完璧な休日
コンコン。 香藤がテレビ局の控え室で本を見ているとノックの音がした。 「はい、どうぞ。」 スタッフだろうとそう返事をするとドアから顔を覗かせたのは小野塚だった。 「なんだお前かよ。お前も今日ここで撮りなのか?」 「そ。んで楽屋に行く途中にお前の名前見つけたから覗いてやったんだ。」 「別に頼んでねーよ。用がないならさっさと行けよ。俺は忙しいんだ。」 小野塚はその言葉がまるで耳に入っていないかのように部屋に入ってきた。 「忙しいってそれ仕事の本じゃないだろ。」 小野塚は香藤の手から本を取り上げた。 「うわっ、なんだよ料理の本じゃん。似合ねぇことすんじゃねーよ。」 「うっせーな、返せよ。外食ばっかのお前と違って俺は食生活にも気を配ってんだよ。」 香藤はひったくるようにして本を奪い返して軽く睨んだ。 それでも小野塚は全く意に介さず逆にニヤッと笑った。 「どうせ岩城さんのためなんだろ?」 「悪いか?俺たちは弁当食うことが多いから家ではバランスのいいもの食べて欲しいんだよ。」 「悪いなんて言ってねーだろ。しっかし疲労回復メニューなんて見てっけど一番疲れさせてんのはお前じゃねーの?」 目敏い小野塚はしっかり香藤の見ていたページをチェックしていた。 「なんだと。それどう言うことだよ!?」 視線の鋭さを増す香藤に小野塚は呆れたようにため息をつく。 「ホントに自覚ないのか?セックスだよ。お前が盛り過ぎて疲れさせてんじゃないのかって言ってんだよ。」 「そっそんなことねーよ!俺はちゃんと岩城さんの身体のこと考えてるよ。」 「お前みたいな体力自慢を基準にしてちゃ意味ないぜ。それに岩城さんがいくら若く見えるたって5歳年上なのは事実だしな。」 顔を赤くして怒鳴った香藤だが小野塚の指摘の正しさに黙るしかなかった。 「大体セックスなんて受け止める側は相手のペースで強引に運動させられてるようなとこあるし。男の場合は受け止めるように身体ができてないから余計に負担が大きいと思うぜ。」 小野塚の言葉はもっともで反論の余地はなかった。 「じゃ俺そろそろ時間だから行くわ。大事な岩城さん、壊さないように気をつけるんだな。」 すっかり落ち込んだ香藤を慰めもせず小野塚はさっさと出て行った。 「岩城さ〜ん、俺そんなに無理させてるの〜?」 香藤の悲しそうな問いかけに答える者は当然誰もいなかった。 時間は流れ岩城の誕生日を迎える夜。 先に風呂を使った岩城はベッドで香藤を待っていた。 しかしあと少しで日付が変わろうとする頃になっても香藤は来ない。 起き出して階下に行ってみたがどこにも姿はなかった。 階段を上り香藤の部屋をノックしてみる。 すぐに返事は無くもう一度呼びかけながらノックをしてやっとドアが開き香藤が顔を見せた。 「香藤まだ寝ないのか?」 「うん、どうしても今調べておきたいことがあって。岩城さん先に寝てて。」 何か言いたそうな岩城に香藤がそっと唇を寄せる。 「ちょっとだけ早いけど…岩城さん誕生日おめでとう。」 「ああ、ありがとう。」 「じゃ、おやすみなさい。」 香藤はもう一度触れるだけのキスをすると扉を閉めた。 「お前も無理せず早く寝ろよ。」 「うん。」 岩城の呼びかけに簡潔な返事だけが返された。 香藤は寝室に戻る岩城の力のない足音を扉に張り付くようにして聞いていた。 「岩城さんごめんね。でもこうしないと俺我慢できないから。」 そう呟くと追いかけたい衝動を押さえるため座り込んで膝を抱え顔を埋めた。 翌朝、香藤は朝食を作りながら何度もため息をついていた。 あの後午前三時過ぎまで時間をつぶしてから寝室に行った。 眠る岩城を見て抱きしめたくなったが何とかこらえて自分のベッドにもぐりこんだのだった。 「俺の忍耐、今日一日持つのかなあ。はあ〜っ。」 またひとつ大きなため息をつきはっと気づいたようにブルブルと首を振る。 「ああ〜もう、何を言ってるんだ俺は。岩城さんのためなんだぞ。一日くらい我慢できなくてどうする。」 自分に言い聞かせるように大きな声を出すと気分を切り替えようと料理に集中した。 丁度出来上がった頃タイミングよくダイニングにやって来た岩城は心なしか元気がなかった。 「岩城さんおはよ。昨夜は寂しい思いさせちゃってごめんね。」 香藤は挨拶の後岩城の頬に軽くキスをした。 