6月の誓い



4月初旬のある日、岩城は清水の車で仕事に向かっていた。

「車も順調に流れてますし、この分だと予定より早くスタジオに着きそうですから時間まで少しお休み頂けると思います。」

「そうですか。ありがとうございます。」

「いえ…岩城さん社長からの伝言で先日仰られてた件、短時間ですけどアポ取れたそうです。」

それを聞いた岩城はシートに預けていた身体を起こした。

「本当ですか清水さん?」

「ええ、明日○○テレビの楽屋に来てくださるそうです。」

「ありがとうございます。プライベートな事をお願いして申し訳ありませんでした。」

「いまやうちの大看板の岩城さんのたっての願いですからね。社長も叶えない訳にはいかないって仰ってました。」

「そんな…。社長には十分お礼を言わないといけませんね。」

「そうですね。でも明日でいいと思いますよ。社長も御自分の努力の甲斐があったのかお知りになりたいでしょうから。」

「そうですね。そうします。」





香藤の誕生日前日、岩城が帰るなり香藤が半泣きになりながら抱きついてきた。

「岩城さ〜ん、聞いてよ。金子さん突然明日仕事が入ったなんて言うんだよ〜。しかもお昼前に迎えに来て終わる時間は分かんないって言うんだ。」

「そうなのか?」

「そうなんだよ。金子さんも今朝社長に急に言われたらしくて仕事の内容もよく分からないって。社長横暴だよ。確かに凄く迷惑かけたけど映画頑張ったし。明日は特別な日なのに。」

