天使の約束 ここは天界。 真っ白な雲の上、新緑の木々が繁り、綺麗な声で鳴く小鳥が飛び交う、とても温かくて懐かしい ところです。 ここに二人の可愛い天使がいました。 一人はサラサラの黒い髪で、少し上がり気味の目が大人びた印象を与える真面目で不器用な ちょっと照れ屋さん。 もう一人は小麦色した少し癖のある髪で、くりっとした下がりめの目が人懐こそうな可愛い甘え ん坊さんです。 二人はいつでも、どこに行くにも必ず一緒でした。 今日も心地よい陽の光が当たる、二人がお気に入りの雲のソファの上で仲良く遊んでいるは ずなのですが・・ おやおや、今日はいつもと様子が違うみたいですよ。 「ねぇ、お願いだからもう泣きやんでよ。」 「だって〜!」 大きい目をいっぱいの涙で濡らし、大声で泣いているくせっ毛天使の頭を、黒髪天使が小さい 手であやすように撫でています。 黒髪天使は本当に困り果てた顔をしていますが、くせっ毛天使は泣きやみそうにありません。 「これは規則なんだから仕方ないんだよ?君だってわかってるでしょ?」 「でも、やだ〜!」 母親のように優しく諭す黒髪天使。でも、くせっ毛天使は頭を大きく左右に振り、更に大きな声 で泣き出してしまいました。 さすがの黒髪天使もこればかりはお手上げといったふうに、ハァと深いため息を吐いていま す。 一体、どうしたというのでしょう? 実は、この天界に住む天使たちには一つの決まりがありました。 それは、神様の元で人間界の勉強をし、試験に合格した者は自分の親となる人間を選び、人 間の子供として生まれていかなければならないというものでした。 一生懸命勉強していた黒髪天使はその試験に合格し、神様に呼ばれ、あした人間界に降りて いくよう言われたのです。 そしてそれは、まだ神様に認められていないくせっ毛天使にとって、黒髪天使との別れを意味 するものでした。 くせっ毛天使はそれが嫌で泣いている。黒髪天使はそう考えていました。 「君だってもっと頑張って勉強すれば、すぐ生まれていけるんだよ?そしたら・・」 「やだ!俺は人間になんて生まれたくない!だって・・」 『人間の子として生まれたら、君のこと忘れちゃうじゃないか』 そう、天使たちが生まれ変わったとき、天界での記憶は全て消されてしまうのです。 くせっ毛天使の声にならない叫びは黒髪天使の心に響き。 彼の泣いている本当の理由がわかった黒髪天使はそれ以上何も言えなくなってしまいました。 「・・俺はそんなのやだ。」 『君が俺のことを忘れてしまうのも 俺が君のことを忘れてしまうのも』 鼻をグズグズ鳴らして、絞り出すような声で訴えるくせっ毛天使。それでも、一度決まったこと はどうしようもありません。 暫く黙っていた黒髪天使は意を決したかのように顔を上げると、変わらぬ優しい声でくせっ毛 天使に話しかけました。 「あのさ。」 「・・何?」 その柔らかい静かな呼びかけにくせっ毛天使は少し落ち着いたのでしょうか? しゃくり上げながらも、黒髪天使の顔を真っ直ぐに見つめてきます。 その健気な瞳に温かい微笑みを映しながら、黒髪天使は口を開きました。 「僕は信じてるから。」 「え?」 「生まれ変わっても君と会えるって信じてるから。」 笑いながら、でも真剣に黒髪天使は語ります。 でも、くせっ毛天使はその言葉の真意がわかりません。 「だって記憶なくしちゃうんだよ?」 「うん。」 「俺も君もお互いのこと忘れちゃうんだよ?」 「うん。」 「だったらなんで・・」 真っ赤な目を擦りながら、不思議そうに尋ねてくるくせっ毛天使。その様がとても可愛くて。 黒髪天使はとても愛しそうにくせっ毛天使を見つめます。 