「おはよう香藤。やらなきゃならないことがあったなら仕方ないさ気にするな。」 岩城も薄く微笑んで同じようにキスを返した。 「うん。ごはん丁度できたとこなんだよ。座って、座って。」 香藤は岩城の分の椅子を引くと自分も向かいの席にいそいそと腰を下ろした。 食後、香藤は後片付けをすると言う岩城の手を引いてリビングのソファに座らせた。 「岩城さん、誕生日おめでとう。」 祝いの言葉とともに綺麗にラッピングされた包みを差し出す。 「ありがとう。開けていいか?」 「うん。」 開いてみるとそれは有名ブランドのベルトだった。 「バックルの銀細工が綺麗でしょ。それ手彫りなんだって。」 言われて見るとバックル部分には細かい模様が丁寧に彫り込まれていた。 「ほんとに綺麗だな。ありがとう香藤。」 にっこり微笑んで礼を言われ香藤は嬉しくなる。 「へへ。ホントはもっと高いのにしようかとも思ったけど普段に使って貰いたかったから。」 「分かった。ちゃんと使わせてもらうよ。」 「うん。それからもうひとつプレゼントがあるんだ。」 「何だ、まだ他にもあるのか?」 「うん、でも物じゃないんだ。岩城さん今日は何もしなくてもいいからね。」 「どういうことだ?」 岩城は訳が分からないといったふうに目を瞬かせる。 「オフの時って家事を分担してするでしょ。でも今日は岩城さんは何もしなくていいよ。ゆっくり身体を休めて。それがもうひとつのプレゼントだから。」 「そんな訳にはいかない。お前だって疲れてるだろう。」 香藤は立ち上がろうとする岩城の肩を軽く押さえて制する。 「だから言ったでしょプレゼントだって。今日は特別な日だからいいんだよ。」 「でもな…」 「いいから、いいから。岩城さんは本読んだりDVD見たり好きなことしてて。」 申し訳なさそうな岩城ににっこり笑い香藤はダイニングに戻っていった。 その後香藤は一日せっせと家事に勤しんだ。 もちろん昼食も香藤が作った。 バタバタと動き回っていた香藤は岩城が時折寂しそうに目で自分を追っていることに気づかなかった。 夕食も香藤渾身の豪華ディナーが食卓に並んだ。 楽しく語らいながらゆっくり食事をする。 岩城は本当に美味しそうに食べ幸せそうに微笑んでいた。 食後「せめてこれくらいは」と片づけを申し出た岩城に香藤は残ったワインのボトルとグラスを握らせる。 「もう、これもプレゼントなんだから本当に何にもしなくていいの。俺もすぐ行くから向こうで飲んでて。」 香藤に背中を押された岩城は何度か振り向きながらリビングに行った。 片づけを終えた香藤がリビングに行ってみると岩城は全く飲んでいなかった。 「あれ、岩城さん飲まないの?」 「お前と一緒に飲みたくて待ってたんだ。」 「そっか、じゃもう一回乾杯しよ。」 「ああ。」 そろぞれのグラスにワインを注ぎそっと合わせる。 その後何杯かグラスを重ねていると岩城が香藤に凭れ掛かってきた。 頬がほんのり赤くなっていてなんとも色っぽい。 香藤は心臓がドキッと跳ね上がるのを感じ慌てて立ち上がった。 「あっ、俺そろそろ風呂の準備してくるよ。ちょっと待っててね。」 逃げるようにバスルームに駆け込んだ香藤は壁に凭れて大きく息をつく。 「はあ〜やばかった。岩城さんってばいろっぽすぎだよ。後は寝る時が最大の難関だよな。昨夜と同じ言い訳は使えないしどうしよう。」 風呂上りの香藤は階段を上りきったところで立ち止まっていた。 視線の先、寝室の中には岩城が待っている。 「岩城さんのため。岩城さんのためだ。我慢しろ俺。」 自分に言い聞かせるように呟いて寝室に向かった。 香藤が寝室に入ると岩城が微笑んで迎えてくれた。 「香藤、今日一日お疲れ様。おかげでゆっくりできたよ。ありがとう。」 「そう、良かった。さすがにちょっと疲れたからもう寝るね。おやすみ岩城さん。」 それだけ言うと香藤は布団にもぐりこみ岩城に背を向けた。 「香藤……おやすみ。」 岩城の寂しそうな声に香藤の胸が痛む。 (岩城さん、そんな声出さないでよ。抱きしめたくなっちゃう。) 香藤にとっては息の詰まるような静寂が暫く続いた。 (お願い、岩城さん早く寝て。) そう祈っていると岩城が呼びかけてきた。 「香藤、そっちに行ってもいいか?何もしなくていいから一緒に眠りたいんだ。」 