雪の降る町
『初雪が北海道で観測されました。』 『いよいよ冬到来ですね。』 「雪か…。北だと本当にホワイトクリスマスなんだろうな。」 香藤は岩城の膝の上に頭を乗っけてソファーに寝転がりテレビを見て呟いた。 「そうだな。東京では12月24日頃雪が降るなんて最近ありえないからな。」 「あーいいな雪、ホワイトクリスマス!!ねえ、岩城さん今年は雪の降るところでク リスマスしない?」 がばっと起き上がると香藤は岩城に詰め寄る。 「仕事オフ取れるのか?お互い…。」 「取れるのかじゃなくて、取るのっ!」 最近、落ち着いたかと思ったら、こういうところだけは香藤はまだ我がままで子供 っぽい。 「香藤、無理から休みとって雪、観にいくのか?」 「えー嫌なの?」 ちょっと顔をしかめながら岩城は言った。 「正直に言っていいか?雪国の人間はな、雪なんてうんざりで。ウインタースポーツ とかいってありがたがるが、冬の体育の授業と言えばスキーだし、学校へ通うのにス キー履いてしかいけない子もいたり…。わざわざお金払ってまで寒い所に行きたくな いってのが本音なんだ…。どうせなら南の暖かい所に行きたがる…。」 「なんで?俺と一緒なんだよ、暖かいに決まってるよ。」 香藤は岩城を抱き締めて、訳のわからないことを言っている。 「そりゃ、お前は平熱、俺より高いからな。」 クックックッと岩城が笑った。岩城の平熱は36度、香藤は36.5度。 「駄目?ホントに駄目?」 餌を待つ犬のような愛らしい目で、香藤は岩城の応えを待つ。 可愛い香藤の我がまま。飼い主としては叶えてやらない訳にいかないだろう。 「香藤、雪が好きなんだよなお前?」 「雪も好きだけど、寒いと自然と岩城さんが俺に密着してくれるかなあーって。」 「お前は俺にいつもくっついてるだろ。夏だろうが冬だろうが…。」 「俺から岩城さんにくっつくこと多いけど、岩城さんからっていうのは、ベッドの中 以外じゃあんまり…。」 言葉より先に岩城の拳骨が香藤の頭に飛んできた。 「痛いっ。岩城さん、あんまり叩くと俺、余計に馬鹿になるよっ!」 「ばかっ、しつけだ、しつけ。公衆の面前で何かしようとするお前の方がおかしいだ ろう?」 「寒い所だと二人で抱き合ってても不自然じゃないかと思って言ったのに…。雪山で 遭難したら裸で暖め合うっていうのはお約束だし…。」 毎度の事ながら香藤の発想には飽きれる。このままだと、裸で暖め合いたいがため だけに、雪山へ連れて行かれそうだ。 大きな溜息が岩城から漏れた。しかし、岩城は雪国に行きたいと言った香藤の提案 から、ある計画を思いついていたのだ。 「そんなに言うなら…。思う存分、雪と戯れられる場所に俺が連れてってやるぞ。」 「ホント、いいの?12月24日・25日俺さっそくオフ取るからね!」 有言実行とばかりに、香藤はマネージャーの金子にスケジュール調整の電話を入れ た。 旅行の手配は岩城が全部してしまって、香藤には行き先を告げてくれなかった。 待ちに待った12月24日、東京から新幹線に乗り、駅からタクシーに乗り継いで二人 が降り立った場所…。 「岩城さん、ここは確か岩城さんの家だと思うんですけど…。」 「そうだ、何か文句あるのか?」 「二人っきりのスィートホワイトクリスマスはどうなるの?」 「まあ、俺にまかせておけ。」 新潟だから既に一面の銀世界…。 しかし、ココはずいぶん敷居は低くなったとはいえ、香藤にとっては何かと緊張す る岩城の実家。 「ただいま。」 「お邪魔しまーす。」 カラカラッと引き戸を開けると岩城の義理の姉の冬美と抱っこされた日奈、お手伝 いの久子が出迎えてくれた。 「お帰りなさい。京介坊ちゃん。」 「いらっしゃい香藤さん。」 「うー、あー」 日奈も必至で歓待しているつもりらしい。 「急に押しかけてすみません。姉さん。これ、日奈へのクリスマスプレゼント。」 「いつも気を使って戴いて。それに、助かります…今年も主人、ギリギリまで仕事で すし。」 