夜桜
  


「ライトアップされた桜のほうが綺麗じゃん?──よし、今から行こう」



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「……」

半ば強引な香藤の誘いに返事をする間もなく、岩城は彼の車の助手席に乗る羽目となっていた。

何だかんだ言って、いつも強引に岩城を連れ出す香藤だから、羽目、と言うのもおかしいかもしれないが、時刻を考えれば、そう思いたくなるのも分かる。

「岩城さん…いつまで不貞腐れてるの?」

苦笑を含んだ香藤の声に、岩城は小さく溜め息を吐きながら香藤を見た。

「不貞腐れてはないさ。…ただ、いつものことながら突然で強引だなと思って」

「それこそ、いつものことでしょ(笑)夜が明けたら仕事だし、昼間はこうして堂々と出られないし」

「……」

岩城はもう一つ溜め息を吐いた。

──先までは、香藤の腕に抱かれてベッドの中で心地よい余韻と眠気に浸っていたのに。

それを、何を思ったのか、香藤はベッドから飛び起きて岩城の頭を落とし、いきなり、桜が見たい!とのたまったのだ。

そして、続くのが冒頭の台詞である。

岩城の断る隙間が全くない。

「…まぁ、いいけどな、いつものことだから」

小さく笑ってそう呟くと、香藤はどこか嬉しそうに笑った。



++++++



「岩城さんって、やっぱり桜が似合うよね」

時間が時間だというのもあるが、殆ど人気のない桜並木を岩城と並んで歩きながら、ふと香藤がそう呟く。

「…うん?」

疑問の響きを載せた岩城の相槌に、香藤は言葉を次ぐ。

「岩城さんってさ、イメージ的に花をあてがわれる事多いじゃん?」

そして、手を伸ばして、岩城の髪に一枚引っ掛かった、淡い桜色の花びらを取る。

「花は花でも、やっぱり岩城さんには和花が似合うなって」

花びらをひらりと落としながら言う香藤に、岩城はくすくすと笑う。

「今が夜ってこともあるしね?」

言葉の意味を掴みかねて、一瞬首を捻る岩城。

──が、香藤の手が自分の腰に回されてきて、その意味を正確に理解した。

「バカ…」

照れ隠しに呟いて、岩城は片手で顔を覆って俯く。

「いいじゃん。さっきまでは実際ベッドの中だったんだし」

ね、と同意を求めて耳元にキスしてくる香藤を頬を染めた顔で緩く睨みつけ、

「…帰るか」

「だね」

嬉しそうに笑う香藤に少し悔しくなりながら、岩城は満開の桜を仰ぐ。

「散る前にちゃんと見れて良かった」

ありがとう、と香藤に微笑えんで、目の前に落ちてくる花びらに手を差し出す。

花びらは、岩城の指の間をすり抜けて、ひらりと落ちた。



「よかった」

とこぼされる香藤の呟き。

──忙しさにかまけて、季節の変化を忘れたくない。

暗に込められた、そんな香藤の想い。

岩城の腰に回していた手を解くと、香藤はその手で岩城の頬を包んだ。

「…ん?」

微笑んで見つめてくる岩城に、小鳥のキスをして、

「また来年来ようね」

「そうだな」

岩城の返事に満足そうに頷いた香藤は、悪戯っぽく笑いながら付け加えた。



「もちろん──夜桜を見にね」



END   月咲 京香



★忙しい合間を縫って見た夜桜・・・
それはきっとふたりにとって何にも代え難い癒しになるはず・・・
来年もその次もその先も・・・ずっと
ふたり並んで夜桜を見上げることが出来ますように・・・・
そう願わずにはいられません

京香さん素敵なお話ありがとうございましたv