雪の夜 

  ドサッ……。暗闇に響く大きな音に香藤は目覚めた。
「ぅん?」
 そっとベッドサイドの時計に目をやる。午前四時半すぎだ。何の音だろう、今の音はベランダだったぞと、胸元に寄り添う岩城の身体を動かさないように身を起こそうとした時、岩城が口を開いた。
「雪だよ、香藤。積もった雪が屋根から落ちた音だ」
「ごめんね、岩城さん。起こしちゃった?」
「いや。俺も今の音で目が覚めたんだ」
 香藤は起こしかけたからだを再び戻し、岩城を抱き寄せた。
「岩城さん、俺たちがベッドに入る前は雪、降ってなかったよね? あのあと積もるくらいに降ったってこと?」
「ああ、たぶんな」
「雪が降るってわかったの? あ、だからさっき窓の外を見てたんだね」
 風呂から上がった香藤がタオルで頭を拭きながら寝室のドアを開けると、パジャマ姿の岩城が寝室の窓のカーテンの隙間からじっと外をのぞいていた。岩城の瞳は何かを待つように静かに夜空を見上げていて。香藤は岩城を後ろから抱きすくめ、うむを言わせずそのままベッドの中に引きずり込んだのだった。
 年末年始のテレビ番組は芸能人のかき入れ時と、事務所に思いっきり仕事を入れられて、岩城との夜は三週間ぶりだったから。岩城のTV番組やCM、週刊誌の記事をいくら見ても、直接岩城と触れ合えないさびしさは募るばかりだったから。
 岩城を抱いて口づけて。愛撫して貫いて。雪の音で起こされるほんの少し前まで、香藤は岩城を攻め続けていた。
「……か、とう…もうっ。……ああっ」
 岩城の「もう」が“もうイカせてくれ”の「もう」なのか、“もういい加減にしろ”の「もう」なのか。そんな疑問が頭をよぎったことを思い出す。
「岩城さん、寒くない?」
 声をかけると、無言のまま岩城が身を寄せてきた。自分のほうからもからだを寄せ、寒くないように岩城の背中の毛布と布団を整える。そして、岩城の額に小さく口づけして香藤は再び目を閉じた。

 香藤の指に髪をすかれながら、岩城は雪の夜の静けさに耳を澄ませていた。
 豪雪地帯の新潟に育ったせいだろう、雪が降る直前にはその気配がわかるような感覚があった。空気が凍って静けさが増すような感じ。その感覚が間違っていないことを確かめるようにじっと空を見上げていると、ちらちらと白く風に舞うものが見え始める。
『今年も降り始めたね、京介』と、笑いかける母の顔。雪だるまを作って赤くなった手をこすって温めてくれた兄の手のひら。
 上京してからはそんな感覚を封印していた。家族の反対を押し切って、故郷を捨てて上京したんだという意地が東京での生活を支えていた。だから、雪に対して感情を動かすことがなくなった。故郷を思い出すきっかけになるようなものには目を向けない習慣が備わってしまった。
 だが、香藤と生活するようになって、封印したはずの感覚がいつの間にか戻ってきた気がする。雪の静けさも冷たさも感じない、氷のようにとがらせた心を香藤が溶かしてしまったから。香藤が変えてしまった俺をまた一つ見つけたと、岩城は思った。
 目線を上げて香藤の無邪気な寝顔を見つめる。
「ありがとう。そして、愛してる、香藤」とささやく。と、香藤がにっこり笑った。
「お前、起きてたのか!?」
 一瞬、真っ赤になった岩城だが、香藤が目覚める気配はなかった。
 自分を抱く香藤の腕が布団からはみ出していることに気づき、身を起こして布団をかけ直してやる。
「あいたた」
 腰が痛い。三週間ぶりで岩城自身も飢えていたとはいえ、五時間はやりすぎだったと岩城は苦笑いした。
 抱きかかえた岩城が起き上がっても、香藤はまったく気づく様子がない。さっきは雪の音ですぐ目を覚ましたクセに、俺がゴソゴソしてもわからないのか、コイツはと、ちょっと頭に来た岩城は香藤の鼻をつまんでやった。
 しんしんと、まだ雪は降り続いていた。

2005.1.5 ゆみ


夜・・・同じベッドの上で香藤くんを見つめる岩城さん・・・
その目はとっても優しかったと思います
雪の音に嫉妬しちゃう岩城さんがとっても可愛いですv
こんな穏やかな時間が沢山もてますように・・・
そう願います

ゆみさん 素敵なお話ありがとうございますv