香藤が抱きつく腕にぎゅっと力を込めると岩城が優しく髪を撫でてくれた。

「社長さんが取って来てくれた仕事じゃ断れないな。」

「うん…。」

「でも丁度良かった。」

「えっ、何が?」

意外な言葉に香藤が顔あげると岩城が申し訳なさそうな顔をで見ていた。

「実は俺も明日は朝から出かけなきゃならないんだ。」

「そんなぁ。」

「どう切り出そうかと思ってたんだが、お前も仕事なら少しは心苦しさも軽くなる。」

「岩城さんどうしても出かけないとダメなの?」

「ああ。」

その返事に香藤は岩城の肩口に顔を埋めて小さな声で呟いた。

「じゃあ明日の分今から甘やかしてよ。」

「…分かった。」

「ホント!?」

ガバッと嬉しそうにあげられた顔を岩城が両手で挟む。

「ただし、明日に差し支えない程度に、だぞ?」

「うん!」

香藤はもう一度岩城をぎゅっと抱きしめるとその手を引いて寝室に向かった。





翌朝、出かけようとする岩城を香藤が寂しそうな顔で見ていた。

「もう行くの?」

「ああ。」

「……」

「そんな顔するな。後ですぐに会えるから。」

「え?」

「じゃあな。」

岩城は香藤の唇を掠め取るようにキスをして出て行ってしまった。

残された香藤はその唇の感触と岩城の謎めいた言葉に暫く動けずにいた。





家を出た岩城は郊外にあるレストランに来ていた。

そのレストランは周りを手入れの行き届いた美しい庭に囲まれそこだけ別世界のようになっていた。

「おはようございます。岩城です。今日はよろしくお願いします。」

岩城は出迎えてくれたオーナーに丁寧に挨拶する。

「いらっしゃいませ岩城様。準備の方は大体整えさせて頂きましたがいかがでしょう?」

店内は清楚な花々で美しく飾り付けられていた。

「想像していた以上に綺麗ですね。ありがとうございます。」

「ご満足いただけて嬉しいです。」

「時間は予定通りで大丈夫のようですのでよろしくお願いします。」

「はい、かしこまりました。」





11時前、迎えに来た金子を見て香藤は驚いた。

「金子さんどうしたの?随分いい服着てるみたいだけど。それになんか嬉しそうだし。」

「あっ分かりますか?あんまり改まった格好じゃなくていいって言われたんですけど。」

金子は照れたように頭を掻いた。

「?何?今日の仕事ってなんか特別なの?俺こんなカッコだけどいいの?」

「香藤さんはそれでいいんです。向こうに着替えがちゃんとあるそうですから。」

「ねえ、今日の仕事っていったい何なの?金子さんはもう聞いたんだよね?」

「ええ、まあ。とにかく行けば分かりますから。」

金子はちょっと困ったような顔をになると香藤に背を向け歩き出した。

香藤が車に行くと事務所の社長が乗っていた。

「え、社長も一緒に行くんですか?」

「そうよ。ごちゃごちゃ言ってないで早く乗りなさい。」

車が走り出して暫くすると社長が切り出した。

「洋二、あんた本当にいいパートナーと巡り会ったわね。」

「え?」

「あんたが今のポジションにいられるのは岩城京介がいたからだよ。」

「社長…」

社長はタバコを取り出し火をつけふぅ〜っとふかした。

「あんたが岩城君に相応しくあろうと努力した結果、私たちの思った以上に役者としても人間としても成長したんだ。」

社長は灰皿にぎゅっとタバコを押し付けると香藤をまっすぐ見つめた。

「これからも二人で刺激し合って役者としても人間としてももっともっと大きくなりなさい。」

「はい。」





香藤が連れて来られたのは朝岩城が訪れたレストランだった。

入り口の前で岩城が待っていた。

岩城はまず社長と金子に頭を下げる。

「社長、金子さんお忙しいのに無理なお願いをして申し訳ありませんでした。」

「岩城君に直接頭を下げられて増してそれが洋二に関わる事となれば断る訳にはいかないよ。」

「僕は僕にまで声を掛けて頂けたなんて逆に嬉しいです。」

「岩城さん?」

自分だけが何も知らされていない事に香藤は不安そうに岩城を呼ぶ。

岩城は優しい微笑を香藤に向けた。

「香藤、黙っていてすまなかった。中で全部説明するからとにかく入ってくれ。社長も金子さんもどうぞ。」

岩城はドアを開けて3人を中へ促した。

香藤は中に入って驚いた。

そこには香藤の両親と洋子夫婦と洋介、久子さんを含む岩城家の5人、岩城の事務所の社長と清水そして佐和と雪人がいたのだった。

「皆どうして…」

驚きを隠せない香藤の肩を岩城が優しく抱き寄せる。

「皆俺がお願いして来てもらったんだ。」

「どうして?」

「今からちゃんと説明してやるよ。」

岩城は香藤の肩を抱いたまま店の二階に上がりひとつの扉を開けた。

そこにあったのは二人がアメリカの結婚式で着たタキシードだった。

「岩城さん、これ…?」

また驚きを隠せない香藤を岩城は穏やかな瞳で見つめる。

「今からここで俺たちの結婚式をするんだ。」

「結婚式?」

「ああ。俺たちは予定外だったとは言え二人だけで結婚式をしてしまっただろう。考えてみればどちらの家にもちゃんとした形での報告もしてない。」

「そう言えばそうだね。」

「俺はこれから先もずっとお前と生きて行きたいと思ってる。お前もそう思ってくれてると信じてる。」

「勿論だよ。」

「そのためにもちゃんとけじめをつけたいと思った。お前と俺の家族とそして今まで俺たちを見守って支えてくれた人達に誓いたいんだ。二人でずっと一緒に生きて行くってな。」

「うん、俺も。俺も皆に誓いたい。でも岩城さんどうしてこんな大事な事俺に言ってくれなかったの?」

香藤は感動に目を潤ませながらも新たな疑問を口にする。

「二人の結婚式なのにおかしいかもしれないけどこれが俺からの誕生日プレゼントだよ。」

「岩城さん…」

香藤の目から堪えきれずに涙が零れる。

「お義父さんと啓太君それに兄貴にも仕事を休んでもらう事になったけど、大事な結婚式だからどうしても一年で一番大切な日に挙げたかったんだ。」

「岩城さんありがとう。最高のプレゼントだよ。」

ポロポロと涙を零す香藤に岩城はハンカチを差し出す。

「ほらもう泣くな。早く着替えないと皆が待ってる。」

「うん。」

それでも香藤の涙は暫く止まらなかった。





タキシードに身を包んだ二人が現れるとその美しさに皆からため息が漏れる。

皆が注目する中岩城が穏やかな声で挨拶を始めた。

「皆さん、今日はお忙しい中お集まりいただいてありがとうございます。俺たちは今までマスコミの公認状態な事に甘えて皆さんにきちんとした形での意思表示をしないままできました。ですから今日は改めて俺たちの気持ちを伝えてけじめをつけるために皆さんにお集まり頂きました。」

