聖夜はいつでも訪れる 



岩城が家に帰るとリビングに大きなツリーが飾られていた。
今朝家を出たときは何もなかったのに・・・
岩城が驚いていると、香藤が濡れた髪を乾かしながら入ってきた。
「あ、岩城さんおかえり〜♪」
「あぁただいま・・・あのツリーどうしたんだ?」
「へへへへ〜綺麗でしょう!」
笑顔で返してくる。
そう確かに綺麗なツリーである。
しかし今の香藤の返答では岩城の問いに答えていない・・・
「買ったのか?」
「違うよ!もらったんだ!」
「もらった?」
てっきり買ってきたものだと思ったのに、意外な答えが返ってきた。
「うん、今日クイズ番組の収録があって、テーマが『クリスマス』だったんだ!で、優勝商品がクリスマスグッズだったの!」
なるほど、そこまで説明されてやっと納得することができた。
「玄関にも飾ってあったでしょ!」
確かに、玄関のドアにも大きなリースが飾られていた。
「他にもいっぱいあるんだよ!」
笑顔でうれしそうに話す、そうまるでサンタからプレゼントをもらった子供のように・・・
そんな香藤の様子の様子に思わず岩城の顔もほころぶ。
「あ、岩城さんもお風呂入る?俺今出たばっかりだから、すぐに入れるよ?」
「そうだな・・・なら入ってくるか」
「あ、ならこのまま行って良いよ!オレ着替え持って行ってあげるから・・・」
「・・・・・・」
香藤の提案に岩城の表情が変わる・・・
「うん!?どうかした?」
「・・・浴室のドアは開けないからな!」
「!?」
予想外の答えに面食らってしまう。
「えーそんなことしないよ〜」
「・・・本当か」
信じられないと、香藤を軽くにらむ。
「もう酷いな〜…安心してよ、お楽しみは後にとっておくから!!」
「なっ!!!!」
香藤の言葉に思わず赤面する。
「だって、岩城さんは明日午前中オフでしょ?」
「!?」
そう言って岩城の腰に手を回し、顔を覗き込む。
ニッコリと笑いかける香藤の笑顔には、岩城を押し黙らせるだけの力は十分あった。
「上で待ってるから、早く戻ってきてね!あ、下着はもって行かなくて良いよね・・・」
「!!」
― ゴン ―
「イッてー!!!!!」
岩城の拳が香藤の頭上に落ちた。
「何で殴るの〜!?」
香藤はすっかり涙目である。
「うるさい!お前が余計なことを言うからだろう!!!!」
耳まで真っ赤になりながら、そう言い捨てると、岩城はさっさとバスルームへと行ってしまった。
「まったく…ホント素直じゃないんだから…」
いまだに痛む頭をさすりながら、二階へと向かう。
香藤には岩城の行動が、照れ隠しなんだということは十分わかっていた。
本当は一緒にお風呂に入りたかった。
しかし今日はそういう訳には行かなかったのだ。
岩城がいない間に準備したいことがあった。
「ふふふ、岩城さんどんな反応するかなぁ〜?驚くかな?喜んでくれるといいなぁ〜!!」
岩城の反応を想像し、その思いに胸ふくらませながら、ガウンを手にし、足早に今来た階段を戻ろうとする。
しかし、ふと立ち止まる。
「やっぱり下着もって行ったほうがいいかな・・・?」
さっきはついついあんなことを言ったが、やはり下着の着替えも要るだろう。
そう思い、部屋へと引き返した。
本当はつけずに着てほしいが…

   

   

「岩城さ〜ん」
バスルームのドアに向かって呼びかける、しかし中からの反応はない…。
少し迷ったがそっとドアを開ける。
浴室を見ると岩城はこちらに背を向けて髪を洗っていた。
シャワーの音で香藤の声には気づかなかったようだ…。
濡れている黒髪…シャワーの熱で少し朱に染まった白い肌…男にしては細めの腰…
そのどれもが魅力的で今すぐ駆け寄って、抱きしめたくなった。
しかし先ほどの岩城の言葉が頭をよぎる…
そんな事をすればきっと起こって、口を利いてくれなくなるだろう。
そうなっては折角の計画が台無しである…
そっと着替えを置き、香藤はバスルームを出た。

