桜の下で


「―――――大陸から冷たい空気を持った高気圧が南下し明日は二月下旬から三月上旬並みの気温まで冷え込む見込みです。―――――」

天気予報を見ていた岩城はテレビを消し二階の自室に向かった。
鞄から手帳を取り出してスケジュールのページを開く。
そこには自分のスケジュールと一緒に香藤のものも書き込まれていた。
勿論それを書き込むのは香藤だ。
時折岩城から手帳を借りてはいそいそと書き込むのだ。
その時に自分の手帳に岩城のスケジュールを書き移すのも忘れない。
おかげでお互いのおおよその予定を把握することができる。
勿論細かな部分までは無理だし変更のあることも多いがそれは仕事上仕方のないことだ。
岩城は自分と香藤の明日の予定を確認すると小さく微笑んだ。


「ただいまー、岩城さん。」
帰宅した香藤はバタバタとリビングに駆け込む。
「香藤、お帰り。お疲れさん。」
「岩城さん、会いたかったよー。」
香藤は岩城の隣に腰を下ろしその首に抱きついた。
「ふっ、大げさなヤツだな。」
岩城は軽く笑うとあやすように香藤の背中を叩いた。
「だって、できることならずっと離れたくないんだよ。」
「それは俺だって同じだ。」
その言葉に香藤はぱっと顔を上げる。
「本当!?岩城さん。」
「ああ。」
「ヤッター!」
また抱きつこうとした香藤を岩城が押しとどめる。
「ところで香藤、お前明日は予定通りか?」
「へ?あ、うん。変更はないけど?」
「そうか、良かった。じゃあ明日花見に行かないか?」
「えっ!?」
突然の提案に香藤は驚いた。
「花見と言っても一時間ほどだけだけどな。俺もお前も昼過ぎから二時間くらい空いてるからその間にどうかと思ったんだが。ゆっくりしてる方がいいか?」
問いかけられ香藤はブンブンと大きく首を横に振った。
「ううん、ううん、行く。岩城さんとお花見に行くよ。休むよりその方が後の仕事頑張れる。」
「じゃあ決まりだな。」
にっこり微笑んだ岩城に香藤は再び抱きついた。


「香藤、今日は寒いから一枚余分に着て出ろよ。それから予定に変更があったら連絡をくれ。」
翌朝、先に家を出る岩城は玄関で見送る香藤に声をかけた。
「うん分かった。時間の読める仕事だから大丈夫だと思うけどね。」
「じゃ、また後でな。」
「うん、楽しみにしてる。行ってらっしゃい。」
リビングに戻る香藤の足取りは浮き立つようだった。
「むふふ、岩城さんからデートに誘ってくれるなんて。しかも花見だよ。桜の下の岩城さん、綺麗だろうなぁ。」
桜の下に佇む岩城を思い浮かべる香藤の顔はヘロヘロに緩んでいる。
金子が迎えに来るまでそんな調子だった香藤は上着を持って出るのを忘れたのだった。


昼過ぎ、約束の時間に少し遅れて香藤は待ち合わせ場所にやってきた。
そこはたくさんの桜の木が植えられていて中に散策用の小道がつけられていた。
桜は今まさに満開だったが平日の一時過ぎという時間帯のせいか人の姿はなかった。
香藤は小走りで小道に駆け込み岩城の姿を探す。
少し入ったところで小道から離れた桜の幹に隠れるように凭れている岩城を見つけた。
満開の桜の下の岩城は美しく、桜の精のようで暫し見惚れる。
ヒラヒラと舞い落ちる花弁を目で追った岩城が香藤に気づいた。
岩城の顔に浮かんでいた柔らかな微笑がぱっと華やいだものになる。
「香藤。」
「岩城さん遅れてごめん。随分待った?」
「いや、俺もついさっき来たところだ。」
そう言う岩城の髪と肩には何枚も花弁がついている。
岩城の思いやりを嬉しく思いながら香藤はそれを手で払う。
「さっき来たばっかでもうこんなに花弁ついちゃったんだ。」
香藤の言葉に岩城の頬が朱に染まる。
「仕事が予定より早く終わったから・・・。それでちょっと早く来過ぎただけだ。」
「苛めてるんじゃないよ。俺に気を使ってくれたんだよね。ありがと、岩城さん。」
香藤は岩城の頬に手を添え軽くキスをした。