前の正月同様、二人に用意されていたのは二階の部屋だった。しかし、ちょっと異 なるのは今回、炬燵がないことだった。 「岩城さん、寒いよー。炬燵ないなんてー。」 「俺がいらないって言ったんだ。ストーブはあるし、炬燵のかわりにホットカーペッ ト入れてくれてるだろ?」 「炬燵が良かったな俺…。」 「お前が炬燵に拘るのは暖房機器としてではないだろう?」 岩城は香藤の鼻を摘んだ。 「しょんなことにゃいよ。岩城しゃん。」 「さあ、すぐ暖かくなる事させてやるからブツブツ言うな。」 「暖かくなる事?ホント?」 岩城の言葉につられてホイホイと香藤は岩城の後ろを付いていった。 「早く出て来い、香藤っ!」 「えー、何するの庭に出てー。暖かい事するんじゃなかったの?」 香藤は渋々、コートを羽織り、岩城によって用意された滑り止め付きゴム長靴を履 き、縁側から庭に降りた。 「そっちに置いてある梯子持ってきてくれ。」 「はいはーい。」 梯子を担いで、香藤が岩城の声のする方にやって来ると、岩城がシャベルを二本持 って待ち構えている。 「何するの?」 「雪下ろしだ。俺が先に屋根に登るから手伝え。」 岩城が雪に戯れると言った意味を今やっと、香藤は理解した。 「確かに雪を見たいとは言ったけど…。」 シャベルを持って屋根へ上っていく岩城の後ろ姿を見ながら香藤が呟く。 「さっさとお前も上がって来い。」 おっかなびっくり、香藤は慣れない足取りで屋根に登る。ボードで滑るのは得意だ が、雪の積もった屋根に登るなんて生まれて初めてだ。 「けっこう雪固いね。スキー場とかのだとフワフワだけど…。」 「雪が降った後、晴れ間に溶けて、夜に冷え込んで固くなるからな。縦に切り込みを 入れて、横から切り込んで、下からすくって、地面に放り投げる。これの繰り返しだ。」 屋根に降り積もった雪を二人で下ろす。寒かったのは最初のうちだけ。すぐに額に 汗がじんわりにじんで来た。雪下ろしは大変だ。子供の頃からやり慣れている岩城と 違って、香藤はもうヘトヘト…。 「岩城さん、一服しちゃだめ?」 「だめだ。日が暮れてしまわないうちにやってしまわないと。」 「俺の方が体力あるはずなのに。なんで岩城さん、今日は元気なの?」 屋根の上で香藤が座り込む。 「コツだろうきっと。」 「コツねっ。じゃあコツが無い分、俺は愛でカバーだっ!岩城さんのためなら、えー んやこーら。」 香藤は再び立ち上がり、掛け声とともに勢いよく、雪を下に放り投げた。 「香藤、全部雪を下ろしたら駄目だぞ。」 「えっ?」 「必ず10cmほど残すんだ。じゃないと、足元が滑って、屋根からお前が落ちるから な。」 「ひどーい。落ちるときは岩城さんも一緒だからね。」 「あー疲れた。」 額の汗を香藤は首から下げたタオルで拭う。 「雪を充分堪能できただろう?」 岩城はニヤリと笑った。 「えー、お蔭様で〜。岩城さんにまんまと嵌められましたとも。」 「冬の間は週に一度は兄貴と親父と雪降ろししたもんだ。大変なんだけど公然と屋根 に登れるのが嬉しくて。作業を終えた後もずっと屋根に座って、景色眺めたり、星み たり。」 「星、東京よりはたくさん見えそうだよね。今日も見えるかな?」 新潟も都会になったとは言え、人が溢れかえる東京よりもここの空気が数倍も澄ん でいるのは香藤も体で感じられた。 「ある年のクリスマス、俺はツリーが欲しくて泣いた時があったんだ。そしたら、兄 貴が庭の松の木に折り紙をたくさんぶら下げてくれて。それから岩城家のツリーはあ の松の木になった。」 岩城は庭にある松の木を指差す。 「アハハ、それで、松に電球やらオーナメントがぶら下がってたんだ。」 「日奈にはもみの木、買ってやればいいのに。」 「きっと、お兄さんも岩城さんとの思い出大事にしてるんじゃない?」 岩城と香藤は暫く屋根に座って、肩を寄せ合い新潟の町を見ていた。 冬独特のクリアな高い空。ビルや民家の谷間から見える雪山の稜線。 夕焼けの赤が、雪に反射してあちこちでキラキラと煌いている。 