「はぁ…岩城さん、あの後姿は反則だよ…」
バスルームは出たものの、その扉にもたれて思わず座り込んでしまう。
「あんな姿見せといて、『扉開けない』だないなんて…拷問だよ!」
先ほどの岩城の後姿が目に焼きついている。
本人に言うとものすごく怒るのだが、綺麗で可憐な、人を魅了する姿…
なぜ岩城自身にこれほど自覚がないのか不思議で仕方がない…
「はぁ…もう、抱きしめたい…」
しかし、そうすると折角の計画が台無しになる…
香藤は頭を振ると立ち上がり、キッチンへ向かった。
そう、例の計画の用意のために…。


   


風呂を終え、髪を拭きながらリビングに戻った。しかし、そこに香藤の姿はなかった。
そういえば、さっき「二階で待ってる」と言われたことを思い出す。
「香藤の奴、何か企んでいるのか…」
いや、あの言動からして絶対企んでいるに違いない!
そう確信するとなんだか二階に上がるのが、気が重くなる…。
香藤がいったい何を企んでいるのか、髪を乾かす間ツリーを眺めながら考えることにした。
ライトが美しく光るクリスマスツリー…
キラキラと輝く…まるで香藤の笑顔のように…

もうすぐ今年も終わる…
この一年を振り返るといろいろなことがあった。
結婚式をした・洋子さんに子供が生まれた・やりたい役とめぐり合えた…素敵な一年だった。
しかし逆に辛いこともたくさんあった。
母の死…
「きっと何年たっても母の最期に立ち会えなかったことを俺は後悔するのだろう…」
知らぬ間に涙が頬をつたっていた。
しかし逆にそれがきっかけで、家族と再び向き合うことができた。
香藤に出会ってから本当にすべてが上手く回り始めた。
何もかもが良い方向へと進んでいく。
そう、生きることが楽しくなった…
「香藤…」
無意識に名前を呼ぶ…
岩城は立ち上がり、二階へと向かう。
香藤に逢いたく…



   


「岩城さんまだかな…」
香藤は寝室で岩城がやってくるのを未だ遅しと待ち構えていた。
いつもならばもう上がって来てもおかしくないのに…
今日は疲れているのだろうか、それとも自分の気持ちが焦っているのだろうか…
ずいぶん時間がかかっているように感じていた。
「早く来ないかな…」
入ってきた時、いったいどんな顔をするだろう。
さっきから考えるのはそればかり…
岩城が驚き、喜んでくれることを期待し、胸が高鳴る。
「もう待ちきれないや!呼びに行こう!!!」
気持ちが抑えられなくなり、様子を見に行こうと部屋を出る。
と、階段を上がる足音が聞こえてきた。
香藤の顔が思わず緩む…
「岩城さ〜ん」
上がってきた岩城に飛びついた。
「こら、危ないだろう」
突然のことに驚く、岩城の後ろはまだ階段である。
「だって、岩城さん遅いんだもん!」
香藤の言葉は、答えになっていない。
「まったくお前は…」
「えへへへ…」
屈託なく笑う香藤に、何を言っても無駄だと悟った岩城はそれ以上小言を言うのをあきらめた。
「待たせたな…」
そう囁く様にいうと、岩城はそっと香藤の頬にキスを落とした。


   


