− 春 風 − |
「ん・・・あれっ、岩城さん・・・」 隣のベットに岩城の姿はない。 「もう、11時なんだ。」 ゴソゴソと起きだす香藤。 岩城はベランダで布団を干していた。 「おはよう。岩城さん。」 「香藤、おはよう。昨夜は遅かったんだな。」 「もっと早く帰れるはずだったんだけどさ、撮影が押しちゃって、今朝4時過ぎに帰ってきたんだ。どしたの?客用の布団なんか干しちゃって。」 「明後日兄貴が仕事で上京すると、昨日電話があったんだ。もし泊まることになったらと思ってな、今日は天気もいいし。」 「エ〜っ、お兄さん泊まるの!」 「そんな情けない声出すな、まだ泊まると決まった訳じゃない。明後日は俺の仕事も午前中1本だけだ、この前みたいにお前を困らす様な事は無いから安心しろ。」 そう言って香藤の頭をポンと叩いて雲ひとつない空を見上げた。 「暖かくて気持ちいいな・・・」 「うん、春だね。二人でまたお花見行きたいよ。すっごく綺麗なんだもん、桜の花びらが舞う中の岩城さん。」そう言いながら、後ろから岩城を抱きしめる香藤。 「オイ、止めろ。外から丸見えだぞ!」 慌てて香藤の腕を振り払い部屋に入っていく岩城を追いかけながら、 「もーぅ、やっと二人揃ったオフ日なのに。ねぇ〜、岩城さ〜ん、岩城さんってばー」 岩城は今にも襲ってきそうな香藤をうまくかわしながら、 「それより、腹が減ったな。久しぶりに弥栄の親父さんのところに顔出してみるか。」 本当は、(岩城さんを今すぐ食べたい!)と言いたい香藤だが・・・・ 出掛ける気になっている岩城の顔をみたら、とても言えなかった。 (そうだ。弥栄の親父さんの店で食事をした後は、いつも岩城さん機嫌がイイよな。と言う事は・・・昼食のデザートとおやつは“甘くとろける岩城さん”ずーっと二人でベッドの中・・・よーし!いいオフ日になって来たぞ!)思わずガッツポーズをとる香藤。 「行こうよ岩城さん。うまい和食が食べたい!」 「今から出ればちょうどお昼に着くな。香藤、早く支度しろよ。」 「はーい!」超ご機嫌な香藤の声が家中いっぱいに響いた。 香藤を乗せて岩城の運転する車は、以前二人が暮らしていたマンション方面へ向かった。 ー小料理屋 弥栄ー 岩城がAV男優の頃よく通っていた店で、香藤ともたびたび来ている。人のいい夫婦がやっているこじんまりとしたこの店は夕方からの酒処以外に、昼間は美味い和定食を出してる。岩城は此処の味が結構気に入っている。 「こんにちは、親父さん。」 岩城は実家と疎遠だった頃、ここの夫婦の笑顔で何度も助けられた。 「こんちわー、お久しぶりです。」 香藤は食の細い岩城のために一人で何度も来ては、親父さんに料理の手ほどきを受けている。が、これは香藤と親父さんの小さな秘密である。 「いらっしゃい。岩城さん、香藤君も!うれしいねー、二人揃って。さあ、どうぞ、どうぞ。奥の座敷の方へ。」 変わっていない店内に嬉しくなるような懐かしさと安堵感があった。 「まあ、本当にお久しぶり。二人とも立派な役者さんになって。」 「オレはね、前からこの二人は大物になるって分かってたよ!AV男優で終わらないってね。」 「まあ、この人ったら・・・、これが口癖で。でも、いつも応援してますよ」 「どうも、本当にありがとうございます。」 暖かい二人の声援に岩城は心からお礼を言った。 「二人の映画早く観たいねー、首を長くして待ってんだよ。」 映画の事となると黙っていられない香藤。 「俺たちはもちろん、みんな力入ってるんだ。絶対いい映画になる。期待しててよ!」 「香藤君しばらく見ない間にますます男っぷりが増して。それに随分、体鍛えてるって感じだねー。」 「えっ、分かります。嬉しいな!もちろん映画の役柄ってのもあるんだけどね・・・・・ 楽しそうに話している二人を見ながら、岩城はふと思い出していた。 