『Shall we dance?』 



 その日はとても寒かった。クリスマスが近いので、街はどこもかしこもイルミネーションが飾られ、とても明るい。香藤は襟元を押さえながら寒い風の中、自分のマンションに帰った。
「ふ〜寒かった〜」
椅子に鞄を置いて明かりをつけようとした時、リビングに誰かが立っているのに気付いた。
「だ、誰だ!」
香藤は大声をあげながら、身構えた。
『泥棒か!?』
が、その男は動じる風もなく、月明かりの中、香藤を見つめるだけである。
「久しぶりだな……」
「え……」
香藤はとまどい、相手の顔をじっと見つめた。黒髪に端正な面立ちをした、綺麗なその顔には見覚えがあった。
「あ〜!」
思い出した香藤はまたも大声をあげてしまう。
「思い出したか」
「あ、あんた…!あの時の…!」
「約束通り、お前の魂をもらいにきた」
美しい悪魔はにっこりと微笑んだ。

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 それは香藤が中学3年の15才の時だった。友人達とふざけて真夜中の学校で『悪魔の呼び出しの儀式』とやらを行なったのである。友人のお兄さんがパンクロック好きで、あるレコードを逆回転にすると、その方法が分かるという噂があり、実際香藤達はやってみた。すると、本当に『悪魔の呼び出しの儀式』の方法がレコードから流れたのである。そして冬休みの寒い日、真夜中に学校に集まり、試してみる事となった。
実のところ、本当に悪魔が現れるなどと思っていなかった。只、皆と親に内緒で行動を起こすというスリルを味わいたかったに過ぎなかったのだ。が、儀式を行なうと本当に悪魔が現れてしまったのである。煙りとともに、とびきり綺麗な男の悪魔が。
「お前の望みは?」
悪魔は甘い声でそう聞いた。
呆然としていた香藤が横にいた友人を見ると、皆ひっくり返っている。
『ちょっとみんな〜何やってんだよ〜!』
「お前の望みは?」
悪魔はまた聞いた。
香藤は思わず
「彼女が欲しいです………」
と答えてしまった。
「彼女か、なる程。ではどんなタイプが好みなんだ?」
「あ、あの、待って下さい。俺、結婚を前提とした真剣なおつき合いをしたいんです。ですから結婚出来る年になってからでないと………」
「結婚できる年とは?」
「法律的には男は18才からだけど…でも結婚して幸せになる為には、ある程度経済力もないといけないんだ。俺、幸せな結婚生活送りたいもん」
「ふ〜ん、立派な考えだ、感心したな。では、後どのくらいたてば経済力がつくんだ?」
「そうだな〜大学行って、就職して…10年ぐらいかな?」
「分った、十年後だな。ではその日にまたお前の前に現れよう。そして分っているだろうが、望みが叶ったあかつきには、お前の魂は私のものだ」
それだけを言い残して悪魔は去っていった。そして約束通り10年後の今日、再び香藤の前に現れたのである。

