香藤洋二のプレゼント事情 −至上の贈り物 SIDE B− 


12月24日 クリスマス・イヴ

香藤は朝から悩んでいた。
真剣に悩んでいた。
ここはテレビ局のスタジオの中。
香藤は主演ドラマの収録中だった。
今香藤は待ち時間に入っていた。
セットの中では他の出演者達による撮影が行われている。
香藤はその様子を真剣に見詰めているーーーーー様に傍目からは見えた。

金子はスタジオの隅からそんな香藤の様子を見て溜め息を吐いた。
「香藤さんて素敵ですねえ。」
背後から突然話し掛けられ金子はギクリとした。
振り向いてみると話し掛けて来たのは香藤の相手役の女優のマネージャーだった。
彼女は金子の困惑をよそにウットリとした顔で話し続ける。
「いつもの明るくて陽気な香藤さんも素敵ですけど、あんな風に共演者のお芝居を真剣に見詰めていらっしゃる姿もストイックで素敵ですわ。」
それを聞いた金子は引き攣った様な笑顔を浮かべた。
「はあ…。ありがとうございます。」
自分が担当するタレントが人から褒められるのは嬉しい。マネージャー冥利に尽きると言ってもいい。
しかし、今回ばかりは複雑な心境だった。
共演者の演技を真剣に見詰めているーーーーー様に見える香藤の頭の中にあるのは全く別の事だと分かっているだけに。
いつもなら「仕事に集中してください。」と注意する所だが、今日だけは多めに見ようと思っていた。
演技に関しては文句の無い物を見せているし。
しかし、そろそろ頭を仕事へと切り替えて貰わなくてはならない。香藤の出番はもうすぐだ。
金子はもうひとつ大きな溜め息を吐くと香藤に向かって歩き出した。

「香藤さん。そろそろ出番ですよ。」
金子に声を掛けられ香藤はハッと我に返る。セットに入ると最近メキメキ実力を付けたと言われる演技力で素晴しい芝居を見せる。
ほとんどNG無しで午前中の収録を終え、お昼の休憩に入った。
香藤は走る様にして控え室に戻ると掻き込む様にして食事を済ませた。そしてまた真剣に悩み始める。
それほどまでに香藤を悩ませているのは…

(岩城さんへのクリスマスプレゼントどうしよう。)
という事だった。

香藤はイベント事にはかなりマメだ。生来お祭り好きなのも手伝って誕生日は勿論の事、ヴァレンタイン、ホワイトデー、果ては七夕まで。
とにかく世間のいろんなイベントにかこつけては岩城にプレゼントを贈ったり、デートやレストランでのディナーを楽しんだりした。勿論売れっ子の俳優である二人の事、思う様に時間が取れない事も多かったが、許される限りいろんな計画を立てて実行した。
最初の頃は嫌がっていた岩城も最近では仕方が無いという感じながらも付き合ってくれる様になっていた。当然、クリスマスも岩城と楽しむための計画は完璧ーーーなはずだった。先週までは。

昨年スケジュールが合わなくてすれ違ってしまったのを教訓に、香藤は早くから計画を立てた。
正月明け早々に一流ホテルのスゥィートルームとルームサービスでの豪華なディナーを予約した。
双方のマネージャーに調整を依頼し、揃って25日のオフを確保した。
残念ながら24日はオフとは行かなかったが、それでも夕方には仕事が終わる様にして貰った。
イヴの夜には二人で美しい夜景を見ながら美味しいディナーをゆっくりと楽しみ、その後は一晩中キングサイズのベッドで甘くて熱い時間を過ごす。
今までは洋服やアクセサリーをプレゼントしてきたが、今年は最高の贅沢を素敵な思い出をプレゼントに選んだ。香藤は自分の完璧な計画にご満悦だった。

ところが、先週岩城が撮影中の事故で怪我をして入院してしまった。
翌日になって知らされた岩城の容態は頭部及び全身の打撲と右手の甲の骨にひびが入っていて全治週間というものだった。イヴの夜のホテルへの宿泊は当然のごとく無理で、それどころか退院できるかさえ分からない。香藤はやむなくその日のうちに予約をキャンセルした。
そして夜になって知らされた岩城の記憶後退。
思いもよらない事態に香藤は激しいショックを受け、翌日からは平静を装って仕事をするのが精一杯でクリスマスどころではなくなってしまった。しかし、今朝になって岩城自身から記憶が戻ったとの電話があった。香藤は嬉しくて嬉しくて仕事に向かう車の中でも、ともすると嬉し涙が零れそうになった。
目を腫らすわけにはいかないので何とか涙を堪え車窓に目を向ける。
すると大きなクリスマスツリーが目に入った。
(そうだった。今日はクリスマスイヴだ。俺凄いプレゼント貰っちゃったんだな。)
などと感慨に耽っていた香藤は、ハッと気が付いた。
「大変だ!俺、岩城さんに何もプレゼント用意してない!」
思わず声に出していた。
「えっ?」
香藤の大きな声に金子がミラー越しに視線をよこす。
そう、物ではなく思い出をプレゼントするはずだった。
しかし、その思い出を作る舞台はキャンセルしてしまっていた。
しかも、岩城は退院したばかりでどこかに連れ出す事も出来ない。
「金子さん、どうしたらいい?」
「どうしたらと言われましても…。」
唐突な問いに金子も答えに窮する。
香藤の今日のスケジュールでは途中で買い物に行くのは不可能だ。
かと言って仕事を終えた後の短時間で気に入った物が見つかるとも思えない。
香藤は途方に暮れた。

