heaven and hell?
金子の車に送られて帰宅した香藤は真っ暗な家の玄関を開けた。 家の中はしんと静まり返えり寒々としていた。 香藤は小さくため息をつくとスリッパを履いてリビングに向う。 普段はスリッパを履かない香藤だが冬場の床の冷たさには耐えられなかった。 灯りを点けエアコンのスイッチを入れコートを着たままでソファにどさっと身体を預けた。 「あ〜あ、岩城さん今頃何をしてるんだろうな。」 岩城は2日前から泊まりのロケに出かけていた。 メールや電話で連絡は取り合っているものの顔を見れないのはやはり寂しかった。 特に年末から10日以上もオフでべったり一緒に過ごしたのでいっそう寂しさを感じる。 「さっき仕事終わったって電話したからまた電話するわけにいかないよな。寝る前にお休みコールしよう。」 エアコンからは勢いよく温風が吹き出しているがリビングはなかなか暖まらない。 「はあ〜っ、岩城さんがいないとこの部屋も寒い気がする。」 香藤は膝を抱えてまたため息をついた。 精神的な寒さもあるだろうが実際気温もかなり下がってきていた。 天気予報がこの冬一番の寒波の到来を告げていたが消沈していてテレビを見なかった香藤が知る由もなかった。 翌朝、香藤は肌寒さを感じて目が覚めた。 「うう〜っ、なんでこんな寒いんだよ。もうちょっと寝れたのに。」 ガウンを羽織って震えながらカーテンを少し開くと外は一面の雪景色になっていた。 「うわ〜すげえ積もってる。岩城さんにも見せてあげたいなあ。」 岩城の帰宅は明日の夜、それまでには解けてしまうだろう。 香藤は携帯で写真を撮り岩城に送ろうとしたがふとその手を止めた。 「普通に写真撮ってもつまんないよな。せっかく早く目が覚めたんだし。」 香藤はいいことを思いついたというように嬉しそうに寝室を後にした。 早々に出かける支度を終えた香藤はスノボウエアを上に着て長靴を履いて外へ出た。 物置からスコップを持ってくると玄関前や階段に積もっている雪を下ろしていった。 全部下ろし終わると門の内側には結構な量の雪が溜まった。 香藤はそれを見て満足そうに微笑むと続く作業を始めた。 「できた〜っ!」 数十分後出来上がったのはちょっと小振りながらも立派な雪だるまだった。 ご丁寧に蜜柑で目、人参で鼻、胡瓜で口までつけてある。 「我ながら上出来じゃん。」 香藤が自画自賛していると門の前に金子の車が止まった。 インターフォンを押そうとした金子は門の内側に香藤を見つけ声をかける。 「香藤さん、おはようございます。何なさってるんですか?」 「あれ、金子さん。もうそんな時間?」 香藤は門を開けて金子を招き入れながら訊ねた。 「いえ、雪が積もったんで早めに出た方がいいと思って。何度かお電話したんですが。」 「ああそうなんだ、ごめん。ずっと外にいたから気づかなかったよ。」 金子は香藤と雪だるまを交互に見た。 「ずっとこれを作ってたんですか?」 「うん、そう。なかなかよくできてるでしょ。」 「はあ。」 「すぐ着替えてくるから写真撮ってくれる?岩城さんに送りたいんだ。」 そう言うと香藤は金子の返事を待たずに階段を駆け上っていった。 着替えと言ってもブーツに履き替えスノボウエアを脱いでコートを着るだけなのであっと言う間に終わる。 金子のところまで駆け戻ると携帯を差し出した。 「お待たせ。それじゃ写真撮って。まだ時間あるよね?」 「ええ、かなり余裕を見てありますから。それじゃ撮りますよ。」 金子は渡された携帯で香藤と雪だるまのツーショットを撮った。 「これでいいですか?」 香藤は今撮ってもらった画像を確認すると嬉しそうに笑った。 「うん、オッケーだよ。ありがと金子さん。それじゃあ行こうか。あっと、その前に。」 香藤は雪だるまから蜜柑、人参、胡瓜を取ると鞄に放り込んだ。 「帰るまでにはかなり解けて落ちちゃうだろうからね。」 そのまま車に乗り込んだ香藤は早速岩城宛のメールを打ちはじめた。 次の日の夜、岩城が帰宅するころには雪だるまはほんの僅かな雪の塊になっていた。 岩城は雪だるまを作る香藤の姿を思いうかべ小さく微笑んだ。 「ただいま、香藤。」 玄関を開け声をかけるが返事は無かった。 少し訝しく思いながらリビングのドアを開けるとむっとするほどの暖気が流れ出てきた。 