甘すぎる雪 

俺をいつも魅了してやまない瞳が、じっと俺を見据える。その今まさに獲物を捕らえようとしているライオンのような鋭い眼光に、俺は動けなくなる。
逞しい右腕でその明るい髪をかきあげ、俺を挑発するように左手は、ゆっくりと焦らす様にレザーパンツのジッパーを下ろしていく。
そして、意味ありげな笑みを浮かべながら、長い指先を広い日に焼けた胸板から臍へとゆっくりと這わせ、自分自身へと滑らせていく。
俺の生唾を飲み込む音が、いやに自分の耳に響く。体温が上がっていくのが自分でもはっきりとわかる。
その誰をも虜にしてしまうほどの迸る雄の魅力に、眩暈を起こしそうになりながら、俺は心の中で呟く。

「あの・・バカ・・!家に帰ったら覚えておけ!」

今の俺の顔は、誰が見ても羞恥で赤くなっているのに違いない。
俺はただただ香藤の撮影が、早く終わるのを祈るしかなかった。


* * *


今朝、香藤が仕事の出かけに言った。

「岩城さん、今日、俺、午後スタジオでCMのポスター撮りなんだ。良かったら、ちょっと覘きにきてよ。仕事近くなんでしょ。」
「ああ・・。そうだな、もし俺の仕事が、早く終わったらそのまま一緒に帰ろう。」
「うん、じゃ、携帯に連絡して。」

そう言うと、満面の笑みを浮かべて香藤が玄関の扉に手をかけたが、次の瞬間いきなりきびすをかえすと俺に飛びついてきた。

「忘れ物・・・。」

そういって、俺の顔に香藤が近づき、キスをしかける。ゆくっりと、唇を合わせ啄ばむようなキスをする。
だが、そのうち少し開いた唇から舌が挿し込められ、俺の口内を我が物のように侵し始める。

「ん・・んふ・・。」

俺は体の中心が熱くなっていくのを抑えながら、なんとか香藤を引き剥がすと言った。

「バカ・・!出かけにこんなキスするやつがいるか!金子さんが待ってるんだろ!さっさと行け!」
「ごめ・・。なんか寝起きの岩城さんって色っぽくって、つい・・・じゃ、続きは後でね。」
「おまえは・・・まったく。」

そういいながら、昨夜の情事が脳裏に蘇ってきて、また体が熱くなってくる自分にうろたえた。
最近の俺は、香藤にいつもいいようにされていると思う。だが、その反面、そうやってあいつの好きなようにさせてやっても良いと感じている自分に少し驚く。
つい今朝までの俺は本当に心からそう思っていた。


* * *


「じゃ、香藤君、上着脱いでその長椅子に横になってくれない?」
「はーい」
「そう、そう、いい感じ、もうちょっとこっち向いて、いいよ、で、右手は頭に・・・」
「こんな感じですか。」
「ん〜。もうちょっと、刺激はがほしいな〜。じゃ、香藤君、パンツのジッパーちょっと下げて・・ん〜左手を中に入れてみよっか?」
「え〜、いいんですか?」
「見えない程度にお願いね。」

と、カメラマンが言うと、スタッフ一同がなごやかに笑う。
資*堂の新しい男性化粧品のイメージボーイに選ばれたと香藤はいっていたが、どうやら、このCMポスターは、かなり刺激的にしてくれと先方からいわれているらしい。
香藤も、それは知っていたはずだ。
次々とかかる際どいポーズの支持に、少し困ったような顔をしながらも、生き生きとそれに答えている香藤を見た時、俺はあいつの罠にはめめられた事を自覚した。

「いいね〜。香藤君、男の色気出てるよ〜。きょうは調子いいね〜、あ、そうか、岩城君がきてるからかな〜。」

と、カメラマンがファインダーを覗きながらそう言うと、あちこちからくすくすと言う笑い声が上がった。
俺は恥ずかしくてその場を離れようかとも思ったが、あいつのことだ。俺が席をはずしたら、撮影中でもかまわず追いかけてくるかもしれない。
仕方なく、覚悟を決めて香藤を見据える。
あいつは何を勘違いしたんだか、俺にますます熱いラブコールを送って来た。
隙あらば、ウインクや投げキッスなどを送ってくる。

香藤がリラックスできるようにとの配慮からなのか、あいつの好きなOut*astの The *ay  You Move が、かかっている。
俺はあまりラップには詳しくないが、この曲は香藤が好きでCDを買って聞いていたから、よく知っている。俺もラップの部分はさておき、後半の曲の部分は好きだ。

「じゃ、今度は、ちょっと踊ってくれないかな〜?」
「もう、思いっきりセクシーにお願いね。」
「まかせて〜v 」

白いシャツの前をはだけさせ、腰骨でかろうじて止まっているとしか思えないほどのローライズのジーンズ、ジッパーも見えるか見えないほどのぎりぎりまで降ろし、撮影用のファンからかもし出される風に呷られ、香藤が踊る。
運動神経のいい香藤のことだから、踊りの方もなかなかうまい。
日に焼けた肌にボディオイルを塗っているのか、いつもより増して腕や腹の筋肉がよくわかる。
その色素の薄い髪と目は、白人をも思わせて、見慣れたはずのあいつの体が何故だか今日は違って見える。
両腕を首の後ろに上げ、曲に合わせて腰を揺らす様は、女でなくてもその肉体美にほれぼれするだろう。
踊りながらシャツを脱ぎ始めた香藤に、まるで、男のストリップショーを見ているような錯覚に陥る。
そして、あいつは、あろうことか、俺を煽るかのように、舌で唇をなめながら両掌をゆっくりと両脇から自分の体の線に這わせ、その揺れる腰のジーンズの中まで移動させた。
俺はもう下を向いて、周りにいる人間に体が反応してしまっている事を気づかれないようにするのが、精一杯だった。


