永久の風花

                                          

雪が降る夜が待ち遠しい。

 

でも何故待ち遠しいのだろうか?

物心ついたときから同じような夢を何度となくみている。

しんしんと降る雪。山の中の大きな洋館。

それが何を意味するのか?夢はいつも途中で目覚める。

誰かが待ってるような気がする。(行かなきゃ・・。でもどこへ??)

何処にいけばいいというのだろうか?

誰が待っているというのだろう・・・ 

 

 

 大学生の香藤洋二は冬の間、悪友達と共にスキー場のバイトをすることになった。

動機はいたって不純である。どうせバイトをするなら

趣味と実益とついでに女のこをひっかけ・・いや交友を深めようと

思いついたのである。

持ち前の運動神経の良さからインストラクターの資格を持っていたので、

すんなりと仕事はみつかった。

「さぁ、さぼってないで、ゲレンデを一回りして地形を頭の中に

叩き込んでおかなきゃっ。俺達が迷子になったらシャレにならないだろ?」

「なんだよ。香藤、お前やけに真面目じゃないの?」

「そりゃ、相手がお前達だからな・・」

「お前のほうがよっぽどいい加減じゃんか」

「ちぇ!どういう意味だよ。」

「そういう意味だよ。」

楽しげな笑い声が雪山にこだましていた。 

 

リフトにのってみて初めてこのゲレンデが入り組んでいることが

わかる。下のほうは結構緩やかなのだが、上に行くほど

高斜角度がきつい。なおかつ、すぐ横に深い森林がそびえている。

「あっちの森のほうに迷い込んだら出てこれねえかもな。」

「あぁ、そうだな。捜索は難しそうだ。」

香藤はそのとき、一瞬、森林の間から古ぼけた洋館が見えた気がした。

(ん?あんなところに誰か住んでいるのか?)

それが妙に胸にひっかかる。何か大切なもののような・・・。 

 

仕事はもっぱらペンションの運営関連だった。

簡単なスキー教室の講師やスキー板の手入れ、果ては水汲みに蒔き割りまで

その時々に人手の足りない部署にに立ち回った。

香藤は派手な容姿から若い女の子達から声をかけられることが多かったが

そのすべての誘いを断り続けた。

やっかいに思うことはあっても嬉しいという気になれなかったのである。

(俺どうしちまったんだろう??・・)

 

その夜から香藤の“あの”不思議な夢に異変が起こった。

広い部屋に大きな格子窓。アンティークな家具が目に付く。

(なんだ?ここは?ひょっとして屋敷の中なのか??)

静かな音のない世界。

(夢の中だからな・・)

ふいに誰かに呼ばれたような気がして奥の部屋へと彷徨いこむ。

部屋には白い天蓋のついたベットがひとつ。

(誰かいるのか?) 

ベットの中を覗き込んで息を呑んだ。

そこには透けるような白い肌をした青年がいたからだ。

(寝ているのか?)

艶のある黒髪。伏せられた長い睫。その凛とした表情に

香藤は胸の高鳴りを覚えた。

(なんて綺麗なんだろう・・)

震える手でその頬を軽く撫でた。

だが所詮は夢の中の出来事。実際に青年に触れることは出来ない。

香藤は何故だか切なくなり、そっとその唇に口付けてみた。

すると閉じられた青年の瞳がゆっくりと開く。

その濡れるような黒曜石の瞳に吸い寄せられるように香藤が覗き込むと

瞳に映る自分の姿に躊躇する。

(なんて澄んだ瞳なんだろう・・)

閉じられていた唇がほのかに色付くと薄っすらと開いた。

「・・だ・・・れ・・・だ?」

(え?!)

「お前は・・・誰・・だ?」

驚いたように目を見張るとゆっくりと起き上がった。

(俺は・・香藤洋二・・)

「か・・と・・う?どうやってここに来たんだ?」

(え?どうやってって・・これは俺の・・・)

夢の中だろう。そう言おうとして目がさめた。

 

あくる日、香藤は朝から夢心地で仕事もろくに手につかなかった。

「あんな綺麗な人がいるなんて・・」

(俺は・・もしかして・・)

香藤は夜が来るのが待ち遠しかった。

一日の仕事を終えるとさっさと自分の部屋に戻って布団にもぐりこんだ。

他の仲間は夜の戸張にまけない仰々しいライティングの中へと

ナイトスキーを楽しみにくりだしていた。

「なんだよ。お前、ここに何しにきたんだよ。」

「そうだぞ〜。じじくさいぞ!夜はこれからだというのに!」

仲間達の言葉を尻目に香藤は心の中でつぶやいた。

(そうだ。夜はこれからなんだ・・)

 

その夜は部屋にはいるとおずおずと青年のほうから話し掛けてきた。

「・・・昨日は突然消えてしまうから驚いたぞ。」

(え?消えた?俺が?)