香藤はそれからひたすら悩み続け、収録の間の僅かな時間にも考え続け、そしてお昼になった今でも悩んでいるのである。
岩城が記憶後退に陥っている間の香藤の落ち込み様を知っている金子は、そんな香藤を多めに見るつもりでいた。
だが、しかし、ここまで考え込まれるとそのうち仕事に支障が出てくるかもしれない。
金子は無駄な事だとは知りつつもマネージャーとしての使命を果たす事にした。
「香藤さん、お悩みになるお気持ちは分かりますけど、午後からは仕事に集中してくださいね。」
考え込んでいた香藤は金子をチラッと横目で見ると、「そんな事言ったってさー、金子さ〜ん。」と、金子の予想通りの答えを返して来た。金子はこれも無駄だと知りつつも言葉を重ねる。
「今回は大変な事がありましたし、プレゼントが無くても岩城さんは分かってくださいますよ。」
香藤は再びチラッと視線をよこすと、これも金子の予想通りの答えを返して来た。
「そんなのは分かってるよ。岩城さんはプレゼントが無いからって怒ったりしないって。でも俺が許せないんだ。クリスマスなのに何のプレゼントも用意してないなんて。」
香藤は逆向きに椅子に跨ると背凭れに腕を乗せ、そこに顎を乗せまた悩み始めた。
金子はあまりにも予想通りの香藤の反応に小さく溜め息を吐いて説得を諦めた。
香藤はそのまま仕事が終わるまで悩み続けたが、結局打開策は見出せなかった。

香藤が仕事を終え携帯をチェックしてみると、岩城から画像付きメールが届いていた。
開いてみるとそこにはリビングのソファーに座って微笑む岩城の姿があった。
その瞬間香藤の頭からプレゼントの事は消え去ってしまった。
事態を把握出来ていない金子を引き摺って駐車場に行き、急き立てる様にして発車させる。
香藤は車中でずっと携帯の画面を見詰め続け、到着すると同時に飛び出す様にして降りる。
そして家に飛び込むと出迎えてくれた岩城を思い切り抱きしめた。
しっかりと抱擁しあった後リビングに入るとダイニングテーブルの上に料理が並べられていた。
岩城の事務所の社長からの退院祝いのプレゼントだと言う。
それを聞いた香藤は自分がプレゼントを用意していない事を思い出した。
なんとなくそれを言い出せないままにプレゼントされたディナーを食べ、一緒に入浴を済ませた。
寝室に入ると思いがけず岩城からプレゼントを手渡された。かなり前から特注していたらしい太陽と月のペアリング。まるで結婚式の様にお互いの指に指輪を填め、誓いのキスも交わした。
一緒にベッドに入りそっと抱きしめながら香藤は告白した。
「ごめん、岩城さん。俺プレゼント何も用意して無いんだ。」
岩城は香藤の思ったとおり「気にするな。」と答えた。
事前に香藤から計画を聞かされていた岩城は落ち込んでしまった香藤にそっと口付ける。
「お前のプレゼントがダメになってしまったのは俺が怪我したからなんだし、そんなに落ち込むな。折角二人で一緒に居られるのにそんな顔しないでくれ。」
岩城の優しい言葉に香藤も気分を浮上させ笑顔になった。
「そうだね。折角二人で居られるんだもんね。楽しく過ごさなきゃね。」
岩城も香藤に笑顔が戻った事に安心して微笑む。
「さあ、もう寝よう。おやすみ、香藤。」
「おやすみ、岩城さん。」
二人はもう一度キスを交わす。
そしてしっかりと身体を寄せ合って幸せな眠り就いた。

翌日から香藤はプレゼント替わりだと称して、一緒に居る時はべったりと張り付いて右手の自由が利かない岩城の世話をあれこれと焼き続けた。着替えを手伝ったり、食事を食べさせたり、嬉々としてそれらをしている香藤を見て岩城はふと思う。
プレゼント替わりとか言いながら、喜んでいるのは香藤の方ではないかと。
岩城とて嬉しいのだが、どうしても気恥ずかしさの方が先に立つ。
それでも香藤が嬉しそうにしていると岩城も幸せな気持ちになって素直に世話をされていた。
そしてそれは結局、岩城の右手が完全に回復するまで続けられたのであった。


お・わ・り


                                    03.12.4  グレペン