「だって、君のこと大好きだから。」 「・・え?」 その思いもよらない告白に、くせっ毛天使は思わずキョトンとしてしまい。 次の瞬間には目と同じ位に顔も真っ赤になってしまいました。 「確かに君の姿や声は、僕の記憶には残らないだろうけど。」 黒髪天使は静かに話し続けます。 「僕の心は絶対に、君のこと忘れないよ。」 楽しいときは一緒に笑ってくれて 悲しいときは黙って傍にいてくれて 苦しいときは一生懸命励ましてくれて 逃げ出したいときは抱き締めていてくれた 「君がいてくれたから、僕は僕でいられたんだ。」 だからそんな君のこと、忘れられるわけがない。 それが間違ってるんだとしたら、僕はこれ以上正しくなくていいんだ。 黒髪天使の穏やかながらも強い想いは、光のヴェールとなってくせっ毛天使の体を包み。 悲しかったその心はジンワリと温かくなっていきます。 頬をビショビショに濡らしていた涙もいつの間にかすっかり消えてしまっていました。 「わかった?」 「え?う・・うん・・・」 にっこり笑いながら顔を覗き込んでくる黒髪天使に、くせっ毛天使は思わずドキドキしてしまい ます。 でも 「じゃあ、もう泣かないよね?」 「・・・・・・」 一安心してそう訊いてくる黒髪天使に、くせっ毛天使は素直に返事ができません。 その様子に、黒髪天使はまた少し不安になり尋ねました。 「・・どうしたの?」 「・・寂しくないの?」 「え?」 「俺に会えない間、寂しくない?」 上目使いで少し拗ねたように訊いてくるくせっ毛天使。黒髪天使はそんな彼が可愛くて仕方が ありません。 「・・寂しいよ。」 「だったら・・」 「だから、なるべく早く生まれてきてね。」 そう言う黒髪天使の顔が、くせっ毛天使の顔に近づいてきたかと思うと チュッ 可愛い桜色の唇がくせっ毛天使の唇に触れ、次の瞬間 『待ってるから。』 小鳥のさえずりにも掻き消されそうな、ほんの小さな声がくせっ毛天使の耳をくすぐりました。 その感触が妙に心地よくて。くせっ毛天使は思わず苦笑してしまいます。 「・・ずるい。」 「そう?」 「そうだよ。」 『そんな可愛いことされたら、俺もう何も言えないじゃん。』 そんなことを考えながら、くせっ毛天使は笑ってる黒髪天使を軽く睨みます。 そして、そのまま目の前にある愛しい存在をギュッと抱き締めました。 「絶対だよ・・」 「ん?」 「俺は必ず君を見つけるから」 「うん。」 「君も絶対、俺を見つけてね・・」 「・・うん。」 懇願するくせっ毛天使の声は微かに震えていて。 黒髪天使はその不安を全て消し去るかのように、強くその体を抱き返しました。 「ずっと、待ってるからね・・」 そして、世界の全てをもふわりと包み込むような声と空気に浸りながら 黒髪天使が天界を去るその瞬間まで 二人はお互いの存在を心の奥深くに刻み込むように、ずっと抱き締めあっていたのでした。 黒髪天使が旅立ってから、くせっ毛天使は勉強の傍ら、いつも雲の上から人間界の様子を伺 っていました。 黒髪天使が自分の母親にと選んだ女性はとても美しく優しそうな人で。 日に日に大きくなっていくお腹を慈しむように、毎日優しく撫でています。 お腹の中の黒髪天使は、そのとき決まって元気にお腹を蹴り。 『早くお外に出たいよ』と張り切ってる様子が、くせっ毛天使には手に取るようにわかりました。 そして、とうとう黒髪天使が生まれる日。 1月27日がやってきました。 雲の下では、お母さんが苦しみながらも一生懸命頑張っています。 くせっ毛天使はハラハラドキドキ、心配でたまりません。 「頑張れ!お母さん!」 届かないのはわかっていても、思わず大きな声で声援を送ってしまいます。 