あれはAV界から脱皮し俳優としてデビューしたばかりの頃だった。 この店で一人飲んで帰った夜、香藤と競演するドラマの役に対しての不満と焦りで 香藤を自分のマンションに呼びつけ絡んだ俺に、役者としての自信を持たせてくれた。 ”二人だけのリハーサルだよ。”と香藤に初めて抱かれた夜・・・ 特別な感情は無かったし、あの時は一度きりだと思っていた・・・ 今では、お前に欲しい欲しいと求められ、お前のものになった俺は本当に幸せだ。 俺たちは、何よりも強い力で、お互いが誰よりも近い場所に居る。 ”一緒にいるよ。ずっとね。” 「岩城さん、いいよね、親父さんのおすすめで。ねぇ、岩城さん・・・」 「ああ、ずっと一緒だ。」 「えっ、一緒のものでいいの?違うのにしようよ、いろんな物食べたいじゃん。」 「うっ、そうだな。親父さんに任せて違うもので頼もう。」 思わず一人照れて目元をほんのり朱色に染め、たとえ一瞬でも笑みを浮かべた岩城の綺麗な顔を香藤が見逃すわけが無い。 「なに?どしたのさ?岩城さん。そんな顔見せないでよ。もーう、俺、盛りモードに入っちゃいそうだよ!」 「バカ!何言ってるんだ。場所を考えろ。」 (まったく。お前の事を考えていたとでも言ったら、ここで押し倒されそうだな。) そう思うと、また微笑んでしまいそうなのをぐっと堪える岩城だった。 楽しい会話と美味しい昼食で満足した二人は、 昨日岩城が仕事帰りに食料など買い物を済ませていたので、そのまま帰る事にした。 「料理も美味しかったけど、親父さんたち相変わらず元気で良かったね。岩城さん。」 「ああ、久しぶりに来て良かったな。」 岩城はとても機嫌が良く、穏やかな顔をしている。そんな岩城を見ると香藤も嬉しくなる。 (ヤッター!ベッド直行!いや落ち着け。えーっと、岩城さん明日の仕事は、確か午後からだったよな・・・) 助手席で顔がゆるみっぱなしの香藤。その顔を見れば何を考えているかなど岩城には分かっている。 (帰ったらすぐか?加減しろよ。すぐ調子に乗るんだからな。まあ、お前のせいだけでも無いんだが・・・) それぞれの思いを乗せて車は二人の家に向かった。 家に戻ると、まっすぐ二階に上がって行く岩城。 「布団が干しっぱなしだ。日が長くなったとはいえ、風が冷たくなる前に入れないとな。」 「あっ、そうか。俺も手伝うよ。」 「わぁー、フカフカだよ。気っ持ちいいー。」 「おいコラッ、香藤、干したての布団にお前が寝るんじゃない。よし、これで全部だな。うーん、気持ちいい風だなぁ。」 岩城は何気に目を瞑り、風に身を任せた。 艶のある黒髪が風にそよぐ、美しい横顔・・・ いつものように香藤は堪らないほど酔わされてしまう。 「もーぅ、ダメ!岩城さんっ・・・」 我慢できなくなった香藤は凄い勢いで岩城を干したての布団に押し倒していく・・・ 「待て、危ない!香っ・・とう・・」 (まったく、お前ってやつは・・・) 岩城の手が待っていたように香藤の首に絡まっていく。 ― 開けたままになっているベランダの窓から入ってくる春風が、レースのカーテンを揺 らしている。日が暮れて肌寒くなっても、二人には優しくここちよい風だった ― おわり 今回は「春企画」のお仲間に入れていただきありがとうございました。 本当にお目汚しとしか言えない文章ですみません。 でも、『春抱き』へ想いを少しでも分かって頂ければ嬉しいです。 kaz |
岩城さんとお店の親父さん達の触れあいがとてもステキですv
まだ不安定だった頃の岩城さんを
別の面から支えてくれていた方達ですねv
それにしても岩城さん、何をしていても香藤くんを誘うようで・・・
やさしい風に包まれたふたりの物語・・・ご馳走様でしたv
kazさん、ありがとうございますv