「あぁ。ここにはもう誰もこないと思っていたからな。」

(どうして?)

「・・どうしても・・」

(じゃあ、俺がこれから毎晩来るよ)

「はは。そうしてくれると嬉しいな。」

どことなく寂しげな横顔に目が離せない。

(ねえ、貴方の名前も教えてよ)

「俺は岩城京介だ。」

(岩城さん・・)

 

 

  止まっていた時間が動き出したかのように、夢は毎晩続いている。

今では岩城の警戒心も解かれ香藤が行くと笑顔さえ見せてくれるようになった。

切れ長の瞳が柔らかに細められる。

凛とした端正な横顔。涼やかで落ち着いた雰囲気が常にまとわりついている。

たわいのない会話の中で見詰め合う視線。

岩城はときおり香藤の笑顔に静かにうつむき目じりを朱に染めるようになっていた。

香藤はそんな岩城が愛らしくて堪らなかった。少しでも長く一緒にいたい。

いつしか二人ははかならずとも言いがたい感情に囚われていた。

香藤は次第に岩城に触れてみたいと思うようになっていく。

(この腕で岩城さんを抱きしめてみたい。)

現に2度ほど試してみた。だがやはりするりと身体を透けて通り越してしまう。

夢だからか・・・?香藤は虚しさと愛しさでいっぱいになっていた。

「いいんだ。俺は香藤がこうして会いに来てくれるだけで。」

せつなげに眼を伏せる岩城がとても儚げで・・

(でも、俺は岩城さんに触れてみたいよ。)

「無理だよ。だって、お前は幽霊なんだから。」

(え?!・・俺が幽霊だって?)

「あぁ・・ほら・・また消えてしまう・・」悲しげな声がこだました。

目がさめて慌てて飛び起きた(幽霊?俺が??)

(どういうことだ??)香藤の頭の中は混乱していた。

これは・・夢ではないのか?

 

 

香藤は岩城のことが片時も忘れられず夜になることだけを待ち望むようになった。

当然周りの者達も不信がるようになってくる。

仕事だけはきちんとこなしているがその他の事になるとまったくといって

心ここにあらずといった状態だ。

「・・・ぃってばっ!聞いてるのかよ!!」

すべてが万事こんな調子だったせいか

悪友の一人が声をかけてきてるのに気づくこともなかった。

「へ・・?」

「へじゃねえよ!お前最近変だぞっ!顔色も悪いし。

ちゃんと飯くってんのか?」

「あぁ・・はぁ・・」

「ちぇっ。なんでぇ〜人が心配してるっつ〜のによ!クリスマスイブだってのに

女の子にも目もくれずにどっか悪いんじゃないのか?」

「お前に心配なんてされたかないよ。」

「ふん、悪かったなっ。それよりもほらっ!これ見てみろよ。」

得意そうな面持ちで一枚の写真を差し出してきた。

「このこ可愛いだろ〜。昨日ゲレンデで写真取ったんだぜっ。

今夜のイブにはデートの約束こぎつけてんだ!」

「あぁ・・そう・・・!!!!」

香藤はその写真に釘付けになった。

ゲレンデの奥にかすかに写っていた屋敷が夢の中の岩城の屋敷と似ていたからだ。

まさか・・。あれは夢だ。・・でもひょっとしたら・・・・。

香藤の胸にかすかな希望が宿る。

(あの人に。あの美しい人に・・岩城さんに会えるかもしれない。)

香藤はこの恋に囚われていた。

 