「ここが岩城さんの生まれ育った町なんだ。」 「ああ。今年の新潟は悲しいことが多かったけどな。」 「そっか…。」 「兄貴もその関係で走りまわっているみたいで、正月はできないって話だったから…。 せめて少しでも力になりたくてな。といっても、俺にできるのは家の雪下ろしぐらい だが…。すまなかった香藤、俺につき合せてしまって…。」 岩城は香藤に頭を下げた。 香藤は岩城の顎に手をかけ、上を向かせると唇を重ねた。 「そんな事…。俺にとって岩城さんといられるなら、何処でもパラダイスなんだから。」 「俺もだ…。香藤と一緒なら…。」 そう言うと岩城は香藤を抱き寄せ、大きな夕日をバックに改めて二人は口付けを交 わした。 「二人ともお夕飯にしますから、降りてらっしゃい。」 久子の声がした。 「はーい。」 「降りるか?」 「ちょっと名残おしいけどね。」 「香藤、気をつけて降りてこいよ。」 岩城は先に地上へ降りた。 「いくら俺でもそんなへまは…。」 ドンッ! 梯子の最後の段を踏み外した香藤は、地面に尻餅をつく。 「痛いっ。腰、俺の大事な腰が…。」 「言ったしりからお前はもう。湿布貼ってやるから早く家に入れ。」 香藤の腕を取ると岩城は引き上げた。 「もう、全然色気ないよーそんなのー。今晩はクリスマスだよ、聖夜だよ!わかって んの?岩城さーん。」 「君も雪下ろししてくれたんだってな。」 雅彦は岩城が帰ってくるというので、今日は早めに仕事を終えて戻ってきた。 そして、居間でズワイガニ鍋を囲んでいる。鍋の横には雅彦が買ってきた日奈用の クリスマスケーキ。 香藤の家では母親と妹の影響か、毎年食卓には七面鳥の代わりのフライドチキンと 手作りのブッシュ・ド・ノエルが並んでいたりする。クリスマスも家によって随分違 うものだと香藤は思った。 「はい。けっこう雪って重いし、重労働なんですね。でも、婚家のお役に立つのは嫁 の勤めですから。」 「君はうちの嫁なのかね?」 岩城の父親が目を白黒させている。 「婿ですか?俺はどっちでもいいですけど、岩城さんどっちにしておけばいい?」 「そんな事、俺に聞くな。」 真っ赤になって岩城はそっぽを向いた。 「仲のおよろしいこと。京介坊ちゃまがお幸せでひさは安心しました。」 「久子さんまで…。」 岩城はこの場にいたたまれなくなった。香藤と自分の仲。家族に公認で祝福される 事は正直嬉しい。だからこそ、余計照れる。 「部屋寒くなかったですか?京介さんが炬燵は絶対おかないでくれって仰ったし、主 人もそうしろって言うので出さなかったんですけど。」 冬美がすまなさそうに香藤に言う。 「そうでしょー。俺、寒がりだから炬燵大好きなのに。岩城さんいじわるして。酷い と思いません?まあ、俺、体温高いんで岩城さんとくっついてれば寒くないんですけ どね。」 ここは岩城の実家なのに…。香藤はいつもの調子で惚気全開だ。 ーここをどこだと思ってるんだ。香藤は…。 香藤の言葉を聞いて岩城は淡々と口を開いた。 「姉さん、今晩別の部屋に俺の布団引いて良いですか?」 「えっ?京介さん…。」 「そうだな。たまには俺と昔がたりでもするか京介?冬美すまないが、俺の布団も 一階の客間に移してくれ。美味い日本酒あるから開けてやろう。」 「兄貴、そうさせてもらうよ。久しぶりだな兄貴と枕並べるの。寝るまで雪見酒なん て風流だし。あっ、香藤、一人じゃ寒いだろうからお望みどおり二階に炬燵出してや るからな。」 「えっ、えーーーーーーーー。」 ー俺のスィートホワイトクリスマスは?雪見えっちはどこへ〜。 しんしんと降り積もる雪の町に香藤の泣き声が木魂した。 END ’04.12.15 まつり |
※花園との連動作品です
確かに、雪と戯れる所ですね!
雪下ろし・・・・そりゃあ大変だ、香藤くんv
私も経験がないので楽しく読ませて貰いました
嫁か婿か・・・あの香藤くんの小器用さは嫁の方が似合うかも!?(笑)
雪見えっち・・・いつか出来ると良いねv
まつりさん、楽しいお話ありがとうございましたv