* * *


「ねえ!ねえ!、どうだった!岩城さん、俺、かっこ良かった?」

帰りの車の中で、香藤が嬉しそうに聞いてくる。

「ああ・・」
「何〜、その気のない返事、俺、結構頑張ったと思うけどな〜。」
「・・・・・」

何も言わない俺に、少し焦ったような声で香藤が言う。

「ね、もしかして、何か怒ってる?」

その人懐っこい顔を俺に向けて聞いてくる。
俺は、ハンドルを握る手に、力が入るのを感じながら言った。

「お前・・、俺がどんな恥ずかしい思いをしたか、わかってるのか?」
「え?なんで?結構、岩城さん、感じてくれてたみたいで嬉しかったけど・・・」
「・・・・」
「俺、いつも岩城さんの前で、バカばっかやってるし・・・。この間なんか酔いつぶれちゃって岩城さんに迷惑かけたしさ・・・たまにはかっこいいとこ見てほしいな〜と思ってさ。」
「だからって、あそこまでしなくったっていいだろ!」
「だって、カメラさんに思いっきりセクシーにって言われたし・・・岩城さんも俺の事惚れ直してくれるかな〜って・・・」

捨てられた子犬のような顔をしながら、香藤が俺を見つめる。
俺がその顔に弱いのを知ってか知らずか、あいつはその垂れ目をますます下げて聞いてくる。
おまけにあいつが傍に寄ってきたせいで、ジゴロの香りが俺の鼻腔をくすぐり納まり掛けてた俺の雄が立ち上がり始めた。

「わ、わかった、わかったから、ちょっと、離れろ」
「え〜なんで〜?、あれ?岩城さん、なんか、顔赤いよ〜。 ん? もしかして・・・」

そう言って、香藤が俺の太腿に触れてきた。

「こ、こらっ!香藤!運転中だぞ!死にたいのか!」
「ご、ごめんなさい・・。」

渋々、香藤が手を引っ込めた。

確かに、俺はスタジオでの香藤に欲情しなかったといえば嘘になる。 だが、それをあっさりあいつに告白するのは、罠にまんまとはまったのを認めるようでいやだった。
十二分に反省しているような香藤の項垂れた横顔を見ながらも、もう少し怒った振りをして、困らせてやろうと思った時、突然香藤が叫んだ。
「あっ、岩城さん、見て!雪だよ!初雪だ!」
そう香藤に言われて、目を凝らして前を見てみると、確かに、ちらちらと白いものが空から降ってきて、車のフロントガラスに当たっては消えて行く。
すると、いきなり香藤が窓を開け始めたので、冷たい風と白い粉雪が車内に吹き込んできた。

「こら、何やってる、寒いぞ。」

俺がそう言うと、香藤はいつもの笑顔で、

「岩城さんには、今更はしゃぐような事じゃないと思うけど、俺、雪って大好きなんだ。ロマンチックでさ〜。」
「あ、今、雪が口に入っちゃった。あれ・・、何か甘いや・・。」
「バカ・・。雪が甘いわけないだろ。」
「そうかな・・・、俺、岩城さんと一緒にいると、何もかも甘く感じるんだ。」

また、こいつは歯の浮くようなことを平気な顔をしてさらりという。その日本人離れした求愛の言葉に、どうやら容姿だけではなく性格も外人に似ているのかと、心の中で苦笑する。

雪が、本格的に降り出した頃、俺たちは家に着いた。
ガレージに車を入れ、エンジンを止める。すると、一息つく暇もなく香藤が俺に覆い被さってきた。
息をもできぬ激しい口付けに、俺は抗議の悲鳴をあげる。

「か、かと・・ん、んん・・」
「岩城さん・・・今朝の続き・・ね、いいよね・・・」

甘い吐息と共に敏感な耳元でそう囁やかれて、すっかり体に火を点けられた俺が、香藤の誘いを拒める筈もなく・・・。
ああ、いつもこうだ・・こいつの手口はわかっているのに、逆らえない・・・どんなに怒っていても、最後にはあいつの甘い言葉に絆される。
俺は観念して、逞しいあいつの腕に抱かれる。やはり、最近の俺は香藤のいいようにされていると思う。

いや、・・本当にそうだろうか・・・香藤の手馴れた愛撫を受けながら、残された理性を掻き集め、俺は考える。
そうじゃない・・・・あいつのした事に心底腹が立っていたのなら、拒めたはずだ。
でも、それを拒まなかったのは俺がそうしたかったから・・・・。

何と言うことはない・・・・甘いのは雪ではなくて、俺の方なのだ・・・。

そして、その後ベッドの中で香藤に散々攻められ、スタジオでのあいつに欲情したことを、白状させられたのは言うまでもない。




ー終ー
 

by レイ

Nov. 12 2004

すいません;;; お初なので、こんなんで勘弁してくださーい。
こんな駄文を、読んでくださった皆様、本当に有難うございます。




SSとイラストで投稿していただきました
とっても色っぽい雄の色気がにじみ出ている香藤くん・・・素敵です!
見たいなあ、私も見学したいです!
その色気にやられちゃった岩城さん・・・ツボですv
きっと素晴らしい夜だったと・・・v

レイさん、ありがとうございますv