6月9日・晴れ
夜になってまた雨が降り出した。雨脚は強くなる一方で車の窓を大粒の水滴が叩きつける。 「遅くまでお疲れ様。金子さん。それじゃまた明日」 日付はすでに今日。 挨拶も早々に香藤は自宅へ走りこんだ。それでも肩のあたりがしっとり濡れている。 浴室に向かいながら静まり返った廊下で香藤にしてはめずらしくフゥッと息をついた。 「あれ?岩城さん。まだ起きてたんだ。静かだからてっきり寝てるのかと思ったよ」 「ああ。読みかけの本があったからな。おかえり。香藤」 (うそだよね。待っててくれたんだよね。でも内緒なの?岩城さん) 「ただいま。岩城さん。なんだか久しぶり」 寝室の扉を開けた香藤は最初ビックリして動きを止め…そしてうれしそうに微笑んだ。 何日まともに顔を合わせていなかっただろう。うまく会えてもお互いの寝顔だけ。 少し照れたように濡れた髪をガシガシ拭きながら香藤がベットの端に座る。 フワッと岩城の体が揺れた。 読みかけの本をそっと閉じながら顔をあげた岩城とただいまのキス。 「また雨が降ってきたよ。嫌んなっちゃうよね」 「仕方ないだろ。梅雨入りしたんだし…」 「別に雨は嫌いじゃないんだけどさ。でも、こう続くとなんか気分が滅入らない?」 「どうした?香藤。めずらしいな。何かあったのか?」 ちょっと不安そうな岩城の顔。香藤の頬を伝う雫に指先をはわせる。 あんなに重かった心はあっという間に軽くなっていく。 (心配してくれてた?だから待っててくれたの?岩城さん) 「うううん。別に。ちょっと疲れてたのかも。でも岩城さんの顔を見たら元気になったよ」 「クスクス。ゲンキンなやつだな。まぁでも止まない雨はないからな」 「そうだよね。岩城さん」 そしてまた・・・ふれあうだけのキス。 「それより来週のおまえの誕生日。晴れるといいな」 「あっそれなら大丈夫!」 「えっ?」 「俺って晴れ男だし。おふくろが言うにはさ。俺が生まれた時、梅雨にしてはめずらしく晴天だったんだって」 そう言ってVサインをする香藤を見ていると香藤が信じるのならきっと晴れるのだろうと思えてしまう。 苦笑する岩城のとなりへゴソゴソと香藤が潜り込んだ。 岩城もまた久しぶりに感じる暖かさを待っていたのだろう。フッと肩の力がぬけた。 「あぁあ〜でもさ。どうせならおふくろ。もう1日頑張ってくれればよかったのにな」 「んっ?なんだ?」 「岩城さん。知らない?6月10日って『時の記念日』っていう日なんだって」 「香藤は6月10日に生まれたかったのか?でも、おまえがそんなロマンチストだとは知らなかったな」 「違うよ。岩城さん!もしかしたらさ」 もしかしたら… 時の記念日なんだもん。2つくらい一遍に年が取れるかもって思ってさ。 そしたら岩城さんに追いつけるかもしれないじゃない。 太陽みたいな笑顔で香藤が答える。 香藤が信じるなら・・・ってそれはないだろうな。 年齢なんて関係ないのに・・・ 追いつかなくても今のおまえのままで充分なのに・・・ クスックスックスックスッ 「ああ!ひどいよ。岩城さん。笑った。どうせHな俺には6月9日がぴったりとか思ってるんでしょ!」 「はぁっっ!?」 6月9日がHって。。。6月9日。。。 今度は涙をためながら岩城が笑い出した。それにプゥッとふくれながらもつられて香藤も笑う。 「バカだな。俺はおまえと出会えたことに感謝してるんだ。6月9日はおまえがこの時に産まれた特別な日だろ。」 「岩城さん・・・」 「ねぇ。今日はこっちで寝てもいい?」 「もう寝てるくせに今更だな」 「へへ。岩城さんの匂いがする。こっち来て。岩城さん。おやすみ」 「ああ。おやすみ。香藤」 せっかく取れた久しぶりのオフ。6月9日。晴れるといいな。香藤。 2004.5.31 千尋 |