欲しいのは・・・
岩城たちの家のリビングに掛かっているカレンダーには二人のスケジュールが記入してある。
書き込むのはもっぱら香藤で、時々岩城から手帳を借りては自分のスケジュールと一緒にいそいそと書き込んでいる。
その時に岩城の手帳に自分の、自分の手帳に岩城のスケジュールを書き込むのは言うまでもないことである。
もっともカレンダーの記入スペースは限られているので、その日のメインの仕事や長期ロケの予定そしてオフの予定だけしか書けないが。
二人揃ってオフの日などは赤丸で印が付いていたりして、岩城は内心それだけは止めて欲しいと思っていた。
昨年末にも香藤は岩城から手帳を借りると真新しいカレンダーにせっせと記入していた。
「むふふふふふふ。」
香藤の突然の不気味な笑い声に岩城が手元を覗き込むと、1月27日の枠いっぱいに赤い大きな字で<岩城さんの誕生日v>と書かれていた。
「……香藤、何もそんな大きな字で書かなくてもいいだろう。」
恥ずかしさ半分、呆れ半分で岩城が言うと香藤は顔を上げて真剣な目つきで見つめてきた。
「何で?これ以上はないくらい大事な事なんだから大きく書くのは当たり前でしょう。」
そう言うと再びカレンダーに目を落とし自分の書いた文字を嬉しそうに見る。
「でも、金子さんも清水さんも分かってくれてるよね〜。ちゃんとオフにしてくれてるんだから。」
枠いっぱいにそう書かれているという事はその日は二人とも仕事の予定が無いという事で。
気の利き過ぎる二人のマネージャーはその敏腕振りを遺憾なく発揮してオフを獲得してくれていた。
もっとも、その日に仕事を入れて香藤に恨みがましい目で見られたくないという私情も少なからずあったが。岩城は二人の気遣いを嬉しく思う反面、申し訳ないとも思っていた。
誕生日だからと言って恋人と過ごすために揃ってオフを取る芸能人などそうはいないのだから。
そんな複雑な岩城の心情をよそに香藤はひたすら嬉しそうだ。
「プレゼントは何にしようかな〜。」
などと呟いている。
(あいつ、またあれこれ迷って買い過ぎるんじゃないだろうか。)
たとえ香藤自身がそう思っていなくても自分のために無駄遣いをさせるわけにはいかないと考えた岩城はある事を思いついた。
「香藤、今度は俺が欲しい物をリクエストするからそれをプレゼントしてくれ。」
「へっ?」
香藤は一瞬わけが分からないといった顔をしたがすぐに満面の笑みになった。
「そっか。そういうのもいいよね。それで何が欲しいの?」
香藤に問われ岩城は返事に困る。
「…いや、ちょっと思いついたから言ってみただけで、まだそこまでは考えてない。」
「なんだ、そうなの。でもいいや。岩城さんの欲しい物プレゼントするから決まったら教えてね。」
香藤はちょっとがっかりした素振りを見せたがすぐに気を取り直してそう言った。
「分かった。」
岩城も微笑んでそう答えた。



「ねぇ、欲しい物決まった?」
年が明けると香藤は毎日の様に訊ねてくるようになった。
最初のうちは「決まったら言うからそう毎日訊くな。」などと文句を言っていた岩城も日が押し迫ってくると強くは言えなくなっていた。
香藤も自分と同じ様にきついスケジュールに追われる身なのだからいつでも買い物に行けるという訳ではない。
早く決めなければと思うものの、いざ考えてみると特別欲しい物があるわけでもなく岩城自身も困り果てていた。
「ただいまー。岩城さ〜ん。」
先に帰宅した岩城が考え込んでいると玄関の開く音と同時に香藤の大きな声が聞こえた。
そして迎えに出る間も無くバタバタという足音とともにリビングに駆け込んできた。
「岩城さん、ただいまv」
香藤はソファに座る岩城の隣に腰掛けると改めて帰宅の挨拶をする。
「お帰り、香藤。」
岩城も優しく微笑で迎えた。
「ねぇ岩城さん、もう決まった?」
香藤は期待に満ちた目で岩城を見つめて問いかけた。
岩城は一瞬言葉に詰まると目を伏せて小さな声で答えた。
「…まだだ。」
それを聞いた香藤は落胆を顕わにした。
「えぇ〜っ、まだなの〜。」
香藤の大きな声に岩城は何か言いたそうに口を開きかけたが悪いのは自分だと思い何も言わずにそっぽを向いた。
「岩城さん、後10日しかないんだから早く決めてね。それから言っとくけど思いつかないから何もいらないってのはなしだからね。」
香藤は岩城の両肩に手を掛けて振り向かせると念を押す。
俯いて答えない岩城の顔を香藤が覗き込む。
「そんな困った顔しないでよ。岩城さんが言い出したんだよ。じゃあこうしよ。後3日経って何も思いつかなかったら俺が選んだ物をプレゼントする。それでいいでしょ?」
香藤の提案に岩城はやっと顔を上げて応えた。
「分かった。3日だな?ちゃんと考えるから。」