 「なぁ、・・お前達今夜も滑るのか?」

「お〜。あたりまえじゃんっ」

「じゃ、俺も行く。」

「なんだぁ?香藤お前まさか・・さっき見せた女の子狙ってないだろうな?」

悪友が疑りぶかい眼で香藤を睨む。

「そんなんじゃないさ、ただ滑りたくなっただけだ・」

「ふ〜ん、ならいいけどさ。」

「ただちょっと、その写真を写した場所を教えてもらいたくて」

「へ?・・・いいけど」

    

「・・ついてきてもいいが、足手まといになるなよ。」

「それはこっちの台詞だ。お前こそ迷子になるなよ。」

「なるか!俺のほうが上手いってとこをみせてやる!」

仲間と争うようにリフトに乗ると、真っ白な大地が目に染みる。

上から見ると斜面はなだらかに見えるが、人が固まっているのは

山の中段より下がほとんどで上に行くほど人影はまばらだ。

(上級者コースに人が少ないってのはそれだけ難しいコースなのかな?)

よく眼を凝らしてみるとところどころに小高く盛った丘があり

傾斜角度の高さを思わせる影がちらほらと見える。

「ほらっあの辺りだよ。」

悪友のひとりが薄暗い森のほうを指差す。

(あの辺りか・・)

一呼吸つく間をおいて香藤、そして中間達が順にリフトから滑降した。

香藤が白く積もった雪の上を綺麗なシュプールを描いて下っていく。

「っくしょ〜!負けるもんか!」悪友達がその後につづく。

途中、段差が激しい坂に出くわし香藤が体勢をくずす。

すかさず「いただきっ」と仲間達が香藤を追い越し滑り降りていった。

(行ったか・・?)

そのまま香藤は斜面を外れ、脇の森林の中へと消えていった。

 

 

「確か・・この奥に・・」

香藤は、写真で見た屋敷の位置を思い出しながら、奥へ奥へと

突き進んでいく。

少し前から降っていた雪が徐々に吹雪にかわる。

香藤が滑り去った後はまるで雪のカーテンが下りるように

その痕跡をすべて消し去った。

前方が雪と北風でかすんできた時に、その屋敷は現れた。

忘れるはずもない。毎晩のように香藤が夢に見た場所。

「あった・・本当にあったんだ。」

胸がいっぱいになり、鼓動は高まりもう寒さも感じなかった。

(岩城さんに会える!)

屋敷の周りには白い霧がかかり、まるでそこだけが別世界のようだ。

だが香藤が近づく度にその霧は晴れ雪は吹雪から風花に変わっていく・・。

格子の窓からうっすらと明かりが漏れていた。

「岩城さんっ!!俺だよ!岩城さんっ!!」

閉じられた扉を力任せにその両手でどんどんと叩く。

「誰だ?」

中から声がする。聞きなれたその声に逸る気持ちが募った。

ギィッと音とともにその姿がゆっくりと現れ・・・

艶やかな黒髪が吹き込む風にさらりと揺れる。

整った鼻筋。雪のような白い肌。そして思ってたよりも長身の青年が立っていた。

「岩城さんっ!!」

香藤はおもわず抱きついた。

「!!!」

岩城は切れ長の目を丸くしたまま突然現れた香藤に驚いていた。

「・お・・まえ・・・・香藤なのか?」

「そうだよ!俺だよ!」

「雪男じゃないのか?本物なのか?・・」

「くす。そうだよ。聖夜に会いに来たんだ!」

「あ・・・どうか夢なら覚めないでくれ・・」

「夢じゃないよ!俺はここにいる」

「あぁ・・香藤。会いたかった。」甘いため息とともに

岩城が香藤の首に腕を回した。

香藤がさらに腕に力をこめて抱き込む。

「ずっとこの腕で抱きしめたかった・・」

「俺はお前が幽霊だと思っていた。」

「はぁ?俺が?」

「あぁ。だっていつも透けていたからな。」

「そうなの?」

「そうなのって・・お前・・」呆れたように言うと柔らかに微笑む。

(綺麗だな・・)

