Christmas magic 

                                   
               

「メリークリスマス」
そう、この聖なる夜の短いひと時の間だけ魔法にかかっていたのだ。

***

「ただいまー、岩城さん。ねぇ、見て見て!」
香藤が帰宅の挨拶もそこそこにリビングで明るい声を張り上げる。
こんなことはよくあることだ。そして相変わらず突拍子もない事柄なのだろう。いや、然もないことでも香藤は騒ぐことが多いか・・・。キッチンで紅茶を入れていた岩城は溜息を漏らす。
「ジャーン!」
ソファの上にガサリと音をたてて置かれた紙袋の中から出てきたものは・・・真っ赤な衣装・・・しかもかなり大きめの上着だった。
「香藤・・・なんだ、それは・・・?」
心もちトーンをいつもより落して岩城はカップを載せたトレイを運びながら言うものの、香藤は耳に入らないのか袋の中から次のものを出すようだ。
「えっ、なにー、岩城さん分かんないのー?もぅ、12月と言えばさー。」
どうやら、岩城の言葉は聞こえていたようだ。それでも手は止めずに次々と出されたものは共布で作られた大きなズボンと帽子・・・白い髭・・・諸々。
「まさか、とは思うがサンタの衣装なのか。」
「そ、まさかじゃなくてもサンタクロースの衣装だよ。今日たまたま局の廊下で顔見知りの小道具さんと会ってさ、もう来年まで使わないって言うから『必ず返すから!』ってお願いして借りてきたんだ。」
とかく放送業界などは先へ先へと仕事を前倒ししているものだ。まあ、製作サイドの都合もあるのだが1ヶ月、2ヶ月先・・・下手をすると正反対の季節のことをいくらドラマの中とはいえ現場でやっているのには少々閉口することがある。
つまり12月も半ばを過ぎた今となっては生番以外クリスマスに関するものの収録はとうに終わっている訳だ。倉庫にでも入れるところだったのだろう。
だからと言って仕事以外で局外へ衣装を持ち出すのは如何なものかと思うが。
「で、それをお前どうするつもりなんだ?ここでサンタクロースにでも扮するのか、当日。」
香藤の性格上それはあり得る話だ。少々頭痛がしてきた。
案の定「それもいいかもね。」などと言い、香藤が笑う。
「実は・・・ね、洋介がもう2歳半でしょ?公園で一緒に遊んでいる子供達からサンタの話を聞きかじってきたらしいんだよね。」
「そうか。もうそんなになるのか。」
仕事が忙しくなかなか会うことが出来ないが、それでも以前会った時の覚束無い足取りの様子を頭に浮かべた。そして香藤によく似た面差しも。
「結構侮れないって洋子が言ってたよ。大人が言っていることも理解しているみたいだって。」
相変わらず仲のいい兄妹だ。忙しい身となっても事あるごとに連絡を取り合っているのだろう。
それに比べて自分は・・・とふと思う。
以前よりは互いにわだかまりは解けてきたものの香藤たちのように気軽に話し合えるという雰囲気には至っていない。
家族や兄弟の付き合い方は千差万別だとは思うがあまりの違いに岩城も考えるところがあった。

「丁度24日は1本仕事が入っているだけで昼過ぎには終わっちゃうんだ。岩城さんのスケジュール見ると夜遅くまで仕事が入ってるでしょ?ちょっとその間に洋子の家に行って来ようと思うんだ。これを着てね。勿論、岩城さんが帰ってくる頃までには戻ってくるよ。一緒にクリスマス迎えよう。」
元々、香藤と二人きりのクリスマスなんて考えていなかった。というか出来ないと思っていた。共に年末は年明けの仕事の前倒しで忙しい身だと思っていたのだ。
現に二人のスケジュールは今判っていてカレンダーに書き込まれているものだけでも空きが無い状態だった。
それでも24日は早めに上がれるようにしておいたと今日になって清水から聞かされ内心期待してしまったのだ。
嬉々とした笑顔で話す香藤とは裏腹に岩城の心は重くなった。
(こんなことだったら仕事が入っていた方が良かったのかもしれない。)