香藤に促され、寝室のドアを開ける。
「うわぁ…」
思わず声が出た…
クリスマスツリーとキャンドルの光によって浮かび上がる。
ベッドの上にはサンタクロースの格好をしたクマのヌイグルミ
窓辺にはテーブルが置かれ、シャンパンと二つのグラス
聖なる夜を演出するにふさわしい幻想的な空間…
「どう、綺麗でしょう」
「あぁ…すごいな…」
得意そうな香藤の笑顔…岩城の反応に満足しているようだ。
「明日はせっかく二人そろってのオフだから、ちょっと早いけどクリスマスと思ってね!」
売れっ子の二人は今年のクリスマスもお互いに仕事が入っていた。
仕事があるのはありがたいことだが、せっかくの恋人たちの記念日が二人で祝えない事はやはり悲しい・・・

そんな折にもらった今日のクリスマスグッズ、天の導きかこれ幸いと香藤は部屋を飾り付け、二人でクリスマスを祝う事に決めていたのだ。
「さぁ座って、乾杯しよう!」
促されベッドへ腰掛ける、窓の外には美しい夜景が広がっていた。
「メリークリスマス、岩城さん」
「メリークリスマス」
グラスに注がれたシャンパン、キャンドルの明かり、そして隣には最愛の人…
これ以上、何を望むだろうか…
「岩城さん、はいプレゼント」
そういってガウンのポケットから縦長のプレゼントを取り出した。
「プレゼントって、クリスマスはまだだし、それに俺は何も用意してないぞ…」
「いいの俺達のクリスマスは今日なんだから、今日プレゼント渡してもなんの問題も無いでしょう!それに俺が岩城さんにプレゼント渡したいんだもん!!」
香藤らしいもっともな意見である。
「…開けてもいいのか?」
「うん」
中から出てきたのは細身のチェーン…
とてもシンプルなプラチナのネックレスだった。
意外なプレゼントに少し驚き、思わずそのネックレスを見つめていた。
「岩城さん意外だって顔してるね」
「あぁ…」
香藤は優しく岩城の肩に腕をまわす。
「これね、岩城さんが普段から自然に付けてくれる物って何かないかなぁ…って
考えてて、それで選んだんだよ」
そう話ながら香藤はいつのまにか身体を移動させ、後から岩城を抱きかかえていた。
「これならどんな服装でもつけられるし、それにね…」
そっと岩城の左手に香藤の左手が重ねられる。
「指輪、岩城さん仕事の時はほとんどしてくれてないでしょう…」
「それは…」
「跡がつくからだって理由はわかってるんだ。だけどそれってやっぱり寂しくて
…だから、このチェーンに指輪通しとけば仕事の時も付けててもらえるかなァ…って思ったんだ」
そっと岩城を左手にキスを送る。
香藤はどこまで自分のことを解っていてくれるのだろうか…
確かに普段指輪をしていないのは跡が残ってしまう為だ。
そして、同時にずっとこの指輪をつけて入たいとも密かに思っていた。
そんな自分の思いは香藤はいつの間に知っていたのだろうか…
いや、知らなかったのかもしれない…偶然二人の想いが重なったのかもしれない…
けれど、想いが重なったという事自体が岩城には嬉しくて仕方なかった。
「…つけてくれないか」
「うん♪」
小声で言われたその言葉に、香藤は大喜びで満面の笑みで頷いた。
「つけるね」
後で金具をとめる。
白く細い首元に一筋の光…抱きしめ耳元でささやく…
「メリークリスマス岩城さん…愛してる」
後からでも岩城の顔が赤くなっているのがわかった。
その姿が可愛くて、思わず抱きしめる腕に力がこもる。
こめられた力が嬉しくて、耳までもが赤くなる。
「香藤…ありがとう…」
小声でささやき、そっと口付ける…
そのまま二人の口付けは深くなり、甘い夜が幕を開けた…

2003.12.25  水樹


〈水樹 様〉


岩城さんのために一生懸命な香藤が可愛すぎです
で、もって雰囲気作るし・・・香藤ってこういうの好きそうですものねvvv
何か読んでいるうちに自分に用意されているような気がして
ワクワクしてしまいましたわ(*^_^*)

水樹さん優しいお話ありがとうございます