先に風呂を使った岩城は寝室に上がっていた。
あの後もなんとなく気詰まりでぎこちない会話しか交わせなかった。
こんな気持ちのままで眠りたくないと思った岩城は自分から誘いをかけることにした。
といっても言葉で直接言うのは恥ずかしいので香藤のベッドに入り待つことにした。
布団をめくりそっと身体を滑り込ませる。
横たわった岩城は何か違和感を感じた。
その違和感の正体が分からず何度か寝返りを打ってみる。
しばし考えて今度は自分のベッドに横になってみた。
次に二つのベッドの間に立って交互に体重をかけ手で押さえてみる。
そして自分のベッドに腰掛け考えていたが何か思いついたらしい途端に顔を真っ赤に染めた。



香藤が寝室に入ると岩城は自分のベッドに腰掛けて俯いていた。
「岩城さんもしかしてまだ考えてるの?」
香藤の問いかけにも岩城は無言で俯いたままだった。
(岩城さん意地っ張りだからなぁ。自分で言い出した以上絶対何か考えなきゃって意地になってるんだろうなぁ。)
香藤がそんな事を考えていると突然岩城が顔を上げた。
「香藤、欲しい物決まったぞ。」
いきなり言われて香藤がその意味を理解するまで数秒掛かった。
「え、あホント?それで何が欲しいの?」
岩城は自分の座っているベッドをぽんぽんと叩いた。
「これが欲しいんだ。買ってくれ。」
まっすぐ見つめてくる岩城の視線を受け止めながらも香藤の頭の中には「?」が飛び交っていた。
「…え〜っと。それはどういうこと?新しいベッドが欲しいって事なのかな?」
戸惑いながら訊ねた香藤に岩城は手招きをする。
「ベッドじゃなくて俺が欲しいのは新しいマットだ。」
岩城は立ち上がると香藤の手を取って自分のベッドの上に置いた。
「俺のとお前のと両方押さえて比べてみろ。」
香藤は言われるままに二つのベッドを交互に押さえてみる。
「あれ?なんか違う。岩城さんのベッドの方が柔らかい。何で?岩城さんの方が寝相が悪いから?」
ガツン。
香藤の頭に拳骨が落ちる。
「バカヤロウ。お前の方が寝相が悪いに決まってるだろう!」
岩城に怒鳴られ殴られた痛みも相俟って香藤は涙目になりながら抗議する。
「何も殴らなくてもいいじゃん。じゃあ何で岩城さんのベッドの方が先に傷んじゃったの?」
香藤の問いに岩城は大きなため息をついてから答えた。
「俺のベッドの方が荷重が多く掛かったからだ。」
「へ?何で?体重変わらないでしょ。っていうか岩城さん最近痩せたからむしろ俺より軽いでしょ。」
香藤はますますわけが分からないといった顔になる。
「普通に使ってるだけならこんな事にはならなかっただろうな。」
「???」
ほんのり頬染めた岩城にそう言われても香藤はまだ分からない。
焦れた岩城は顔を真っ赤にして叫んだ。
「だからっ。お前がしょっちゅう盛って俺のベッドに潜り込んで来るからだろうが!!」
そこまで言われて香藤はやっと思い当たった。
「あっ、そうか。岩城さんのベッドでする方が断然多いもんね。二人分の体重が掛かれば早く傷むのは当たり前だよね。しかも激しい運動までしてるし。」
苦笑いする香藤を真っ赤な顔のままキッと睨んだ岩城だがそれ以上責めるつもりはなかった。
香藤が求めてきた時拒まずに受け入れたのは自分なのだから。
求められる事に身体を重ねる事に幸せを感じていたのだから。
「なんか最近睡眠をたっぷりとっても今ひとつ疲れが取り切れない気がしてたんだが。マットの寿命がきて柔らかくなり過ぎてたからみたいだな。」
「そうだったの?でもそういえば岩城さん。何でマットが傷んでる事に急に気づいたの?」
香藤がふと浮かんだ疑問を投げかけた瞬間、元に戻っていた岩城の顔がまた真っ赤に染まる。
「そっそれはっ、そのっ。さっきお前のベッドに寝てみたから…。」
こういうことに関しては察しのいい香藤はすぐに岩城の言葉の意味を理解する。
いつもならわざと分からない振りをして岩城にはっきり言葉にさせもっと恥ずかしがらせようとするのだが、今は首筋まで真っ赤にして俯く岩城があまりに可愛くて香藤自身も我慢できなくなっていた。
「くすっ。岩城さんから誘ってくれるつもりだったんだね。スッゴク嬉しいよ。じゃ、今夜は俺のベッドでね。」
そう言うと香藤は岩城を抱き寄せキスをしながら自分のベッドにゆっくりと押し倒していった。
翌日香藤は即行で家具店に新しいマットレスを注文し、岩城の誕生日に届けて貰うように手配した。