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次の日、香藤は仕事場である撮影スタジオに向かったが、隣にはちゃっかり悪魔が付き添っていた。香藤以外の人には見えないそうである。
「忘れてた………」
「ほんの十年程でか?人間ってのはなんでこう物忘れが激しいのかな」
「普通忘れるよ…まったく岩城さんが律儀すぎるんだよ………」
と、香藤は軽くため息をついた。悪魔の名前は岩城というらしい。
なぜ悪魔に人間の名前がついているのか疑問だが、どうも岩城は昔人間だったらしい。
詳しい事は話さないのだが。
それにしても…と、香藤は岩城を垣間見る。
ぱっと見た限り、人間と変わりはなかった。服も普通だし、角も翼もない。
『でも、普通というにはあまりにも綺麗すぎるかな………』
俳優という職業についている香藤は、いつも華やかな美しい人達に囲まれているが、目の前にいる悪魔の美しさはそれとはまったく違うものである。
岩城は白い肌に黒髪がとても映えていて、純粋な凛とした空気を身に纏っていた。悪魔のくせに白い、清楚なイメージが浮かんでしまうのである。
「彼女は今もいないのか?」
「今はいない………」
付き合った女性は数多くいるが、どの子も長続きしなかった。今は仕事が忙しくて、作っている暇がなかった。
「では、どんなタイプが好みなんだ?」
「…え〜とそうだな……」
「おはようございます。香藤さん」
「あ、おはよう」
スタッフの女性から声をかけられる。
「今の子みたいな子か?」
「う〜ん仕事仲間としては付き合いやすい人だけど、彼女という感じじゃないな〜」
「じゃあ、あの子は?」
岩城は香藤に会釈をした、新人女優を指さす。
「違うな〜」
会釈を返しながら香藤は呟いた。
「じゃあ、あの子?」
「……掃除のおばちゃんじゃないか…年考えてよ………」
「愛があれば年の差なんて気にならないだろ」
「時と場合によります!それに、あの年令だったら結婚してるでしょうが〜不倫なんてごめんだよ」
「聞いてこようか?」
「だからいいってば!それより、俺の好みの子を見つけてどうするの?愛の矢でも射るの?」
「香藤…俺はキューピットじゃなくて悪魔なんだが………」
「媚薬を盛るとか!?」
「違う………」
「じゃあ、どうするの?」
「ロマンチックな出合いを演出してやる」
「へ………」
「香藤が好きになった子も香藤も好きになるよう、いろいろアシストしてやるから頑張れよ」
「魔力とかじゃないの………?」
「人の心を魔力で変えるのは禁じられている。香藤だってそんなので好きになってくれても嬉しくないだろ?」
「……そうだね………」
香藤は心の中で半ば呆れていたが、岩城が随分真面目な性格のようで、それにも驚いてしまった。
『悪魔が真面目なのかな?』
いや、それは岩城個人の特徴のような気がする。
そう思った時、岩城はいきなり真っ赤な顔をして、後ろを向いてしまった。
「?」
香藤が不思議思って前を見ると、トップレスの踊子がぞろぞろと歩いているのが目に入る。撮影でどこかのスタジオに行くところらしい。
『岩城さんってウブなんだな、かわいい〜』
香藤は思わず笑みを浮かべた。
「と、とにかく、香藤、お前の好みの女の子はどんな子なんだ!?」
まだ、顔を赤くしながら尋ねてくる。
「う〜ん、俺の好きなタイプは〜清楚で、純粋で、凛とした子」
「ふんふん」
「なんていうのかな〜白い華が似合う子が好きだな〜」
「分った。で、この職場にはいないんだな?」
「そうだね。恋愛対象になる女の子はいないな〜」
「分った。じゃあ俺が探しておいてやる。香藤、お前クリスマスイブは開けておけよ」
「へ?なんで?」
「クリスマスイブに出会うのが、一番ロマンティックだろ。感動的な出合いを作ってやるからあけておけ」
『悪魔がキリストの誕生日をロマンティックって言っていいのかな〜』
という香藤の疑問をよそに岩城は目の前から消えてしまった。
なんだか、淋しくなる香藤であった。

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そしてクリスマスイブ当日ー
「うわ、岩城さん、どうしたの?かっこいい〜!」
タキシードに身を包んだ岩城がそこにいた。
「すぐ出かけるから香藤、お前も支度しろ」
「へ?どこに行くの?」
「この近くの屋敷でクリスマスパーティが行なわれているんだ。名士が集まるらしいから、きっと香藤好みの清楚なお嬢様がいるさ」
「でも、そんないいとこのパーティーだったら、誰もかれも出席できる訳じゃないでしょ」
「大丈夫だ、招待状をもらっておいた」
「どうやって?」
「一応悪魔だからな」
「……………」
全然悪魔らしくないけどね…と香藤は思った。


