おぼろづくよ


ある日の昼下がり‥‥‥
「岩城さん、その掛け軸どうしたの?」
家に在る和室の床の間に、岩城が掛け様としている掛け軸を目に止め、香藤が聞いてきた。
「ああ、この間、新潟に行ったときに‥‥‥親父から手渡された物なんだ。俺も、この位の掛け軸を持ってもおかしく無いだろうって‥‥‥ね。お前も見るか?」
岩城はそういいながら、その掛け軸をかけ始めた。
その絵を見て、香藤は首をかしげた。
「わかんない‥‥‥岩城さん、これ何?」
香藤の言うとおり、その掛け軸はいろんな濃さの墨を流すように、マーブル模様を描いてあるだけだった。
「ああ、古くから家にある物でな。箱書きに書かれているだろう毛筆がこの掛け軸の名なんだ」
岩城は懐かしそうに目を細め、和室の真ん中に座りなおす。
「朧月?」
香藤は、机の上に置かれている軸を入れてあった箱を手に取り、その字を読んでみる。
「ああ、春のかすんだ夜空に浮かぶ月の事だ。ほのかに霞みかかったその月の夜のことを、朧月夜って言うんだ。その下の桜も綺麗だけど、月自体も‥‥‥風流だと思う」
岩城は位置を移動して、畳の中央に座りなおして、掛け軸を見る。
「この墨の中に月が浮かんで見えてくるらし‥‥‥」
香藤を横に呼んで、岩城は言い返した。
「らしいって‥‥‥岩城さんも解からないの?」
香藤が驚いて聞き返すと、
「この絵は小さい頃に飾られて見たけど、解からなかった‥‥‥親父の言うよさも、月も見えなかったんだ。そして、家を出てからは‥‥‥な」
岩城は苦笑した。
「そうなんだ‥‥‥今で言うトリックアートなんだね。で、岩城さん見える?」
香藤は興味深げにしみじみ掛け軸に目をやって言い返した。
「いや‥‥‥心静かに眺めていると、月が浮かび上がってくるって聞いているんだけどな。見つけてみようって思って掛けてみたんだ‥‥‥」
岩城も香藤の横で、掛け軸を見つけていた。
しばらく二人で掛け軸を見つめていた。そのうち‥‥‥香藤の肩に微かに重みが加わってきた。
「うん?‥‥‥あっ‥‥‥」
首をそっとその方向に向けると、岩城の頭が香藤の肩にもたれかかっていた。
静かにしていると、微かに寝息が聞こえてくる‥‥‥
「岩城さん、最近忙しかったからな‥‥‥」
香藤は呟くと、再び掛け軸に目をやった。

『あっ‥‥‥月の形だ』
香藤の目に掛け軸から月が浮かび上がって見えた。
岩城の言ったとおり、いろいろな墨の雲から、うっすらとお月様が顔を出したように見えてくるから不思議だ。
『朧月の夜か‥‥‥春の宵に桜‥‥‥佇む岩城さん綺麗だろうな‥‥‥』
「‥‥‥本当の、朧月の夜に見てみたいな‥‥‥」
香藤は何気なく口にした。

              ―――――了―――――
                        2005・3・     
 sasa








浮かび上がった月・・・見てみたいですv
そして春の月を見上げる岩城さん・・・
ああ綺麗でしょうねえ!!ドキドキです!
静かで・・・綺麗なお話ですv

sasaさん、ありがとうございますv