「昔さ・・・小学生の頃の話なんだけど、俺、洋子に悪いことしちゃったんだよ。『サンタクロースなんているわけないだろ。』『あれはお父さんがこっそり置いてくいんだぞ。』って言っちゃってさ。洋子まだサンタクロース信じていたのに。悪い兄貴だよね。・・・岩城さんちはどうだった?」
重い心の中から子供の頃の思い出を引っ張り出す。
「そうだ・・・な。俺の場合はもう兄貴が充分分別があったからなんだろうな、親と一緒になって黙っていたから・・・って俺のことはどうだっていいだろ・・・。」
香藤はふざけた様に笑いながらも「そうそう、みんな子供がプレゼントを見つけて喜ぶあの顔が見たいんだよね。」と言った。
そうだ、いつだって両親にも兄にもあんなに大事にされていたんじゃないか。俺は・・・
あの厳格な父がどこからどう見ても純和風な家の中にありながらも毎年知り合いに頼んで手頃なもみの木を山から切ってきてもらっていたし、それに母と兄が飾り付けを手伝ってくれていたのだ。今更ながら気づく。
そうだ、今からって遅くない。あの温かい空気の中にいた自分。
そしてその暖かい雰囲気を是非とも洋介君にも味あわせてあげたくなった。

「俺がやるよ。」
思わず口をついて出た言葉に驚く自分がいる。でもやりたい気持のほうが強い。
「何を?」
香藤がきょとんとした顔で聞いてくる。
「だからサンタクロースを、だ。」
照れもあって怒ったような口調になってしまう。
「ええー、岩城さんがーーー!?」
「当日は早めに上がれるって清水さんから今日言われたんだ。その代わりお前が横でフォローしろよ。俺は『メリークリスマス、洋介君。』しか言わないからな。」
顔に朱がさしているのが自分でも分かった。それでも驚いた言葉を発しながらも喜びを前面に出している香藤の顔を見れば言ってよかったと安堵している自分がいた。

***

そうして24日。
ほぼ予定通りの時間に仕事を終え、リビングで俄かサンタに扮しトナカイの曳くソリならぬ香藤の運転するBMWで森口邸へと向かって夜道を滑り出す。

先ず香藤が家に入る。お互いの携帯を繋ぎっ放しにしておけば中の様子を伺うことができるだろう。
大まかな算段はしておいた。あとは、お互い阿吽の呼吸だ。
『お久しぶりです、お義兄さん。』
『あら、岩城さんは?お仕事なの?』
『うん、まあな。ま、俺もあんまり長居は出来ないんだけどさ。おー、洋介おっきくなったなー!』
『ようちゃー!いわきしゃんはー?』
自分の名前が出てびっくりする。数えるほどしか会っていないにもかかわらず覚えてくれているのか、と。
洋子さんがことあるごとに教えてくれてはいるのだろうが、子供の成長には驚かされる。
耳から入る部屋の様子だけでも心が温かくなるような気がする。昔の子供の頃の思いが蘇ってくる。
お互いの両親のもとでは土日にパーティーをしたらしいと香藤は笑いながら車の中で話していた。
幼い子供のいる家庭だ、二人にとっては宵の口ともいえない時刻で小さなパーティーは佳境に入っていた。
香藤がそれとなく洋介君にサンタクロースの話題を振る。
それを聞いてから頃合を見計らって呼び鈴を鳴らす。
『あれー、誰だろー。お客さんかなぁ?洋介、洋ちゃんと行ってみよ・・・』
香藤の台詞を聞き終えないうちに携帯を切り、ドアが開かれるのを待った。