パーティーはたしかに壮大なものであった。各方面からの著名人達が大勢おり、その家族も出席していた。俳優の香藤は何人もの人達に気づかれ、挨拶をされた。
その中にはファンらしき女の子もいて、サインを書かされるはめになってしまった。
大勢の女性からの視線も浴びたが、期待した清楚で素敵な女性はいなかった。
「どうしてだ、これだけ綺麗な子が集まってるじゃないか」
「う〜んでもね〜、いまいちピンとこないんだよな〜」
どの子も確かに見かけは綺麗だが、どこか人工的で、派手な雰囲気が鼻についてしまうのである。
「白い華のイメージだったよな。あの子はどうだ?」
「え〜あの子〜白い華って感じじゃないよ、どう見てもラフレシアって感じだよ」
「……じゃ、あの子………」
「ペンペン草」
「……あの子は………」
「ウツボカズラ」
「……あの子………」
「ドライフラワー…年考えてって言ったじゃん!」
「お前がわがままばっかり言うからだろ!いい加減にしろ、どの子ならいいんだ!」
「んなこと言ったって〜」
「……まったくお前は………」
頭を抱える岩城を見て、香藤はふと思った。
もしかして、岩城といっしょにいるからだろうか?
岩城と比べてしまうから、どんな女性も霞んで見えてしまうのではないだろうか?
「見てるだけだから駄目なんじゃないか?もっと近付いて話してこい。話せば印
象も
変わるだろ」
「いきなり話かけて軽いナンパ野郎だと思われるのも嫌だよ」
というのは嘘だ。さりげなく声をかけるぐらい朝飯前だが、香藤は岩城の側を離れたくなかったのである。こうやって、岩城の側にいて、話している方がどの事よりも楽しく感じるのだ。
「ダンスでも誘ったらどうだ?」
フロアでは男女が華やかに踊っていた。
「ワルツなんて踊れないよ」
「踊れないのか?」
「ジャズとかジルバなら踊れるけどワルツは知らないな」
「ったく。ちょっと来い」
と、岩城は香藤を中庭に誘った。少し肌寒いその場所には誰もいなかった。二人の吐く息も白い。
「何?岩城さん」
「俺が教えてやるから俺をホールドしてくれ」
「へ?」
「型ぐらいは知ってるだろ。俺が女性の役やるから手を腰にまわせ」
言われた通り香藤は岩城の腰に手をまわした。見かけより細いそれに香藤はドキリとする。
「いいか、ワルツは3拍子だ。1、2、3、1、2、3、このリズムで足を動かすんだ。いいか?」
「うん………」
「足を出すから、香藤は下げて、そう。次は横に出して…そう、上手いぞ」
にっこり微笑む岩城の顔を見て、香藤の胸はますます高鳴る。
「1、2、3、1、2、3…香藤上手じゃないか」
二人は中庭でワルツを踊っていた。まるでこの世に二人だけしかいないように感じられて、香藤はこのまま時が止まってしまえばいいのに…と、思った。
その時、岩城の美しい黒髪に白い花びらが舞落ちる
「……あ……」
「…え……」
「…雪だ………」
白い花びらだと思ったのは、雪だった。ワルツを踊る二人の上に静かに雪が落ちてくる。
「…綺麗だ……」
「ああ、本当だな」
岩城は気付いていなかったが、香藤は岩城を見ながら言った台詞だった。
白い雪の中にいる岩城は夢のように美しかった。
その時香藤は自分の想いをはっきりと自覚したのだった。
「岩城さん」
香藤が足を止めて、岩城の腕をとる。
「なんだ?」
「俺、見つけたよ、好みの人………」
「お、やっと見つけたか、どの子だ?」
「今、俺の目の前にいる人………」
「へ………」
「岩城さん、俺の恋人になってよ」
「ば、ばか!何言ってるんだ!俺は男だし悪魔だぞ!」
「そんなの関係ないよ、俺の望みを叶える約束なんじゃないの?」
「そ、それは…そうだが………」
「でしょ、そういう約束だよね?じゃあ決まりだね」
「おい、勝手に決めるな!」
「何?俺が嫌い?」
「そうじゃないが………」
「やった〜!決まりだね!」
香藤は岩城を抱き締めた。
「……お、おい…香藤………」
「……幸せにしてね………」
二人の上に雪が静かに降り続けていた。

それから、岩城はずっと香藤の側にいる。
きっと10年前、初めて岩城を見た時から心を奪われていたのだ。だから、無意識のうちに岩城のような人を求めていたので、どの子と付き合っても長続きしなかったのだろう。
やっと、探していた人に廻り会えて香藤がこのうえなく幸せであった。
いつか魂を悪魔である岩城に渡すという契約だが、香藤はちっとも怖くなかった。
だって、すでに身も心も、魂も香藤のすべては岩城に奪われているのだから。


2003・12・5 香々


〈香々(ココ) さま〉




何て素敵なファンタジー・・・・
岩城さんが悪魔なら何でも契約しちゃいそうvvv
こんな優しい悪魔なら香藤でなくても惚れます・・・・はぅ・・・


香々さん すてきなお話ありがとうございます