『どうか俺の大好きな人が無事に生まれてきますように』 目を瞑り、両の手を握り締め、くせっ毛天使が心から願ったそのとき 『オギャア!』 元気な赤ちゃんの産声がくせっ毛天使の耳に飛び込んできました。 「生まれた・・・!」 赤ちゃんの声はくせっ毛天使の体中の緊張を解いてくれ。 大きな安堵のため息を吐いたあと、くせっ毛天使は雲の下を覗き込みました。 下では、お母さんに抱かれ、今まさに自分がこの世に生まれ出たことを体いっぱいで表してい る赤ちゃんの姿があります。 そしてその傍らにはお父さんらしき人が寄り添い、お母さんを労っていました。 「名前はもう決まってるのかな?」 一番気になることを考えながら、くせっ毛天使は親子三人の様子を見つめています。 すると、お父さんが口を開きました。 『名前は・・』 くせっ毛天使は耳を澄まします。 『京介・・岩城京介だ。』 お父さんの声は澄み切った光のようにくせっ毛天使の心に届き。 「岩城・・京介・・」 くせっ毛天使は思わず、その名前を口にしていました。 「岩城京介か・・綺麗な名前だね。」 そう呟いた瞬間、内側から込み上げてくる今まで感じたことのない嬉しさに、くせっ毛天使の目 には涙が溢れてきます。 「ほんと、君にぴったりだ。」 いつでも、ほんの一欠けらの曇りもない瞳で俺を見つめてくれていた君にぴったりの名前。 「俺が君を探す、一番の目印だね。」 そう呟くと、くせっ毛天使は涙で濡れた目をグイと拭い、すっくと立ち上がりました。 そして背中の翼をバサッと大きく開き、羽根を宙に舞わせると、再び人間界を見つめます。 「待っててね、岩城さん。俺、頑張るから。」 頑張って早くあなたを迎えに行くから。 「あんまり待たせたら、岩城さん、怒りそうだしね。」 そう言って悪戯っ子のようにニコッと笑うと、くせっ毛天使は雲の地面を軽く蹴り、空へと舞い上 がりました。 目指すは神様の元。 「神様〜!俺にもっと勉強教えてくださ〜い!」 くせっ毛天使の元気な屈託のない声は広い天界中に響き渡りました。 その声に反応したお陽さまはオレンジ色の暖かい光を発し 木々は己を包んでいる全ての葉を鳴らし 小鳥はその音楽に合わせて歌い始め 天界中が新しい命の誕生をお祝いしたのです。 俺が君を見つけるまで どうか健やかに ここにいたときと変わらぬ綺麗で 純粋で 優しい人に どんなに時が経っても色褪せることなく 心の中に響き いつか僕達を引き寄せる それがきっと 天使の約束だから それから五年後、くせっ毛天使は人間の子として生まれることになります。 彼らは無事にお互いを見つけることができるのでしょうか? そのお話はまた次の機会に・・ end このお話を考えるにあたって、オーストラリアで聞いた先住民アポリジニ人の言ったとされる言葉にすごく影響を受けました。 もうすぐ赤ちゃんが生まれる夫婦に、村の酋長はこういう話をするんだそうです。 「お前たちの赤ちゃんは天界でたくさんの修行をし、お前たちを親に選んで生まれてくるんだ。厳しい修行をして生まれてくる子供は親であるお前たちより偉いかもしれない。だから、むやみに怒っちゃいけないよ。」 胸が締め付けられる思いがしました。大きく広がる森の中で聞いたこの話、いつか書いてみたいなぁと思ってたんですが・・ 私が書けばこんなです・・こんな拙い話を読んでくださってありがとうございます。 |
切なくて可愛くって・・・そして幸せなお話ですねv
雲の上で芽生えた想いは下界に降りても変わらず
2人を結びつけていくのです・・・・・とっても素敵です
岩城さんを見守る香藤くんの涙が印象的です
ユッカ様からのプレゼントです
ありがとうございます・・・・v