岩城と香藤は顔を見合わせて頷くと指を絡ませて手を握り皆へと視線を戻した。

「どちらの家族にも俺たちが男同士だと言う事で嫌な思いや恥ずかしい思いをたくさんさせてしまっていると思います。そしてどちらの事務所にとっても俺たちの関係はいつマスコミや世間の批判を受けてもおかしくない不安材料になっていると思います。それでも俺たちを許し見守ってくださっている事に心から感謝しています。本当にありがとうございます。」

二人は揃って深々と頭を下げた。

「「俺たちは生涯ずっと二人で人生をともに歩いていきます。それを今日ここで皆さんに誓います。」」

最後に香藤も声を合わせて誓いの言葉を言うと拍手が起きた。

「ねえ、誓いのキスはしないの?」

佐和が声を上げる。

「そうよ。誓いの言葉の後は誓いのキスをするものよ。」

洋子が若い女性らしくすぐに興に乗る。

戸惑った二人が見回すと顔を赤くしている者や穏やかに微笑んでいる者そして少々不機嫌そうな者と様々だった。

言い出した二人はキスをしないと許さないとばかりに目を輝かせている。

岩城と香藤は目を見合わせると微笑み合いそっと唇を重ねた。

また女性陣を中心に「はぁ〜〜」とため息が漏れた。

唇を離すと岩城は「結婚式はここまでだ。」と言って皆の中に混ざった。

取り残された香藤が戸惑っていると佐和が口を開く。

「香藤くん」『誕生日おめでとう!』

佐和の声を合図に皆が声を合わせて香藤に祝いの言葉を贈り一斉にクラッカーが鳴らされた。

「皆、ありがとう。」

香藤の目からまた涙が溢れる。

皆を代表して洋子から花束が贈られる。

「お兄ちゃん誕生日おめでとう。これも岩城さんが計画してくれたのよ。お兄ちゃん本当に素敵な人と巡りあったわね。」

佐和に背を押され岩城が前に出る。

「岩城さんありがとう。」

それ以上言葉にできずに抱きつく香藤を岩城が優しく抱きとめる。

自然に拍手が起こり二人を暖かく包み込んだ。

その後料理が運ばれささやかながらも暖かい雰囲気に満ちたパーティが行われた。





楽しかったパーティも終わり岩城と香藤は夕方自宅に戻って来た。

夕飯はカレーにしようと帰りに買ってきた材料で早速作り始める。

最初は二人で協力して途中からは香藤が作るのを岩城がダイニングの椅子に座って見ていた。材料を煮込む段階に入ったところで香藤もダイニングに来て岩城と向かい合う椅子に座った。

「ご苦労さん。」

「うん…。岩城さん今日の事本当にありがとう。俺岩城さんが言ってくれなきゃあんな事思いつかなかった。皆に連絡したりお店予約したり準備に時間掛かったんじゃないの?」

香藤に改めて礼を言われ岩城は照れたような笑みを浮かべた。

「そんなでもないさ。あの店は前から知ってたんだ。ただ皆には早めに連絡した方がいいから4月の頭には電話したけどな。」

「うちの社長にも岩城さんが直接来てくれるように頼んでくれたんだね。」

「ああ。大事な事だから会って直接俺の口からお願いしたかったんだ。ただ、アポ取るのだけは俺じゃ無理だからうちの社長に頼んだけどな。」

香藤は岩城が今日のために早くから準備してくれていた事を知っていっそう感謝の気持ちが強くなった。

「岩城さん、俺今日社長に言われたんだ。今の俺になれたのは岩城さんといたからだって。俺も本当にそう思ってる。」

「それは俺も同じだ。」

岩城は席を立つと香藤の傍に来た。

「お前といたから俺は今の俺になれた。お前と出会えて俺は本当に幸せだ。」

香藤も岩城の手を取って立ち上がった。

「俺も岩城さんに出会えて本当に幸せだよ。岩城さんこれからもずっと一緒にいてね。」

「香藤、他の誰でもないお前に誓うよ。俺が愛するのは一生香藤だけだ。」

「俺も岩城さんに誓うよ。一生岩城さんだけを愛するって。」

二人は見つめあい誓いのキスを交わす。

誰も見守る者のいない、でも二人にとっては何よりも神聖なキスだった。





終わり

                         04.6.1  グレペン



何にもまして素敵なプレゼントを用意した岩城さん・・・
香藤くん、本当によかったねえ・・・って心から言いたいです
自分たちを見守ってくれる人々の前で
改めて誓いをあげること・・・それは本当に素敵なことです
ふたりの気持ちが胸にきます・・・じーーんv
グレペンさんとっても素敵なお話ありがとうございますv