ね・が・い 

・・・・・ゆきやこんこん♪あられやこんこん♪・・・・・

先週くらいから香藤はずっとこの歌を口ずさんでいる。
「香藤。うるさい。その歌、耳について離れないだろ」
「だってぇ。岩城さん。山に雪がないんだって。雪乞いなんだから仕方ないよ」
「いい大人がだってぇって言うな」
「だって楽しみなんだもん」
「・・・・・まったく。今日あたり向こうは降ってるらしいぞ」
「ヤッホー!」

そうなのだ。準備は整った。
もういくつか寝れば岩城さんと2泊3日のスキーへ出掛ける。
車はスノータイヤにはきかえた。
ウエアは新しいものを買った。
(おそろいは岩城さんが嫌がるから、メーカーとこっそりグローブだけ一緒)
もちろんインナーだって上はともかく下もバッチリ。
(あんなちっちゃいパンツだけじゃ風邪ひいちゃう)
ボードにも板にもワックスを念入りにぬった。
(これで愛のシュプールを描くのだ)
でも怪我しちゃ困るからスキーはほどほどにだ。
前の日だって岩城さんは仕事だし、この休みを取るために頑張ってくれている。
だからもちろん泊まるところも離れの宿に専用の露天風呂つき。
スキーはね。ほどほどに。ほどほどにだけど。でも夜は・・・

「うおぉぉぉ〜。もえてきた!!」
「だから香藤。うるさい!」


・・・夜半過ぎから関東地方でも雪が降るでしょう。この雪は・・・


先程から香藤からのメールが途切れない。
「仕事はどう?大丈夫そう?」
「おにぎりの具は何がいい?」
「サンドイッチの方が良かった?」
「水筒の中身はお茶とコーヒーとどっちがいい?」
日頃は仕事を気にして、一方的なメールしかいれてこないのだが
今日は舞い上がっているらしい。
仕事の俺にかわって用意は全部、香藤がしてくれている。
家にいても手伝わせてはくれなかっただろうが。
うれしそうに準備をしている香藤を見てるだけで俺は幸せなんだが。

結局、仕事が終わったのは12時をすぎていた。
最後のメールには・・・
こっちも雪がチラチラしてきたよ。気を付けて帰ってきてね。
明日は車で寝てていいからね。
運転手は先に寝ます。おやすみ。チュッ

「岩城さん。だいぶ降ってきましたね」
「そうですね。これは寒いわけだ」
「明日は大丈夫でしょうか?心配ですよね」
「大丈夫でしょう。香藤も願かけてましたから。清水さんも気を付けて帰って下さいね」
「香藤さん。楽しみにしてましたものね。では岩城さんも気を付けて。おやすみなさい」
香藤を起こさないように静かに寝室にはいる。
枕をかかえて気持ちよさそうに眠っている香藤。

・・・・・犬は喜び庭かけまわり♪・・・楽しみだな。香藤。

そっと髪に口付けておやすみをした。
少しだけ香藤が微笑んだような気がした。


「あれ?」
だいぶ寝たような気がして目を覚ました。
すっかり日が高くなっている。もう昼に近いかもしれない。
となりのベットに香藤の姿はない。
気を使って起こさなかったのだろうか?
「香藤。香藤。」
リビングにもキッチンにもどこにも香藤の姿はない。
ガレージかと思い玄関へ向かうと・・・

・・・・・ゆきやこんこん♪あられやこんこん♪・・・・・

玄関の外で香藤の声がする。ドアを開けるとそこには新しいウエアを着た香藤がいた。
「香藤。どうして起こさなかったんだ?出掛けないのか?」
「あっ岩城さん。おはよ。雪が・・・降っちゃったんだよ」
念願の雪なのに香藤は浮かない顔だ。
「雪乞いしすぎちゃったみたい」

外は一面の銀世界。
さっきからテレビでは都心に降った突然の大雪のニュースばかりが続いている。
高速道路は通行止め。新幹線や飛行機にも影響が出ている。
慣れないドライバーによる事故も多発していた。

「こんな時に出てもきっとどこも渋滞だよ。危ないし出て行くことないよね」

そう言いながら雪をまるめる。
小さな雪だるまが玄関先にいっぱい並んでいた。
きっと空を睨みながら作っていたのだろう。
すっかり肩が下がっている。

「宿にはさっきキャンセルの電話をいれたよ」
「そんなに落ち込むな。また行けばいいだろ」
「そうだけどさ。やっぱり・・・うん。でも仕方ないよね。岩城さんと一緒ならまぁいっか」

・・・・・仕方ないな。。。
「冷えたんじゃないのか?香藤。これから一緒に風呂でもはいるか?」
「ええっ!?何言ってんの。岩城さん!!」
「露天風呂には負けるけどな。どうだ。香藤」
「ヤッホー!じゃあさ。お湯ためてる間におにぎり食べよっか。あのね。中身はね」

楽しそうな2人の背中が家の中へ消えていく。
残ったのは熱気にあてられてとろけそう雪だるま達。
どこにいても2人一緒なら・・・ねがいはただ1つだけ。

H17.1.5
千尋



ちょっと落ち込んじゃう香藤くんに優しい岩城さん・・・v
きっとこの後の時間はもう甘〜い時間だったんじゃないのでしょうか
せっかくの旅行はキャンセルになってしまったけど
雪が降る東京で誰にも負けない素敵な時間を過ごしたんだと・・・・
おにぎり食べたいなあv

千尋さん 素敵なお話ありがとうございますv