束の間の恋人たち

 一瞬の気も引けない張り詰めた空気の中、出演者達はあたかもその時代に生きた様な演技を見せる。
 その中で、草加役を演じる香藤が叫ぶ。
「秋月さん!」
「……草加?」
 と、草加の声に振り向く岩城。
 暫くの間が持たれ、「はい、カ――ット!」と撮影が打ち切られる。
 すると周りに居るスタッフ達が、口々に「お疲れ様でした」と機材を片付けていく。
「岩城さん、お疲れ」
「ああ、お疲れ」
 と香藤、岩城も互いに仕事を終える挨拶をすると、何時もの如く、香藤が甘ったれた口調で、
「ねぇねぇ、岩城さん。明日オフでしょ? せっかく京都に居るんだからさ、お
花見でもしない?」
「……」
 香藤の思わぬ誘いに岩城は目を剥いた。
「え? 変な事言った俺?」
「いや、お前がそんな事を言うとは思わなかったからビックリしただけだ」
 と、岩城はクスクスと笑った。
「酷いよ。岩城さん」
「だって、そうだろう? お前が花見なんて……ガラじゃない」
「そんな事無いよ! 俺だってね、風流のあるもの好きなんだから」
「判った、判った」
 と、まだ笑いのおさまらない岩城に、香藤はプクッと頬を膨らませて、笑わないでよ。と剥れた。
「で、花見は何処に行く気だ?」
「うーんとね。祇園の川喜ってお店、もう予約してあるから」
「全く、そういう事には行動が早いというか……行かないって言ったらどうするつもりだったんだ」
「断られるなんて、考えてないからさ」
 へへへ、と笑う香藤に、仕方ない奴だな。と岩城も笑みを浮かべる。


 二人は、一旦ホテルに戻ると着替えを済ませ、香藤が予約した祇園へと向かった。
 夜の祇園は部屋に呼ばれる舞妓や芸子があちらこちらと歩いている。桜の丁度いい時期は人も多い。
 辺りは暗いが、念のため二人は顔を隠すためにサングラスをかけている。少し、歩いていると目の前に『川喜』が見えてきた。
 店の構えは結構古いらしい。年季の入った料亭に、二人は入ると店の女将が「おいでやす」と迎えられた。
 二人は女将に部屋を案内されると、部屋の趣きに感動していた。
 落ち着いた和室に窓から見える見事な枝垂桜が月に照らされ、幻想的な空間を作り上げている。
「うわ! 凄く綺麗! ね、岩城さん」
「ああ、見事な桜だな……」
「うちの自慢の枝垂桜です。今が一番良い時やさかい楽しんでおくれやす」
 と、女将が言うと座卓に二人分のお茶を淹れると、お辞儀をして部屋を出て行った。
 岩城は女将にお礼をすると、淹れてくれたお茶を飲んだ。
「香藤、少し落ち着いたらどうなんだ?」
「え〜、だって、こんな綺麗な所だと思わなかったからさ」
 と、桜の見える窓を開けてチラチラと辺りを見渡している。此処、川喜は何も桜だけがメインと言うわけでは無い。建物も立派な物だが、庭も手入れが行き届いて素晴らしいものだ。
「折角、淹れてくれたお茶が冷めるぞ」
「判ったよ」
 と、香藤は岩城の向かい合わせの位置で座るとお茶を飲んだ。
「……美味しい」
「良く、こんな所取れたな……」
 と、岩城は桜に視線を移して言った。
「あ、実は親父の知り合いがね此処の料理長やってるんだ。このシーズン何処も一杯だったんだけど、特別に取れたんだ」
「そういう事か……」
 と呟いた。
 そんな、他愛の無い話をしてると、料理が運ばれてきた。
 どれもコレも美味しそうに飾られた京料理。季節の食材に合わせた飾りつけ。
 目で楽しんで、味わう。
 どれから箸を進めたら良いのか迷う程だ。
 二人は、お酒を口に含みながら少し笑いあって、外の桜に目をやる。
「……香藤」
「何?」
「ありがとう、な。とても気分が良い」
「どう致しまして。岩城さんが気に入ってくれて良かった。実は、此処泊まれるんだ……お礼はその時欲しいな」
「……馬鹿」
 薄っすらと頬を染めた岩城は目を伏せた。
「……あのさ、岩城さん」
 岩城の可愛さに少し笑うと、香藤は桜に目をやると、
「ん、なんだ?」
「うん。あの二人もこうして桜を見ながらこんな気持になってた時ってあったのかな? と思ってさ」
「あの二人?」
「秋月と草加の二人」
「ああ……あったかも知れないな」
 岩城は伏せていた目を再び桜に向けて言った。
 今の自分たちのように、あの二人の時間もきっと同じ時間があったかも知れない。
 ひらひらと少し落ちる花弁に目を奪われて、二人でいるこの束の間――。



END
2004/03/18  秋篠琴音



★現世と前世が交差するような想い・・・
きっとあのふたりにもこうやって穏やかに自然を感じる時が
あったと思いたいです
多忙な撮影の合間、ぽつんと切り取ったような空間・・・
味わい深いです・・・

秋篠さん素敵なお話本当にありがとうございましたv