見なくても切なそうな顔をしているのが分かる声だった。 香藤はどう答えようかぐるぐると考えをめぐらす。 (どうしよう一緒に寝たら我慢できなくなるよ。でもダメだって言ったら岩城さん泣きそうだし。) 「香藤?」 「うん、いいよ。おいで。」 もう一度呼びかけられた瞬間香藤はそう返事をし岩城の方を向いて布団を持ち上げていた。 (わ〜何やってんだよ俺。もう根性で我慢するしかない。) 岩城を迎え入れながら心の中で涙する香藤だった。 ベッドを移った岩城は香藤の胸に擦り寄りピッタリ身体を密着させその温もりに安心したように小さく息を吐く。 腕の中に温もりを感じその香りに鼻孔を擽られて香藤の身体は正直に反応してしまう。 (ヤバイ、ヤバイ!静まれ〜〜!!) 香藤は気づかれないように少し離れようとしたがその身体の強張りに岩城が気づいた。 「香藤?」 そしてもしかしてと言うように香藤の股間に手を伸ばした。 そこでは香藤のモノがしっかり存在を主張し始めていた。 「香藤、お前…」 僅かに朱に染まった顔で見られ香藤は慌てて身体を起こした。 「わぁ〜、ごめんなさい。俺ちょっとトイレ行ってくるね。」 そう言ってベッドを降りようとする香藤の腕を掴んで岩城が引きとめる。 「どうして俺がいるのにトイレなんて。…その、お前が疲れてるなら口でしてやるから。」 「ダメ!ダメダメダメ!そんなことされたら俺止まらなくなっちゃうよ!」 「えっ?」 しまったと口を押さえた香藤だがじっと見つめられ観念した。 「ごめん、岩城さん。俺我慢してたんだ。そりゃ疲れてはいるけどできないほどって訳じゃ…」 「ならどうして。あ、もしかして昨夜もそうなのか?」 「うん。……俺、岩城さんに完璧な休日をあげたかったんだ。」 「完璧な休日?」 「うん。」 香藤は大きく息を吐くと、とつとつと語り始めた。 「俺たちさオフも溜まった家事に追われてゆっくり休めないでしょ。」 「ああ。」 「その上岩城さんの場合俺が盛って逆に疲れさせちゃったりしてるし。」 「そんなの俺だって求めてるんだ。それに本当にきついと思ったらちゃんと言ってるし。」 「ううん、ううん。」 岩城の言葉を香藤は頭を大きく振って否定する。 「俺始めると夢中になっちゃうもん。実際岩城さんの言葉聞かなくてかなり無理させたことあるし。」 香藤の顔がだんだん俯いていく。 「でも抱くの我慢するのは俺には辛すぎるし。だからせめて一日だけでもと思ったんだ。」 「で、その一日が今日なんだな?」 「だって何か理由がないと自分に言い聞かせられないと思ったから。」 岩城は呆れたように軽くため息をつき香藤の頬に両手を添えコツンと額をつけた。 「バカだなお前は。俺の身体を気遣ってくれるその気持ちは嬉しいよ。でもな、おかげで俺は今日一日随分寂しい思いをしたんだぞ。」 「え?」 「せっかく一緒のオフなのに殆ど一緒にいられなくて。」 「だってそれは…傍にいたら我慢できなくなっちゃいそうだったから。…ごめんなさい。」 また項垂れそうになる香藤の顔を岩城がぐいっと起こす。 「俺はな、お前の温もりを感じるだけでどんな疲れも癒されるんだ。お前に抱かれてのものなら疲れさえも幸せに感じるよ。」 「岩城さん…」 香藤の目がいつも以上に垂れ下がりウルウルと潤んでいく。 「ま、確かに暴走をセーブすることを覚えてくれるとありがたいけどな。」 「う…努力してみます。」 「期待してるぞ。」 香藤の額を軽くつつき岩城が楽しそうに笑った。 「ところで香藤、俺に寂しい思いをさせた償いにもうひとつプレゼントをくれないか?」 岩城の瞳には誘うような色が宿っていた。 「それって俺の思ってるものでいいのかな?」 「ああ、多分な。」 「じゃあ、OKだよ。」 岩城の誕生日があと一時間を残すのみとなったところでようやく二人の唇が重なった。 終わり 05.1.19 グレペン |
これからが本当の意味でのBirthday Presentですね!
お許しが出た(笑)香藤くん
きっと岩城さんをあーんな風やこーんな風に美味しくいただいたのでは?
(あ、それじゃあ香藤くんへのプレゼントになってしまう(‥;))
思いやったがためのすれ違いが少し切なくてステキでしたv
グレペンさん素敵な作品ありがとうございましたv