「悪かったな。せっかくの休憩時間にこんなとこまで来させて。」
寄り添ってゆっくり小道を歩きながら岩城が言う。
「なんで、俺も行きたいって言ったじゃん。」
「そうだったな。」
岩城は昨夜の香藤を思い出し小さく笑った。
「岩城さんこそ大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。」
岩城は桜を見上げながらそっと手を伸ばし香藤と指を絡めた。
一瞬驚いた香藤だが嬉しそうに微笑み絡まった指にきゅっと力を入れた。
「今日は誘ってくれてありがとう。でもこんな途中の時間になんて珍しいよね。どうして?」
その問いに岩城は足を止めた。
香藤もそれに合わせて立ち止まる。
「お前は色々誘ってくれるから偶には俺もな。これは昨夜天気予報を見て思いついたんだ。」
「天気予報?」
香藤は訳が分からず岩城の顔を見つめる。
「ああ、天気予報見てたら今日は花冷えになるって言ったから。それならここも人が少ないだろうからお前とゆっくり桜が見れるかと思って。」
「花冷えって?」
「桜の花の咲く今頃の時期に今日みたいに急に冷え込むことを花冷えというんだ。」
「ふ〜ん、さすが岩城さん物知りだね。」
素直に感心すると岩城の頬が薄く染まる。
「これくらいのこと誰でも知ってる。」
「照れちゃって、岩城さん可愛い。でも、ホントこう寒くちゃ誰も来ないよね。」
香藤は言われて思い出したかのようにブルッと震えた。
岩城は改めて香藤の服装を見る。
ジーンズにTシャツそして薄手のプルオーバー。
平年並みの気温ならともかく三月上旬並と言う今日の気温では寒いだろう。
「何だお前、上に羽織る物持って来なかったのか?今朝ちゃんと言っただろ。」
「う、うん。岩城さんとお花見できるのが嬉しくて忘れちゃった。」
ぽりぽりと頬を掻く香藤に岩城は軽くため息をつく。
「しようのないヤツだな。ほら、ちょっとこっち来い。」
岩城は香藤の手を引いて小道から外れると少し奥にある太目の木の影に入った。
そして自分の着ている薄いコートの前を開くと後ろから香藤を包み込むように抱きしめた。
「どうだ?少しは温かいだろう?」
「うん、ありがとう。岩城さん。」
香藤はまわされた岩城の腕に自分の腕を重ねる。
「でも、俺この方がいいな。」
香藤はその腕を外してくるりと振り向き岩城を抱きしめた。
「岩城さん、あったかくていい匂い。」
「もう少し温まるか?」
岩城の問いかけの意味を香藤が分からないはずはなく・・・。
引き寄せられるように二人の唇が重なり、深い口付けが交わされた。
深く舌を絡めながら香藤は岩城のお尻に手を伸ばす。
するっと撫でた瞬間素早く動いた岩城の手にぎゅっと抓られた。
「イタッ。」
「バカ、香藤。こんなとこで何考えてんだ。」
岩城に睨まれ香藤は苦笑いする。
「ごめん、岩城さんがあんまり可愛いからイタズラしたくなっちゃった。」
「可愛いっていうな。バカ・・。」
「ごめん。ね、ここ凄く綺麗だよ。ここに座ろ。」
香藤が幹に凭れて座りその足の間に座った岩城を後ろ抱きにする。
誰もが震えるような寒さの中、二人の周りだけは暖かな空気に包まれているかのようだった。


その頃二人がいる場所から程近い喫茶店で金子と清水が同じテーブルについていた。
「桜の下の二人って綺麗でしょうね。」
「そうですね。」
金子も清水も二人の姿を思い浮かべて目を細め心の中でそっと祈る。

桜の下で束の間の甘い時間を過ごす二人にどうか邪魔が入りませんようにと。



終わり

05.2.28  グレペン








・・・見たいですねえ・・・そんな2人v
忙しい時間の中での花見
それはふたりの心にも潤いを与えるものですよね・・・
そのための時間をつくってあげたふたりのマネージャーもとってもステキですv

グレペンさん、ありがとうございますv