ゆっくりと開けられた玄関のドアから、こちらもゆっくりとした動作をして話しかける。
「ここは洋介君のお家かい?君が洋介君?」
ゆっくりと、いつもより低い声で、でもできるだけ優しくやわらかく言う。
びっくりしたような、それでいて喜びのあまり高揚する洋介君の顔は見ている岩城をも幸せにする。
「いつもいい子にしているんだよね?お父さんやお母さんから聞いているよ。メリークリスマス、洋介君。プレゼントだよ。」
差し出した包みにおずおずと洋介君の手が伸びる。目線は自分の顔に向いたままだ。
血の繋がりだとか、香藤の甥っ子だからとかそんな掛け値なしでも眼鏡越しに見る幼い子供の澄んだ瞳は心の中まで温かくしてくれるようだ。自ずと洋介君の頭に手が伸びそっと撫でた。
「さあ、他のお家にも回らなくてはね。それじゃあね。洋介君。」
後ろ髪を引かれる思いで、玄関を出る。サンタクロースは長居は出来ないのだ。

ゆっくりドアを閉めてからは急いで車に戻り帽子と髭を取る。
着膨れていたおかげか洋介君の笑顔で温かくなった心のおかげか、瞬時に冷えてしまった車内も然程に寒くは感じなかった。取りあえずエンジンを切ったまま香藤が来るのを待っていると、ものの5分もしないうちに香藤の挨拶の声が聞こえてきた。自分を気遣ってのことだろう。
「じゃあな、ここでいいよ。車すぐそこだし、洋介もいるんだしさ。風邪引かせちゃうだろ。」
小走りに向かってきたかと思うと香藤はコートを着込んだまま運転席に乗り込んだ。
「いいのか?ゆっくり出来なかっただろう。それに洋子さんたち何か言ってたか?」
「うん、初めは誰だか判らなかったみたいだね。俺が誰かを頼んだんだろうって思っていたみたい。ちょっとびっくりしてた。洋介に聞こえないように耳打ちされたんだけどさ。『岩城さん!?』って・・・ちょっと意外だったみたい。」
そりゃあそうだ扮している岩城本人ですら意外だと思っている。
それに加え痩せているサンタクロースでは様にならないからといってセーターやらズボンを着込んだ上に更に腹にはタオルも巻いたのだ。演技でなくとも動きはゆっくりしたものになっていただろう。
挙句の果てには肩まで掛かる白髪の鬘に胸まで伸びた見事な付け白髭。おまけにいつも岩城が移動時に変装用として持っている眼鏡までかけたのだから。

洋子さん夫妻があとでどんな会話をするかと思うと恥ずかしい気もするが、それとは別に温かな感情が宿っている。
その感情こそが自分をサンタクロースに変えたものなのだろう。
洋介君が自分を見つめる瞳や掌を置いた頭から流れ込んでくる感謝の気持ちと温かな思い。
もしかしたらプレゼントをもらっているのはサンタクロースの方なのかもしれない。
「すごく不思議な気分だよ。演じているつもりだったけれどあの時だけ本当にサンタクロースになった気分だった。」
「ふぅん、そんな気分、俺も味わってみたいな。じゃあ来年・・・は、まだ早いか。再来年のイブは新潟に行こうか?それこそあっちはホワイトクリスマスでしょ。」
「そうだな。」
香藤の思いがけない提案に心の中で感謝の言葉を呟いた。
(ありがとう、香藤。お前は俺にとって、いつもサンタクロースだよ。)

***

リビングで早々に衣装を取ろうとした途端、香藤が言う。
「岩城さん、俺にはプレゼント無いのー?」
やはりな、と思いつつ例の如く答える。
「いい大人がなに言ってるんだ。」
「大人も子供もないよ!ねえー、サンタさ〜ん。」
先ほどの洋介君の顔が頭に浮かぶ。
「仕方ないな、大きな子供だ・・・。」
そう言いながら髭のないサンタクロースからキスを贈った。

「じゃあ俺からも。」
「・・・ん・・・。」

一晩限りの魔法を解いていくのは香藤・・・
1枚1枚布を優しく剥ぎ取りサンタクロースから岩城京介へと戻していく。
そして別の魔法をかけていく『愛してる』と呪文を唱えながら。


End

‘03.11.26.up
 ちづる


〈ちづる 様〉





クリスマスの夜だけにかかる魔法・・・
とっても素敵ですv
洋介君登場ですね〜岩城さんの優しさに心が温まります・・・v

ちづるさん素敵なお話ありがとうございます