中に入ればセーター一枚でも汗ばみそうなほど高温になっている。 そんな中香藤は毛布に包まるようにしてソファに横になっていた。 「おい香藤、こんなに暑くして何してるんだ。」 近づいて顔を覗きこむとその額には冷却剤が張られ唇がかさかさに乾いている。 驚いて首筋に手を当ててみるとかなり高熱を出していることがわかった。 「おい香藤、起きろ。香藤。」 肩を揺さぶられ香藤が目を開いた。 「あ、岩城さんお帰りなさい。」 「お帰りなさいじゃないだろう。そんなに熱があるのにちゃんと寝てないとダメじゃないか。」 「だって岩城さんが帰った時リビングが真っ暗だと寂しいだろうと思って。それにちょっとでも早く岩城さんの顔見たかったし。」 こんな時にまで自分の事を考えてくれた事に岩城の胸は熱くなる。 「そうか。俺も早くお前に会いたかったよ。ただいま。」 頬にキスを受け香藤が嬉しそうに微笑む。 「薬は飲んだのか?飯は?それより早くベッドに入った方がいいな。寝室のエアコンは入ってるのか?」 矢継ぎ早な質問に香藤はぼ〜っとする頭を何とか働かせ答える。 「うう〜、ごはん食べてないから薬飲んでない。岩城さんごめんね。何か美味しいもの作っとこうと思ってたのに。」 「バカ、風邪ひいてる時にまでそんな気を使わなくていい。ベッドに入る前に着替えた方がよさそうだな。寝室のエアコンは着替えを取ってくるついでに確かめてくるよ。」 岩城は夕食の出前を頼むとパタパタと二階に駆け上がっていった。 その後岩城はこまごまと香藤の世話を焼いた。 食事が済んだ香藤に薬を飲ませ、着替える時に身体を拭いてやり、寝室まで肩を貸した。 ベッドに横になった香藤に首元までしっかり布団を着せ掛ける。 「香藤、息苦しくないか?寒くないか?」 「うん、大丈夫。岩城さんごめんね、疲れてるのに。」 「さっきも言っただろ。こんな時にまで気を使わなくていい。今は早く直すことだけ考えろ。」 「うん、わかった。」 「ほら、目を瞑って。」 促され目を瞑った香藤の髪を岩城が優しく撫でる。 その心地よさにまもなく香藤は深い眠りに落ちていった。 翌日の香藤の仕事は雑誌の取材が一本だけだったので金子に調整を頼みオフにしてもらった。 岩城も三本の取材だけだったので午前中で終わった。 香藤はベッドの中で過ごしながらも岩城に甲斐甲斐しく世話を焼かれ幸せだった。 献身的な岩城の看病のおかげか夕方には香藤の熱は微熱になっていた。 岩城お手製のリゾットで和やかに夕食をとる。 「そう言えば香藤、いつから具合悪かったんだ?2日前の朝のメールの写真は元気そうだったよな?」 「う〜ん、あの日の夕方くらいからかな。ちょっと寒気がするかなあ程度だったんだけど昨日の朝起きたらかなりだるくて。仕事はテレビが一本だけだったから何とかこなしたけど。」 それを聞いた岩城はふとあることを思いついた。 「香藤、雪だるまを作った後ちゃんと汗拭いたか?」 「え?ううん、できたとこに丁度金子さんが迎えに来て上着だけ変えてすぐに出かけたよ。」 なぜそんな事を聞くのかときょとんとした香藤と裏腹に岩城は額に手を当て俯いていた。 「香藤。」 明らかに岩城の声のトーンが下がっていた。 「何、岩城さん?」 香藤は何かまずいことを言ったのかと背筋がスーッと寒くなった。 「何、じゃない。あれだけの雪だるまを作ればかなり汗を掻いただろう。それをちゃんと拭かないから身体が冷えて風邪を引いたんじゃないか。」 「あー…ははははは……」 岩城に指摘されて初めて風邪の原因に気づいた香藤は乾いた笑いをするしかなかった。 こうして香藤の幸せな時間は終わった。 それから十日ほど経ったある日。 帰宅した香藤が鞄からポーチを出すと嫌な臭いの染みができていた。 不審に思って鞄の中を確かめてみると底の方から萎びた人参と胡瓜、そして腐って潰れた蜜柑が出てきたのだった。 終わり 04.12.29 グレペン |
香藤くんの看病をする岩城さん・・・・ツボですv
きっと慣れない手つきでかいがいしくお世話をするんだろうなあ・・・
そんな岩城さん・・・素敵ですv
雪だるま作りで風邪をひいちゃう香藤くんがキュートですv
グレペンさん 可愛いお話ありがとうございますv