誕生日の午前零時を過ぎるとともに香藤はキスと祝いの言葉を贈った。
「誕生日おめでとう。岩城さん。」
「ありがとう。香藤。」
香藤としてはそのまま岩城を頂いてしまいたかったのだが、岩城の誕生日なのでその気持ちを尊重し、今夜で最後だからと岩城のベッドでただ抱きしめあって眠った。
傷んだマットレスでは大人の男二人分の体重を支えるのは無理があったが、それでもこの上で何度も身体を重ね愛しあったのだと思うと寝心地の悪さなど気にならなかった。
そして朝、食事を済ませるとすぐに寝室を丁寧に掃除する。
岩城のベッドからシーツをはがし二人掛りでマットをベランダに持ち出し軽く叩いて埃を払う。
新しいものを届けてもらう際にこれを処分して貰うように頼んでいた。
岩城が名残惜しそうにマットを撫でるのを香藤は優しい眼差しで見守っていた。
午後の早い時間に新しいマットレスが届けられる。
ベッドにセットされたそれにきっちりとシーツを掛けると寝心地を試そうと早速岩城が横たわった。
「やっぱりこれくらいしっかりしてる方が寝心地がいいな。香藤、ありがとう。」
ベッドに横たわったままにっこり微笑んで見上げてくる岩城に、香藤がその気にならないはずはなかった。
「岩城さん、俺も寝心地試してもいい?」
そう言ったが早いか岩城の上にのしかかった。
「こ、こら、香藤。夜まで待てないのか?」
岩城は身を捩って香藤から逃れようとするががっちり押さえ込まれていて叶わない。
「今すぐ岩城さんが欲しいよ。どうしてもダメ?」
香藤に叱られた仔犬のような目で見られては岩城が拒みきれるはずもなく、目許を朱に染めながら頷くしかなかった。



お互いに頂点を極めたあと荒い息を整えながら岩城は思う。
この調子で行けばこのマットも香藤の物より早く傷んでしまうかもしれない。
それを避けるためには時々香藤のベッドに入って自分から誘いを掛けるしかなさそうだ。
そんな事を考えていると心地よい疲労感から睡魔に襲われた。
香藤が気がつくと腕の中の岩城から静かな寝息が聞こえていた。
「岩城さん寝ちゃったんだ。俺も眠いや。一緒に寝ようっと。」
香藤は床に置いてあった布団と自分の腕で岩城を包み込む。
「おやすみ岩城さん。夜は腕によりをかけてご馳走作るから楽しみにしててね。」
そう囁いて香藤は岩城の額にキスを贈る。
暫く後には冬の柔らかい日差しに包まれて抱き合って幸せそうに眠る二人の姿があった。





おわり



                                  '04.1.21 グレペン


これは盲点でしたわvvv 
プレゼントがマット! ベッドのマット!!
素敵ですう・・・妄想爆発です!(笑)
香藤くんのベッドに入ろうとする岩城さんが可愛い〜可愛すぎです!
どっちのマットも長くは使えないと言うことで・・・きゃあv
グレペン様からのプレゼントです
ありがとうございます・・・・v