いオフだ」
「岩城さん!!」
にっこり微笑んだ岩城を見て香藤の体の力がぬけた。
「香藤!大丈夫か!!」
「ありがと。ちょっと力ぬけたみたい。でも岩城さんが治してくれるんだよね?」
「ああ。今日はおまえのマネージャーだからな」
「んっと明日は?」
「明日は・・・恋人だ」
語尾を小さくしながら岩城が頬を染める。
岩城の腕の中で香藤はようやく今日一番の笑顔になった。



2005.6.4
千尋




「香籐さん」と呼ぶ岩城さんが新鮮でした〜v
岩城さんをマネージャーなんて、とっても贅沢ですね(^o^)
香藤くんは嬉しいけど、その分働き過ぎちゃうかも(笑)
明日のオフは恋人してのふたり・・・どうぞ思う存分祝って下さいませv
香藤くんおめでとうございますv

千尋さん、素敵なお話ありがとうございましたv