「へへ。夢の中・・いや、魂だけ飛んできてたんだよ。」

「魂?心だけで俺に会いに来てくれてたのか?」

「ん。そうみたい。いや違うかな?こうして出会うのがきっとわかってたんだ。」

「・・それは口説き文句なのか?・・」

「そうかも。だって恋人はサンタクロースって言うじゃない?」

へへとくったくなく笑うとその唇が岩城のうなじから下へと降りてくる。

岩城がくすぐったそうに身をよじるとすかさず香藤の腕が抱き込んでくる。

「寒くない?」

「あぁ。お前は?」

「俺興奮してるのかな?ここに入ってから寒さなんかちっとも感じなくなっちゃった」

「・・ここにいれば寒さなんか感じないさ。」

「そうだね。俺ずっとここにいてもいい?」

「・・・香藤」困惑したような表情の岩城が何か言いたげに口元を震わす。

「どうしたの?」

「・・だめだ・・。お前は自分の世界に帰らないと・・」

「嫌だよ!もう離さないと決めたんだ」

「香藤。いいかよく聞け。俺はお前の世界の人間じゃない。

春と共に消えていなくなってしまうんだ。だからお前はここにきちゃいけないんだ。」

「俺も一緒に行くよ。」

「何ばかなこと言ってるんだ。それがどういうことかわかってるのか?!」

「ずっとひとりで誰かを待ってたんでしょ?」

「香藤・・何故・・それを?」

「わかるよ。だって岩城さん寂しそうだったジャン。」

目の端が少し朱に染まって見える。

オニキスのような瞳が潤みを帯びて揺れている。その瞳の中に自分の姿を

みつけると、香藤は自分の運命を悟った。

「・・共に眠れる相手が来るのを待っていたんだ。」

「今ならわかるよ。俺は岩城さんと出会うために産まれてきたんだ。」

「お前ってやつは・・・これ以上俺を喜ばせるな」

「だからこの命も身体も岩城さんのものなんだよ。」

「ばかやろうっ」

「だから俺も岩城さんのすべてが欲しい」香藤の腕が優しく岩城を包み込む。

「あぁ・・香藤・・・」

「もう離さないからね。」

「その言葉に嘘はないな?」潤む目で岩城が睨む。

「ないよ。」

もう言葉などいらなかった。自然と唇が重なり合うと鼓動がひとつになる。

岩城の肌は滑らかで身体を重ねるとしっとりと馴染んできた。

「綺麗だ・・」

思わず感嘆の声を漏らすと「・・ばか」と照れたような返事が返ってくる。

まるでこうなることが当然のように二人は求め合った。

 

  

あくる日、悪友達は香藤の行方を探し回っていた。

昨夜はとうとう戻ってこなかったからだ。

とりあえず、昨日通った道をもう一度すべることにしてみた。

だいたいにしてここ数日香藤の様子はおかしかった。

ずっと何かを隠してるように思えたのだ。

もしものときのことを考え、木の枝にひもを蒔き付け注意しながら進む。

すると朝焼けの中、古ぼけた一軒の館が現れる。

「おい、お化け屋敷じゃないのか?」

「ボロボロだな。本当に何か出そうだぜ。」

ぎぎぎぃっと軋んだ音をたてて扉が開いた。

昼でも薄暗い屋敷の中にところどころに光が差し込んでいるのは

あちこち朽ちて隙間があいてるからだろう。

「お〜い香藤!いるのか〜?」

「誰もいないぜ。それに次の吹雪がきたらたぶんここはもう崩れ落ちるだろうよ・・」

ふと仲間のひとりが奥の部屋の隅に目をやる。

「まさか・・な・・」

「おい、どうした?」

「いや、なんでもない。他を探そう。」

  

誰もいなくなった部屋の隅には大きな絵画がひとつ。

そこには美しい黒髪の青年に寄り添うように優しい笑顔があった。

それも香藤によく似た笑顔が・・。

 そして降りしきる雪に隠されるように誰ももう

二度とこの場所を訪れることは出来なかったのである。

   

END

 

※「風花」とは初冬や冬の終りの晴れた日に、風に吹かれて飛んでくる粉雪のこと。
ひらひらと舞う姿が散っていく花びらのように見える事からこの名がついた。
触れるとすぐに消えてしまうそんな儚い雪のことをいうらしい。

 

 

2003・12・14
ゆめつき 


ゆめつき 様


儚げなお話なのですが 読んだ後どことなく暖かく感じるのは
互いに愛し合える唯一の存在に出会えた恋人達だからでしょうか・・・
切なくて・・・・でも幸せなお話です

ゆめつきさん 素敵なお話ありがとうございます