二日酔い
朝。
最悪の気分で目覚めた香藤は、ベッドの中で頭を抱えた。


「……アタマ………痛ぇ……」


飲み過ぎた。完全な二日酔いだ。
隣に岩城の姿はない。岩城は最近いつも朝が早いのだ。出かける前に一言くらい声を掛けてくれてもいいのに……。
いや、もしかしたら自分がこんな調子だから、岩城は起こそうとしたけれど自分が起きなかったのかも知れない。

しかし今朝は二日酔いの体調不良だけでなく、妙に気分がずっしりと落ち込んでいた。香藤は痛む頭でもやもやと思考しながら、やっと胸の中を灰色に覆っている苦い想いの原因に思い至った。

 そうだ……ゆうべ、岩城さんとうとう来てくれなかったんだ……。

昨日は香藤の誕生日だったのだ。最近岩城と同じ番組にレギュラー出演している佐和が、日頃のお礼にvと事前に計画し、料亭を予約して香藤の友人達を招待した。お誕生会って歳でもないが、せっかくの厚意なので有難く受け取ることにした。なのに岩城は昨日は夜までスケジュールがびっしりだった。それでも終わり次第駆けつけてくれる予定だったのだが、撮影が押し、結局来られなくなったのだ。
料亭で羽目を外して騒ぐ悪友どもをあしらいながら、一番そばで祝って欲しかった唯一人をずっと待っていた香藤は、岩城からのメールで行けなくなったと知らされ、ヤケになって酒をあおり……それから記憶が途切れてしまった。その後どうやって家まで帰ったのかすら全く思い出せない。
そして、今のこの激しい二日酔いに至っているというわけだ。

昨夜岩城が家に帰ってきたかどうかすら判らない。
仕事が大事なのはよく解ってる。香藤の誕生日だからといって、スタッフや他の出演者達に迷惑を掛けるわけには行かない。撮影が押すのはよくあることだ。この商売をしている限り仕方のないことだった。

……でも、ここしばらく岩城の態度が微妙に冷たいと感じる。
仕事で来られなくなったのは諦めるしかない。だが、誕生日だというのに昨日はろくに言葉も交わせず、とうとう一言の「おめでとう」すら言ってもらえなかったのだ。電話でもメールでも……。
もしかしたら──────怒っているんだろうか。

 …………口でしてもらった時ワザと顔にかけたことを……?

 いや……それともこないだ風呂場で強引に食べちゃったことを…? そのまま、腰が痛い!と叫ぶのを無視して脱衣所でもう一回ヤっちゃったし……。
 あっ…もしかして何日か前、紐と道具使ったことを…? 跡ついちゃったし………。明け方まで寝かさなかったことの方かな…。それとも写真撮っちゃったから?……立て続けにイって失神した時の顔があんまり色っぽくてつい……でもでもあれはバレてないはずっ……。
 
 だってだって!! 岩城さんだって最初は嫌だ止めろって言うわりに、結局悶えちゃって、声が枯れるくらい喘いで、俺にしがみついて絡みついて、うるうるおめめで香藤、もっとっ…ってせがむじゃんか!!
 自分だって悦んで、感じまくってたくせにっ……怒るなんてヒドイよ……。

 ……本当に、怒っているのかな……。
 岩城さん、俺があんまりバカするから呆れちゃったんだろうか。俺がウザくなっちゃったんだろうか。

布団を被って、香藤は思わず啜り泣いていた。

 岩城さん…き…嫌わないで……。(ぐすっ)岩城さんにすっ、捨てられたら……(ひっく)生きていけない。……ごめんっ……反省するからっ…許して……。



‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥



 眠っていてもうるさい奴だ…。

岩城はすっかり身支度を整えてベッドに腰かけ、眠っている恋人の髪を優しく撫でた。開けた窓から早朝の風が初夏の香りを運んでいるが、香藤は目尻に涙を滲ませてふにゃふにゃと寝言を繰り返すだけで全く目覚める気配はない。

 どうやら俺に怒られてるらしいな。夢の中でまで何をやらかしたんだ…?
 俺がお前を嫌いになるとか捨てるとか……有り得ないだろう? バカだな……。

 今日はお前の誕生日だぞ……?

夕食時に佐和の馴染みの料亭に友人達が大勢集まる。本当は仕事が詰まっていて、料亭には自分だけ遅刻していく予定だったが、なんとか交渉し、今日は午後から半日オフにして貰った。そのぶん前倒しの仕事が増えて、昨夜は香藤が起きている時間に家に帰れず、予定の変更を伝えそこなってしまったのだけれども……。
昨日、仕事で顔を合わせた佐和に、
「9時頃にはお開きにするからね〜、その後は帰って水入らずで、ねv」
なんてスタジオ内で耳打ちされて、誰かに聞かれるんじゃないかとヒヤヒヤしたものだ。
でも……有難くないと言えば嘘になる。さすがに女性の気配りは細やかだ。

 香藤。
 料亭でひとしきり騒いだ後は、二人きりでゆっくりお前を祝おう。
 朝までずっと…お前の思い通りに、していいから。

岩城は香藤の前髪を掻き上げ、額にそっと唇を落とした。
「い…わきさ…、岩城さん……好き…」
寝言だ。
いい加減起きろ、と思いつつ、誕生日なので大目に見ることにして岩城は香藤にメールを打った。
『誕生日おめでとう』
誰よりも一番先に伝えたい、その一言だけを送信し、香藤の携帯を枕元に置いた。
直後に自分の携帯が震える。清水からあと5分で着くという合図だ。岩城は音を立てないよう、そっと寝室を抜け出した。

眠り姫が目覚めるのは、もう少し後のことになる。



2004.05.18
百瀬




うふふ、寝言女王様の香藤くんv
個人的に萌えvv 他人が聞いたら呆れそうな内容で
一人で焦ったり、ワタワタしている香藤くん・・・素敵v
でも色んなコトしてるんだなあ〜岩城さんに!
なんて幸せな子だv(*^_^*)
百瀬さん、素敵なお話ありがとうございますv